雪晴れの八ヶ岳山麓(御神渡りは駄目だったけど)

先週の後半から天気が安定しない日々が続き、土曜日には地吹雪となってしまった、八ヶ岳南麓。

ようやく晴れ渡った日曜日。22日に発表があった御神渡りを見物に諏訪方面にお出かけです。

八ヶ岳牧場からの眺め

まずは、ちょっと寄り道して昼下がりの八ヶ岳牧場から【クリックでフルサイズ】。

美しい青空が拡がる。心地よい寒さの中、シャッターを切る。

静かな八ヶ岳横断道路

八ヶ岳横断道路は休日にも関わらず車はとても少ない。昼下がり、気持ちよく晴れ渡った空の下に雪が映える【クリックでフルサイズ】。

雪雲をかぶる八ヶ岳

山を下りて、富士見側へ。

山の上では綺麗に見えた八ヶ岳も山の下では雲の向こう【クリックでフルサイズ】。

雪原から眺める入笠山

ちょっと気分を変えて、西側を望む【クリックでフルサイズ】。

真っ青な空の下、雪原一杯に冬の日差しが降り注ぐ。風も弱く、ちょっとだけ暖かい午後(でも氷点下だったりします…)。

雪の富士見高原から望む富士山

無理矢理富士山なんか撮ってみたりします【クリックでフルサイズ】。

54mm(換算108mm)で長野から富士山撮影なんで、現実的じゃないですよね。

雪晴れの蓼科山と北八ヶ岳

富士見を後にして、茅野側に移動。

綺麗に雪化粧した北八ヶ岳達【クリックでフルサイズ】。

蓼科山と金曜日の夜にNHK(首都圏スペシャル)で赤井さんが登られていた北橫岳を望んで。

空は冬らしい、高く、高く伸びていくコバルトブルー。

結氷した諏訪湖からの眺め

そして、目的地の諏訪湖へ。

湖畔には観光客の皆さんが一杯。ちょっと足下の悪い湖畔遊歩道を歩きつつ、思い思いに厳冬の諏訪湖を楽しまれている様子。

八ヶ岳の麓はちょっと雲が出ていたが、湖畔まで来れば再び抜けるような厳冬の青空。観光客の皆さんが余り近寄らない、岡谷側より山梨側を望む【クリックでフルサイズ】。

ほのかに色づく結氷した諏訪湖と八ヶ岳

夕暮れを迎えた諏訪湖湖畔より、八ヶ岳連峰を【クリックでフルサイズ】。

湖畔も山もほのかに染まり始めている。

肝心の御神渡りは残念ながら雪の影響もあり溶けてしまって見られませんでした(渋崎の辺りは完全に溶けていてさながら「明けの海」状態)。

2012年の御神渡りちょっと、悔しいので昨年の写真でお茶を濁してみます…

昨年の結氷した諏訪湖の写真です。

雪が降らないと、このように透明感溢れる湖面が拝めるのですが、今年は妙に雪が多いですね。また今週冷え込むそうですので美しい結氷が見られるかもしれませんね。

 

<おまけ>

下諏訪から撮影した結氷した諏訪湖です。

富士山が映っているのですが判るでしょうか?

山の写真を撮るときに心理的影響って本当に効きますよね(もっとUpでって…)凍結した諏訪湖から富士山を

広告
ちょっと古い小物達(Nokiaの絶頂と凋落を表すシンボル、E71)

ちょっと古い小物達(Nokiaの絶頂と凋落を表すシンボル、E71)

手持ちのPDA達を紹介してきましたが、いよいよ直近の一台となりました。

Nokiaがその絶頂期に登場させたキャンディバータイプのフルキーボー付スマートフォンE71です。

Nokia E71

機能的には直前に紹介しました同じNokiaのE61と比較すると、液晶解像度はQVGA(320×240)で変わらず、カメラが付いたくらいでそれ程大きく進化した訳ではないのですが、切り替え式のホーム画面採用、メニューデザインやアイコンもかなり洗練されており、OS側の改善努力も見られます。

また、歴代Nokiaの美点であるバッテリーの持ちは驚異的で、現在のスマートフォンとほぼ同じ1500mAhの容量にも関わらず、一日使ったくらいではバッテリーゲージがピクリとも動かないくらいです(待機状態なら本気で1週間くらい持ちます)。

最大の変更は幅が狭くなり、見るからにスマートなフォルムに変身した筐体デザインでしょう。

これまでのNokiaの携帯はシンプルな北欧デザインと呼べば聞こえは良いのですが、素材やタッチ感などがややチープなところがあり、所有欲が湧く程のデザイン的な魅力があった訳ではありませんでした。

ところが、好調な業績を背景にしてデザインにも力を入れたのでしょうか、金属を多用したちょっとずっしりした感じと(実際には軽いのです)、仕上げの良い表面処理、ボタン類のタッチも大幅に改善しており、同時期に発売されたE5xやE9xシリーズも含めて一気に高級感すら漂わせる端末へと変身したのでした。

Nokia E71 backside

光沢のある金属パネル表面に滑り止めとしてエッチングで細かい凹凸のシボをつけた背面パネル。カメラ周辺部分は大理石を思わせる質感が与えられている。

Nokia E71 Side

ボリュームボタンにもしっかりデザインが施させている。価格競争の厳しい最近の端末ではこのような処理は省略される傾向にありますね。

ところで、これらの光沢を放つデザイン、何かに似ていないでしょうか。そう、当時携帯オーディオプレーヤーで一大ブームとなっていたiPodですね。

あらゆる電子小物やアプリケーションに小文字の(i)が付され、光沢を放つ金属ボディが溢れかえった中、携帯電話でガリバーとなったNokiaも無視することは出来ず、当時のビジネスラインで主力を為すEシリーズの外装デザインにも反映された訳です。

ところで、現在の覇者iphoneがこれほどまでに普及した要因は今更説明するまでも無いですよね。既に当時、一世を風靡したiPadのデザインから大分離れていきましたがコンテンツの考え方は当時のビジネスモデルを更に拡大させています。

一方、当時の覇者であったNokiaはこれ以降急速に市場シェアを縮小、戦略的にも迷走状態に入ってしまいます。

今となってE71のホーム画面を眺めると、現在のスマートフォンより随分貧相に感じませんか?すなわちOSであったSymbian S60の表現力の限界がそこに垣間見える訳です。

もちろん、スマートフォンの元祖だった訳ですからアプリケーションの供給は当時から相応にあったのです。問題は、その開発環境を入手し、開発を行うことが決して楽ではなく、アプリケーションの公開方法も限られていたために普及には限界があったとい側面が垣間見えます。

また、Nokiaがこれだけ普及した理由は「SimFree」に依るところが大きいと思いますが、一方でニッポンのガラパゴス携帯のようにキャリアが用意した痒いところに手が届くコンテンツなどは載せにくく、アプリケーション、コンテンツの供給力でも公開マーケットの手法でアプリケーションが豊富に揃ってきた後発のスマートフォンに対して劣勢に置かれてしまった結果、市場の中で中途半端な存在になってしまった点は否めません。

このような逆風の中、NokiaはSymbianを中核から外し、Microsoftと手を組むことで劣勢を跳ね返そうとしていますが、依然として厳しい状況が続いていることはご承知の通りかと思います。

E71を再び手に持つと、その高級感の中に一世代を築いた覇者が持つ風格を感じると供に、液晶画面に映るちょっと寂しいUIが複雑な心境にさせるのです。

ところで、E71はNokiaの世界戦略モデルでもあり、上陸が遅れていた日本市場へ向けての導入も準備されていました。実際にDocomoとSoftbankから正式にプレスリリースが発表されており、当然のように購入する気満々で待っていたのですが、あのリーマンショックの煽りを受けてNokiaが日本市場から撤退する決定をしたため、残念ながら正規モデルの日本導入はありませんでした(後に流出したROMデータを使った正規日本語版もどきが出回ったとかなかったとか…)。

このため、E71で日本語入力/表示を行うには別途、管理工学研究所がリリースした+J for S60を入れる必要がありました。

この+J for S60、かなり精巧な日本語入力、表示を実現しており、実使用には全く不満がありませんでした。日本語化することで快適に使用できるけれど、並行輸入故に普及しにくかったという点ではPalm pilot時代のJ-OSに通じるところがありますね。

ところで、この管理工学研究所という会社、古くからPCを使ってらっしゃる方ならご存じでしょう。一太郎全盛時代に対抗馬として取り上げられていたワープロ「松」や国産では数少ないRDBのパッケージであった「桐」の開発元ですね。

従って、使用されているIEMは懐かしの「松茸」だったりします。

連文節変換に頼らず、自分で文節を区切って入力したい人にとって「松茸」の入力方式は非常に快適で、思考の妨げにならないという点では極めて優れていたIMEだと思います(今でも文節毎に変換を入れる入力方法から脱却できていません)。

残念ながらモバイル用に縮小された「松茸」では往年の文節区切り入力は再現されていませんが、常に貧弱であると揶揄されるスマートフォンのIMEの中ではなかなか良い変換効率でした。

Nokia E71 keybord

また、お約束のキーボードですが、タッチは柔らかいにも関わらずクリック感もあり、梨地で滑りにくい表面処理、上品なキーボードの文字表記と合わせて、ここでも端末自体の上質感を表しています。

実際の入力も、端末の幅から想像するとかなり窮屈に感じるかもしれませんが、キートップがドーム状に立ち上がっているため、かなり押し込んでも隣のキーに指が当たることは無く、誤入力の少なさはこの手の端末ではトップだと思います。

よくBlackberryを初めて使われる方が感動される「Alt/大文字を押すと一文字だけLockが掛かる」機能もちゃんと装備されています。

Nokia E71 and Blackberry 9790

現在愛用中のBlackberry9790とNokia E71のSize比較。

E71の方がスマート、BB9790はやや幅広だけれども全長は短く、ずんぐりむっくり(それでも9000/9900に比べれば圧倒的にスマート)。

キー自体はNokiaの方が少ない分、一つ当たりの面積が広く、レイアウトにも無理が少ない。

Numkey配置は両者で考え方が異なる点はおもしろいですね。

色々言いましたが、E71は本当に気に入っていた端末であり、携帯電話としては自己最長の3年半以上使い続けていました。この端末のためにDocomoの契約を解除してSoftbankに乗り換えたくらいです(今はBlackberryの為に再びDocomoと契約しているのは皮肉ですが)。

gmailの転送機能と組み合わせることで海外を含めてあらゆるシチュエーションで大活躍してくれたE71ですがSimFree故に、パケ死には常に気をつけなければならず、翌月の請求書を見て絶句する事もしばしばでした。

最終的には落下の影響で電源ボタンが常時半押し状態となってしまい、使い続けることを諦めたのですが、今のNokiaが同じ筐体でwindows phoneを出してくれたら直ぐにでもに寝返ってしまうだろうと考えるくらい、お気に入りの一台です。

一時代を築いたNokia、そして現在使用しているがNokiaの後を追うように凋落の道に立つBlackberry。奇しくも二つの端末を並べながらその行く末を案じつつ、とりあえずは30日のBlackberr OS10発表を待つ日々です。

Nokia E71

Nokia E71

2008年8月MOUMANTAIさんで購入

今月の読本「コンビニたそがれ堂」(村山早紀 ポプラ社)

今月の読本「コンビニたそがれ堂」(村山早紀 ポプラ社)

New!2015.3.3:これまでのシリーズ作品からの選りすぐりと、新たな描き下ろしを加えた愛蔵版がこの度刊行されることになったようです。既に著者の村山早紀さんがtwitterで書影の見本を公開されています。ご興味のある方はこちらもどうぞ。

 

<本文此処から>

ある方のtwitterを眺めていて気になっていたので、一度読んでみようと東京に出張に行ったついでに探して購入した一冊。文庫では珍しいポプラ社より刊行されたシリーズで、初出も児童書の「コンビニたそがれ堂」(村山早紀 著・ポプラ社)。

コンビニたそがれ堂本編は150ページちょっとと非常に薄い本ですが、児童向けの書籍に合わせたフォーマットであったこともあり、僅かなページ数で5編のエピソードが綴られています。

帯にあるように児童書としては大変に好評であったようであり、昨年末に刊行されたシリーズ4冊目は全編書き下ろしでページ数は2倍以上と児童書発祥とは思えない本格的な小説へ成長しているようです。

シリーズ1冊目の本書は本当の意味で「児童書」からの出典であり、帯にあるように所謂「癒やし系」の内容なんだろうなと、気軽に出張帰りのあずさ号の中で読み始めたのですが正直、とても重かったのです。

お客さんが欲しい物なら何でも手に入るコンビニ「たそがれ堂」。夕暮れ時、何か強い想いを抱いた物語の登場者達が、ふと振り返るとそれは現れる。

愛想の良い店員さんに諭されるままに想いを語り出す登場者達。そこには「ある想い」に対しての切ないくらいの未練さ、心苦しさ、感謝の念が語られていきます。

普段の生活の中では、これらの「想い」を必死に押し殺し、忘れ去ろう、振り払って次に進もうと悶え、苦しむのでしょうが、店員さんは優しくも、残酷にその「想い」に繋がる商品を登場者達に見つけ出させます(お代が5円なのは…判りますよね)。

購入した商品を受け取った後、登場者達はリフレインのように「ある想い」に再び巡り会い、そして自らの想いをその中で昇華させる事で、再び日常へと戻っていきます。

取り上げられている5つのお話はどれもファンタジー小説ならあり得そうなシチュエーションですが、たった一つ違うところがあるとすれば「失われた想いに再び巡り会う」事でしょうか。

そして、「心からそれを望んでいる」人だけが再び巡り会うチャンスを得られるというファンダジー故の残酷な設定に戦慄が走るのです。

厳しく自戒をする人、心から真心を願う人、自分の想いを貫こうとする人、誠意と愛情に応えたいと思う人、強く、強く思いを馳せることが出来る人…どれも一筋縄ではいきません。

それでも想いを馳せ続けた人にだけ、ほんのちょっとの「慰め」を与えてくれる存在、「赦し」と表現すれば良いのでしょうか、を与えられた人達だけが得られる一瞬の安息をファンタジーに昇華した物語なのだなと、感じていました(これは宗教的な説話にも通じる内容ですね)。

それ故に、想いを馳せる事などとうに忘れ、他人の想いを握りつぶし、薄汚れた心で現実を這い回り、生き残ることだけに汲々としている自分にとっては余りにも眩しすぎる物語だったのです。

登場人物達が「赦し」によって変化していく心境に触れるたびに、心が強く締め付けられていくのです。「どうして自分もそうできなかったんだろうか」「もっと優しくしてあげられなかったんだろうか」と。

薄暗いあずさ号の中、街の明かりが徐々に減って車窓が黒々した夜の森を写す頃には読むほどに苦しくなっていく自分がそこにありました。

<おまけ>

  • 「赦し」の話と感じたのは「世界名作劇場アルプス物語 わたしのアンネット」のストーリーに通じる物を感じたからかもしれません(キリスト教文学には全く疎いのですが)
  • 本文の短さに対してちょっと長めかな?と思わせる解説ですが、作者が過去を振り返って「読みかけの本の続きを読むために生きていた」という一文に思わずページをめくる手が止まりました。そこには過去ではなく、たった今も自分の心の底で燻っている「想い」が綴られていたからです
  • 本作を知ったのはあるアニメーション作品制作者の方々がtwitterで会話をされていたのを見かけた時に、作者の方が設定に関わっていたことを知ったことがきっかけです。今回、初めて読ませて頂いたのですが、なるほど仰っていたことが何となくですが判るような気がしています(うわべだけだと思いますが)
今月の読本「昆布と日本人」( 奥井隆 日本経済新聞出版社)

今月の読本「昆布と日本人」( 奥井隆 日本経済新聞出版社)

Twitterで見かけた本が好き!さんの書評を見て、読んでみました。

ちょっと不思議なラインナップが目に付く「日経プレミアシリーズ」の文庫本、発刊数自体が少ないので、手に取る機会が少ないかと思いますが、ベストセラーになった「残念な人の思考法」(山崎将志)でご存じの方もいらっしゃると思います。

日経プレミアシリーズの特徴として著述がプロの方では無く、普段纏まった著述を手がけない「その道のプロ」と目される方が直接執筆している本が出ていることです。

この辺りは日経の取材を通じての人脈が生きているのだと思いますが、テレビ等では紹介されることが多い方でも、もう少し掘り下げて話を聞いてみたい、出来れば書籍で読んでみたいという要望に応えてくれるシリーズだと感じています。

と、いう事で、今回の読本は敦賀の昆布問屋を系譜を今に伝えていらっしゃる方の手による一冊「昆布と日本人」(奥井隆 著)です。

昆布と日本人

「明治維新は昆布のおかげ!?」という、ちょっとキャッチーな帯はまあ、置いておくとして、内容は何故、敦賀が昆布の街になったのかから始まります。

北前船の隆盛、薩摩を挟んだ琉球貿易と昆布料理の定着と、最近よく知られるようになった江戸時代の日本海沿岸取引の物語が展開しますが、実は富山の薬売りが薩摩の琉球(清朝)貿易と北前船の流通網の仲介をしていたのではないかなど、ちょっと珍しい視点に立ったエピソードを挟みつつ、昆布問屋としての生い立ちを述べていきます。

この後テレビなどでは余り語れない、意外な事実が語られ始めます。

実は戦災によって戦前の敦賀で一二を争う問屋としての家産をほぼ失ったこと、自分の代になるまで昆布の生産地である北海道に足を踏み入れたことが無かったこと、今では当たり前になったデパートなどの物産展に出展するまでは客先にすら足を運ぶことが希であったこと等…。

テレビ等で「老舗の昆布問屋」「永平寺さんの御用商」等と取り上げられて、さぞかし伝統を重んじる老舗の店主と勘違いしそうですが、実情は全く異なり戦後の経済成長の中で伝統産業がどの様に生き残っていくかの模索と挑戦の結果が、現在の名声へと繋がっていることを本書を通じて知ることになります。

そのような厳しい状況の中で「伝統の再編成」に携わった方が改めて見つめ直した「昆布」という商材の魅力について、本書はわかりやすく説明しています。

尤も顕著な例は、今や著名な「蔵囲昆布」についても、保温、保湿庫を新たに建てて、昔の蔵に保存するより遙かによい環境で保管することによって熟成を図っている等、昔のやり方にしがみついている訳ではなく、現代の食品に対する要望に応えようと常に革新し続ける姿が垣間見られます。

もちろん昆布の話をするときに避けては通れない「うまみ調味料」に対する言及もありますが、決して否定するわけでは無く、それ故に新たな販路をデパ地下に見いだし、扱いやすい商材となるようにする努力もされています。

ただし、闇雲に拡販に走るわけでは無く「品格」を崩すことはしなかったという一言に強い説得力を感じました(日経的には老舗ブランド確立の法則なのでしょう?)。

このような先駆的な考えをお持ちの方故でしょうか、熟成とテノワールにおける昆布とワインの類似性に関する言及やフランスでの普及についてかなりのページを割かれていますし、その説には頷かされるところも多いかもしれません。

あとがきで「たかが昆布で一冊の本ができました」などと書かれていますが、とんでもない、食材こそ文化史を彩る重要なキーであることは前回の「ウナギの博物誌」で述べさせて頂いたとおりで、全ての食材の下支えを司る「出汁」の材料である昆布に深い物語が無い訳がありません。

このような形で、食材に対する総覧的な読み物が最近増えてきたことはとても嬉しいことですし、今までこの分野の本について多くは研究者の方や世界中を廻ることの出来た通信社やジャーナリスト出身者の方が書かれた物が多かったと思いますが、今回のように商材として扱っていらっしゃる方々の本が増えてくると、もっと違った視線、魅力が明らかにされてくるのではないでしょうか。

そのような意味で、このシリーズの益々の充実を期待するところです。

<おまけ>

  • 昆布の話は殆ど出てこないのですが4章の「永平寺の御昆布司」は歴史や伝統文化に興味のある方であれば必読です。永平寺での修行と食の物語は読みながら、思わず姿勢を正してしまうくらいの誠意さがそこにはあります
  • テレビとかで最近取り上げられる「ワイングラスに出汁を取って色味と味見を比較する」事を始めたのはこちらの方のようですね。正にワインのテイスティングな訳で、同じコンセプトを昆布の比較に持ち込んだわけですね
ちょっと古い小物達(スマートフォンへのアプローチ Nokia E61)

ちょっと古い小物達(スマートフォンへのアプローチ Nokia E61)

ちょっと古い端末達の物語。

これまでは所謂PDAでしたが、今回ご紹介する端末からいよいよ恒常的な通信機能を有した「スマートフォン」へと進化していきます。

ところで、スマートフォンの定義って何でしょうね?

マスコミなどの一般的にはiphone登場以降に普及した用語だと思いますが、実情としては「汎用OSを搭載し、プログラムを入れ替えることが出来る通信/通話機能を有する携帯端末」ですよね。

以前ご紹介したChipCardにもPHSに内蔵されたモデルがあるように、PDAを使ってきた人であれば端末にケーブルやカードでモデムや通信機器を繋げることで実現していたことですよね。

過去に星の数ほどPDAや超小型PCは出てきましたが、現在のスマートフォンの隆盛にはほど遠い普及度でした。まあ、コンテンツや包括的サービスの話は専門の方にお任せして、端末としての機能に絞って議論をした場合、windows-CEの推移を見れば判るようにハードウェアが実現した機能としてはさして変わらない物だと思います。

ところが、爆発的な普及を見せていた携帯電話側から見た場合、購入した後で携帯電話の機能をカスタマイズ、追加できることは画期的な進化でした。

今回紹介する端末は、まさにその過渡期に登場した端末です。

E61_1

Nokiaが日本市場に本格的に参入するかを探るため、そして当時はまだ少なかった海外渡航者向けの携帯を提供する目的で導入されたキャンディバータイプのキーボード付携帯E61です。

現在でも日本では全く普及していない所謂「SIMフリー」端末であり、また極めてまれな「端末製造者が販売する」という、スタイルを採った端末という意味でも極めて特異な端末でした。

E61_2

メーカー自身が販売する以上、SIMフリー端末にも関わらず、ちゃんと技適シールが貼ってあり、国内キャリア(DOCOMO、Softbank)のSIMカードがちゃんと使えました。

尤も、少々片手落ちな所もあり(当時のDOCOMOが戦略変更した事もあり)3Gの周波数帯が所謂「プラスエリア(800MHz帯)」に対応しておらず、Softbankで使うには問題ないのですが、DOCOMOで使うには電波の掴みの問題もあり、実用性が余り良くないという並行輸入品同等の悩みも有しています。

従って、電波状況の悪い田舎住まいの私にはかなり使い勝手が悪く、結果的に携帯端末使用歴の中ではかなり短命に終わってしまった一台です。

なお、SIMフリー故、簡単に「パケ死に」出来ますので、これも使用を控えめにする結果に繋がっていました(抜け道探すことが流行ってましたね)。

ところで、Nokiaの携帯電話が全世界的に普及したタイミングで旧来の携帯電話と大きく異なる仕様変更が行われています。

所謂「組み込みOS」を前面に出した携帯電話の設計を行ったことです。

Nokiaが大躍進していたとき、東大の坂村先生が「世界で一番使われている携帯用OSはμ-iTRONだ」と豪語されていたように、以前から携帯電話の機能をソフトウェアとして実装する手段として組み込みOSが用いられてきたのは明らかな事実です。

特にハードウェアの絶対的な能力が限られている時代、職人的なハードコードを駆使してぎりぎりのリソースを使いこなして端末に機能を実装していく事はある意味「日本人のお家芸」でした(私の知人にもこの筋で達人の方がたくさんいらっしゃいました)。

ところが、端末の機能競争が激化、開発サイクルが四半期ベースとなり、毎回新しいコードを起こしているようでは到底スケジュールに間に合わない時代となったとき、なるべく根底の機能には手を入れないで追加される機能の開発に力を入れる手法を考えるのは自然な流れで、携帯電話の開発にもPC同様にOSが導入されるのも当然の結論でした。

このような考え方を具現化する場合、日本人の方が取り組むのが早かったりするわけで、携帯電話のプログラム開発もOSを中核においた開発にどんどん移行していったわけです。

このとき、主にハードウェアの制御を目的としたOSの普及をその上で動かすアプリケーション層まで拡大すれば今とは異なった展開もあったのかもしれません。が、如何せん「標準化」を大の苦手としている日本人です、家電製品の機能が象徴するように「どれだけ微に入り細に拘る」かを美徳とする民族ですから、毎回のように新しいユーザーインターフェイス、機能を盛りこんでしまいます。

その結果、汎用性を狙ったソフトウェア設計は徐々に破綻して、結局カスタマイズのお化けが出来上がっていったのです(ここには通信キャリア主導の端末政策が標準化と相容れないという側面もあります)

ちょうどそのような時に出てきたNokiaの携帯達は日本の携帯電話からすれば妙なことにどのモデルも同じようなユーザーインターフェイス、メニュー構造を持っており、端末デザインから来るスマートさとは少々異なる「極小さなPDA」を思わせる画面構成で登場してきました。

既にご承知の通り、当時のNokiaは以前Psion-Revoの時に紹介したSymbian OSを採用していましたが、これまでの携帯電話開発では主にハードウェア制御の部分を重視していたOSとしての機能を、Symbian OSの場合、UIの部分にまで拡張した(というより、ハードウェア制御の部分を強化して、UIは縮小化した)結果によるものですね。

確かにUIの表示機能的には画面上で羊さんやタケノコが踊るわけでもなく、バナー広告が流れるわけでも無かったのですが、同じNokiaの携帯電話同士であれば、説明書を読まなくても簡単に使い始められるという「操作性の統一観」はSIMフリーが前提でキャリア間の移動が激しい市場ではシェア拡大に大きな効果があったはずです。

また、開発環境が提供されたことにより、サードパーティからアプリケーションも供給されたのですが、これまでのPDAを大きく異なりそのまま端末にdownload出来る気軽さから、決済システムの整備に伴って「端末だけでソフトを買える/使える」現在のマーケットのひな形が育ちつつあったのものOSによる端末間の共通性故の効果でした。

こうして、UIには不満があるもののその簡便性と同一OS搭載モデルシリーズ全体のボリュームの力によってこれらの携帯電話は急速に普及していったわけです。

このUIを含めた携帯電話のOS化にはもう一つ重要なハードウェアの変化を伴っています。すなわち「携帯端末におけるARMコア制圧!」という側面です。

Psionの時代からそのCPUにはARMが使われていましたので、正統進化であるSymbian OSがARMをターゲットに設計されるのは自然な流れです。一方、windows-CEは複数のCPU、特にIntelへの配慮を常に考えなければならないため、下位のレイヤーまで仮想化が行えるだけのハードウェアパワーが得られるまではCPU毎にソフトを開発する必要が長く続き、Windows-Phone普及の足枷になったのは事実かと思います(その悪癖はWidows8とRTが併存する現在まで陰を落としていますね)。

このようにARMが携帯電話に使われることによって、OS側も消費電力制御や通信制御関連のIPを蓄積していき、CPU側もコアにこれらの機能を組み込んでいくことで(ARMはIPとしてライセンスされるので、実際のチップ設計は実装する側に委ねられる。クアルコム躍進の原動力ですね)、ARMが携帯端末用CPUのほぼ全てを制圧する結果となったわけです。

ここまで来ると、日本の端末製造企業やプロセッサ製造企業の先進性は逆に汎用性がないという足枷となった結果、現在の凋落を迎えるわけです。

駄目出しばっかりしているようですが、一つの光明もあります。

確かに、ハードウェアの下層部分が徐々に汎用化されていくのは自然な流れであり、その結果がOSとして汎用化されハードウェアにおける差別化が相殺されるという点では昔の国産PC達と携帯電話は同じ道を歩んだ訳です。

そうであれば、DOSがwindows95によってオーバーライドされ、現在のようなUI全盛になったように、スマートフォンのOSもいずれはより上位のレイヤーにカバーされる運命にあるはずです。

前述のような見方をすれば、現在の最上位レイヤーは実はブラウザであり、現在採用が徐々に進みつつあるHTML5が下位のOSが賄っていた機能をカプセル化出来たとき、OS差異は表示上の単なる「誤差」となる筈です。

その時必要となるハードウェア、ソフトウェアは何になるのでしょうね。

ちょっとNokiaのはなしから脱線が過ぎましたが、最後に決して外したくない「キャンディバータイプのキーボード付端末」としてのE61です。

E61_3

その普及度(主に空港で販売されていたようです)故に、並行輸入品同等じゃないのと穿った見方をしてしまいがちなE61ですが、さにあらず。ちゃんとした日本語キーボード(マナーモードボタンもあるのです!)を用意し、OSも日本語表記、もちろんIMEも標準でインストールされており「変換」キーも用意されています。

キーは比較的大きくて、キートップ自体に中央部に向かって傾斜が付けられていますが、節度感がないキータッチは心許なく、実際に決して入力しやすいキーボードではありませんでした。

また、トラックポイントも付いていますが、単画面で表示を極力完結させるUI設計上、上下スクロールは多用するものの、左右スクロールはメニュータブの移動以外余り使うことが無く、この後に出てくるよりシンプルなシーソーボタン式に道を譲ることになります(操作性は劣りますが、Blackberryのトラックボールより耐久性はあります)。

端末自体、画面表示を横320pixelで確保するため大分幅広となっており、小柄な日本人の手だとちょっと余る感じがしますし、ボディの厚さも含めてどうしても「過渡的な端末」というところが逆に憎めないですね。

E61_1

Nokia E61

2007年春頃?にNokiaから直接購入

大雪の日に(いつもと違う日常を纏めて)

成人の日に降った大雪。こちらに来てから一日では最も降ったと思われる雪の中の風景を記録として。すべてBlackberry9790で撮影しています(水に濡れるとトラックバッド反応しなくなるのよね…こうゆう時に画面タッチが使える9790は極めて便利)。

大雪130114_1

朝10時頃、部屋からの風景。既に10cm程積もっている。

大雪130114_2

昼過ぎに愛車、パジェロミニ号の駐車場へ。既にボディ下面まで雪に埋まっている。

ここから雪かき開始!

大雪130114_3

パジェロミニ号のルーフにスコップを突き刺してみた。

スコップ自体が約20cmなので、この時点で30cm超え確定。盛んに降りしきっている。

大雪130114_4

1時間半程、雪かきを行った後、パジェロミニ号を見たところ、もうこの状態(一回全部下ろしたのに)。

隣の車を見て頂けると、どれだけ降ったか判るでしょうか?

大雪130114_5

駐車場の雪かきが終わって、車が出せるようになったので、フラフラとお散歩に出発(馬鹿ですね、全く)雪景色を楽しみながらのドライブ。

大雪130114_6

綺麗な雪の箱庭がそこかしこに出来上がっている。

大雪130114_7

絶対日数は少ないのですが降雪地帯のため、除雪はある程度行ってもらえる。

ちょっと重めの雪を巻き上げながら雑木林を抜けていく。

こういうとき、直結四駆を持つ我が相棒は実に心強い。新雪の上をトラクターよろしく、ぐいぐい進んでいく。

大雪130114_8

誰も踏み入れていない雑木林へちょっと入り込む。

モノクロームの世界が深く、深く続いていく。

大雪130114_9

夕方、雪が止んだ頃に朝と同じカットで。

十数時間でこれだけ積もったのは初めて。

奥の家の屋根向こうにうっすらと南アルプスの山々が見え始めている。

大雪130114_10

翌朝、何時も甲斐駒を撮影する場所は雪に埋まっているため、当然車を止められない。圧雪に取られるハンドルを押さえつけながら南アルプスの山々を。

こういうシチュエーションで軽トラックは最強の移動手段

  • 四駆使える、しかも直結
  • Lowレンジがあるのでスタックしても無理矢理脱出可能(駄目なときは…)
  • 車体小さいので周りの除雪をあまりしなくても車を出せる
  • 取り回しが良いので、除雪が余り進んでいない路地でも入り込める/脱出できる
  • スリップしてしまうようなシチュエーションでトラクションが必要であれば、それこそ荷台に雪を幾らでも

初めて雪道を走ったとき、20km位で冷や汗を流しながら走っていた脇を一気に軽トラに抜かれたときの感慨(羨ましいというか、頼もしいというか)は今でも忘れられない山麓生活の一ページです。

今月の読本「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)

今月の読本「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)

雪が降りしきるお休みの日。こんな日には読書が似合う。

週末以来、溜まりに溜まった本を片付けること3冊目(昨日2冊買ってるだろう…)。きょうはこちらの本を紹介。

昨夜のNHKで放送されたダイオウイカのハイビジョン映像、国立科学博物館の窪寺先生が為し得た快挙でしたが、それに勝るとも劣らない近年の水産/魚類学の快挙が「ウナギの産卵場所の特定とウナギの人工養殖成功」です。

産卵場所の特定は東京大学の塚本先生のグループが幾多の困難と国家規模での調査活動の末に達成した成果ですが、ちょっと疑問が湧きませんか。

「どうして、私たちはそんなに海洋生物に執着するの?」

そんな疑問に答えてくれるのが、所謂「文化史」というものではないでしょうか。

日本人が世界有数の魚食民族であることは既にご承知かと思いますが、何かをし続けること=文化だとすれば、魚食も立派な「文化」なのかと思いますし、この活動を研究することが所謂「文化史」になり得るのは当然の帰結ですね。

魚食一般が日本人の「食文化」なのであれば、その中で特徴的な「材料」に特化する文化史も当然成立するわけですが、「材料」である「魚たち」はそれ自体も生物/科学的研究対象となるため文化だけでは終わらない奥深さを有していることになります。

そのような分野をカバーする学問に「博物学」という学問分野があります(我々のような博物館を踏破する物好きの行動を研究する訳ではありません)。荒俣宏さんが著名ですが、その分野は歴史/民俗/地勢/気象/海洋/政治/商業…とおそよ人間が生活するに当たって関与するすべてを包括する膨大な領域をカバーする学問で、中途半端で修まる学問分野ではありません(参考までにこちらのマルハニチロホールディングスに掲載されているサーモンミュージアムをご覧頂ければ、どれほどの領域が含まれるかさわりだけでも判るかと思います)

ウナギの博物誌

と、前置きが長いのですが本日のお題は「ウナギの博物誌」(黒木真理 編著・化学同人)。著者は東京大学総合研究博物館で魚類生態学を研究されている方です。

著者の方から想像されるように、誌面の3/4はウナギの科学的研究に関する動向に費やされています。

特に世界で初めてウナギの産卵場所を特定された塚本先生が担当されている部分は興味深く読むことが出来るかと思います。また、完全人工養殖(人工ふ化で生まれた親から人工ふ化で2世代目を成長させる)の話を読めば、水産学としてこの魚種にどれだけ力を入れた研究が為されているかを実感されると思います(他著をお読みでない場合に限る)。

その一方、現在のウナギ漁問題、特にシラスウナギの漁獲高激減のグラフをご覧頂ければ驚きと供に、どうしてこうなってしまったの?との大きな疑問を持たれるかと思います。

残念ながら漁獲高減少に水産学も回答を示せていないのが実情のようですが、本文には僅かながらに理由が述べられています。

ところで、皆さんは子供の頃にウナギを食されたことがあるでしょうか?例えば恩師に連れられてとか、両親がお世話になっている方が来訪されているからとか、とにかく家族でとか自分でうなぎ屋ののれんを潜るとか出前を取るというのはそれこそ社会人になってからでも余程のチャンスが無いと出来ないことだったのではないかと思います。

ところが、最近では夏のシーズンになるとスーパーの魚売り場には調理済みの蒲焼きが並び、総菜コーナーには僅かながらの蒲焼きの「破片」を載せたお弁当が500円もせずに売られています。時にはコンビニのおにぎり売り場にまで天むすならぬ「蒲焼きのおにぎり」が並ぶことすらあるくらいすっかりウナギは大衆的な魚になってしまいました。

同じような事が、鰤でもあったと思いますし、鯖にしても、鮭にしても決して安い魚では無かった筈ですね。現在では鰤はハマチとなり、鯖はノルウェーから切り身で空輸され、鮭はチリの太平洋沖合で育てられています。

ウナギも同じような道筋を辿ったわけですが、これらの魚種と決定的に異なる点がある事を本書では多方面の推測に基づいて述べています。

ちょっと暗くなってしまうお話もありますが、後半には所謂「うなぎ文化史」的なお話も多々ありますので、まずはつまみ食いで読んで頂いても充分楽しめるのではないでしょうか(鰻と三嶋神社についての考察は一冊の本として読んでみたいですね)。

こんな風に「博物学」は時に「歴史/文学」といった文系学問や「消費経済学/マーケッティング」までも含んでしまう大きな学問分野なのです。

こんな風に書くと堅苦しい議論が延々と続く本なのではないかと懸念されるかもしれませんが、平易で読みやすく、文体も各章でなるべく揃えられており、編纂者の方がかなり気を遣わた事を伺わせます。

ちょっとウナギに興味がある方で、博物学という響きに惹かれてしまう(要は物好きさんですね)であれば、楽しく読めること間違いなしの一冊かと思います。

その上で、どうかこの貴重な魚種についてもっと興味を持って接して頂ければ幸いではないでしょうか。何せ「貴重」なのですから。

<追記>

もし、この本にご興味があり、かつウナギの資源問題についてまずはWEB上で確認されたいと思われた方は是非こちらのサイトをご覧いただきたいと思います。本書でも寄稿されてます共同通信社の井田徹治さんがナショナルジオグラフィックWEB版に寄稿された連載記事「ウナギが食べられなくなる日」です。2013.7.11に1年ぶりの更新となる第4回目が追記されました。

厳しい内容が綴られていますが、下記の塚本教授のコメントを是非一度考えてみて頂きたく思います。

「天然ウナギは食べない、とらない。安いウナギを頻繁に食べるのは控え、高くても、美味しいとびきりのうなぎを、晴れの日のごちそうとして、たまに堪能するようにしよう。それがウナギ保護の重要な一歩だ」

<追記の2>

2013年の土用の丑の日。ウナギの持続的利用を願う、研究者、行政関係者、マスコミ、漁業者、そして利用者である養鰻業者、蒲焼店が一堂の会して討論を行うという、画期的な試みが行われました。ニホンウナギの産卵場所の特定に成功した塚本教授が音頭を取る「東アジアウナギ資源協議会日本支部」が主宰する、うな丼の未来を考えるシンポジウム、「うな丼の未来・ウナギの持続的利用は可能か」の発表内容を一冊に纏めた書籍が刊行されています。

現在の鰻が置かれている状況を最大限漏らさず(意図して抜けている部分が有るとの指摘もあります、参加者の顔ぶれから想像してください)記録した一冊。本書にご興味を持たれた方ならきっと気になる内容かと思います(前述の井田徹治さんも登壇されています)。

うな丼の世界

うな丼の未来」(東アジアウナギ資源協議会日本支部 編、青土社)

<おまけ>

  • 文学書を思わせるデザインと鱗を思わせる用紙の装丁が目を引きますが、出版元は理系の皆様御用達の「化学同人」だったりしますので、もちろん本屋さんでは生物のコーナーにあります。手に取ったとき「えっ」と思わせられましたが、装丁がどれだけイメージを変えることが出来るかの好例ですね
  • 同じ著者グループによる「旅するウナギ―1億年の時空をこえて」(東海大学出版)がありますが、こちらも一般的な化学書と一線を画す綺麗な装丁ですし(大型本という所がまた凄い)、塚本先生の単著でもある「世界で一番詳しいウナギの話」も飛鳥新社らしい一般読者が手に取りやすい装丁です。もしかしてウナギの研究者の方は流石に江戸文化の香りを伝えるだけあって「粋」をお持ちなのかしらと…

併せて読んでいた本達

ウナギ大回遊の謎

ウナギの水産学、特にウナギの回遊に興味のある方はこちらの方がより詳しく述べられていますね(価格も安いし)「ウナギ大回遊の謎」(塚本勝巳 PHPサイエンスワールド新書)

新鮮イカ学(小)

今回紹介した本と同じようなコンセプトですが、より研究者の側面で述べられた「エッセイ集」的な構成で纏められている一冊。「新鮮イカ学」(奥谷喬司編著 東海大学出版会)話題のダイオウイカ研究の第一人者である窪寺先生も寄稿されています

鮪

本格的な魚類の文化論としてはこちら、そのものズバリ「鮪」(田辺悟 法政大学出版局)文化論として魚一匹でこれだけの議論が出来てしまうという例。

ウナギの博物誌(小)

「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)オリオン書房立川ルミネ店で購入