今月の読本「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)

雪が降りしきるお休みの日。こんな日には読書が似合う。

週末以来、溜まりに溜まった本を片付けること3冊目(昨日2冊買ってるだろう…)。きょうはこちらの本を紹介。

昨夜のNHKで放送されたダイオウイカのハイビジョン映像、国立科学博物館の窪寺先生が為し得た快挙でしたが、それに勝るとも劣らない近年の水産/魚類学の快挙が「ウナギの産卵場所の特定とウナギの人工養殖成功」です。

産卵場所の特定は東京大学の塚本先生のグループが幾多の困難と国家規模での調査活動の末に達成した成果ですが、ちょっと疑問が湧きませんか。

「どうして、私たちはそんなに海洋生物に執着するの?」

そんな疑問に答えてくれるのが、所謂「文化史」というものではないでしょうか。

日本人が世界有数の魚食民族であることは既にご承知かと思いますが、何かをし続けること=文化だとすれば、魚食も立派な「文化」なのかと思いますし、この活動を研究することが所謂「文化史」になり得るのは当然の帰結ですね。

魚食一般が日本人の「食文化」なのであれば、その中で特徴的な「材料」に特化する文化史も当然成立するわけですが、「材料」である「魚たち」はそれ自体も生物/科学的研究対象となるため文化だけでは終わらない奥深さを有していることになります。

そのような分野をカバーする学問に「博物学」という学問分野があります(我々のような博物館を踏破する物好きの行動を研究する訳ではありません)。荒俣宏さんが著名ですが、その分野は歴史/民俗/地勢/気象/海洋/政治/商業…とおそよ人間が生活するに当たって関与するすべてを包括する膨大な領域をカバーする学問で、中途半端で修まる学問分野ではありません(参考までにこちらのマルハニチロホールディングスに掲載されているサーモンミュージアムをご覧頂ければ、どれほどの領域が含まれるかさわりだけでも判るかと思います)

ウナギの博物誌

と、前置きが長いのですが本日のお題は「ウナギの博物誌」(黒木真理 編著・化学同人)。著者は東京大学総合研究博物館で魚類生態学を研究されている方です。

著者の方から想像されるように、誌面の3/4はウナギの科学的研究に関する動向に費やされています。

特に世界で初めてウナギの産卵場所を特定された塚本先生が担当されている部分は興味深く読むことが出来るかと思います。また、完全人工養殖(人工ふ化で生まれた親から人工ふ化で2世代目を成長させる)の話を読めば、水産学としてこの魚種にどれだけ力を入れた研究が為されているかを実感されると思います(他著をお読みでない場合に限る)。

その一方、現在のウナギ漁問題、特にシラスウナギの漁獲高激減のグラフをご覧頂ければ驚きと供に、どうしてこうなってしまったの?との大きな疑問を持たれるかと思います。

残念ながら漁獲高減少に水産学も回答を示せていないのが実情のようですが、本文には僅かながらに理由が述べられています。

ところで、皆さんは子供の頃にウナギを食されたことがあるでしょうか?例えば恩師に連れられてとか、両親がお世話になっている方が来訪されているからとか、とにかく家族でとか自分でうなぎ屋ののれんを潜るとか出前を取るというのはそれこそ社会人になってからでも余程のチャンスが無いと出来ないことだったのではないかと思います。

ところが、最近では夏のシーズンになるとスーパーの魚売り場には調理済みの蒲焼きが並び、総菜コーナーには僅かながらの蒲焼きの「破片」を載せたお弁当が500円もせずに売られています。時にはコンビニのおにぎり売り場にまで天むすならぬ「蒲焼きのおにぎり」が並ぶことすらあるくらいすっかりウナギは大衆的な魚になってしまいました。

同じような事が、鰤でもあったと思いますし、鯖にしても、鮭にしても決して安い魚では無かった筈ですね。現在では鰤はハマチとなり、鯖はノルウェーから切り身で空輸され、鮭はチリの太平洋沖合で育てられています。

ウナギも同じような道筋を辿ったわけですが、これらの魚種と決定的に異なる点がある事を本書では多方面の推測に基づいて述べています。

ちょっと暗くなってしまうお話もありますが、後半には所謂「うなぎ文化史」的なお話も多々ありますので、まずはつまみ食いで読んで頂いても充分楽しめるのではないでしょうか(鰻と三嶋神社についての考察は一冊の本として読んでみたいですね)。

こんな風に「博物学」は時に「歴史/文学」といった文系学問や「消費経済学/マーケッティング」までも含んでしまう大きな学問分野なのです。

こんな風に書くと堅苦しい議論が延々と続く本なのではないかと懸念されるかもしれませんが、平易で読みやすく、文体も各章でなるべく揃えられており、編纂者の方がかなり気を遣わた事を伺わせます。

ちょっとウナギに興味がある方で、博物学という響きに惹かれてしまう(要は物好きさんですね)であれば、楽しく読めること間違いなしの一冊かと思います。

その上で、どうかこの貴重な魚種についてもっと興味を持って接して頂ければ幸いではないでしょうか。何せ「貴重」なのですから。

<追記>

もし、この本にご興味があり、かつウナギの資源問題についてまずはWEB上で確認されたいと思われた方は是非こちらのサイトをご覧いただきたいと思います。本書でも寄稿されてます共同通信社の井田徹治さんがナショナルジオグラフィックWEB版に寄稿された連載記事「ウナギが食べられなくなる日」です。2013.7.11に1年ぶりの更新となる第4回目が追記されました。

厳しい内容が綴られていますが、下記の塚本教授のコメントを是非一度考えてみて頂きたく思います。

「天然ウナギは食べない、とらない。安いウナギを頻繁に食べるのは控え、高くても、美味しいとびきりのうなぎを、晴れの日のごちそうとして、たまに堪能するようにしよう。それがウナギ保護の重要な一歩だ」

<追記の2>

2013年の土用の丑の日。ウナギの持続的利用を願う、研究者、行政関係者、マスコミ、漁業者、そして利用者である養鰻業者、蒲焼店が一堂の会して討論を行うという、画期的な試みが行われました。ニホンウナギの産卵場所の特定に成功した塚本教授が音頭を取る「東アジアウナギ資源協議会日本支部」が主宰する、うな丼の未来を考えるシンポジウム、「うな丼の未来・ウナギの持続的利用は可能か」の発表内容を一冊に纏めた書籍が刊行されています。

現在の鰻が置かれている状況を最大限漏らさず(意図して抜けている部分が有るとの指摘もあります、参加者の顔ぶれから想像してください)記録した一冊。本書にご興味を持たれた方ならきっと気になる内容かと思います(前述の井田徹治さんも登壇されています)。

うな丼の世界

うな丼の未来」(東アジアウナギ資源協議会日本支部 編、青土社)

<おまけ>

  • 文学書を思わせるデザインと鱗を思わせる用紙の装丁が目を引きますが、出版元は理系の皆様御用達の「化学同人」だったりしますので、もちろん本屋さんでは生物のコーナーにあります。手に取ったとき「えっ」と思わせられましたが、装丁がどれだけイメージを変えることが出来るかの好例ですね
  • 同じ著者グループによる「旅するウナギ―1億年の時空をこえて」(東海大学出版)がありますが、こちらも一般的な化学書と一線を画す綺麗な装丁ですし(大型本という所がまた凄い)、塚本先生の単著でもある「世界で一番詳しいウナギの話」も飛鳥新社らしい一般読者が手に取りやすい装丁です。もしかしてウナギの研究者の方は流石に江戸文化の香りを伝えるだけあって「粋」をお持ちなのかしらと…

併せて読んでいた本達

ウナギ大回遊の謎

ウナギの水産学、特にウナギの回遊に興味のある方はこちらの方がより詳しく述べられていますね(価格も安いし)「ウナギ大回遊の謎」(塚本勝巳 PHPサイエンスワールド新書)

新鮮イカ学(小)

今回紹介した本と同じようなコンセプトですが、より研究者の側面で述べられた「エッセイ集」的な構成で纏められている一冊。「新鮮イカ学」(奥谷喬司編著 東海大学出版会)話題のダイオウイカ研究の第一人者である窪寺先生も寄稿されています

鮪

本格的な魚類の文化論としてはこちら、そのものズバリ「鮪」(田辺悟 法政大学出版局)文化論として魚一匹でこれだけの議論が出来てしまうという例。

ウナギの博物誌(小)

「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)オリオン書房立川ルミネ店で購入

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今月の読本「ウナギの博物誌」(黒木真理編著 化学同人)」への10件のフィードバック

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  2. ピンバック: 今月の読本「かつお節と日本人」(宮内泰介・藤林泰 岩波書店)連綿と続く「南洋」への道筋 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  3. ピンバック: 今月の読本「かつお節と日本人」(宮内泰介・藤林泰 岩波書店)連綿と続く「南洋」への道筋 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  4. ピンバック: 今月の読本「スズメ つかず・はなれず・二千年」(三上修 岩波科学ライブラリー)柔らか科学本が語る「何も判っていない隣人のこと」 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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  6. ピンバック: 今月の読本「カヤネズミの本」(畠佐代子 世界思想社)小さな隣人を通じたフィールドワーク研究者の物語 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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