ちょっと古い小物達(スマートフォンへのアプローチ Nokia E61)

ちょっと古い端末達の物語。

これまでは所謂PDAでしたが、今回ご紹介する端末からいよいよ恒常的な通信機能を有した「スマートフォン」へと進化していきます。

ところで、スマートフォンの定義って何でしょうね?

マスコミなどの一般的にはiphone登場以降に普及した用語だと思いますが、実情としては「汎用OSを搭載し、プログラムを入れ替えることが出来る通信/通話機能を有する携帯端末」ですよね。

以前ご紹介したChipCardにもPHSに内蔵されたモデルがあるように、PDAを使ってきた人であれば端末にケーブルやカードでモデムや通信機器を繋げることで実現していたことですよね。

過去に星の数ほどPDAや超小型PCは出てきましたが、現在のスマートフォンの隆盛にはほど遠い普及度でした。まあ、コンテンツや包括的サービスの話は専門の方にお任せして、端末としての機能に絞って議論をした場合、windows-CEの推移を見れば判るようにハードウェアが実現した機能としてはさして変わらない物だと思います。

ところが、爆発的な普及を見せていた携帯電話側から見た場合、購入した後で携帯電話の機能をカスタマイズ、追加できることは画期的な進化でした。

今回紹介する端末は、まさにその過渡期に登場した端末です。

E61_1

Nokiaが日本市場に本格的に参入するかを探るため、そして当時はまだ少なかった海外渡航者向けの携帯を提供する目的で導入されたキャンディバータイプのキーボード付携帯E61です。

現在でも日本では全く普及していない所謂「SIMフリー」端末であり、また極めてまれな「端末製造者が販売する」という、スタイルを採った端末という意味でも極めて特異な端末でした。

E61_2

メーカー自身が販売する以上、SIMフリー端末にも関わらず、ちゃんと技適シールが貼ってあり、国内キャリア(DOCOMO、Softbank)のSIMカードがちゃんと使えました。

尤も、少々片手落ちな所もあり(当時のDOCOMOが戦略変更した事もあり)3Gの周波数帯が所謂「プラスエリア(800MHz帯)」に対応しておらず、Softbankで使うには問題ないのですが、DOCOMOで使うには電波の掴みの問題もあり、実用性が余り良くないという並行輸入品同等の悩みも有しています。

従って、電波状況の悪い田舎住まいの私にはかなり使い勝手が悪く、結果的に携帯端末使用歴の中ではかなり短命に終わってしまった一台です。

なお、SIMフリー故、簡単に「パケ死に」出来ますので、これも使用を控えめにする結果に繋がっていました(抜け道探すことが流行ってましたね)。

ところで、Nokiaの携帯電話が全世界的に普及したタイミングで旧来の携帯電話と大きく異なる仕様変更が行われています。

所謂「組み込みOS」を前面に出した携帯電話の設計を行ったことです。

Nokiaが大躍進していたとき、東大の坂村先生が「世界で一番使われている携帯用OSはμ-iTRONだ」と豪語されていたように、以前から携帯電話の機能をソフトウェアとして実装する手段として組み込みOSが用いられてきたのは明らかな事実です。

特にハードウェアの絶対的な能力が限られている時代、職人的なハードコードを駆使してぎりぎりのリソースを使いこなして端末に機能を実装していく事はある意味「日本人のお家芸」でした(私の知人にもこの筋で達人の方がたくさんいらっしゃいました)。

ところが、端末の機能競争が激化、開発サイクルが四半期ベースとなり、毎回新しいコードを起こしているようでは到底スケジュールに間に合わない時代となったとき、なるべく根底の機能には手を入れないで追加される機能の開発に力を入れる手法を考えるのは自然な流れで、携帯電話の開発にもPC同様にOSが導入されるのも当然の結論でした。

このような考え方を具現化する場合、日本人の方が取り組むのが早かったりするわけで、携帯電話のプログラム開発もOSを中核においた開発にどんどん移行していったわけです。

このとき、主にハードウェアの制御を目的としたOSの普及をその上で動かすアプリケーション層まで拡大すれば今とは異なった展開もあったのかもしれません。が、如何せん「標準化」を大の苦手としている日本人です、家電製品の機能が象徴するように「どれだけ微に入り細に拘る」かを美徳とする民族ですから、毎回のように新しいユーザーインターフェイス、機能を盛りこんでしまいます。

その結果、汎用性を狙ったソフトウェア設計は徐々に破綻して、結局カスタマイズのお化けが出来上がっていったのです(ここには通信キャリア主導の端末政策が標準化と相容れないという側面もあります)

ちょうどそのような時に出てきたNokiaの携帯達は日本の携帯電話からすれば妙なことにどのモデルも同じようなユーザーインターフェイス、メニュー構造を持っており、端末デザインから来るスマートさとは少々異なる「極小さなPDA」を思わせる画面構成で登場してきました。

既にご承知の通り、当時のNokiaは以前Psion-Revoの時に紹介したSymbian OSを採用していましたが、これまでの携帯電話開発では主にハードウェア制御の部分を重視していたOSとしての機能を、Symbian OSの場合、UIの部分にまで拡張した(というより、ハードウェア制御の部分を強化して、UIは縮小化した)結果によるものですね。

確かにUIの表示機能的には画面上で羊さんやタケノコが踊るわけでもなく、バナー広告が流れるわけでも無かったのですが、同じNokiaの携帯電話同士であれば、説明書を読まなくても簡単に使い始められるという「操作性の統一観」はSIMフリーが前提でキャリア間の移動が激しい市場ではシェア拡大に大きな効果があったはずです。

また、開発環境が提供されたことにより、サードパーティからアプリケーションも供給されたのですが、これまでのPDAを大きく異なりそのまま端末にdownload出来る気軽さから、決済システムの整備に伴って「端末だけでソフトを買える/使える」現在のマーケットのひな形が育ちつつあったのものOSによる端末間の共通性故の効果でした。

こうして、UIには不満があるもののその簡便性と同一OS搭載モデルシリーズ全体のボリュームの力によってこれらの携帯電話は急速に普及していったわけです。

このUIを含めた携帯電話のOS化にはもう一つ重要なハードウェアの変化を伴っています。すなわち「携帯端末におけるARMコア制圧!」という側面です。

Psionの時代からそのCPUにはARMが使われていましたので、正統進化であるSymbian OSがARMをターゲットに設計されるのは自然な流れです。一方、windows-CEは複数のCPU、特にIntelへの配慮を常に考えなければならないため、下位のレイヤーまで仮想化が行えるだけのハードウェアパワーが得られるまではCPU毎にソフトを開発する必要が長く続き、Windows-Phone普及の足枷になったのは事実かと思います(その悪癖はWidows8とRTが併存する現在まで陰を落としていますね)。

このようにARMが携帯電話に使われることによって、OS側も消費電力制御や通信制御関連のIPを蓄積していき、CPU側もコアにこれらの機能を組み込んでいくことで(ARMはIPとしてライセンスされるので、実際のチップ設計は実装する側に委ねられる。クアルコム躍進の原動力ですね)、ARMが携帯端末用CPUのほぼ全てを制圧する結果となったわけです。

ここまで来ると、日本の端末製造企業やプロセッサ製造企業の先進性は逆に汎用性がないという足枷となった結果、現在の凋落を迎えるわけです。

駄目出しばっかりしているようですが、一つの光明もあります。

確かに、ハードウェアの下層部分が徐々に汎用化されていくのは自然な流れであり、その結果がOSとして汎用化されハードウェアにおける差別化が相殺されるという点では昔の国産PC達と携帯電話は同じ道を歩んだ訳です。

そうであれば、DOSがwindows95によってオーバーライドされ、現在のようなUI全盛になったように、スマートフォンのOSもいずれはより上位のレイヤーにカバーされる運命にあるはずです。

前述のような見方をすれば、現在の最上位レイヤーは実はブラウザであり、現在採用が徐々に進みつつあるHTML5が下位のOSが賄っていた機能をカプセル化出来たとき、OS差異は表示上の単なる「誤差」となる筈です。

その時必要となるハードウェア、ソフトウェアは何になるのでしょうね。

ちょっとNokiaのはなしから脱線が過ぎましたが、最後に決して外したくない「キャンディバータイプのキーボード付端末」としてのE61です。

E61_3

その普及度(主に空港で販売されていたようです)故に、並行輸入品同等じゃないのと穿った見方をしてしまいがちなE61ですが、さにあらず。ちゃんとした日本語キーボード(マナーモードボタンもあるのです!)を用意し、OSも日本語表記、もちろんIMEも標準でインストールされており「変換」キーも用意されています。

キーは比較的大きくて、キートップ自体に中央部に向かって傾斜が付けられていますが、節度感がないキータッチは心許なく、実際に決して入力しやすいキーボードではありませんでした。

また、トラックポイントも付いていますが、単画面で表示を極力完結させるUI設計上、上下スクロールは多用するものの、左右スクロールはメニュータブの移動以外余り使うことが無く、この後に出てくるよりシンプルなシーソーボタン式に道を譲ることになります(操作性は劣りますが、Blackberryのトラックボールより耐久性はあります)。

端末自体、画面表示を横320pixelで確保するため大分幅広となっており、小柄な日本人の手だとちょっと余る感じがしますし、ボディの厚さも含めてどうしても「過渡的な端末」というところが逆に憎めないですね。

E61_1

Nokia E61

2007年春頃?にNokiaから直接購入

広告

ちょっと古い小物達(スマートフォンへのアプローチ Nokia E61)」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: ちょっと古い小物達(Nokiaの絶頂と凋落を表すシンボル、E71) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  2. ピンバック: さよならNokiaそして、こんにちはLumia1020 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  3. ピンバック: ブログ開設1周年の記録 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中