今月の読本「昆布と日本人」( 奥井隆 日本経済新聞出版社)

Twitterで見かけた本が好き!さんの書評を見て、読んでみました。

ちょっと不思議なラインナップが目に付く「日経プレミアシリーズ」の文庫本、発刊数自体が少ないので、手に取る機会が少ないかと思いますが、ベストセラーになった「残念な人の思考法」(山崎将志)でご存じの方もいらっしゃると思います。

日経プレミアシリーズの特徴として著述がプロの方では無く、普段纏まった著述を手がけない「その道のプロ」と目される方が直接執筆している本が出ていることです。

この辺りは日経の取材を通じての人脈が生きているのだと思いますが、テレビ等では紹介されることが多い方でも、もう少し掘り下げて話を聞いてみたい、出来れば書籍で読んでみたいという要望に応えてくれるシリーズだと感じています。

と、いう事で、今回の読本は敦賀の昆布問屋を系譜を今に伝えていらっしゃる方の手による一冊「昆布と日本人」(奥井隆 著)です。

昆布と日本人

「明治維新は昆布のおかげ!?」という、ちょっとキャッチーな帯はまあ、置いておくとして、内容は何故、敦賀が昆布の街になったのかから始まります。

北前船の隆盛、薩摩を挟んだ琉球貿易と昆布料理の定着と、最近よく知られるようになった江戸時代の日本海沿岸取引の物語が展開しますが、実は富山の薬売りが薩摩の琉球(清朝)貿易と北前船の流通網の仲介をしていたのではないかなど、ちょっと珍しい視点に立ったエピソードを挟みつつ、昆布問屋としての生い立ちを述べていきます。

この後テレビなどでは余り語れない、意外な事実が語られ始めます。

実は戦災によって戦前の敦賀で一二を争う問屋としての家産をほぼ失ったこと、自分の代になるまで昆布の生産地である北海道に足を踏み入れたことが無かったこと、今では当たり前になったデパートなどの物産展に出展するまでは客先にすら足を運ぶことが希であったこと等…。

テレビ等で「老舗の昆布問屋」「永平寺さんの御用商」等と取り上げられて、さぞかし伝統を重んじる老舗の店主と勘違いしそうですが、実情は全く異なり戦後の経済成長の中で伝統産業がどの様に生き残っていくかの模索と挑戦の結果が、現在の名声へと繋がっていることを本書を通じて知ることになります。

そのような厳しい状況の中で「伝統の再編成」に携わった方が改めて見つめ直した「昆布」という商材の魅力について、本書はわかりやすく説明しています。

尤も顕著な例は、今や著名な「蔵囲昆布」についても、保温、保湿庫を新たに建てて、昔の蔵に保存するより遙かによい環境で保管することによって熟成を図っている等、昔のやり方にしがみついている訳ではなく、現代の食品に対する要望に応えようと常に革新し続ける姿が垣間見られます。

もちろん昆布の話をするときに避けては通れない「うまみ調味料」に対する言及もありますが、決して否定するわけでは無く、それ故に新たな販路をデパ地下に見いだし、扱いやすい商材となるようにする努力もされています。

ただし、闇雲に拡販に走るわけでは無く「品格」を崩すことはしなかったという一言に強い説得力を感じました(日経的には老舗ブランド確立の法則なのでしょう?)。

このような先駆的な考えをお持ちの方故でしょうか、熟成とテノワールにおける昆布とワインの類似性に関する言及やフランスでの普及についてかなりのページを割かれていますし、その説には頷かされるところも多いかもしれません。

あとがきで「たかが昆布で一冊の本ができました」などと書かれていますが、とんでもない、食材こそ文化史を彩る重要なキーであることは前回の「ウナギの博物誌」で述べさせて頂いたとおりで、全ての食材の下支えを司る「出汁」の材料である昆布に深い物語が無い訳がありません。

このような形で、食材に対する総覧的な読み物が最近増えてきたことはとても嬉しいことですし、今までこの分野の本について多くは研究者の方や世界中を廻ることの出来た通信社やジャーナリスト出身者の方が書かれた物が多かったと思いますが、今回のように商材として扱っていらっしゃる方々の本が増えてくると、もっと違った視線、魅力が明らかにされてくるのではないでしょうか。

そのような意味で、このシリーズの益々の充実を期待するところです。

<おまけ>

  • 昆布の話は殆ど出てこないのですが4章の「永平寺の御昆布司」は歴史や伝統文化に興味のある方であれば必読です。永平寺での修行と食の物語は読みながら、思わず姿勢を正してしまうくらいの誠意さがそこにはあります
  • テレビとかで最近取り上げられる「ワイングラスに出汁を取って色味と味見を比較する」事を始めたのはこちらの方のようですね。正にワインのテイスティングな訳で、同じコンセプトを昆布の比較に持ち込んだわけですね
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