今月の読本「武士の誕生」(関幸彦 講談社学術文書)中世封建制も皇国史観も欲しくないのだが…

私は生まれも育ちも神奈川なので、鎌倉幕府に始まる武家政権の歴史的舞台に囲まれて育ちました。

子供の時の遊び場は畠山重忠が果敢にも北条家と戦い敗れ去った古戦場。探検する場所は旧旗本が住んでいたと言われる長屋門。

親の故郷は鎌倉の直ぐ近く。祖父母達と会った後は八幡宮と鎌倉大仏に参拝するし、春になれば大岡越前守の墓にお参りして学業成就を願う。

休みに連れて行ってもらう観光地と言えば小田原城に早雲寺、湯河原に行けばもちろん、ししどの窟。山に向かえば金時神社に阿夫利神社と日向薬師と…まあ、武家政権に関わる物だらけの神奈川県ですので、親近感も湧く訳です。

そんな訳で武家の歴史、特に東国武士の誕生から鎌倉幕府成立に至るまでの部分については子供の頃から興味を持って色々な本を図書館で読んだものでした。

社会人になって、ある程度自由に書物を購入できるようになると、やはり興味のある分野の本は積極的に購入して読もうと思いますので、同じような内容の本でも色々な著者の手になる本が必然的に集まってきます。

そんな中で購入した今回の一冊「武士の誕生」(関幸彦・著 講談社学術文書)、1999年にNHKブックスのシリーズから刊行された本の文庫版です。

武士の誕生

こちらの講談社学術文庫ですが、今回の本のように少し前に刊行された新書版の歴史関係書物などを積極的に文庫化しているため、当時入手できずにいた本を再び手にすることが出来たときはちょっと嬉しくなります。

シリーズ全体も「読み物以上学術書籍以下」といった感じで同じ講談社の現代新書よりやや硬派かつ、専門的な内容のため、ある分野、テーマについてじっくり読みたい方には良い文庫シリーズだと思います(価格はやや高めですが)。

同じようなシリーズの文庫である中公新書が最近かなり「軽め」のタイトルを増やしつつありますので、その文庫としての硬派ぶりは更に際立っていますね。

この本も原本は当時購入できなかったのですが今回、漸く読むことが出来ました。

内容的には原本が出版されてから13年が経過していますのでその間に刊行されたあまたの同時代を取り扱った書物、特に昨年放映された大河ドラマ「平清盛」にあやかって刊行された書物に記載されている内容とほぼオーバーラップしています(ちなみにに同著者が2010年に出された「鎌倉殿誕生」は既読です)。

そういう意味で、新鮮味は足りないところですが、その代わり大きなポイントとして「通史としての武士」を取り扱っている点は未だ色褪せていないのではないでしょうか。

特に、読んでいて他の書物にも影響を与えている(著者自身も脚注で多数の研究成果に依拠して記述していることを述べていますが)部分がかなり多く見受けられると思います。

まずは、律令制軍団の集団戦法から兵の個人戦闘へなぜ変化したのか、それによって「軍事力」を請け負う層が板東に発生したとの説。

次に、俘囚の役割(功罪)と板東に兵力が蓄積されていく経緯を述べていますが、東国以外、特に九州での事例を織り交ぜて解説している点は非常に好感が持てます。

また、今や殆ど定説となっている「軍功の家」についても述べていますが、早期に分裂し在地主義と中央権門の影響下に於いて地歩を固める2つの武門系列が発生(それ以外に旧地方豪族層の生き残りも居たはずですが)、最終的な矛盾の解消をちゃんと上総介広常暗殺に結びつける点は流石にうまい組み立て方だと思いました。

しかも、「権門体制」と「東国国家論」のどちらも否定していない点は読んでいてバランスの良さを感じます(内容的には王朝国家から軍事権を分与された形であると述べているため「東国国家論」を否定している記述なのですが、一方で実力において東国に全国政権が構築されたことを認める内容になっています)。

そのような意味で本書はバランス良く「武家の誕生」について概説を俯瞰できる本であると言えるのですが、どうしても腑に落ちない点もあります。

「武士の誕生と武家政権」の話になると必ず出てくる「戦前プロレタリア主義に感化された」とか「ヨーロッパの農奴解放と中世封建制からの影響」挙げ句の果てには「皇国史観」云々…。

たぶん「歴史研究者達の思考・論点における系譜と変遷」だと思うのですが、本書でも文中及び脚注で度々これらについての指摘が出てきており、最後の一章はこの議論のために割かれています。

一般の読者から見ると「武家の誕生」の話が読みたいのに毎度毎度、20世紀の「中世日本史研究史論」ないしは「東西2大大学の学閥論」を読まされるのは正直辟易してしまうところです。

一般向けの歴史書籍の記述においてもあからさまにこれらの対立軸を議論する事を旨としている研究者の方もいらっしゃるようですが、読者は中世の歴史の話が読みたい訳で、別に戦後公職追放された方の戦前の研究に対するスタンスやその思想の潮流が現代の研究に与える影響とか、戦前の国史編纂に関わる国家の関与の話を読みたいとは思っていないと思います。

「権門体制」と「東国国家論」の議論も正にその一翼を担っていると思うのですが、正直どうでも良いんじゃないですかと思ってしまうのです。

いずれにせよ明白である「鎌倉に幕府という名の権力機構が存在し、一部の御家人と呼ばれる武力保持者の権利を代弁・仲介していた」そこに至る歴史的なプロセスをより深く知りたいと思っているだけなのです。

このように感じてしまうのは、これら書物を執筆されていらっしゃる筆者の皆様と私のジェネレーションギャップなのでしょうか、それとも「白亜の巨塔」に住まわる方々の視点は遙か高みを見据えているからなのでしょうか…。

そういう意味では、昨年刊行された細川重男氏の「頼朝の武士団 ~将軍・御家人たちと本拠地・鎌倉」 (洋泉社 歴史新書y)はなかなか楽しい切り口でかつ、正鵠を射ていたのではないかと思っています。

<おまけ>

  • 最近、講談社の文庫に「新刊のお知らせ」が折り込まれないようになりましたね。地方に住んでいると学術文庫などは入手しにくいので、現代新書などの新刊に折り込まれているお知らせを読んで、次に東京に出るときに何を買い込もうかな?などと楽しい想像が出来たのですが、ちょっと難しくなってしまいました
  • 神奈川発祥の武士にご興味がある方は「相模武士-全系譜と史蹟」全5巻(湯山学・著 戎光祥出版)がおすすめです。かなりマニアックで編集も粗めなので、面食らうところもあるかもしれませんが郷土史家の方が纏めた集大成と言って良いシリーズです。相模を出自とする武士の全国への広がりを見ていると武家政権の成立がどれだけその後の歴史に影響を与えたかを実感できます
  • 来月刊行予定の「動乱の東国史2 東国武士団と鎌倉幕府」(吉川弘文館)は正に気にしている部分が取り上げられる訳で、今から期待して待っています(1巻目は通史に偏ったためちょっと早足過ぎで物足りなかったですね)
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