今月の読本「江戸幕府と国防」(松尾晋一 講談社選書メチエ)貿易都市長崎守衛の通史と長崎奉行

細々とした本を読み続けていたここ数週間。

少し落ち着いて読もうと買いこんだ一冊だったのですが、あっという間に読めてしまったのでちょっと纏めてみようかと。

昨今、東シナ海近辺で色々な事が起きているため、焦点が当たっているのでしょうか。この手の本は毎年数冊ずつ出ているのですが、これほどズバリの題名を冠した本はなかったはずです。「江戸幕府と国防」(松尾晋一著・講談社選書メチエ)です。

江戸幕府と国防

まず、この表題を見てどのように思われるでしょうか。

  • 江戸初期のオランダ貿易への収斂から鎖国に関する話
  • ラックスマンに始まる幕末のいわゆる「海防」に関する話

一般的にはそのどちらかの話を期待されてこの本を手に取られるのではないでしょうか。

もちろん、本書にはそのどちらも記述されていますが、残念ながらどちらも本書のテーマからやや離れています。

まず、取り扱っている時代は僅か200ページ程の中でそれこそ家光の時代、出島へのオランダ商館移動から始まってペリー来航後まで含まれています。そして著述の中軸に位置するのはこれまで江戸時代の海防を扱った本ではあまり触れられてこなかった、綱吉から吉宗にかけての対外政策、特に「唐船打ち払い」関係の叙述だったりします。この点からも、本書はちょっと異色の一冊です。

そして、著者の経歴をご覧いただければ容易に想像できると思いますが、本書は実のところ江戸幕府の防衛政策を述べている訳ではなく「長崎奉行と長崎警備諸藩」の通史なのです。

この点を踏み違えて読み始めると、表題と内容に落差を感じてしまうかもしれません。

もちろん、江戸時代を通じて唯一の「貿易都市」であった長崎の物語を描けばそのまま江戸時代の国防(海防)の推移を叙述できることになるかもしれません。

しかしながら、オランダ商館の物語を語るには江戸参府は欠かせませんし、江戸時代の貿易を述べるのであれば四辺の交流(蝦夷、対馬、薩摩、そして長崎)を外す訳にはいかないかと思います。

その点で、本書は前述のように長崎奉行と長崎警備を請け負っていた西国諸藩およびその周辺諸藩の動きを追うことに注力しているために「長崎目線」とでもいうべきちょっと当地の事情に偏った視点での叙述に終始しているように思えてしまうのです。

では長崎を基軸にした視点で幕府の政策が語れるかというと、長崎奉行が独断で兵力を動員できたわけでも、自身の判断で貿易都市長崎の防衛政策を差配出来た訳でもなく、実に遅延な幕閣との協議、同意の上での行動しか許されていなかった訳です。更に重要な案件になれば「目付」が幕閣の名代として派遣、事後を取り仕切ってしまいまいます。そうなると幕府の政策を語るにはどぅしても幕閣の動向が欲しくなるわけですが、この辺りが「長崎目線」なのでしょうか、遠い東の果ての話を喧伝しているような感じで、どうても片手落ちの感が拭えないのです。

幕府の対応を語る以上、長崎以外で起きた事象についても述べていますが(釜山の倭館、蝦夷地でのロシアとの衝突)、いずれも最重要ではあるが幕府の情報網の一端に過ぎなかった長崎が知り得た情報をベースにした記述であって、幕府全体の海防政策を語るにはやや不足なのかなと思わせていしまいます。

そのような点を考えても、長崎奉行と警備諸藩の動きや役割の変遷、長崎聞役の役割と諸藩の対応に関する著述に特化した内容であれば、詳細かつとても魅力的な一冊になったような気がするのですが、その他がやや拙速に過ぎてちょっと題名負けしてしまっているような気がしてなりません。このようなキャッチーな題名を付けないと売れないと判断されたのでしょうか。

図らずも、著者はあとがきで通史としての体裁を取りつつ、実は江戸中期を主題として取り扱っており、「平和ボケ」した時代であったという一般的な印象に対して異議を唱えんが為に本書を上梓したと述べられています。

「国防」という表題にもかかわらず、冒頭で新井白石と正徳新例を取り上げている点からも、著者がこの貿易制限政策によって生じた歪による抜け荷の横行と「唐船打ち払い」に至る経緯を何らかの形で叙述されたいのだなという想いは感じられていましたし、その内容自体は一冊の本として非常に興味がそそられる内容になるのではないかと次作を期待する次第です。

<おまけ>

  • 江戸時代の長崎を取り扱った本の特徴なのでしょうか、幕府直轄地ゆえの「お上から下ってくるもの」といった感覚と地場のプライドとの相反、辺境の後ろめたさと貿易の先端であったという自負がないまぜになったという意味では、こちらの「長崎奉行 等身大の官僚群像」(鈴木康子・筑摩選書)の記述とそっくりな感じがします
  • 「海防」ではないのですが、個人的に江戸時代の海外関係の本でお気に入りなのは「漂着船物語―江戸時代の日中交流」 (大庭 脩・岩波新書)です。沿岸地の住民にとって江戸時代は隔離された鎖国状態ではなかったことがよく判る一冊です。
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今月の読本「江戸幕府と国防」(松尾晋一 講談社選書メチエ)貿易都市長崎守衛の通史と長崎奉行」への2件のフィードバック

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