Avanti最終回に想いを寄せて(一社提供長寿番組への望郷)

Avanti最終回に想いを寄せて(一社提供長寿番組への望郷)

今夜、Toyko-FM系で全国ネットされていたサントリー一社提供プログラムである「Suntory Saturday Waiting Bar “AVANTI”」が最終回を迎えました。

番組構成上、前回で既に番組としては終了しており、今回は「その後のAvanti」というコンセプトで、いつもと変わらない番組構成に徹したようですが、製作陣の番組への想いを込めた、最後の教授の一言「じゃあ、また今度の週末に」というセリフは、日常の一コマをテーマとしてきた番組としては最高のラストメッセージだったのではないでしょうか。

1992年と言う、バブル崩壊直後に始まった長寿プログラムに敬意を表するようにTokyo-FMとサントリーの協賛という形で、スペシャルなリスニングイベントを用意して、出演者が最後に登壇して、セッションを行うという(こちらのtogetterをご覧いただければ雰囲気が判るかと)、いう粋な計らいもありましたが、昨年末の山下達郎サンデーソングブック(こちらは複数社提供のプログラムとして残っていますが)に続いて、FMで放送されている一社提供の長寿番組がまた一つ、終わったことになります。

(リスニングイベント後のセッションの模様が動画で上がっています。こちらよりリンクをだどって頂ければ。THANK YOU『AVANTI』presented by JIM BEAM” 2013.3.30 セレモニー完全収録:2013.3.31追記)

一社提供、かつスポンサーの変更が無い全国ネットのFM番組というともはや「ジェットストリーム(こちらも現在は複数提供)」か「キユーピー・ハート・オブ・サンデー」位でしょうか。

21年前のリスナー層を想像すると、多分第二次ベビーブーム前後に生まれた、社会に出始めた人、社会に出る直前を迎えた大学生たちをターゲットに据えていたでしょうし、番組自体もちょっと大人の雰囲気を醸し出させ、背伸びをしたイメージを大事にしていたと思います。

出演者は何度か変わりましたが、ゲストの選定基準としては最終回までそのようなコンセプトは不変で、最終回のゲストの皆様もその道のスペシャリスト(イカがテーマというのは1月のダイオウイカのネタに絡めた事からも判るのですが、何となく番組自体が打ち切りだったのではないかと疑わせてしまいます)が出演していますので、若者をターゲットにしてきたFMのプログラムとしてはある程度知的好奇心を持った「大人」でないと楽しめない、ちょっとリスナー層の偏った構成だったと思います。

出演者のスペシャリティ度、Avantiが存在したとされる元麻布、そしてある程度経済的余裕がないと楽しめないバーという舞台設定、Jazzにスポンサーが最も必要としたウィスキーや洋酒の数々。既にバブルは崩壊を始めていましたが、それでも90年代初頭の高級路線の匂いをどこか残したまま、21年間の番組が紡がれてきたように思います。

そんな一昔前の余韻に浸れる懐かしさもあって、古参のリスナーの方々から圧倒的な支持を受け続けてきたAvantiですが、ここ数年の番組内容の改定はある意味、性急な感が否めなかったのも事実です。

21年前のメインリスナーの多くは既に社会的地位を確保し、自身と自身の大切な人たちの為に時間を費やすことが最も大事になる年代になっているはずです。そう、21年前の教授と同じかもう少しで届くくらいに。

番組から流れてくる「大人」の雰囲気はもう充分に手元に備わっていて、番組、いやスポンサーが提供したいと考えている「洋酒のある生活」を既に手に入れてしまっている方が殆どなのではないでしょうか(私を含めて)。

スポンサーにとっては番組自体も広告宣伝価値として重要な訳ですが、特に一社提供番組の場合、番組構成にも積極的にスポンサーが係る余地が大いにあるわけで、番組構成がその時々の社会動向に大きく左右されるのはある意味当然なのだと思います。

特にAvantiの場合、遥か昔の60~70年代のTVドラマで扱われた手法そのままに直接的な商品宣伝も番組に組み込まれていたため、番組冒頭で教授やその時々のアシスタントを務める出演者たちが頼むオーダーに色濃く反映されていたと思います

(ちょっと追記:下記にあるWebooks倉持代表のbolgに掲載されていますが、アンケートによるとAvantiとスポンサー名の連想性は高かったとの事です。企画自体の秀逸性もそうですが、広告代理店であった博報堂としては面目躍如だったのですね。2013.4.3)

そんな、広告宣伝効果が求められる(もしくは全く度外視される)一社提供番組達はAM/FM/TVを問わずここ数年どんどん減少傾向にあるようです。これだけ価値観が急速に変化していく昨今ですから、一度決めたコンセプト、テーマを長く持続させることは難しくなってきているのかもしれません。

同じくFMの長寿番組である「ジェットストリーム」の方はMCが度々変わってきていますし、現在の番組コンセプトは開始当初の「憧れの海外旅行」から「イージーリスニング」へと内容はさして変わっていないように見えますが、ターゲットは大きく変わってきている(年齢層を大幅に引き上げている)と思います。

もう一つの長寿番組である「ハート・オブ・サンデー」もMCは何度か変わっていますが、番組のスタイルやコンセプトは変わっていません。これはスポンサーが取り扱う商材の影響が非常に大きく、日常生活と切っても切り離せないテーマ、コンセプトは時代が変わってもそう簡単には変わらない事をよく示していると思います(AMで放送されていた同様のコンセプト、スポンサーの番組の多くは残念ながら終了していますが、こちらはMCの年齢的な問題と、AMの方が元々ターゲット年齢が高く設定されているので既にそのターゲット層が市場規模を失っているという構造的な問題もありますね)。

Avantiもある意味「日常」をテーマにしていますが、そこは「日常からほんのちょっと離れたバー」という隣接空間故に、本物の日常生活からは遊離した感があるかと思います。

そんな中で、元々のコンセプト「ちょっと背伸びをした大人の時間」を大切にしながら新たなニーズも取り込もうを試行錯誤を繰り返してきたここ数年のAvantiだったと思いますが、遂にその役割を終える時が来たようですね。

最後に大いに盛り上がったリスニングイベントに参加された皆さんの落ち着いた雰囲気こそが、21年を経て、番組製作者の方々がリスナーと共有したいと望んだ「素敵な大人」そのものであったことを喜ばしく思いつつ、今夜も一杯飲みながら考えているところです。

【Avanti最終回についてのコメントが掲載されているサイト】

Avanti_last_menu2

<おまけ>

告白すると、実はAvantiが苦手でした。社会に出たころは、徹夜の連続でくたくたに疲れ果てて、土曜日にようやく自宅に戻った後に聞く小話は消耗しきった自分には少々荷が重く、すぐにラジオを切ってしまったことも一度や二度ではありません。

南麓に移住してからも、日本では希少な蒸留所を有する白州の近くに住んでいるにもかかわらずウィスキーやバーボンが苦手で、バーの雰囲気にも馴染めない自分にとって今でもAvantiは「敷居の高い場所」に過ぎません。

そんなちょっと遠くから眺めていたリスナーだったのですが、移住した後に車に乗るようになってからほんの少し近づけた気がしています。夕暮れ時の車内に流れるJazzと著名人たちの語り、ちょっと煩い時もあるけれど軽妙な出演者たちのショートドラマは、ハンドルを握り帰宅を急ぐ心をちょっと留めさせて「もう少しゆっくりしていってもいいかな」と思わせる塩梅だったいう事をようやく知ったのは30も後半に差し掛かった頃でした。それだけ「大人」な番組だったのですね

小淵沢駅の名物は「駅弁」です(高原野菜とカツの弁当)

小淵沢駅の名物は「駅弁」です(高原野菜とカツの弁当)

八ヶ岳南麓の玄関口でもある中央本線、小淵沢駅。

最近は中央高速を使って、車でいらっしゃる方が圧倒的に多いのですが、中央本線の特急「あずさ」を利用される方もまだまだ多くいらっしゃいます。

そんな、観光地の只中にある小淵沢駅ですが、至って質素な佇まいを見せる、山間部の小駅に過ぎません。

雪の小淵沢駅

観ての通りのちょっと寂れた田舎の小駅に過ぎないのですが、これでも1~2時間毎に特急が停車し、甲府方面からの終電は1時近くまであるという、意外と便利な駅なのです。

そんな小淵沢駅、八ヶ岳と甲斐駒ケ岳が望める絶好のロケーションにあってホームで写真を撮られる方も多くいらっしゃいますが、もう一つ、ホームにはちょっとした名物があります。それは「駅弁」なのです。

小淵沢駅の駅弁は駅のすぐ裏手にある「丸政」さんが構内の売店、立ち食い蕎麦(こちらも美味しいのです)と共に一手に請け負っていますが、こんな辺境の駅弁屋さんにも関わらず、至って盛業なのです。TV番組とのタイアップで有名になった事もありますし、マスコミ等で取り上げられる事も多い丸政さんの駅弁ですが、その中でも40年にも渡るロングセラーかつ代表ともなる一品が今回ご紹介する「高原野菜とカツの弁当」なのです。

高原野菜とカツの弁当1

ちょっと牧歌的でレトロなパッケージが如何にも列車で高原に来ましたという雰囲気を盛り上げてくれるこの駅弁。何と昭和45年に発売されて以来のロングセラーで、未だに人気が衰えない小淵沢駅の定番となっている駅弁です。ロングセラーとなった最大のポイントは何と言っても常識破りの「生野菜がたっぷり入った駅弁」なのです。

高原野菜とカツの弁当2

封を開けると、ご飯よりも、カツよりも「これでもか」と言わんばかりに野菜が入っているのが判るかと思います。そして、普通の駅弁なら申し訳なさそうに隅っこに入っているであろう調味料達が国際線の機内食を思わせる「調味料セット」になって入っているのです(充分な量のウースターソースとマスタード、サラダパッケージに使えるくらいのドレッシング、そして味塩がついているのが憎いです)。豊富な調味料を組み合わせて皆さんのお好みで野菜を楽しんでくださいとの心遣いからして、野菜が主人公の駅弁である事を雄弁に物語っています。

そもそも、最近の駅弁でも野菜、それも生野菜たっぷりの駅弁は早々見かけるものではありません。そんな珍しく、しかも保存が利きにくい生野菜を今から40年以上前に駅弁に取り入れようと考えたこと自体、もの凄い挑戦だったと思います。幸いにもその挑戦が功を奏し、今では高原野菜の駅弁と言ったら小淵沢駅、山梨の駅弁といったら丸政と全国の駅弁ファンや鉄道旅行の好きな方々に知られるようになっています。

高原野菜とカツの弁当3

そんな珍しい高原野菜の駅弁は中身も盛りだくさんです。

高原レタス、セロリ、きゅうり、ミニトマト、カリフラワー、りんご、コーン、しめじ、茎さつま、山ごぼう、チキンカツ(以上、丸政様のホームページより引用)

何と言ってもメインを飾るのは、これだけでお腹一杯になってしまいそうなくらいてんこ盛りで入っているしゃきしゃきの高原レタスです。

一緒に入っているレインボードレッシングをかけるもよし、お好みで塩胡椒で頂くもよし、何もつけずに、そのまましゃきしゃきを楽しむのももちろんOKです。

ウースターソースをさっとかけたチキンカツを頬張りながら、箸休めにはコーンとしめじ。歯ごたえたっぷりのヤマゴボウとセロリをこりこりとかじりながら、ミニトマトをポンと放り込む。

(丸政さんのホームページには載っていないのですが、実はカツの下にはスパゲッティが隠してあります。お子様は大喜びですよね)

食べ応え満点、でもお腹は重くならないところで、最後にリンゴを頬張って…と。

八ヶ岳の南麓にいらっしゃる際には、車も便利でいいですが、たまにはゆっくり列車の旅でちょっと美味しい駅弁を楽しまれるというのは如何でしょうか。

只今苦戦中「龍蛇神 諏訪大明神の中世的展開」(原直正 人間社)

只今苦戦中「龍蛇神 諏訪大明神の中世的展開」(原直正 人間社)

Twitter等でこちらの書名をご覧になってサイトに訪問されている方にお詫びです。

龍蛇神 諏訪大明神の中世的展開

余りに異色な内容の為に、出版自体が奇跡的ともいわれる本書「龍蛇神 諏訪大明神の中世的展開」(原直人著・人間社)。諏訪地域では比較手簡単に入手できますので購入したのですが、これが読むには余りにもハードルが高い一冊。

冒頭から著者の「宇賀神」こそは中世諏訪大明神(決して諏訪大社とは記述しません)の核となる信仰対象であったとの固い信念に基づいて、傍証を積み上げていく内容なのですが、そもそも「宇賀神」の知識が無いと読めない内容ですので、中世信仰に素養の無い人間には全く歯が立たない内容です。

それでも、判らないなりにも何とか纏めてみようかと考えておりますが、今しばらく読破するには時間がかかりそうな一冊です。

決して著者の記述が読みにくい訳でもなく、この手の地方出版物(版元は名古屋)にしては破格とも言ってよい装丁、編集、製版水準ですし、図版も豊富ですので安心して手に取られて良いかと思います。

但し、内容が楽しめるかどうかは皆様のご興味の分野と水準に委ねられそうですが(私には歯ごたえが少々強すぎです)。

夜な夜な悩みながら今日もページをめくっています。

今月の読本「愛しの昭和の計算道具」(ドクターアキヤマ 東海大学出版会)ある大学教授が愛する計算道具達の変遷

今月の読本「愛しの昭和の計算道具」(ドクターアキヤマ 東海大学出版会)ある大学教授が愛する計算道具達の変遷

私のページでは所謂「電子小物」を扱うので、ご覧いただいている皆様の中には「電卓」に興味がある方もいらっしゃるかもしれません。

そのような方の中で、既に中年の域に差し掛かっていらっしゃる方には1991年にNHKで放映された「電子立国日本の自叙伝」という、テレビシリーズをご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今となっては貴重なインタービュー、映像記録の数々と出演者(番組ディレクターとアナウンサーが素材資料で埋め尽くされた編集室でVTRを眺めながらトークを進めていくという型破りなスタイルですが、その後のドキュメンタリー番組の多くが製作者自身のリアリティを演出するために採用した「編集装置に流れる映像をバックに語る」というスタイルを始めて持ち込んだ作品かもしれません)。

バブル最後の年に放映されたこのシリーズは、当時はやっていた金融業界の理系学生大量採用、今となっては夢物語でもある「青田刈り」の風潮に強烈な一石を投じ、番組を通じて半導体業界に強い興味を持ち、その後業界に飛び込んでいった当時工学部に在籍していた大学生の方も多くいらっしゃったと聞いています(その後の業界の進展において、現在苦境に立たされている方も多くいらっしゃるかとは思いますが)。

私自体はもう少し下の年代(バブル崩壊後に研究室在籍→社会に出た人間です)でしたが、この番組にとても惹かれたことを今でもはっきりと覚えていますし、何だかんだで今でも業界の片隅で飯を食っている一つの理由は、この番組に影響を受けたからでしょう。

そんんな極めて影響力のあった「電子立国日本の自叙伝」の中で、後半のキーとして出て来るのが「電卓戦争」です。

もはや歴史物語で語られる世界になってしまいましたが、戦後、日本が主役となって世界で展開された家電製品の一大普及期の後半に当たる1960年代後半から80年代初頭の迄の20年ほどの間に展開されたもう一つの日本製製品の大躍進が電卓でした(この後に来るのが家庭用VTRですね)。

この「電卓戦争」によって市場に大量に出回った電卓により、半導体産業が大きく進展、そして半導体の微細化、低消費電力化が強力に推し進められることになったことはよく知られている事です。もちろん、今や家庭用テレビのすべてがそうなってしまった「液晶」も、遂に普及期を迎えようとしている「太陽光発電」も、元を辿れば熾烈な電卓戦争における低消費電力技術開発によって民生に進出してきた技術です。

そんな、半導体技術の進展と切っても切り離せない「電卓」なのですが、そもそもは「計算するための道具」ですよね。これまで「電卓」を扱ったお話は、前述のように半導体関連の技術史だったり、電卓戦争にまつわる人間物語だったりする訳ですが、計算するための道具としての電卓のお話はあまり見かけないようですね(20世紀の教科書には結構いい本があったのですが…もはや爺ですね)。そこで今回の一冊を紹介してみようと思います。

愛しの昭和の計算道具

表紙からして殆ど主題をイメージできませんし、題名からしてちょっと不思議な「愛しの昭和の計算道具」、つまり電卓のお話(だけでは)ありません。

著者の経歴もこの手の本からするちょっと不思議な東海大学の現役教授の方ですが、一方で「ドクターアキヤマのレトロな計算道具たち」などというブログを主催されている、計算機コレクターの中では結構有名な方のようです。

本書の内容も、ブログにおけるちょっと不思議な(大学の研究者の方にはよくあるパターンではありますが)ノリそのままに、計算に用いられる道具たち、特に昭和期に日本で生産された(一部逸脱あり)計算道具に特化して、道具の紹介というより「こんな風に使ったんですよ」という背景説明に力を注いでいる一冊です。

そのような意味では、電卓だけに興味のある方にはかなり物足りない本かと思いますし(本文のノリからしてなるべく軽めに記述されることを心がけていらっしゃるようですので)、計算機コレクターのコレクションガイドとして読んでも内容は薄めと捉えられてしまうかと思います。

本書はそのようなある意味「マニア」向けの一冊ではなく、あくまでも「計算する道具ってどんな物」という事例を、講義の形を借りて優しく(柔らかく?)語っていこうという趣旨の一冊です。

但し、そこはコレクターでもある著者の事です。扱われる計算道具の数々はマニアでも思わず身を乗り出してしまう一品ばかりで、計算機コレクションガイドとしても立派に役立つ一冊となっています(巻頭にはカラーでの紹介もあります)。

扱われている計算機の範疇は順序はバラバラなのですがそろばんから始まって計算尺、手回し式計算機、手動/電動加算器、電卓、ポケコン、電子手帳とかなり広範にわたっていますが、いずれの章でも当時の背景、使い方、使われ方、コレクションに加わった経緯等が漏れなく語られており、ボリュームの割にはしっかりと読むこともできるように配慮されています。

特に計算尺の使用方法や手回し式計算機の算術処理方法についてはちょっと細かめに説明されているので、初めて見た方でもいきなり???にならないような配慮がなされている点は嬉しいところです。

ところで、一番悩んでしまったのは、この本の読者ターゲットです。

表紙自体から計算機の本である事をイメージすることはちょっと難しいですし、如何せん取り扱っている版元は、かの天皇陛下も執筆陣に加わり、クニマスですっかり有名人になられた京大の中坊徹次先生が編纂する巨巻「日本産魚類検索 全種の同定」をフラッグシップに擁する東海大学出版会です。

どうしてこんなジャンルに手を出す気になってしまったの?という編集者の方への抑えがたい疑問を必死に抑えつつ、それでもどのような意図があったのだろうかと…ちょっと眠れなくなってしまうほど不思議な一冊なのでした。

<おまけ>

  • 昨年が丁度電卓誕生50周年であったことから、電卓にまつわる何冊かの本が出ていますが、その中でもデザイン性に特化した内容にこだわった一冊が、こちら「電卓のデザイン」(大崎眞一郎著・太田出版)です。著者は著名な電卓コレクターなので、それこそ数千種類に及ぶ電卓を所持されているそうですが、その中からデザインの秀逸さで選ばれた電卓の美しい写真の数々が掲載されている一冊です。この写真集を見ているとよく判るのですが、我々が電卓(計算道具)や電子小物に惹かれるのは、何と言っても「手元にある道具ほど使い込むし愛着が湧きやすい」そこにインダストリアルデザインが発生する余地があるのだなと強く思わせる一冊です。また、本書にも出て来るのですが電子小物とノベルティは今も昔も相性が抜群なのだなと感慨深く見入ってしまいます
  • 著者が所属する大学は、本文中でも度々ぼやかれているようにちょっと不思議な学部構成があったりしますね。著者の所属も「工学部応用化学科」という、一見理学部にありそうなのに工学部に所属しているからこそ、このような書物(研究内容は?)が出て来るのかと思います
  • 著者以外でも同大学の関係者で、ご本人ではないのですがこの方面で有名な方は、こちらの本で取り扱われてる方も該当するかと思います。私も過去にはお世話になった方だったりします(色々な意味で…ああ、大根)
今月の読本「千曲川ワインバレー・新しい農業への視点」(玉村豊男 集英社新書)著名文化人が描く新しい農業への取り組み

今月の読本「千曲川ワインバレー・新しい農業への視点」(玉村豊男 集英社新書)著名文化人が描く新しい農業への取り組み

普段、歴史物や魚類関係の書評ばっかり書いているので、たまにはちょっと毛色の違った書評なぞ書いてみたいかなと思って取り上げた一冊です。

ところで、皆様は著者の玉村豊男さんという方をご存知でしょうか。フランス文学に興味がある方なら当然ご存知でしょうし、いろいろなシーンで見られる精密な植物画の作者としてご存じな方も多いのではないでしょうか(まだ行った事はありませんが、箱根にこのような個人美術館も催されていますね)。

どちらかというと、芸術家、エッセイリストとしての側面が多い玉村氏のもう一つの顔として長野県原産地呼称管理委員会の会長という「農業」に関わる側面、そしてベースとなる東御市にある「ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリー」のオーナーとしての側面があります。

本書は、そのワイナリーオーナーとしての玉村氏が語る「新しい農業の考え方」について述べた一冊です。

千曲川ワインバレー

本書は決してよくあるようなワイナリー開設までの紆余曲折の苦労話や現状に対しての啓蒙を図る事を目的とした書籍ではありません。

著者はエッセイリストとして著名な方ですので、所謂月刊新書でそのような事と押し広めようとしてもあまり意味をなさない事はご承知でしょうから、あくまでもターゲットは一般の読者向け、しかしながら内容は現在のご自身の夢である「千曲川ワインバレー」を少しでも多くの方に知ってもらえるように心がけて執筆されていることがよく判る内容となっています。

但し、内容的にも世界のワインの状況と国内のワイン産業の実態から述べ始めるところからも決して、自身の目標である「千曲川ワインバレー」計画の啓蒙普及に留まるわけではなく、ワインという産業、農業自体の現状を伝えることに留意した内容となっており、特に上記計画に興味が無い一般読者の方でも違和感なく読める内容となっています。

千曲川流域の話に戻しますと、著者が述べているように、既に長野県内にはここ数年間で小規模なワイナリーが林立する状況になっています。これは他の地域、特に古くからワイナリーが集積している山梨県、勝沼地区と比較すると明らかに異なる動きです。

そして、この小規模ワイナリー林立の状況をある意味思想的に支えていらっしゃるのが自らもワイナリーを起こし(事情は後程)、その先駆となられている著者の玉村氏です。

氏の作品をご覧になられた方はご存知かと思いますが、以前より植物に対する深い理解と愛着を持たれており、なおかつフランス文化に造詣が深い氏がワインに理解を示されれる事はある意味自然な流れかと思います。

それでも、事前の経緯はあったにせよ自身の投資によりワイナリーを立上げ、葡萄畑を整え、就中は後進の参入を促進するプランニングに没頭することは容易なことではなかったと思います。

そんなある意味「無謀」な挑戦を行った先駆者が考え付いた「次の一手」が本書の随所に込められています。

特に気になったのは、千曲川ワインバレー計画において、同じ千曲川流域には古くからのマンズワイン(キッコーマン)と新たに参入してきたメルシャン(キリン系)の農場、ワイナリーがありますが、このような資本力、技術力がある大手企業が他の小規模ワイナリーが単独では賄えない業務(ボトリング、分析、教育指導)等に乗り出して欲しいとの著者の切なる訴えです。

これは勝沼地区でも珍しい事ではなく、大手ワイナリーに委託醸造を行っていた(委託醸造を専業で行うワイナリーもあります)葡萄農家は少なくなく、現在、甲州種のワインで主力となっているシュール・リーと呼ばれる手法は、他でもない最大手であるメルシャンが甲州種を取り扱う多くのワイナリーに対して技術を公表したために、ここまで普及、甘口お土産ワインだった甲州が世界品種とまで呼ばれるようになった土壌を形成してこれたのも、大手ワイナリーの技術力、情報力があってのことだと思います。

同様に、長野県内においても塩尻地区では100年近い葡萄栽培経験があり、国内大手ワイナリーによる銘醸化地への積極的な支援と共に、地場のワイナリーでも大手に伍して大規模な設備、研究施設を有しているワイナリーも出てきています。

千曲川流域はまだそこまでは至っていないのかもしれませんが、かの浅井昭吾氏が生前、最後に目を付けた土地です。周辺インフラと、情熱的な生産者、そしてそこで収穫される葡萄の品質に興味を持って協力を申し出てくる大手ワイナリーが集まれば、きっと良いワイン銘醸地になってくれるのだと思います。

そこまで至るにはまだまだ時が必要なのかもしれませんが、著者が述べているように「新しい農業」に興味を持ってくれる人がもっと増えてくれば夢でなないのかもしれません。

但し、忘れてはならない事があるかと思います。著者のワイナリーもそうでしょうし、私が在住する八ヶ岳の南麓もそうですが、週末になるとヨーロッパ製の外車に乗り、これらの物産を買い求め、距離を厭わず訪問してくれる方々は経済的には「グローバリズム」にどっぷりと浸かっていらっしゃる方々ばかりかと思います(私自身も在所すらこちらですが、収益の源泉は地場には立脚していません)。このような方々の経済的な努力の辺縁に著者が描こうとしているプランが僅かに瞬いている、そしてこれらの方々の購入意欲なしには成り立ちえない物語であることを理解しなければならないのだと考えながら、グローバリズムの権化である安いチリ産ワインを飲みながら読んだ次第です。

<おまけ>

  • なぜ玉村氏がワイナリーを始めることになったのか、長野のワイナリーの特徴はなんなのか等が知りたい方にはこちらの「長野県のワイン(日本ワインを造る人々2)」(山本博著・ワイン王国刊)をお奨めします。2007年刊行なのでちょっと情報が古くなっていますが、基本的な情報を理解する上では外せない一冊ですし、著者の力量からも読み物として十分に楽しめる一冊です
  • 日本のワインに興味を持たれた方、ワイナリーの現状に興味がある方、日本のワイン産業(所謂バルク買いや輸入ワインと国産ワイン、日本ワインの違い)に関する知見を得たいと思われる方は少々高いのですがこちらの「日本ワインガイド」(鹿取みゆき著・虹有社刊)を読まれると良いかと思います。著者は著名なワインジャーナリストで、本書は国内にある多数の「国内産ブドウだけを扱った」ワイナリーを紹介した情報データベースです。ちょっと気負いが多くて肩肘張った印象のある内容ではありますが、貴重なデータ集として、またはワイナリー巡りの基礎情報として役立つと思います
  • もう少し気軽にワイナリー巡りをしてみたい、もしくはこれからワイナリー巡りをしてみたいけど情報が欲しいという方にはこちらの「日本のワイナリーに行こう2013」(石井とも子監修、著・イカロス出版刊)がお勧めです。2年ごとに刊行されていますが現状の最新版は昨年刊行のこちらになります。何故「月刊Airline」(20年以上読んでいる古参の読者だったりします)を刊行するイカロス出版がワイン本を出すのかは?ですが、全国のワイナリーをほぼくまなく網羅している点だけでも貴重な一冊ですし、上記二冊と比べると圧倒的に「ガイドブック」として優れていますので、薀蓄はさておいて、まずはこちらぱっと眺めて、勝沼でも塩尻でも、何処でも良いのでお近くの「葡萄畑とワイナリー」で気持ちよさを味わっていただきたいと思います
  • 私が所謂「日本ワイン」に初めて魅せられたのはこちらに移住した後に飲んだ「井筒ワイン・果報ケルナー2001」です(今は亡きベルシャイン諏訪インター店にて見つけました)。それまでワインなんかに殆ど興味が無かった自分が初めて「銘柄・ワイナリー」に興味を持った記念すべき一本です。グレープフルーツを思わせる香りが何処までも広がり、爽やかな飲み口が、日本のワインはお土産ワインで甘ったるく飲めたもんじゃない思わせる印象を一変させたのです。それ以来、日本ワインを探して歩く事が多くなりました(諏訪の酒蔵『真澄』『本金』『ダイヤ菊』も大好きなのですが、それは別として)。残念ながら温暖化の影響で塩尻でのケルナー栽培は難しくなっているようで既に入手不可となっていますが、白ワイン好きとしては今後も甲州やシャルドネだけではなく、いろいろな品種が出てきてくれると嬉しいですね