今月の読本「院政とは何だったか」(岡野友彦 PHP新書)題名に見る相克できない著者の意図

以前にも書きましたが、昨年の大河ドラマ「平清盛」にあやかってなのでしょうか、この時代を取り扱った一般向けの本が過去に無いほど充実してきていることをひしひしと感じています。

中世史に興味のある身としては色々な書籍に巡り合えることはとてもうれしい事です(お財布と読書時間の確保には極めて厳しいお話なのですが)

ところで、ここ最近紹介する際にもちょっと述べさせてもらったのですが、この手の大学教員の皆様が執筆されている一般向け書籍で「表題と実際の内容がかなり乖離している。特に、著者が執筆したいと思っている内容が企画意図と大幅にずれてしまっている」と思えることが多々見受けられるのです。

書店に数多並ぶ書籍の中から、読んでみたいと思わせる一冊を手に入れるための第一歩は誰しも「表題」ですよね。

この表題から期待する内容と実際の内容がかけ離れているときの落胆は、決して安くない書籍代をこつこつと費やしている身からすると結構堪えるものです。

それでも、著者が「あとがき」でその辺りの事を滲ませるような発言を載せているのであればまだ救いですが、確信犯的に行われるとちょっと引いてしまうというか、悲しくなってしまいます。

そんな「確信犯的に副題と主題を差し替えている」一冊が、今回紹介する「院政とは何だったか」(岡野友彦著・PHP新書)です。

院政とは何だったか確信犯的と述べさせて頂いたのは、著者があからさまに研究史学的な「権門体制論」擁護論、もう少しストレートに述べれば写真の後方に載せた著書の研究者に向けた反論の場をこのような形で設けたいが為に執筆されたのでは無いかと疑ってしまう点です。

端的にいうと71ページに

『なお、「院政とは何か」にのみ興味があり、「権門体制論」云々といった学界の研究動向には興味がないといった一般読者の方々には、あえて本章は読み飛ばしていただき、終章まで読了後、「権門体制論」に興味をもたれたあとに、あらためて読み直していただくことをお勧めしたい』(引用ここまで)

と、著者自ら一般読者を置き去りにすることを宣言するばかりか、書籍の命とでもいうべき「表題」を棚上げするような記述(これをよく編集者の方がOKされたものだと…)をされている事からも明らかではないでしょうか。

特に、このような月ごとに書き下ろしの新刊が刊行される文庫はまさに一般読者が気軽に手にとって読む書籍だと思うのですが、そのような書籍で研究論争を始めて何か有益な事があるのか正直判りかねるところです。

そのような意味で、本書を「表題」どおりに読むためには、著者の指示に従って序章と第四章を読めば良い事になります(混乱をもよおさなければ第一章も)。

本書は「一般向け」に書かれた部分の内容においては括目すべきところがあります。特に、下記の指摘はこれまでの院政、荘園制の議論では出てこなかった著者独自の着目点です

  • 院が荘園を所有する理由、ないしは院政そのものの存在理由として「治天」であることより天皇自身が荘園を保有するという経済的活動に対して生じる制約を回避するための手法として編み出されたとする説
  • 院政自体が長らく消滅しなかった理由として、国家としての経済活動の多くを上記のような「院が所有する荘園、家政機構」及び「権門、特に摂関家が有する荘園、家政機構」が幼稚な国家体制を補完するための機能を有していたとする点

院政の持続を荘園所有に関する研究、特に経済的な原因から導き出そうとした点はとても興味深いのですが、前述のように、副題に帰する研究論争に多くのページを割いてしまっているため、表題にある院政の取り扱われている部分は僅かに30ページに過ぎず、内容が余りにも消化不良な点は誠に残念な限りです。

特に、王家(院宮家でもいいのですか)と他の権門との権能の違い、特になぜ摂関家だけが特別なのかの説明が欠落している点。一応論拠は示されているのですが、比較論であり、すんなりとは納得できませんでした。

次に、荘園が権門に集積され始めた時の説明が不十分な点。これは受領制が本格化した時期の朝廷内での予算配分処理方法が明確に把握できないと実証が困難なのかもしれませんが、いきなり荘園が王家に集積されるとは考えにくく、家職制との関係と家職の任命権と荘園の集積過程が関連性を持って説明できるのではないかと考えてしまうのですが、残念ながら説明がありません。

そのような感じで、せっかく大河ドラマで「院政」という言葉に触れた一般読者が気軽にその要点を理解しようと本書を手にとっても「なんじゃこりゃ!」になってしまうだろうなと、危惧しながら読んでいた次第です。

できれば、議論されたいことは別の書籍ないしは学会誌に譲って、議論を求めている訳ではない、歴史に対して知的好奇心を有する一般向けに「院政と荘園経済」といった書物を別のフォーマットで執筆して頂きたいなと切に思います。

<おまけ>

  • 本書は「アンチ二つの王権論」もしくは「すべての議論は権門体制論を起点に広がった議論である」事を再確認するために著述されたことは著者も認めるように明白です。しかしながら文中で明確に否定されているにしても本質的には「東西対立」だったり、「東大vs京大」だったり「皇国史観と反動プロレタリア」みないな当時の歴史、地理観とは全く異なる、時の研究者が背負っている時代感を戦わせているだけなんですよね。それをいくら議論してもすべて後付に過ぎないと思ってしまうのは素人なのでしょうか
  • 本書を読んで「権門体制論」に興味をお持ちになられた方は、カウンター的に「二つの王権論」に類する書籍も読まれることをお勧めします。色々研究者の名前が出てきますが、特に、昨年の大河ドラマで時代考証をされた東大の方の本は多く出回っていますので入手しやすいと思います。何せ、本書の終章はこの方への反論のためにわざわざ設けられているようですので(東アジア史まで持ち出すのは少々無茶が過ぎるかと)
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