今月の読本「愛しの昭和の計算道具」(ドクターアキヤマ 東海大学出版会)ある大学教授が愛する計算道具達の変遷

私のページでは所謂「電子小物」を扱うので、ご覧いただいている皆様の中には「電卓」に興味がある方もいらっしゃるかもしれません。

そのような方の中で、既に中年の域に差し掛かっていらっしゃる方には1991年にNHKで放映された「電子立国日本の自叙伝」という、テレビシリーズをご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今となっては貴重なインタービュー、映像記録の数々と出演者(番組ディレクターとアナウンサーが素材資料で埋め尽くされた編集室でVTRを眺めながらトークを進めていくという型破りなスタイルですが、その後のドキュメンタリー番組の多くが製作者自身のリアリティを演出するために採用した「編集装置に流れる映像をバックに語る」というスタイルを始めて持ち込んだ作品かもしれません)。

バブル最後の年に放映されたこのシリーズは、当時はやっていた金融業界の理系学生大量採用、今となっては夢物語でもある「青田刈り」の風潮に強烈な一石を投じ、番組を通じて半導体業界に強い興味を持ち、その後業界に飛び込んでいった当時工学部に在籍していた大学生の方も多くいらっしゃったと聞いています(その後の業界の進展において、現在苦境に立たされている方も多くいらっしゃるかとは思いますが)。

私自体はもう少し下の年代(バブル崩壊後に研究室在籍→社会に出た人間です)でしたが、この番組にとても惹かれたことを今でもはっきりと覚えていますし、何だかんだで今でも業界の片隅で飯を食っている一つの理由は、この番組に影響を受けたからでしょう。

そんんな極めて影響力のあった「電子立国日本の自叙伝」の中で、後半のキーとして出て来るのが「電卓戦争」です。

もはや歴史物語で語られる世界になってしまいましたが、戦後、日本が主役となって世界で展開された家電製品の一大普及期の後半に当たる1960年代後半から80年代初頭の迄の20年ほどの間に展開されたもう一つの日本製製品の大躍進が電卓でした(この後に来るのが家庭用VTRですね)。

この「電卓戦争」によって市場に大量に出回った電卓により、半導体産業が大きく進展、そして半導体の微細化、低消費電力化が強力に推し進められることになったことはよく知られている事です。もちろん、今や家庭用テレビのすべてがそうなってしまった「液晶」も、遂に普及期を迎えようとしている「太陽光発電」も、元を辿れば熾烈な電卓戦争における低消費電力技術開発によって民生に進出してきた技術です。

そんな、半導体技術の進展と切っても切り離せない「電卓」なのですが、そもそもは「計算するための道具」ですよね。これまで「電卓」を扱ったお話は、前述のように半導体関連の技術史だったり、電卓戦争にまつわる人間物語だったりする訳ですが、計算するための道具としての電卓のお話はあまり見かけないようですね(20世紀の教科書には結構いい本があったのですが…もはや爺ですね)。そこで今回の一冊を紹介してみようと思います。

愛しの昭和の計算道具

表紙からして殆ど主題をイメージできませんし、題名からしてちょっと不思議な「愛しの昭和の計算道具」、つまり電卓のお話(だけでは)ありません。

著者の経歴もこの手の本からするちょっと不思議な東海大学の現役教授の方ですが、一方で「ドクターアキヤマのレトロな計算道具たち」などというブログを主催されている、計算機コレクターの中では結構有名な方のようです。

本書の内容も、ブログにおけるちょっと不思議な(大学の研究者の方にはよくあるパターンではありますが)ノリそのままに、計算に用いられる道具たち、特に昭和期に日本で生産された(一部逸脱あり)計算道具に特化して、道具の紹介というより「こんな風に使ったんですよ」という背景説明に力を注いでいる一冊です。

そのような意味では、電卓だけに興味のある方にはかなり物足りない本かと思いますし(本文のノリからしてなるべく軽めに記述されることを心がけていらっしゃるようですので)、計算機コレクターのコレクションガイドとして読んでも内容は薄めと捉えられてしまうかと思います。

本書はそのようなある意味「マニア」向けの一冊ではなく、あくまでも「計算する道具ってどんな物」という事例を、講義の形を借りて優しく(柔らかく?)語っていこうという趣旨の一冊です。

但し、そこはコレクターでもある著者の事です。扱われる計算道具の数々はマニアでも思わず身を乗り出してしまう一品ばかりで、計算機コレクションガイドとしても立派に役立つ一冊となっています(巻頭にはカラーでの紹介もあります)。

扱われている計算機の範疇は順序はバラバラなのですがそろばんから始まって計算尺、手回し式計算機、手動/電動加算器、電卓、ポケコン、電子手帳とかなり広範にわたっていますが、いずれの章でも当時の背景、使い方、使われ方、コレクションに加わった経緯等が漏れなく語られており、ボリュームの割にはしっかりと読むこともできるように配慮されています。

特に計算尺の使用方法や手回し式計算機の算術処理方法についてはちょっと細かめに説明されているので、初めて見た方でもいきなり???にならないような配慮がなされている点は嬉しいところです。

ところで、一番悩んでしまったのは、この本の読者ターゲットです。

表紙自体から計算機の本である事をイメージすることはちょっと難しいですし、如何せん取り扱っている版元は、かの天皇陛下も執筆陣に加わり、クニマスですっかり有名人になられた京大の中坊徹次先生が編纂する巨巻「日本産魚類検索 全種の同定」をフラッグシップに擁する東海大学出版会です。

どうしてこんなジャンルに手を出す気になってしまったの?という編集者の方への抑えがたい疑問を必死に抑えつつ、それでもどのような意図があったのだろうかと…ちょっと眠れなくなってしまうほど不思議な一冊なのでした。

<おまけ>

  • 昨年が丁度電卓誕生50周年であったことから、電卓にまつわる何冊かの本が出ていますが、その中でもデザイン性に特化した内容にこだわった一冊が、こちら「電卓のデザイン」(大崎眞一郎著・太田出版)です。著者は著名な電卓コレクターなので、それこそ数千種類に及ぶ電卓を所持されているそうですが、その中からデザインの秀逸さで選ばれた電卓の美しい写真の数々が掲載されている一冊です。この写真集を見ているとよく判るのですが、我々が電卓(計算道具)や電子小物に惹かれるのは、何と言っても「手元にある道具ほど使い込むし愛着が湧きやすい」そこにインダストリアルデザインが発生する余地があるのだなと強く思わせる一冊です。また、本書にも出て来るのですが電子小物とノベルティは今も昔も相性が抜群なのだなと感慨深く見入ってしまいます
  • 著者が所属する大学は、本文中でも度々ぼやかれているようにちょっと不思議な学部構成があったりしますね。著者の所属も「工学部応用化学科」という、一見理学部にありそうなのに工学部に所属しているからこそ、このような書物(研究内容は?)が出て来るのかと思います
  • 著者以外でも同大学の関係者で、ご本人ではないのですがこの方面で有名な方は、こちらの本で取り扱われてる方も該当するかと思います。私も過去にはお世話になった方だったりします(色々な意味で…ああ、大根)
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