「日本の凸凹」とコンビニで山っぷ(赤色立体地図は凄い)

「日本の凸凹」とコンビニで山っぷ(赤色立体地図は凄い)

New!2017.3.27:新年度を目前に控えてリリースが発表されました。今まで、一部の事例に限り公開されていた赤色立体地図ですが、多くの地形、地図表示ソフトの頻繁なバージョンアップ、機能向上と歩調を合わせるように、4/1から国土地理院発行基盤地図情報10mメッシュを使用した、赤色立体地図のデータを無料公開することになったようです。

3/31から稼働開始予定のデータ提供サイトは、リンク先として紹介される「赤色立体地図」公式ホームページ(現在、トップの解説ページのみ先行テスト公開中)になります。

ダウンロードした赤色立体地図の一例(実際には9000x6000pixelのTIFFですが、大きすぎるのでサイズダウン)。元データは全国地図からのメッシュマップになっています。

お約束の富士山と青木ヶ原樹海の火口群たち(等倍から表示用に縮小)

私のホームである、八ヶ岳南麓をその特徴的な姿が実に美しい網笠山をトップに据えて。稜線の突端に出来た観音平の平坦な地形や、台地を削り込む川の流れがとてもよく判りますね。うーん路線図や水路を載せてみたい!(RRIM10_2016使用許諾に基づく掲載 : 「赤色立体地図 (c)アジア航測株式会社」 “Red Relief Image Map by Asia Air Survey Co., Ltd.”)

皆様も是非、ご自身でダウンロードして、その鮮やかな表現力をフルサイズで体感してみてください。

 

New!2017.3.2:赤色立体地図の公式ガイドページが公開されました。多くのサンプルが実際に操作できるようになっています。以下にあります千葉先生のtwitterにあるリンク先から閲覧可能です。

New!2017.2.6:千葉先生が主催されているBBS「ある火山学者のひとりごと」最近はアクティビティが低下しているようですが、昨日こんなデータが掲載されていました(私のtwitterから)。

ご興味のある方は、BBSの方をお読みになってご利用ください。

New!2016.12.29:エンジニアリング関係で興味深い連載記事を掲載し続ける、日本IBMのデジタル広報「mugendai」。今月の記事に、赤色立体地図と千葉先生の経歴に関するインタビュー記事が掲載されてます。ちょっと作為的かなと思わせる表現もありますが、PC関係にご興味のある方にも、興味深い内容になっていると思います。

New!2016.10.1:絶賛放送中のNHKテレビ「ブラタモリ」。放送50回を迎えた10月は再び3週間に渡って富士山が特集される事になりました。中でも10/15,22の2週に渡って放映される「樹海」シリーズに本ページでもご紹介している千葉先生が遂に登場することが決定しました!(何やら怪しい登場シーンが用意されているみたいですね)。また、今回の放送に連動して、千葉先生自らが下北沢でパブリックビューイングを開催される事が案内されています。

今のところ、Facebookからのエントリーしか受け付けていないのですが、ご興味のある方は(土曜日の夜ですので社会人の方でも大丈夫)、ご確認いただければと思います。

Facebookのイベントエントリーアドレスはこちらです。

 

New!2016.6.29:この夏、富士山麓の複数の施設で赤色立体地図展示が催されます。開催場所の詳細は製作者、千葉達郎先生のオフィシャルfacebook「赤色立体地図工房」で順次紹介されるそうです。

New!2016.4.18:この度の熊本地震で発生した、阿蘇大橋崩落現場を4/16に空中撮影及びレーザー計測した結果に基づく、赤色立体地図が緊急公開されました。アジア航測のホームページ、災害情報からご覧いただけます。速やかな沈静と復旧を願って。

New!2015.10.30:本日付の朝日新聞出版社のWebマガジン「dot.」に赤色立体地図の発明者でもある、千葉先生のインタビュー記事が掲載されています。ブラタモリをご覧になって「例の地図」にご興味を持たれた方は、是非ご一読を。

記事の中で語られている、樹海の調査と赤色立体地図のお話は、千葉先生が主宰する掲示板「ある火山学者のひとりごと」の投稿No.19759にリンク(PDF)が掲載されています。

New!2015.10.13:先週から始まったNHKのブラタモリ、シリーズ富士山(全3回)。初回のシーンでナレーションでも「例の地図」と呼ばれ、番組のイメージをリードする地図となった赤色立体地図。今回のシリーズで静岡大学の小山先生が持っていた地図、実は過去に風呂敷として限定配布されていた一品なのです。

本地図の発明者であり、製作者でもあるアジア航測の千葉先生からも、以下のように紹介されています。

どちらにしようか迷っているうちに、購入するチャンスを逸した愚か者なのですが、これを機会に再版してもらえないかなぁ、等と妄想中(下の方に張ってあるポスターの写真は、残念ながら海底地形データが入っていないのです)。

…等と呟いていたら、公式様よりコンビニで山っぷで販売開始のアナウンスが出ました!全国のコピー機が設置されているセブンイレブンでダウンロードできます(予約Noは12203511です)。詳しくはこちらの公式サイトをご覧ください(2015.12.2追記)

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New!2015.5.27:先般のNHK、クローズアップ現代でもバックに映っていた、赤色立体地図展でも展示されている箱根の赤色立体地図(国土地理院基盤地図5mメッシュ標高データ使用)がコンビニで山っぷでも購入できるようになりました!全国のコピー機が設置されているセブンイレブンで出力する事が出来ます(コピー機での出力になりますので用紙はA3サイズです)。

New!2015.5.17:現在開催中の赤色立体地図展の様子をご紹介します、ページ末尾へ。

 

<本文此処から>

山を巡られたり、旅がお好きな方の中には地図がお好きな方も多いのではないでしょうか。

地図の上で旅行した軌跡をなぞったり、これから登ろうとする山の風景に思いを馳せたり…地図とは想像力と想い出を膨らませてくれる素敵な出版物です。

かくいう私も小さいころから地図は大好き。大きな書店には必ずある国土地理院の1/25000地形図が入った図庫を何度も引き出しては楽しんでいたものです。

社会人になって小型船舶の免許を取得した時に何よりも楽しかったのは「海図」の講義でした。

地上の地形図にはない色とりどりの標識記号、海上に引かれる航路表示、道なき海道を導いてくれる灯台、そして沈船…。

海図を見ながら余りにも喜んでいる私のために、誕生日プレゼントとして東京湾(浦賀水道)の詳細海図と港則+海図説明ポスターを贈られたこともあります(もはや変態さんです)。

そんな地図好きにとって衝撃的だったのが2006年に技術評論社から出版された「赤色立体地図で見る日本の凸凹」と、その発明者であるアジア航測の千葉達郎先生だったのです。

千葉先生は以前から主宰されている「ある火山学者のひとりごと」という掲示板で存じ上げていたのでしたが、本書の発表前後から各種マスコミでも取り扱われるようになった「赤色立体地図」の表現力の凄さには、地図好きとしてただただ感服の至りなのです。

実際の凄さは本書をご覧いただきたいと思いますが、とにかく方向性を持たずに立体感を与えるこの表現手法は地形理解を大幅に助けるだけではなく、その描画方法がデジタルデータと極めて親和性が高いという点でも、今もっとも「モダン」な地図と言えるかと思います。

そんなモダンな表現方法である赤色立体地図と古典と言っても良い国土地理院の地形図のコラボレーションが『スカイビュースケープ「山っぷ」』でしょうか。

日本の凹凸と山っぷ何時もの見慣れた国土地理院の1/25000地形図も、赤色立体地図化することで、ご覧の通り鮮やかな地形の立体感が得られています【クリックでフルサイズ】。

ちなみに左のMapが霧ヶ峰と八島湿原、右のMapは霧ヶ峰の東側にあたる蓼科山と横岳です(写真の日本の凸凹は初版本です、現在の版は東日本震災を受けて活断層などが大幅加筆されており、赤い表紙になっています)。

霧ヶ峰から西側に急激に下っていく様子と山頂付近の穏やかな草原地形、白樺湖に下って東に向かうと、綺麗な円錐をかたどる諏訪富士こと蓼科山とその南東にまるで押しつぶしたような横岳の威容もはっきり判ります。

これまで、電子ファイルでの提供だった『スカイビュースケープ「山っぷ」』なのですが、先月から何とコンビニ(セブンイレブン)店頭のネットプリントでも「山っぷ」が入手できるようになったのです。(千葉先生自らが案内する購入ガイドの動画はこちらより【追記2013.9.22】)

デジタルプリント代はA3版で280円と、通常の1/25000地形図が270円ですので10円高く、印字面積も狭いのでちょっと考えてしまう所ですが、地図好きとしては赤色立体地図が手軽に入手できることを素直に喜びたい(というか、既に悦に入っています)です。

入手以来、ドライブand写真撮影ポイント確認用に大活躍なのですが、地形が捉えやすいので登山Mapの補助としても便利かもしれませんね。

もちろん、地形学習用としては学校の教材としても(通常の地図や航空写真と比較させるなど)色々活用できそうです。

現在のラインナップは100名山のみですが、データさえ揃って来れば色々なパターンが出てきそうなので、楽しみながらちょっとずつ集めて行こうと思います(先ずは美ヶ原と八ヶ岳を集めたうえで、周囲に広げていこうかと)。

赤色立体地形図八ヶ岳周辺2と、いう訳で八ヶ岳を追加した後です【クリックでフルサイズ】。これを見て頂くと、八ヶ岳に登るのになぜ、美濃戸からアプローチするのが一般的なのかがものすごくよく判ると思います(標高をあまり稼がずに喉元まで迫れます)。また、立場川の渓谷の深さや編笠山の美しい円錐も楽しめますね。

ただ、困ったことに麦草峠付近から硫黄岳までが欠けてしまいます。国土地理院の1/25000地形図で補完しても良いのですが、ちょっと悔しいですね。後は美ヶ原を買いたいのですが、こちらはもっと離れててしまいそう…。

何処かで八ヶ岳フルセット、製作して頂けませんでしょうか(結構需要あると思いますよ)。

赤色立体地形図4枚セットこちらが美ヶ原を加えた八ヶ岳連峰4枚セット。地形の違いのバリエーションが判りますでしょうか。

赤色立体地形図美ヶ原アップ美ヶ原近辺をアップで【クリックでフルサイズ】

ビーナスライン終点の名物、落合大橋より先の急峻な谷筋にへばりついて一気に標高を稼ぐヘアピンカーブの繰り返しと、それを乗り越えた先の広々とした平原のコントラストも赤色立体地形図だとばっちり判ります。

コンビニで山っぷ桜島鹿児島を会場に現在開催中の国際火山学地球内部化学協会2013年学術総会 (IAVCEI 2013)を記念して発売された桜島の赤色立体地形図です。

溶岩の流れ出している場所とそうでない場所で土地の利用状態がはっきり分かれているのが判ります。このような大縮尺で適用して地形図から生活環境を把握するのにも有効ですね(2013.7.22追記)

赤色立体地図展1現在、新百合ヶ丘にある、アジア航測本社が入っているビル(新百合21ビル)のギャラリーエリアで赤色立体地図の展示会が開かれています。ちょっと寄り道して様子を見てきました。

W赤色立体地図展3今回最大の見物。軸装された、西ノ島の拡大の推移を見せる掛け軸。

インクジェットっぽいプリントアウトの質が今一歩なのがちょっと残念ですが、むしろ雰囲気が出ていて、いいのかもしれません。

赤色立体地図展3この間のブラタモリで紹介されていた、鎌倉の赤色立体地図。

大サイズで見ると、海岸線の奥側の標高が低くなる、砂丘地形の雰囲気が良く判ります。

赤色立体地図展5関東平野全体を表す、赤色立体地図。時には俯瞰でなければ判らない事もあります。

赤色立体地図展2もう一か所の展示スペース。

赤色立体地図展6赤色立体地図の表現方法を解説したポスター。

赤色立体地図展7多摩地域の地形を赤色立体地図で表したポスター。

自分たちが住んでいる場所をこうして観る事で、新たな視点が生まれるかもしれません。

赤色立体地図展9箱根そして、今回の大物。今ホットな箱根の赤色立体地図。中央火口丘の複雑な火口群と、この表現法特有のべっとりとした溶岩の表現がよく判ります。

是非、実物をご覧頂いて、その表現力の凄さを味わって頂ければと思います。そして、ここが火山である事の事実をしっかりと理解したいところです。

展示は5/29まで。新百合ヶ丘駅北口を出て左手すぐ、新百合21ビルのエントランスです(オープンスペースです)。

<おまけ>

赤色立体地図は色々な分野で応用されているようです。Web上で見つけたほんの数例を

<おまけの2>

コンビニプリントの地図サービスには前述の赤色立体地形図以外にもこんなサービスもあります。

八ヶ岳鳥瞰図鳥瞰図のプリントです【クリックでフルサイズ】

こちらはジェオさんの提供による有名な山々や都市の鳥瞰図をプリントできるサービスです。

価格は赤色立体地形図と同じ280円/枚という所が微妙すぎますが…まあ、これもお楽しみの一環という事で(清里中心の鳥瞰図です、西麓バージョンもサンプルでは見た事あるんだけど、サービスには入っていなです2013.8.12追記)

<おまけの3>

ライバル登場!という訳ではないのですが、本家国土地理院の1/25000の地形図がこの度、フルモデルチェンジを果たすそうです。こちらの国土地理院のページにサンプルイメージ画像を含めたプレスリリースが上がっていますが、奥多摩の地形図には等高線に合わせて見事な陰影がつけられています。一見するとコンビニで山っぷと同等か、それ以上のクオリティ…。研究者向けはともかくとして、民間向けでは地形を効果的に表す手法としての赤色立体地形図もうかうかしていられないようですね(2013.9.7追記)

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霧ヶ峰・野焼きの跡

霧ヶ峰・野焼きの跡

先月、霧ヶ峰で野焼きの炎が周囲に広がってしまい山火事となってしまったニュースが流れていました。

ここ最近、霧ヶ峰はご無沙汰だったのですが、ちょっと様子を見に行ってきました。

野焼き俯瞰池のくるみの野焼き予定場所(実際の予定範囲が見つけられなかったので、報道等のデータより確認)より南東側を俯瞰で【クリックでフルサイズ】添付MapのA1地点より。

手前側の野焼きを行った部分はすっかり緑が広がってきています。

野焼きの境界線と躑躅6/16に再度撮影【クリックでフルサイズ】A2地点より同じく南東側方向。

枯草が全くなく、侵入植物の群落が形成されている野焼きの後の部分と、枯草が広がる野焼きの火が入らなかった部分が見事にコントラストを造っています。

非常に残念な事に、野焼きが広がった場所では殆ど躑躅の木が焼かれてしまったことです。枯草が残っている部分にはオレンジ色の躑躅の群落が見えていますが、新緑が広がる部分には殆ど見えません。

こちらにある『霧ヶ峰再生のための基本計画』35ページには以下のような記載があります。

—引用ここから—

レンゲツツジは、霧ヶ峰の草原の構成種であり、観光資源でもあるが、森林化を促進する要素であり、また、レンゲツツジが密集しすぎると、他の高原植物の生育が妨げられる状況が見られる。そこで、レンゲツツジは、区域を限って残し、保全管理していくこととした。

—引用ここまで—

すなわち、レンゲツツジは観光資源としてのみ人為的に残すと定義されており、38ページの植生図を見ると、霧ヶ峰インターから霧ヶ峰ロイヤルインまでのビーナスライン沿いの斜面と霧ヶ峰インター前の園地、ガボッチョの北側斜面付近だけを保全個所と想定しています。

今回撮影した池のくるみ斜面や富士見平駐車場と伊那丸富士見台の間にあるレンゲツツジの群落は草原として維持すべき場所(つまり野焼きを行い、草原に遷移させる)として定義されています。

7月の霧ヶ峰37/14に撮影した同場所の風景です。

野焼きの火が入らなかった場所と入った場所の違いは殆ど判りません(僅かに枯草が伸びている場所が火が入らなかった場所です)。

このように比較してしまうと果たして、野焼きの効果とは何だったのでしょうか。

今の池のくるみアップアップで湿原内の池を。まだ周囲には焦げた木々の匂いが漂っています【クリックでフルサイズ】A1地点より南側方向。

部分的に緑の新芽が映えている領域が湿原まで入っているようです。

以前の池のくるみアップ比較として2010年6月6日に撮影した、ほぼ同じカットを【クリックでフルサイズ】A1地点より南側方向。

ご覧の通り、湿原の斜面は枯草と灌木で覆われておりましたが、今回の野焼きで草原状態となったのが判るでしょうか。

池のくるみ中心部と新緑こちらが6/16撮影の湿原の中心部です【クリックでフルサイズ】A2地点より南側方向。

池の手前斜面側(霧ヶ峰側)は完全に野焼きで焼き払われてしまったことが判ります。

辛うじて池の反対斜面側(茅野方面)の延焼は食い止められたようです。

7月の霧ヶ峰2こちらも7/14時点の状態です。

池の茅野側はやはり枯草が残っており、火が入っていない事が判ります。しかしながら所々緑が見えていますので、火入れをしなくてもある程度は遷移が継続していることが判ります。

実際の植生に対する影響は、霧ヶ峰自然環境保全協議会が専門家チームを組織して調査を続けることになるかと思いますが、火入れの効果については何を以て是とするか、ちょっと考えてみた方が良いのかなと思っています(霧ヶ峰はそれこそ鎌倉時代以前から所詮は半人工環境なのですから)。

野焼き延焼範囲の境界線一方、こちらは延焼が最も東に広がった富士見台の駐車場(先ほどの地点から直線距離で約2km)から東側を見ています【クリックでフルサイズ】B地点より東側(矢印)方向。

丁度延焼が食い止められた部分を境にして、新緑が広がる部分と、枯草が広がる部分が綺麗に分かれています(正面手前の稜線上で食い止められました、奥の鞍部は落葉松が新緑のまま残っており、延焼していない事が判ります)。

野焼きの境界線すっかり緑に彩られた6/16の同位置より撮影【クリックでフルサイズ】B地点より東側(矢印)方向。

こちらも所々に侵入植物の群落が出来ているのが判ります。

伊奈丸富士見台の躑躅群落写真の場所を丁度裏手の伊那丸富士見平から眺めた写真(ここだけはBlackberry9790にて)。

延焼が食い止められたおかげで、山を覆う躑躅の大群落が観られます。

富士見台から伊那丸富士見台の躑躅群落同じく、富士見台駐車場側からビーナスライン越しに伊那丸富士見台方向を。

野焼きの火が入っていない状態の場所はこのように灌木と躑躅が広がっています。

野焼き跡に広がるゼンマイ駐車場から下に降りたところです。B地点より南側方向。

駐車場の目と鼻の先まで焼け跡が広がっています(一時、駐車場にある売店にも避難の指示が出たそうですが、無事で何よりでした)。

焼け跡には早くも大量のゼンマイが芽を吹いています【クリックでフルサイズ】。

このように、野焼きの後には植生交代が進んでいくようですね(この場所はもちろん想定外だった筈ですが)。

富士見台からガボッチョを最後に焼け跡から南方向に見える、すっかり焼けてしまったガボッチョを正面に望んで【クリックでフルサイズ】。B地点より南側方向。

富士見台展望台からガボッチョ6/16撮影のほぼ同アングルを【クリックでフルサイズ】。B地点より南側方向。

大変残念ながら、躑躅の群落は駐車場の手前のほんの僅かな部分を残して消失してしまいました。既に侵入植物による新しい植生が育ち始めています。

焼けて丸坊主だった前方のガボッチョも新たな緑に覆われています。前述のようにガボッチョの北斜面はレンゲツツジを保全管理すべき地区と設定されていましたが、今回の野焼きによってすべて焼き払われてしまったようです(花芽が残っているので大丈夫だとの意見もあるようですが、少なくとも今年は駄目でした)。

今後、何年もかけて再び灌木と枯野が広がる風景に戻っていくのでしょうか。

撮影指示図第20回霧ヶ峰自然環境保全協議会議事録報告事項、平成25年度霧ヶ峰高原草原再生火入れ事業・外来植物駆除事業について、資料9-1実施要項及び資料9-2記載の霧ヶ峰高原再生事業、火入れ実施図より確認の今回の火入れ予定箇所(緑枠)と撮影場所指示図。

これまでの火入れ箇所はいずれもビーナスライン霧ヶ峰インター付近の比較的平坦な草原地帯に集中していたが(上記資料参照)、今回初めて湿原間際の傾斜地で火入れを実施。強風の影響もあり結果的に大規模な延焼に繋がってしまった。

A地点からB地点までの直線距離はおよそ2km。ビーナスラインを車で移動すると5分ほど。

本事業に関する詳細については霧ヶ峰みらい協議会の公式ホームページに詳細が記載されている(今回の野焼きについての報告はまだ上がっていない)。

なお、上記ホームページにおいて、霧ケ峰自然保全再生実施計画についての意見募集を行っています。7/10から8/9迄とかなり期間が短いのですが、ご意見がある方は是非応募されてみては如何でしょうか(メール可ですし、計画案の全体がWeb上で公開されています)。

霧ヶ峰インター前の躑躅平成19年に野焼きを行った霧ヶ峰インター前の現在の風景(南方向、グライダー滑走路を望む)。

レンゲツツジの群落と侵入植物が混合している状態。ススキや灌木は殆どありません。

【更新履歴】

2013年5月27日:初回掲載

2013年6月17日:追加撮影

2013年6月22日:野焼き予定場所及び撮影場所指示図を追加。写真追加。記述一部変更

2013年6月23日:霧ヶ峰インター前の写真を追加

2013年7月14日:現状写真を更新

水面に映る新緑を(御射鹿池)

謹告(2015.6.23):本ページの最後に掲載している写真を御射鹿池の解説用に引用されているサイトがあるようですが、本文に記載されているように「最後の1枚は御射鹿池の写真ではありません!」。くれぐれも引用サイトの記載に惑わされないようにお願い致します。

 

>御射鹿池の四季の彩りはこちらにて。

>御射鹿池の紅葉の状態(2013/10/26)はこちらにて。

田植えも大分進んだ今週末。

ようやく標高の高い山々も新緑で飾られてきたところで、何時もの水辺へ。

朝の御射鹿池1静けさを漂わせる、明け方の御射鹿池【クリックでフルサイズ】

漸く緑色づく季節を迎えてきました。

朝の御射鹿池2少しアップで水面を【クリックでフルサイズ】

明け方なので、風もなく鏡面のような水面に木々が映り込んでいきます。朝の御射鹿池3

もう少し日が昇ってくると、正面の山も水面に映り込んでいきます【クリックでフルサイズ】

まだ標高の高い落葉松は冬の装いを残しているようです。

朝の御射鹿池4朝日を受けた湖畔の白樺と御射鹿池を【クリックでフルサイズ】

もう少しすると躑躅も咲き出しそうですが、梅雨に入ってしまいますのでクリアな写真は中々狙えなくなってしまいます。

初夏の笹原溜池日が昇ってくると、御射鹿池の周りは観光客の皆様で一杯(実際には早朝から県外ナンバー車がぱらぱらと…皆さん凄いな)になってしまいますので、ちょっと逃げ出して別の溜池にて【クリックでフルサイズ】

八ヶ岳から吹き下ろす、乾いた心地よい高原の風が水面を揺らします。

新緑が楽しめるのはあと僅かですが、梅雨に入れば深く、今度はしっとりとした山の緑が楽しめるようになりますね。

今月の読本「頼朝がひらいた中世」(河内祥輔 ちくま学芸文庫)推理小説と歴史の駆動力

今月の読本「頼朝がひらいた中世」(河内祥輔 ちくま学芸文庫)推理小説と歴史の駆動力

急な気温変動に翻弄されてしまった今週。

数日寝込んでいた布団の脇に積んでおいた読みかけの本から引き抜いて読んでいたら、丁度面白い取り合わせとなったのでご紹介します。

頼朝がひらいた中世この度、ちくま学芸文庫に収録された河内祥輔氏の『頼朝がひらいた中世』と、カウンターとしてご紹介するのは川合康氏の『源平合戦の虚像を剥ぐ』(講談社学術文庫)です。

『頼朝がひらいた中世』を手に取られてぱらっとページをめくられるとちょっと驚かれるかもしれません。本文が丁度250ページに対して、補注を含めた注記がなんと100ページ近くあるのです。項目数は本文ページ数をも上回る312項目もあります。

最近の刊行物、特に文庫本の場合は収蔵性の問題かはたまた刊行上の問題か、注記については極力省略、もしくは纏めて最後に引用一覧的に掲載される例が多いかと思いますが、さすがはこだわりの筑摩書房というべきでしょうか、これだけの注記を文庫版でも躊躇なく(しかも補注では注記に対するご自身の見解が変わった点についても解釈を加えられる丁寧さ)掲載している点は感服の極みです。

そのような構成のため、本文だけを読んでも、本を手に取った時の感触に対してちょっとボリューム感が少ないかな?などと、感じてしまうところもありますが、それを補って余りあるほど色々と考えさせてくれる一冊です。

一読したイメージは解説で三田武繁氏がアガサ・クリスティを引き合いに出して述べられているように「まるで推理小説を読む様な」一冊です。

まず、極力一次資料から当たるという歴史研究家としては必然のアプローチによる文献検討に基づく、以仁王の令旨から始まる一連の流れの解説は流麗かつ、頷かされるところが極めて多いです(政治の最大課題は治天による皇位継承決定権の行使とそれに伴う公家の昇叙の動向である事を明快に述べられています)。

一方、平家物語を極力排するとの方針で纏められた構成は、木曽義仲の京都突入タイミングの議論や北陸宮問題、義経の屋島強襲タイミングの必然性などピンポイントでは素晴らしい冴えを見せているのですが、戦乱を扱っているにも拘らず季節感を含めて全体の流れを追った記述は何か描写に欠けています。この辺りは、指摘通りの「安楽椅子探偵」が事件のストーリーを探偵事務所のデスクを前にして辿っているような印象が拭えないところです(更に戦史になると一転して偶然性を語りだしたりもします)。

特に推理小説的だなと思わせる点が、壇浦合戦(壇ノ浦と書かない)の最後の一説です。

—引用ここから—

壇浦合戦によって平家一党は滅亡する。それはいかにも中世的である。

しかし、安徳・平時子(清盛妻)・平徳子(健礼門院)などの自殺及び自殺未遂に至っては、これは中世的と謂うを越えて、いささか異常である。天皇や女性は、中世といえども、戦場でみずから死ぬ必要はなかった。

中略

安徳らの死に急ぎは、戦場の狂気のなせる業というべきであろうか。

—引用ここまで—

歴史研究家(探偵)として、理解に達しえないとの意味合いを込められたのかどうかは判りませんが、中世という時代以前への強い望郷の念を感じさせる、歴史研究家というより「思索家」的な一面が垣間見られるページです。

また、著者本人にとっては当然の事なのかもしれませんが、著者が近年標榜されている「朝廷再建運動」たるものが何なのかについては、本書では最後まで把握できないという歯がゆさがあります。

著者にとっては中世=朝廷再建運動が繰り返し起きる渦中であり、観応の擾乱までは一連の流れに与するのでわざわざ「朝廷再建運動」を分離して議論する必要はないと述べられるのかもしれませんが、既に著者が1180年代内乱と呼ばれている時代以前でも、公家社会にとって最大の政治課題である(と明言されている)皇統の迭立や昇叙の問題が自己解決できなくなっていた事が武家の伸張の起点であれば、調停者(もしくは武力装置)たる武家自身がこの問題を積極的に解決しようなどとは最初から考えなかったのではないかと思っています。

そのような意味でも、本書を読んでいると、結果論の積み上げから結末へと誘う推理小説を思わせる著者の構築手法は素晴らしいのですが、推理小説では犯人に語らせるであろう、その「動機」が何であったのかが最後まで見えてこないという、消化不良感がやるせないところです。

そのような消化不良感を抱えたまま、もう一冊の『源平合戦の虚像を剥ぐ』を改めて読んでみると、学論としては相容れないとも思える両書が実は極めて近似した内容である事が判ります。

こちらの本は「平家物語研究会(その後の中世戦記研究会)」を主宰された方だけあり、武力の根幹となる戦闘力や武技、武具に関する考察に始まり、民衆の動きや、武士の狼藉などの戦乱の背景をも描写することに注力しています。

その結果として導かれる両書の主人公である源頼朝のストーリーは実は全く同じで、法的権限のない、名門でも極めて立場の弱い謀反人状態から戦力を纏め上げ、一軍を以て東国を制圧し、一頭抜き出た京都へのチャンネル網を駆使して朝廷(後白河法皇)を味方に付けた後は全国を巡る自演のサバイバルレースを勝ち抜いて、全国の「御家人」と呼ばれた武家の頂点である「鎌倉殿」と呼ばれる、独自の権能をあえて京都ではなく東国に生み出したことになります。

そのような意味で、戦記をある程度否定し文献資料を積み重ねることで迫ろうとした結末と、逆に戦記を研究する過程で得られた知見に基づいて組み立てた結論が同じ着地点を見たというのはとても興味深い事かと思いますし、この時代の歴史背景描写に何らかの着地点が見えてきているという事を示しているのでしょうか。

但し、決定的に異なる点もあります。両書はいずれも、当初自立の意図が明白ではなかった頼朝と御家人たちが内乱中の軍事的結束を梃子に、東国を基盤として全国に通じる自立した権能を確立したことを認めていますが、前著では関東に基盤を置き続けた理由を大胆にも「現代人にとっても不思議であるばかりか」と嘆き、主従制に対する暗澹たる疑問を呈して筆を置いています。

一方、後著では奥州合戦におけることさらの演出振りに着目し、まさに源氏将軍->武家の棟梁->鎌倉殿という非常時以外でも通用する権能を自ら作り出していったことを、そして将軍を排出する家筋の中でも別格の家筋である事を権威づけし、自らが確立した軍事政権を表する「大将軍」号を要請と、あくまでも自律的、自主的に権能を獲得していこうとする姿を描き出していきます。武家のトップという無二の「権威」を作り出すための。

どうやらこの辺りの話になってくると、きな臭い議論に行きそうなので…。

全く異なるアプローチの2冊から同じような結論が得られたことに密かに喜べたのは、ここ数年来最もひどい風邪に苛まれ、高熱にうなされた一瞬の白昼夢だったのか、それとも悪寒に震えた夜の幻か…まだまだ色々と読み込みが足らないようですね。

<おまけ>

同じような中世史の読書の記録はこちらにて

梅雨の走りの八ヶ岳山麓

ここ数日、温暖の差が激しく、すっかり体調を崩し気味。

それでもちょっと持ち直してきたのでカメラ片手に再びお散歩へ。

タンポポと八ヶ岳

まるで春のようなタンポポと雪を戴く八ヶ岳を野辺山側より【クリックでフルサイズ】

風が強く、天気が悪化してくるかと思っていたら案の定、夕方から本降りの雨です。

タンポポと八ヶ岳アップちょっとアップでもう一枚。

周囲の畑は高原野菜の植え付け準備がようやくはじまったところです。

残雪の硫黄岳と天狗岳ぐるっと廻り込んで東側の松原湖から硫黄岳と天狗岳を。

こちらもまだ雪がたっぷり残っています。

拡がる白樺の新緑白樺も漸く緑が戻り始めてきました【クリックでフルサイズ】

光線状態があまり良くなかったので、ちょっと発色が悪いのですが、白樺の新緑も魅力的です。

深まる落葉松の緑そして大好きな落葉松の新緑は徐々にその色を濃くしていきます【クリックでフルサイズ】

落葉松の新緑と硫黄岳落葉松越しに硫黄岳を【クリックでフルサイズ】

生憎の天気ですが、森の緑はこの後の雨で更に濃くなっていくことでしょう。

この後、からまつ林業センターまで移動しましたが、センター前の躑躅はまだ花芽も付かない状態でした。

雪が路肩や森の中に残る麦草峠の気温は15時時点で11℃。風も冷たく、雨も本降りになってきたのでそそくさと退散したのでした。

残雪残る麦草峠(ここだけBlackberry9790の画像です)

ところで、こちらにあるように2/11からTokyo-FMの送信アンテナが東京タワーの最頂部に移動したようで、松原湖から麦草峠にかけて日中にも関わらずカーステレオからでもかなりクリアに聞けるようになりました。日本最高所のマウントトップ送信所でもある美ヶ原を有するFM長野も東側は山影となるため(小海に中継所があります)むしろ良く聞こえるくらいです。おかげで車内でサンソン楽しめるようになりました(余談です)。

今月の読本「職漁師伝」(戸門秀雄 農山漁村文化協会)峰々と渓々が繋ぐ人の営み

今月の読本「職漁師伝」(戸門秀雄 農山漁村文化協会)峰々と渓々が繋ぐ人の営み

書きかけの論文がなかなか進まない中、気晴らしに何か軽めの本を読もうと入った何時もの書店。こういう時に限って気に入った一冊が見つからずに店内を徘徊するうちにふと農業、園芸書のコーナーで見かけた一冊。

余程気に入らなければなかなか手に取らない価格(2600円)に若干躊躇しながらも、立ち読み大好き人間ならお分かりかと思いますが、咄嗟に感じる「これは面白そうだ」というオーラに負けて買って帰って読み始めたら、これが大正解だったのです。

今回の一冊は、その存在は知っていましたが、まずは手に取る事も買う事もなかったであろう版元である「農山漁村文化協会(農文協)」から刊行された、版元にしては実に珍しい一般向けの書物「職漁師伝」(戸門秀雄・著)をご紹介します。

職漁師伝私自身、魚関係は大好きでも、残念ながら渓流釣りは嗜みませんので全く存じ上げませんでしたが、著者は、釣り関係ではかなり有名な方のようで、釣り具メーカーのフィールドテスターやその筋の出版社から刊行される書籍や雑誌に多数寄稿されていらっしゃいます。

本書もそれら出版社の一つである山と渓谷社の雑誌に寄稿された連載記事を基底においていますが、一部加筆と冒頭の部分に新たな章を書き加えて再構成された内容となっています。連載自体が1990年代と少々古いため、現状と合致していない点もあるようですが、必要な加筆、補正は加えられていますので、別段気になるようなことはありません。

それよりも、もはや鬼籍に入られてしまった方々に対する貴重な取材結果を散逸する前にこのような形で一冊として出版されたこと自体、素晴らしい事かと思います(それだけ刊行までには御苦労もあったかとは思いますが)。本来であれば、連載元であった山と渓谷社より刊行されたもしれない内容かとは思いますが、あとがきで著者が述べているように農文協より刊行されたことで、博物学や民俗学といったジャンルの視点が加わって編纂されたことは、大正解だったのではないかと思います。

本書は複数の章に分かれていますが、元が連載記事らしく各章の構成はほぼ同じです。ある渓を生活の基盤として、漁を以て生活の糧とした方々の漁を始めるにあたってのいきさつ(祖先が定着した由来も含みます)、その職漁の実態、漁場の取り決め、販売先や売り方、収入、副業、現在(取材当時)のご本人の暮らしぶりをそれぞれのエピソードに添えて語っていきます。

生活の基盤となった渓流とその生活圏を判り易く紹介したイラストマップ(今回、書籍化のために新規に作成)、釣り雑誌連載に相応しいタックルの紹介、そして民俗学的にも貴重なそれぞれの渓で伝統的に使われてきた美しい毛バリの紹介(巻頭カラーには、ほかにも民芸として貴重な写真が豊富に掲載されています)や魚篭の解説…これだけの内容を揃えていれば、釣り愛好家の為だけに出版するのは勿体ない話で、(手に取りにくい弱点はあるのですが)山村文化に造詣の深い農文協の刊行に相応しい内容となっています。

このように書くと、ちょっと硬めの内容なのかなと気になさるかもしれませんが、その辺りは流石に数々の一般向け書籍を出されていらっしゃる著者ですので、肩肘張らずに気楽に読むことが出来る内容になっています。

文中で紹介されてく職漁師の方々と渓流釣り師としても著名な著者との親密な関係から得られたであろう貴重なお話は、奇しくもほとんど同じようなストーリーに彩られている事に驚かされます。

  • 現在の仕事が山小屋や民宿であれば、その初めは山仕事の為に作られた作業小屋から出発していること
  • 渓で職漁師が成り立った理由がいずれも、温泉であったり料亭であったりという山間部では貴重な新鮮な魚を求める「お客様」が居たこと。そして、その収入は山村においてはかなり高額であり、職漁師として生きていくきっかけを与えてくれたこと
  • そもそも漁場自体にかなり厳密な「テリトリー」が設けられており、その中でルールを決めて漁を続けることで漁場の安定と資源の枯渇を抑えていた事(そして魚止めより上流にできた多くの釣り場は自然に形成された訳ではなく、彼らが移植した魚たちの子孫が息づいているという重要な事実)
  • 一見、険しい山脈によって遮られて、別々の物語を織りなしているように思える各山々、渓流の物語が実は当時の人々の旺盛な行動力により険しい山脈を越えて人の繋がりによって密接に結びついている事
  • そして、最も重要なのは釣りの達人たる彼らは山仕事でも、手仕事でも、猟でも一流の腕前を以て、家族を養い、山村の生活を支えていたという厳然たる事実

本書は単なる渓流釣り名人の釣技を披見したり、山村の厳しい生活実態の悲惨さや苦労話を訴えている内容ではありません。逆にユートピア的な物語もありませんし、極端な自然保護や環境破壊に警鐘を鳴らすための内容でもありません。

明治から平成の初めにかけて、実際に渓を生活の糧として生きてきた人々の物語を、その心意気が最も理解できるであろう「釣り人」の視点によって描き出されている点が読んでいて実に心地よく、落ち着いた筆致を介して、往年の名人と謂われた方々が生き抜いてきた渓流、山村の雰囲気やその生き様にほんの少しだけ垣間見せてもらえたような気がする一冊です。

ネットでは決して得られない、本屋さんでならではの「偶然のめぐり合わせ」に感謝をしながら。

<おまけ>

本書は奥志賀から始まって秋山郷、草津、嬬恋、奥多摩、尾瀬、銀山平、神流川、乗鞍、奥飛騨、最後に飯能と続いていきます。

お判りになる方はニヤッとされるかもしれませんが、いずれも信州をぐるっと廻っていくと辿りつける場所ばかりです。私にとっても地理感が充分にある場所だったりしますので、読みながらいちいち頷きまくりとなっていました(銀山平以外は全部行った事があるような)。

特に、奥志賀と秋山郷、草津、嬬恋までは当然のように繋がりがあったでしょうが、良く考えれば、秋山郷まで来ればもう東は越後の山々なので銀山平も、銀山平まで来れば尾瀬も当時の山人には指呼の間だったのかと思います(マタギとのつながりと来るとスケールが大きくなりますが)。

もちろん奥多摩と神流川、飯能は同じ秩父山塊で繋がっていますし、奥飛騨と乗鞍も野麦峠越しで繋がっていますね。乗鞍から奥志賀に繋がるかもしれないという話はちょっとびっくりですが。

現代人から見ると、車が行き来できないほどの険しい山を挟んでの交流はないのではないかと勝手に想像してしまいますが、実際には人の足で行き来できる範疇であれば、たとえ山を挟んでも交流はあるものなんだと考えを改めさせられるところです。

野反湖から秋山郷を望む緑に光る流れを

五月晴れの空の下で

昨日の雨から一転して、五月晴れの青空。

気持ちの良い青空を見てしまうと、溜まった仕事を棚上げにしてでも出かけたくなってしまいます。

そんな訳で、あんまり遠出すると仕事が片付かなくなるので、ちょっと近場にお出かけを。

水田越しに甲斐駒をようやく水が張られた水田に映る甲斐駒と南アルプスを。心地よい風が吹き抜けていく【クリックでフルサイズ】

水田に映る巻雲のパノラマ空には巻雲がたなびき、水面は空を映します。これだけ空が高い5月も珍しいです【クリックでフルサイズ】

残雪の八ヶ岳と谷戸の水田八ヶ岳を望む谷戸の水田にも水が入りました。田植えまではもうちょっと【クリックでフルサイズ】

五月晴れの八ヶ岳五月晴れの八ヶ岳。すっかり残雪が少なくなりました。巻雲が空を抜けていきます。

八ヶ岳農場から残雪の木曽駒を八ヶ岳農場の牧草地から木曽駒方面を。牧草も漸く緑を取り戻しましたが、木々の緑はまだまばらな感じです【クリックでフルサイズ】

水路沿いの新緑ちょっと一服して、用水路の水源を囲む新緑を。青空と新緑のコントラストを出すのはなかなか難しいです(Olympusのアンバーに偏った発色特性には手を焼きます)【クリックでフルサイズ】