今月の読本「頼朝がひらいた中世」(河内祥輔 ちくま学芸文庫)推理小説と歴史の駆動力

急な気温変動に翻弄されてしまった今週。

数日寝込んでいた布団の脇に積んでおいた読みかけの本から引き抜いて読んでいたら、丁度面白い取り合わせとなったのでご紹介します。

頼朝がひらいた中世この度、ちくま学芸文庫に収録された河内祥輔氏の『頼朝がひらいた中世』と、カウンターとしてご紹介するのは川合康氏の『源平合戦の虚像を剥ぐ』(講談社学術文庫)です。

『頼朝がひらいた中世』を手に取られてぱらっとページをめくられるとちょっと驚かれるかもしれません。本文が丁度250ページに対して、補注を含めた注記がなんと100ページ近くあるのです。項目数は本文ページ数をも上回る312項目もあります。

最近の刊行物、特に文庫本の場合は収蔵性の問題かはたまた刊行上の問題か、注記については極力省略、もしくは纏めて最後に引用一覧的に掲載される例が多いかと思いますが、さすがはこだわりの筑摩書房というべきでしょうか、これだけの注記を文庫版でも躊躇なく(しかも補注では注記に対するご自身の見解が変わった点についても解釈を加えられる丁寧さ)掲載している点は感服の極みです。

そのような構成のため、本文だけを読んでも、本を手に取った時の感触に対してちょっとボリューム感が少ないかな?などと、感じてしまうところもありますが、それを補って余りあるほど色々と考えさせてくれる一冊です。

一読したイメージは解説で三田武繁氏がアガサ・クリスティを引き合いに出して述べられているように「まるで推理小説を読む様な」一冊です。

まず、極力一次資料から当たるという歴史研究家としては必然のアプローチによる文献検討に基づく、以仁王の令旨から始まる一連の流れの解説は流麗かつ、頷かされるところが極めて多いです(政治の最大課題は治天による皇位継承決定権の行使とそれに伴う公家の昇叙の動向である事を明快に述べられています)。

一方、平家物語を極力排するとの方針で纏められた構成は、木曽義仲の京都突入タイミングの議論や北陸宮問題、義経の屋島強襲タイミングの必然性などピンポイントでは素晴らしい冴えを見せているのですが、戦乱を扱っているにも拘らず季節感を含めて全体の流れを追った記述は何か描写に欠けています。この辺りは、指摘通りの「安楽椅子探偵」が事件のストーリーを探偵事務所のデスクを前にして辿っているような印象が拭えないところです(更に戦史になると一転して偶然性を語りだしたりもします)。

特に推理小説的だなと思わせる点が、壇浦合戦(壇ノ浦と書かない)の最後の一説です。

—引用ここから—

壇浦合戦によって平家一党は滅亡する。それはいかにも中世的である。

しかし、安徳・平時子(清盛妻)・平徳子(健礼門院)などの自殺及び自殺未遂に至っては、これは中世的と謂うを越えて、いささか異常である。天皇や女性は、中世といえども、戦場でみずから死ぬ必要はなかった。

中略

安徳らの死に急ぎは、戦場の狂気のなせる業というべきであろうか。

—引用ここまで—

歴史研究家(探偵)として、理解に達しえないとの意味合いを込められたのかどうかは判りませんが、中世という時代以前への強い望郷の念を感じさせる、歴史研究家というより「思索家」的な一面が垣間見られるページです。

また、著者本人にとっては当然の事なのかもしれませんが、著者が近年標榜されている「朝廷再建運動」たるものが何なのかについては、本書では最後まで把握できないという歯がゆさがあります。

著者にとっては中世=朝廷再建運動が繰り返し起きる渦中であり、観応の擾乱までは一連の流れに与するのでわざわざ「朝廷再建運動」を分離して議論する必要はないと述べられるのかもしれませんが、既に著者が1180年代内乱と呼ばれている時代以前でも、公家社会にとって最大の政治課題である(と明言されている)皇統の迭立や昇叙の問題が自己解決できなくなっていた事が武家の伸張の起点であれば、調停者(もしくは武力装置)たる武家自身がこの問題を積極的に解決しようなどとは最初から考えなかったのではないかと思っています。

そのような意味でも、本書を読んでいると、結果論の積み上げから結末へと誘う推理小説を思わせる著者の構築手法は素晴らしいのですが、推理小説では犯人に語らせるであろう、その「動機」が何であったのかが最後まで見えてこないという、消化不良感がやるせないところです。

そのような消化不良感を抱えたまま、もう一冊の『源平合戦の虚像を剥ぐ』を改めて読んでみると、学論としては相容れないとも思える両書が実は極めて近似した内容である事が判ります。

こちらの本は「平家物語研究会(その後の中世戦記研究会)」を主宰された方だけあり、武力の根幹となる戦闘力や武技、武具に関する考察に始まり、民衆の動きや、武士の狼藉などの戦乱の背景をも描写することに注力しています。

その結果として導かれる両書の主人公である源頼朝のストーリーは実は全く同じで、法的権限のない、名門でも極めて立場の弱い謀反人状態から戦力を纏め上げ、一軍を以て東国を制圧し、一頭抜き出た京都へのチャンネル網を駆使して朝廷(後白河法皇)を味方に付けた後は全国を巡る自演のサバイバルレースを勝ち抜いて、全国の「御家人」と呼ばれた武家の頂点である「鎌倉殿」と呼ばれる、独自の権能をあえて京都ではなく東国に生み出したことになります。

そのような意味で、戦記をある程度否定し文献資料を積み重ねることで迫ろうとした結末と、逆に戦記を研究する過程で得られた知見に基づいて組み立てた結論が同じ着地点を見たというのはとても興味深い事かと思いますし、この時代の歴史背景描写に何らかの着地点が見えてきているという事を示しているのでしょうか。

但し、決定的に異なる点もあります。両書はいずれも、当初自立の意図が明白ではなかった頼朝と御家人たちが内乱中の軍事的結束を梃子に、東国を基盤として全国に通じる自立した権能を確立したことを認めていますが、前著では関東に基盤を置き続けた理由を大胆にも「現代人にとっても不思議であるばかりか」と嘆き、主従制に対する暗澹たる疑問を呈して筆を置いています。

一方、後著では奥州合戦におけることさらの演出振りに着目し、まさに源氏将軍->武家の棟梁->鎌倉殿という非常時以外でも通用する権能を自ら作り出していったことを、そして将軍を排出する家筋の中でも別格の家筋である事を権威づけし、自らが確立した軍事政権を表する「大将軍」号を要請と、あくまでも自律的、自主的に権能を獲得していこうとする姿を描き出していきます。武家のトップという無二の「権威」を作り出すための。

どうやらこの辺りの話になってくると、きな臭い議論に行きそうなので…。

全く異なるアプローチの2冊から同じような結論が得られたことに密かに喜べたのは、ここ数年来最もひどい風邪に苛まれ、高熱にうなされた一瞬の白昼夢だったのか、それとも悪寒に震えた夜の幻か…まだまだ色々と読み込みが足らないようですね。

<おまけ>

同じような中世史の読書の記録はこちらにて

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