今月の読本「ニューイングランド紀行」(アライ=ヒロユキ 繊研新聞社)「意思を以て生きる」人々の物語

購入してひと月ばかり、寝る前の1時間程しか時間を取れないとはいえ、せいぜい300ページちょっとの本を読むのは1,2週間もあれば楽勝かと思っていたら、読み終わるのにこんなに時間がかかってしまいました(過去最遅記録かも)。

これほど読破に時間がかかってしまう本の場合、大体途中で死蔵に廻ってしまうのですが、内容の半分も理解できないのに、この本だけはどうしても最後まで読んでみたいと思わせる何かがあったのです。そんな一冊をご紹介します。

ニューイングランド紀行非常に珍しい繊研新聞社(良く知らなかったのですが、アパレル系の業界紙なのですね)より刊行された『ニューイングランド紀行』(文と写真 アライ=ヒロユキ)です。

ところで、ニューイングランドと聞くと何をイメージするでしょうか。アメリカ建国13州だったり、清教徒やプリマス、コンコードに独立戦争といったイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか。最近ではブルーステーツ(民主党が強い地域)が比較的多い東部の州として取り扱われることが多いでしょうし、アメリカ政治にご興味があればニューハンプシャーと言えば予備選挙が早くに行われることで有名ですね。

こんな感じで、アメリカに多少なりとも興味を持たれている方であればご存知かもしれませんが、一方で日本との関わりというと余りイメージが湧かない場所かもしれません。

しかしながら、アメリカと日本との関係を見た場合、このニューイングランドは始まりの場所でもあるのです。

本文中にも出てきますが、建国当初からこの地域は捕鯨が盛んな地域でした。まだアメリカの国土が太平洋に到達する以前から、大西洋に面したこの地域から世界の海に向けて捕鯨船団が進出していたのです。そんな捕鯨船団に救助されたのがジョン万次郎であり、彼が学問を修めたのも救助した船長の出身地であり、船団の母港でもあったこのニューイングランドでした。

更に、日本とアメリカを始めて結びつけた人物であり、世界に展開する強大な海軍力の礎となった蒸気艦隊の生みの親として実際にシーパワーを見せつけ、現在の日米関係を最初にしてほぼ定義づけたであろうマシュー・ペリーもこの地に生まれ、故郷であるニューポートに眠っています。

そんな、日米関係の黎明期に登場してくるニューイングランドの事を知っていると、何処か開明的な雰囲気を持った地域であると感じさせるのです(以前CBSで放送された政治ドラマのThe West Wingに登場する理想主義的でリベラルな民主党大統領がニューハンプシャー出身で、祖先が大陸会議に出席していたという設定もちょっと分かる気がします)。

実は、本書においては上記のような日本との関係や現代政治に関わるテーマはほとんど出てきません。あくまでも現在のニューイングランドに生きる人々、中でも著者が述べているように「ロハス」に近い生き方をしている方々へのインタビューと取材写真で構成されています。

始めのうちは、多様性(東部だからと言って白人ばかりではないのです)に関わるテーマから入るのですが、徐々に東部特有の風物、そしてプリマスやメイフラワー号など入植当時を物語るテーマやソローやオルコットといった東部特有の理想主義的な思想の話へ移っていきます(この中にはお約束の通りアーミッシュも出てきます)。

ここまでは良くありそうなアメリカ紀行として気楽に読める内容(とはいっても色々と考えさせられるところが多いのですが)なのですが、インターバルを挟んだ終盤戦に入ると様相が変わってきます。

イロコイ族、アンクルトムと繋がっていく、ネイティブアメリカン、そして黒人奴隷というアメリカの負の側面を捉えたかと思うと、マーク・トゥエインからボストン・マリッジに関する小説、更には懐古主義作家の話へと展開します。この辺に来ると完全に付いていけなくなっているのですが、最後はいきなりアメリカ紹介物の書籍では外せないトクヴィルと市民主義のお話で〆となっています。

ここまで読んでいくと、何を伝えたかったのか少々判らなくなるのですが、最後のトクヴィルの節が付け足しではなく意図を以て添えられたのであれば、論理は明快です。

インタビューを受けていた人々、そして取り上げられた人物すべてが「意思を以て」それぞれの生き様を歩んでいるという事です。

(一つの指摘として、本文にも取り上げられているアーミッシュは再洗礼派のひとつですので成人洗礼しか認められません。コミュニティに残るか否かは成人になった後に自ら選択するのです)

ニューイングランドを生きるという事は、自らの意思を以てその地に集い、自らの責任で生きていく。そこには超越的な支配者もいない代わりにすべてを包み込んでくれる庇護者もいない。そんなアメリカの根底に流れる気風を発祥の地であるニューイングランドという地域の取材を通して著者は伝えたかったのでしょうか。

いみじくも著者はあとがきで3.11後に日本におけるこのような生き方をもてはやすムーブメントが瓦解したことを指摘していますが、一方で地に足を付けた活動を模索する人はそれでも増えてきていると述べています。その根底として自分の生き方に「意思を持つ」ことの重要さが求められるのでしょうし、その意思を持った集まりこそ「コミュニティ」が始まる場所なのかもしれません(ちょっと人工国家論的ですね)。

【読書のおまけ】

  • 同じようなアメリカの現代風景を取材した本として、東部に限らず全米をテーマとした書籍として『アメリカン・コミュニティ』(渡辺靖 新潮社)があります。こちらはつい最近新潮選書に収蔵されましたので入手しやすいと思います。
  • ニューイングランドと日本に最も関わりのある人物でもあるマシュー・ペリーを取り扱った一冊として『ペリー提督 海洋人の肖像』(小島敦夫 講談社現代新書)を挙げておきたいと思います。東部人気質の一端が垣間見える内容です。巻頭と巻末には著者がニューポートを訪れた時の手記も掲載されています。

アメリカ東部を扱う本の一例

  • ニューイングランドが日本人にはなじみが浅いように書きましたが、物語などを通して実は良く取り上げられている地域だったりするのです。皆様が良くご存じの世界名作劇場において、北米が舞台となる作品が全26作品中7作品ありますが、そのうち東部や大西洋岸を舞台とした作品が5作品あり、作品の背景描写にはいずれも東部の雰囲気がふんだんに盛り込まれています(ご存知かもしれませんが、当時の名作劇場の製作においては現地でのロケハンによる精巧な美術設定がなされています)。特に本書でも父親であるエイモス・オルコットが登場するルイザ・オルコットの若草物語シリーズの舞台設定は脚本、演出、意匠を含めて緻密に構成されているので特に雰囲気を掴みやすいのではないでしょうか(下記内容は『世界名作劇場シリーズメモリアルブック アメリカ&ワールド編』(ちばかおり 新紀元社)を参考にしています)
    • 『トム・ソーヤの冒険』マーク・トウェイン 1845年頃、南部ミズーリ州
    • 『愛の若草物語』ルイザ・オルコット1863年、マサチューセッツ州(ニューコード)
    • 『若草物語 ナンとジョー先生』ルイザ・オルコット1882年、マサチューセッツ州コンコード
    • 『赤毛のアン』ルーシー・モンゴメリ1886年、カナダ プリンスエドワード島
    • 『あらいぐまラスカル』スターリング・ノース1914年、中部ウィスコンシン州
    • 『愛少女ポリアンナ物語』エレナ・ポーター1920年頃、マサチューセッツ州(ペディングスビル)とボストン
    • 『私のあしながおじさん』ジーン・ウェブスター1920年、ニュージャージー州プリンストン
  • 私自身は仕事柄、ニューイングランドには関わりが深いのですが、実際に彼の地に赴いたことは残念ながら、一度しかありません(しかもちょっと内陸側)。晩秋のニューイングランドは西海岸と違って寒く、毎日曇天が続く日々でしたが、ひたすら針葉樹林が続くハイウェイ、そしてその森の中に点々と広い敷地を持った家々が散在する風景はどこか心を落ち着かせるところがあったのも事実です。そう、今住んでいる八ヶ岳南麓がどんなに不便だと言われても、田畑や森(それが人工林であっても)に囲まれている事に幾ばくかの安心感を持つように
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