今月の読本「中華料理の文化史」(張競 ちくま文庫)悠久の中国食文化、残滓は日本に?

日本の歴史も大好きですが、実は中国史も結構好きだったりするので、たまにはこんな本も読んでみたくなる時があります(昼休みの僅かな時間を縫って読んでいたらこんなにかかってしまった…)。

いつもちょっとメインストリームを外した、でも深いテーマで迫ってくる、ちくま文庫の新刊よりこちらの本を「中華料理の文化史」(張競 著)です。

中華料理の文化史

一応、体裁としては表題のように孔子の時代から清朝までの中華料理の食材、調理法の変遷を辿っているのですが、そのような表題や形式に囚われず、著者が提示するテーマに乗って読んでみるのが面白いと思います。以下各章の意訳です(本当はもっと盛りだくさんの内容なのですが)。

序章:ファーストフードも既に「中華料理」

1章:主食の食材(雑穀から麦、米へ)

2章:粉食としての麦の登場

3章:現代まで繋がる「胡餅」の登場

4章:遊牧民族の東遷と犬食の忌諱、香辛料の登場

5章:南の豚肉、北の羊肉のせめぎ合いと薄味な料理

6章:箸の向きから見たテーブルマナー

7章:海産物の北進と唐辛子がない四川料理

こうしてみると、意外な話ばかりが出てきます。胡餅や麺類が相当する粉食も、羊肉料理もフカヒレも、真っ赤な四川料理もどれもこれもルーツは中国大陸になかったり、あったとしてもいずれも辺境地域の食文化が時々の王朝に取り入れられたり、民衆の食生活として広がっていったもので、読めば読むほど「オリジナル」ではない事が明らかにされてきます。

著者が6章の題名にも使っています「箸よ、お前もか」とあるとおりに、日本では横に置く箸ですが、中国や韓国では縦に置きます。これは日本の作法が亜流かと思いきやさにあらず。歴史上の絵画を良く調べてみると、過去の中国ではやはり箸は横置きで、箸と匙を使って食事をしていたのが、北方遊牧民族の影響を受けたナイフを用いた食事作法に箸を合わせる際にナイフを置く向きに合わせて箸の置き方も縦置きに変わったことを著者は看破しています。

つまり、中国での古い作法が日本に残存しており、中国の作法の方が影響を受けて変化していったことが図らずも明らかになってしまう訳です(ちなみに、現代の中国ではレンゲは使いますが、食事の際に匙はほとんど使わないそうです。スプーンと箸を縦置きにして両方を器用に使い分ける韓国の作法は、さしずめハイブリッド作法ともいえますね)。

真っ赤で辛い料理でおなじみの四川料理も、そもそも唐辛子が中国に持ち込まれたのが明末から清朝初期の話であり、実際にもてなす為の料理として使われるようになるのは清朝も末期になってからの事で、所謂「満漢全席」には出てこない新顔のメニューに相当するそうです。

現在の中華料理の形態が整い始めたのはどうやら明・清の時代のようですが、それより以前の中国の料理、特に元以前の調理法は現代の日本料理にとても良く似ている事を作者は指摘しています。

すなわち、箸の作法や料理の味付けに見られるような極めて文化的な所作は、方言などと同様に文化の外延部に行くほど過去の形態を保持しているという例が中華料理と日本料理の間にも明確に関連性がある事が読んでいると判ってきます。この事は、犬料理が僅かに残存する朝鮮料理との関係を見ても明らかですね。

そのような文化の密接な関連性の中で一つだけ日本文化に受け入れられなかったのが「禽獣を丸ごと調理する」事だと著者は指摘します。著者の考えとしてはこのような材料を丸ごと調理する方法は、そもそも祭祀としての調理法が継承されていると考えられるため、日本では祭祀の対象が「魚」であったのではないかと考えているようです。

一般論的には正しいのかなと思いますが、諏訪に住む人間としては「御頭祭」という例外中の例外の祭祀を知っているのでちょっと合点がいかないところはあります。

御頭祭のお供え物【諏訪大社の上社前宮で毎春行われる御頭祭のお供え物。その昔は何十頭という血の滴る鹿を生贄として捧げたそうです(その時代の様子は神長官守矢資料館で見ることが出来ます)】

それはさておき、意外に関連性のある日本の食文化と中国の料理文化ですが、本書で語られる食文化の交流は南北間であったり、ユーラシア大陸跨ぐ東遷であったりしますが、何故か中国大陸の東側からの影響は見えてきません。

これは正に日本が「世界の東辺」故にそのような結果になるのですが、序章にあるように現代中国では遂に東の日本や、更に太平洋を挟んだ東の果てであるアメリカの食文化までもがすっかり中国の食文化の中に浸透しつつあります。

この世界を取り込むほどの包容力の大きさが中華料理が世界中に広がっていく源泉なのでしょうか。

著者があとがきで述べているように、このさき10年後の中華料理は現在見かける中華料理とは全く異質のものに変化しているかもしれませんし、その時に「歴史上の中華料理」が残っているのは、やはり文化の辺境たる日本なのでしょうか。

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