諏訪湖の花火もあと一週間(連夜のサマーナイトファイヤーフェスティバルへようこそ)

New!(2016.6.9):2016年度の開催概要が発表されました。

  • 2016年度の「サマーナイトファイヤーフェスティバル」は7月24日(日)から8月31日(水)までの開催です(8月15日は除く)
  • 7/18(月・祝日)に上諏訪温泉宿泊感謝イベント「湯ったり湖花日和」が新たに開催される事になりました。当日は3000発の花火が20時より40分間に渡って打ち上げられる予定です
  • 8月15日は湖上花火大会
  • 9月3日(土)が新作花火大会
  • 9月最初の日曜日に実施されていた「サマーナイトファイヤーフェスティバルフィナーレ」本年は実施されません!くれぐれもご注意ください

 

New!(2015.7.12):2015年度の開催概要が発表されました。

  • 2015年度の「サマーナイトファイヤーフェスティバル」は7月26日(日)から8月31日(月)までの開催です(8月15日は除く)
  • 8月15日は湖上花火大会
  • 9月5日(土)が新作花火大会
  • 9月6日(日)がラストの「サマーナイトファイヤーフェスティバルフィナーレ」です

詳細は、下のリンクから公式サイト「信州 諏訪湖の花火」のページにジャンプしてください。

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今年も夏の夕涼みは、連日諏訪湖の花火が楽しめそうですね。

2014年度の開催ご案内

  • 2014年度の「サマーナイトファイヤーフェスティバル」は7月27日(日)から8月31日(日)までの開催です(8月15日は除く)
  • 8月15日は湖上花火大会
  • 9月6日が新作花火大会
  • 9月7日がラストの「サマーナイトファイヤーフェスティバルフィナーレ」です

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詳しくはこちらの公式サイトへどうぞ。

毎年8月から9月の第一週まで諏訪湖は連日の花火日和。「サマーナイトファイヤーフェスティバル」です。

諏訪湖の花火と言えば、8/15に開催され、毎年50万人以上(諏訪地方の人口が26万人と言われていますから実に2倍…)の観客を動員する国内最大級の花火大会でもある「諏訪湖祭湖上花火大会」と、9月最初の土曜日に開催され、30万人以上の観客を集める、経済産業大臣賞が懸けられ、国内花火師の競技大会でも最高峰の「全国新作花火競技大会」が余りにも有名ですが。実はもう二つの花火大会が催されるのです。

そのうちの一つが、連日午後8時30分から開催される「サマーナイトファイヤーフェスティバル」です。

諏訪湖の2つの花火大会が余りにも有名になってしまい、一般販売のチケットはそれこそプレミアもの、各宿泊施設が確保している桟敷席のチケットも、花火大会翌日にお帰りになるお客様が来年度の予約を入れて行かれるために1年前からほぼ満杯になるそうです。

また、当日は周囲も身動きどころか立錐の余地もないくらいの大混雑となるため、湖畔に住居をお持ちの方でない限りはゆっくり花火を愛でるなどという事は全く期待できない状況になってしまっています。

そのような状況を鑑みた観光関係の皆様が逆転の発想で「夏の間は毎日花火大会にしてしまえば好きな時に花火を楽しめる」と、大盤振る舞いでここ数年は連日の打ち上げとなったのでした。

始めのうちはコスト面や集客面で不安があったようですが、今では「何時泊まっても諏訪湖の花火が楽しめる」と宿泊客にも大好評。観光関係でも花火の打ち上げ時間に合わせた屋外イベントを設定することで、集客力アップとシーズン中の施設稼働率の分散化に寄与しているようで大成功のようです。

もちろん、地元民にとっても時間が取れるタイミングで気軽に花火が楽しめるのは大歓迎。打ち上げ時間前になると諏訪湖周辺の思い思いの場所で楽しんでいらっしゃるようです。

こちらの花火は8時30分から15分間と短いのですが、打ち上げ数は800発と高密度、しかも打ち上げ場所である初島の目の前でもぱっちり観覧可能ですので、二つの花火大会ではプレミアムチケットを確保しなければ味わえない、諏訪湖の花火特有の湖面に映り込む光と周囲の山々から反響して腹の底から響いてくる花火の音を「無料」で存分に味わうことが出来ます(連日開催なので、花火写真の撮影練習にも良いかもしれませんね)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERAそして、「全国新作花火競技大会」が終わった翌日の日曜日。観光客も少なくちょっと涼しくなった初秋の諏訪湖の夜にもう一つの花火大会が催されます。

サマーナイトファイヤーフェスティバル」の最後を彩るフィナーレです。

こちらは2つの花火大会と比べると規模は小さめなのですが、何と言っても全面無料、観覧場所指定なしです。日曜日の夜という事で観光客の方にはハードルが高いのですが、地元の方は大挙して集結。大会の時は規制が厳しいので自由が効かないのですが、この日ばかりは無礼講。家族やお友達同士で宴会を開いたり、バーベキューをしたりと、地元の皆様だけのお楽しみイベントとなっています(そのかわり路駐が一杯で通行は大変ですが)。

規模は小さめと書きましたが、実は「諏訪湖の花火としては」という枕を付けなければなりません。実際は大規模な花火大会と同じスケールだったりするのです。

  • 諏訪湖祭湖上花火大会 : 時間2時間。打ち上げ数、36セット約4万発(38000発位)
  • 全国新作花火競技大会 : 時間1時間30分。打ち上げ数、1万8000発
  • 岡谷とうろう流し花火大会 : 打ち上げ数、2000発
  • 諏訪湖サマーナイトファイヤーフェスティバル : 時間15分。打ち上げ数、800発(連日)
  • 市川三郷町神明の花火大会 : 時間1時間45分。打ち上げ数、2万発
  • 長岡まつり花火大会 : 時間1時間45分。打ち上げ数、2万発
  • 隅田川花火大会 : 時間1時間25分。打ち上げ数、2万2500発
  • 諏訪湖サマーナイトファイヤーフェスティバルファイナル : 時間50分。打ち上げ数、12000発(昨年)

時間当たりの打ち上げ数では全国でも著名な花火大会に全く引けを取らないばかりか、50分間と短いので間延びせずに濃密に楽しむことが出来ます。

諏訪湖の2大花火大会は大混雑なのでちょっと…と思われる方も、同じボリュームを身近に楽しむことが出来る諏訪湖サマーナイトファイヤーフェスティバルとファイナル。あと残り一週間となりましたが、暑い、暑い今年の夏の想い出に是非如何でしょうか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERAいずれの写真も今年のサマーナイトファイヤーフェスティバルで撮影。【クリックでフルサイズ】

  • Olympus E-420(ZUIKO DIGITAL 14-54mm F2.8-F3.5)
  • 14mm(換算28mm)F8.0/4sec
  • ISO:100、ホワイトバランス:昼光、カラー:vivid、階調:normal
  • コントラスト、シャープネス、ノイズリダクションはRAW現像時補正

直下だと28mmでも画面サイズが足りませんね(笑)

suwako-hanabi公式サイト「諏訪湖の花火」へのリンクはこちら

八ヶ岳南麓に秋の訪れを伝える(富士見町の蕎麦畑)

あれほど猛暑、猛暑と騒がれたお盆休みから僅かに1週間後、八ヶ岳南麓は嘘のように涼しい週末を迎えました。

久しぶりに本格的な降雨となった金曜日から続く、どんより、ひんやりとしたお天気は、残暑を越えて一気に秋の空気を運んでくれます。

そんな秋の空気と共に南麓にやってくるものがあります。

霧に沈む蕎麦の花1畑を埋める蕎麦の花たち。霧の向こうには甲斐駒が見えるはずなのですが、残念ながら今日は見ることが出来ません。【クリックでフルサイズ】

OLYMPUS DIGITAL CAMERA雨に濡れる小さな蕎麦の花たち。一輪一輪はとても小さなものです【トリミング済み・クリックでフルサイズ】

OLYMPUS DIGITAL CAMERA霧に沈む一面の蕎麦畑。天気が良い日には森の向こうに八ヶ岳の嫋やかな裾野が広がります【クリックでフルサイズ】

8月の終わりから9月の初めにかけて、八ヶ岳南麓のそこかしこには、平地より早く、少しずつ重みを増して頭を垂れていく稲穂の群れと、小さな白い花をつけた蕎麦畑の美しい風景が広がります。

稲穂がしっかり黄金色の穂を実らせるより、ほんのちょっと早く、9月の中旬までには蕎麦畑の刈り入れは終わります。

そして、9月の終わりには皆様待ちに待った新蕎麦のシーズン。信州の其処かしこで新蕎麦祭りが開かれる頃になると、田圃にたわわに実った稲穂たちも刈り入れのシーズンとなります。

快晴の蕎麦畑2快晴の朝の空の下で再トライです。バックは甲斐駒です(2013.8.29)【クリックでフルサイズ】

快晴の蕎麦畑3甲斐駒をバックにもう一枚(2013.8.29)【クリックでフルサイズ】

快晴の蕎麦畑4天気さえよければ、八ヶ岳と蕎麦畑というコンビネーションも(2013.8.29)【クリックでフルサイズ】

快晴の蕎麦畑2最後に、小さく可愛い蕎麦の花を(2013.8.29)【トリミング済み・クリックでフルサイズ】

蕎麦畑と雲雲間に僅かに覗く青空の元、広がる蕎麦畑。シーズンも終盤(2013.9.8)【クリックでフルサイズ】

<おまけ>

  • 9月の終わりになると、富士見町でも蕎麦祭りが催されます。今年の日程はまだ公開されていませんが、昨年の様子などはこちらの「そば処 おっこと亭」のページでどうぞ
  • 今日の写真は霧の中でしたが、お天気さえよければ、こんな美しい蕎麦畑のシーンも楽しめます。
今月の読本「浪漫あふれる信州の洋館」(文:北原広子 写真:大澤敬子 他 信濃毎日新聞社)その宿されたストーリーに想いを馳せて

今月の読本「浪漫あふれる信州の洋館」(文:北原広子 写真:大澤敬子 他 信濃毎日新聞社)その宿されたストーリーに想いを馳せて

ちょっと前にご紹介した「国史大辞典を予約した人々」のページでもご紹介しましたが、素敵な一冊なので改めてご紹介です。

長野ローカル出版の雄であり、以前も「信州観光パノラマ絵図」でご紹介しました信濃毎日新聞社より最近刊行された写真集「浪漫あふれる信州の洋館」(文:北原広子、写真:大澤敬子、佐々木信一、田北圭一、山本忠男)です。

浪漫あふれる信州の洋館1基本的には長野県内に所在する、明治、大正、昭和初期までの所謂「洋館」風の建築物を紹介する写真集andショートストーリーですが、上田の旧常田館製糸場のような和風養蚕繭蔵や安曇野の碌山美術館のように落成が昭和33年と戦後にかかっている建築物もあります。

また、紹介されている建築物の一部は、各地から長野に移築された物も入っており、長野県内で移築された物も含まれますが、いずれも既に当地の風景の一部となっている建築物ばかりです。

各建築物の紹介は写真集というより、どちらかというとガイドブックの体裁に則っており、基本的にすべて同じフォーマットで、建物の種類(事業所・公共機関・教会・ホテル・別荘旧宅・学校)、所在地、見学条件、訪問用ガイドmapが付けられており、本書を読んだ後、容易に見学に赴くことが出来るように配慮されています。各ページの体裁と共に、紹介されている建築物が原則として見学可能な施設に絞られている点でも、明らかにガイドブックとしての役割を狙った編集方針である事が判ります(北野建設所有の2施設はちょっと無理ですよね)。

また、この手の写真集であれば建築物の種類、用途別に編集するスタイルの方が読者(建物がお好きな方)の嗜好にマッチしていると思うのですが、そこは長野の出版物、中信・木曽、諏訪・南信、東信、北信…とここでもしっかり「信濃の国」ルールが踏襲されているのは、県外在住者としてはちょっと、ほほえましかったりします。

すなわち、本書は貴重な建築物を記録するための写真集でも、建築ファンのための資料用でもない、表題の通り「文明開化の浪漫」をノスタルジックに楽しむためのガイドブックなのです。

その辺りの雰囲気がもっとも濃厚に表れているのが、掲載されている美しい写真に添えられている、各建築物が宿している歴史を紹介したショートストリーです。

資料性を損なわないように、控えめで正確な記録を掲載されることを心がけていらっしゃるようですが、文章のそこここに、建築に至った当時の人々への想い、ここまで生き残る事の出来た建築物への愛おしみや、保存に至る紆余曲折への眼差し、そして厳しい保存状況の建物への憂いといった、資料的な書物では禁句の数々が漏れだしてきているのが、逆に読者としては筆者の深い思いが伝わってきて嬉しく感じてしまいます。

例えば旧中込学校のストーリーの最後に添えられた一文、

—引用ここから—

(中込に生まれた市川)代治郎はこの大仕事を成すと各地を転々とし、和歌山で生涯を閉じた。残した建築物はこの校舎だけ。愛と心意気をすべてつぎ込んでしまったのかもしれない。

—引用ここまで—

建築物の紹介としてはちょっとどうかとも考えてしまいますが、当時の人々が僅かな資金を出し合って、子供たちに立派な教育を受けさせたい、それを受けた地元出身の建築家が精魂を込めて仕上げた校舎から多くの生徒が巣立ち、「教育県」と呼ばれた長野県の土壌を育み、その礎である校舎が今でも同じ場所で地元の方々に愛されて保存されている…。

美しい写真だけでも、実際に建築物の前に立っただけでも判らない、建物達が激動の文明開化から保存に至った現代までに育んできたストーリーが備わってこそ、より一層愛おしさ、保存することの大切さが伝わっていくのだと思います。

旧中込学校そして、多くの建築物が保存目的の為に博物館化、準非公開(外観のみ)となりつつある中、文化財的価値は多少低く見られても現在でも「生きている」建築物たちにも多くの項を割いている点は非常に好感が持てます。

こちらも教育県長野らしく、校舎建築が多いのですが、出色なのは今でも年間15万人が連日のように利用している、諏訪のアイコンでもある「片倉館」でしょうか。

建築の経緯も異色ですが、文化財的価値、歴史的な特異性を併せ持ち、さらには現役の「公共温泉」として維持することは大変な困難が伴うかとは思いますが、このような施設を大切にしていくことが、その街の歴史の深さ、地元を想う心意気の表れだと考えると、それらの建築物たちは「浪漫」を越えた、地元にとっての象徴ともなり得るのではないではないでしょうか。

片倉館そのような活動を街全体で行っているのが、本書で最もページ数を割いている松本に残る建築物群でしょうか。いずれも貴重な建築物で、ほかの都市であれば既に高度成長期に取り壊されてしまってしかるべき建築物も、地元の熱心な保存活動に押されて多くが残っている点では正に地元愛の成せる業ですね。

また、本書では街全体とはいかなくても、長野県内の各地で地道な保存運動の結果、残されている小さな建築物についても光を当てています。中には保存状況が劣悪になりつつある建築物も紹介されており、写真を見ていると心が痛くなる想いですが、これからも末永く保存されることを願う限りです。

このように保存に苦しまれている建築物がある一方、外装はそのままに内部をリフォームすることで新たな役割を与えられて輝きを取り戻した建築物も多数登場してきます。すべての建築物で適用できる手法でない事は当然なのですが、貴重な建築物を後世まで残していく新しい方法として前向きに取り上げられている点は好感が持てます。

これから少しずつ涼しくなり、外でのお散歩が気持ちよくなる季節。美しい自然に恵まれた信州までちょっと足を延ばして、浪漫あふれる「洋館」を眺めながら、静かに宿してきた建物達のストーリーに思いを馳せる休日というのは如何でしょうか。

<おまけ>

二冊のサケ類ガイドブック「サケ学大全」(帰山・永田・中川 編著 北海道大学出版会)と「サケマス・イワナのわかる本」(井田齋・奥山文弥 山と渓谷社)

お魚が好きなくせに山奥に立て籠もって暮らしていると、時として無性にお魚の本が読みたくなってしまいます。

そんな訳でこれまでも何冊もお魚関係の本をご紹介してまいりましたが、今回はちょっと山奥にも関係ある「サケ類」をテーマにした本を2冊セットでご紹介です。

サケ学大全まず一冊目は北海道大学出版会より刊行された「サケ学大全」(帰山雅秀・永田光博・中川大介 編著)です。

版元から察するとかなり堅めの研究関係の書物に感じますが、さにあらず。第一線の魚類学者から道内の水産関連の研究、実務担当者、NPO関係者、地場の水産会社役員に村上の喜っ川 、教育者に画家…とまあ多士済々の皆様が執筆されたラインナップが全部で55テーマも揃う正に「サケをテーマにした一大テーマパーク」的な研究紀要andエッセイ集といった書籍です。

テーマが余りにも膨大なため、各テーマの掲載ページは数ページから多くても10ページほど、一応、第Ⅰ部であるサケの生物学については研究紀要的な内容で固められており、サケ類の最先端の研究成果がふんだんに盛り込まれていますが、第Ⅱ部のサケの産業科学に行くと、ふ化事業や水産加工など具体例が徐々に増えてきて、業界紙のコラムのような体裁に変わります。

第Ⅲ部のサケの社会科学にはいると、もう体裁も内容もテーマごとにばらばらで収拾不能…といった感じで、以前紹介した「ウナギの博物誌」のようなテーマ間のバランス調整も殆ど行われていないため、一気に読むにはあまり向いておらず、どちらかというと気に入ったテーマを拾い読みしてく感じの編集スタイルになっています(編集スタイルとしてはウナギの博物誌のページで関連書籍として紹介した「新鮮イカ学」に近いかもしれません)。

とはいえ、北海道、そして東日本のを代表する魚類であるサケ類のすべてをこの一冊に集結させた北海道大学出版会と編者の皆様の多大なるご努力に敬意を表したいと思います。

特に北大の研究者の皆様が多数執筆される第Ⅰ部には環境保護をテーマにした話題では良く取り上げられる割には根拠となるモデル、データがあまり紹介されないヒグマを含めた連環のデータや巨視的な生態系モデル例など括目すべき内容がそこかしこにちりばめられていて、目から鱗が落ちる思いになります。

また、皆さんご興味があるであろう母川回遊に関する最新の研究成果や、放流魚と自然遡上魚のバランスシートといったかなりナーバスなテーマも語られています。

後半の方には今注目されている遺伝操作による養殖サーモン類(信州サーモンもすっかり有名になりました)に関するテーマも設定されていて、最近のトレンドを理解するためにも非常に有用です。

また、第Ⅱ部に関しても実際の事業に携わられていらっしゃる皆様のコメントには説得力があり、実は放流事業における回遊率成否には放流する側の上手い・下手が色濃く影響するなどという爆弾発言的なコメントも載せられていて、ちょっとびっくりしてしまいます。

とにかく、サケ類大好き、サケに関するいろいろなテーマを観てみたいという方にはピッタリな一冊かと思います。

サケマス・イワナのわかる本そしてもう一冊、帯の一文で威圧されてしまう「魚に半生を捧げた師弟」である北里大学名誉教授で魚類分類学者である井田齋先生と、お魚ジャーナリストの奥山文弥氏という魚類学とフィールドワークのコラボレーションを存分に楽しめる、山と渓谷社より刊行された「サケマス・イワナのわかる本」(井田齋+奥山文弥)です。

前に紹介した「サケ学大全」が北大出版会刊行なのでより学術的な内容に見えますが、全く逆でこちらの本の方が余程学術的(所謂魚類分類学)な記述に優れます。

こう書いてしまうともの凄く固い本のように思われてしまいますが、そこは山と渓谷社の刊行物です。帯には「入門書」と硬めの表現をされていますが、奥山氏の豊富なフィールドワークによってもたらされた美しい写真と井田先生の丁寧な解説文章、多くのアングラーの協力によって得られた貴重な写真を織り交ぜた美しい「サケ・マス・イワナ類写真図鑑」としても出色の一冊です。

サケ類が好きな方なら美しい写真を眺めているだけで幸せになってしまう事受け合い、更に降海/陸封型を分けた形でほぼ全種についての解説が写真以外に50ページと、これだけで数1000円クラスのちょっとしたガイドブックが出来てしまう豪華さです。

更には特徴的な生態、海外(所謂銀鮭ですね)を含む養殖魚たちについての紹介もカラー写真/文章を駆使して豊富に掲載されており、「入門書」なんてわざわざ書かなくても「決定版」でいいじゃないですかと、声を大にして言ってしまいたくなります。

就寝前のほんの一瞬、一日の疲れを癒したい時にぱらぱらとめくりながら、かれらの生きざまにほんの少し思いを馳せる…そんな密かな楽しみとしていつも枕元に置いています。

決して、著者たちのように「脂鰭」に魂を捧げたわけではありませんが…

<おまけ>

中央構造線を北上する旅(5)そして日本海へ

中央構造線を北上する旅(5)そして日本海へ

中央構造線を扼する位置に聳える八ヶ岳と麓に控える諏訪湖を遠く望む南麓の地からはるばる北を目指して木崎湖、小谷村、蒲原沢、糸魚川の中央構造線露頭と進んできた旅もいよいよ終点、日本海を望む海辺に到着です。

夕暮れを迎えた穏やかで嫋やかな夏の日本海特有の空と海が広がります。

海岸沿いの道を走ると、しばし忘れていたミネラルの香りをたっぷり含んだ潮風が鼻をくすぐります。

青海川河口より日本海日本海を望む青海川河口の橋より。

こちらもジオパークの看板が掲げられており、糸魚川ジオパークの普及も大分進んできたことを実感させられます。

この地点は「糸魚川ジオパーク」で設定されているジオサイトのうち「No.3青海海岸」に指定されています

青海までは砂浜もある穏やかな海岸線沿いをのんびり走っていけるのですが、その先は一転、まるで姫川沿いのような洞門で囲われた断崖絶壁の道を西に向けて進んでいきます。

そう、糸魚川ジオパークは姫川だけで終わるわけではなく、その左右に控える特徴ある地形までをも含んだ非常に広範なエリア、地質領域をカバーするジオパークなのです。

そして、北陸自動車道の巨大な高架橋に押しつぶされて、僅かに残った猫の額のような海岸線に開かれた本日の終着点、親不知漁港に到着です。

親不知

夕暮れの日を浴びた水面が美しく輝きます。【クリックでフルサイズ】

穏やかな夏の日本海は寄せる波の音も小さく、まるで鏡のように静かです。

糸魚川ジオパーク親不知説明看板そしてこちらにもジオパークの解説板が用意されています。

解説板の下には、海岸で石拾いを楽しんでもらえるよう、どこから石が流れ着くのか、そしてどんな石の種類があるのかの解説も用意されています。

このような心配りは嬉しいですよね。

この地点は「糸魚川ジオパーク」で設定されているジオサイトのうち「No.2親不知」に指定されています

親不知夕景2しばし心地よい潮風に身を委ねていると、海岸は徐々に夕暮れを迎えていきます。【クリックでフルサイズ】

親不知夕景3

夕暮れの中、親不知漁港に入港してきた漁船が夕日に照らし出された水面をゆっくり揺らしながら岸壁に進んでいきます。【クリックでフルサイズ】

親不知夕景4

もう一枚【クリックでフルサイズ】

長かった中央構造線を北上する旅も此処で完結。西へ沈む太陽に背を向けて、再び八ヶ岳の南麓へと進路を東にとって行きます。

この後、全国ニュースでも取り上げられたように集中豪雨に見舞われた松本から諏訪を抜けるまでの紆余曲折はここでは述べませんが、それも夏の良い思い出の一つです。

中央構造線を北上する旅(4)ジオパークの故郷・糸魚川構造線露頭

中央構造線を北上する旅(4)ジオパークの故郷・糸魚川構造線露頭

木崎湖に始まった中央構造線を北上する旅も葛葉峠を越えると信州から越後に入っていきます。

大網発電所前の糸魚川ジオパーク看板越後に入ってすぐの集落である平岩の休憩用駐車場には、このような「糸魚川ジオパークへようこそ」という案内板が掲示されています。

この姫川流域は日本で初めて世界ジオパークに認定された糸魚川ジオパークのそのものなのです。

電気化学工業大網発電所ダム2大糸線と駐車場のすぐ脇には姫川を流れるエメラルドグリーンの水を湛えた電気化学工業の私設発電所でもある大網発電所のダムが険しい谷間を埋めるように立地しています(エメラルドグリーンの水は同じ中央構造線の南部側に位置する美和ダムも同じですね、河原の石が白っぽい、花崗岩の山を流れる川に共通の水面なのでしょうか)。

姫川の流域にはこのほかにも多数の水力発電所があり、下流には大きなセメント工場が多数稼動していますが、これらの工場を稼働させる大切なエネルギー源としても姫川の豊富な水量と急流が役に立っている訳です。

そして、渓谷の急峻な斜面にしがみつくように敷設された大糸線を守る洞門の中を可愛らしい1両のディーゼルカーが通過していきます【クリックでフルサイズ】

この地点は「糸魚川ジオパーク」で設定されているジオサイトのうち「No.11姫川渓谷(大糸線)」に指定されています

平岩の駐車場を後にすると、姫川沿いの中央構造線を抜ける道もクライマックス、トンネルと厳しいカーブの連続する洞門が何キロにも渡って続いていきます。洞門の明り取りからは対岸を走る大糸線の路線が見隠れしますが、あちらも断崖絶壁を削り落として鉄の洞門で固められたシールドの中を抜けており、非常に厳しい環境の中を通過していることを実感させられます。

十数分の苦痛な時間が過ぎると、ヒスイ峡の入り口である小滝に到着。正面の視界が開けて姫川を橋で渡れるようになります。

小滝を過ぎると姫川の流れは急峻な渓谷から一気に緩やかになり、河原には水田が広がるというこれまでの厳しさとは一転した風景になっていきます。

そんな水田が広がる河原沿いの道を降っていくと路肩に妙な看板が聳えているのが見えてきます。

中央構造線糸魚川露頭入口「大断層見学地」とかかれた看板の立つこの場所こそ、糸魚川ジオパークの中核であり、日本のジオパークの先駆となった中央構造線・フォッサマグナの糸井川露頭であるフォッサマグナパークなのです。

中央構造線糸魚川露頭説明看板1駐車場にはこのように、ジオパーク発祥の地である事を示す解説板が用意されています。

中央構造線糸魚川露頭説明看板2そして、露頭に繋がる道の左右にはこちらのような解説板が所々設けられており、歩きながらジオパークについて理解を深めることが出来るようになっています(お子さんが飽きないようにクイズ形式の解説板も設けられています)。

中央構造線糸魚川露頭1全体駐車場から歩く事5分ほど、露頭に到着です。【クリックでフルサイズ】

露頭の上側から河原に降りる形で見学できますので、露頭の全体を俯瞰することが出来るのですが、大変残念ながら上部の方は石垣で保護されてしまっており、全体を見る事は叶いません。

観光で訪れた方は石垣に引かれた白線をしげしげと眺めががら感嘆の声を上げますが、残念ながら本命の露頭は石垣の下に僅かに見えている露岩の部分になります。

中央構造線糸魚川露頭2破砕帯石垣に引かれた白線の下、破砕帯の表示と東西日本を表すプレート【クリックでフルサイズ】

石垣の下に設けられたキャットウォークを歩くことで破砕帯の直近まで近づくこともできますのでじっくり観察は出来るのですが、如何せん露頭の目の前にジオパークの意義やプレートテクトニクスの解説、ジオパーク認定のシンボルプレートは置かれているのですが、最も重要な「露頭自体の説明」が何処にも無いのです!!!

これこそ「画龍点睛を欠く」の最たる例ではないでしょうか。

何を置いても、現物を前にして解説を受けて、その場で感じることが理解への早道なのに、ジオパークの発祥の地と言われる糸魚川がこれでは、非常に悲しくなります(他の露頭の方が余程ましな解説板を設置しています)。

中央構造線糸魚川露頭3東側と、いう訳でちょっと補足的に東日本側から西日本側を俯瞰した写真を【クリックでフルサイズ】解説用の石碑には「安山岩」と書かれています。

中央構造線糸魚川露頭4西側そして、反対側の西日本側から東日本側を俯瞰した写真を【クリックでフルサイズ】

こちらの石碑には「変はんれい岩」と書かれています。

という訳で、観光地化が進み過ぎてしまったのでしょうか、ちょっと手垢に塗れてしまった感の強い中央構造線・糸魚川露頭です。

この地点は「糸魚川ジオパーク」で設定されているジオサイトのうち「No.6糸静線塩の道(北部)」に指定されています

<おまけ>

中央構造線を旅するのはこれで数度目で、特に南側は比較的身近なフィールドだった(パジェロミニに乗っていた頃)ため、露頭にもちょくちょく訪れていました。

中央構造線溝口露頭比較的アプローチがしやすい美和ダム湖の湖畔に位置する中央構造線・溝口露頭。

こちらは解説版が非常に紛らわしく、何処が本当の中央構造線が見誤る恐れがあります。

実際には写真奥の方で左下から右上へ斜めに走る地層の色が変わっている部分が中央構造線です。

中央構造線北川露頭そして最も判り易いけれど、アプローチがやや困難な中央構造線・北川露頭。

本年6月に天然記念物に指定されたそうですが、その鮮やかさと目の前でじっくり観察できる非常に優れた環境はファンの方でなくても、一目で納得できる強いインパクトを有しています。

しかしながら、場所が本州で一二を争う辺鄙さでも有名な大鹿村ですし(その筋では極めて著名な中央構造線博物館もこちらにあります)、アプローチには大鹿村の中心部から崩落が年中発生する林道まがいの国道152号線(こちらもマニアの皆様御用達ですね)を行くか、北側の伊那市長谷(道の駅・南アルプスむら名物の自家製パンはお勧めです)から今はやりのスピチュアルな分杭峠を越えるそれこそ林道そのものの狭路152号線を登るかのいずれかしかなく、どちらもあまりお勧めできるルートではありません。

中央構造線安康露頭そして全くお勧めできないばかりか、辿り着けるかも保証できないのがもう一つの中央構造線露頭である中央構造線・安康露頭です。

こちらのアプローチの悪さはかなり悲惨で、北からアプローチするには先ほどご紹介した大鹿村から152号線を河原と絶壁に挟まれた1車線道路を延々と登っていくか(ここで対向車と遭遇するとたとえ軽自動車、軽トラックでも絶望に打ちひしがれます)、もしくは本州で一番星がきれいな場所、日本のチロルとも呼ばれるしらびそ高原と下栗の里を擁する遠山郷から全くの林道でもある蛇洞林道(酷道152号線暫定指定とも云う、点線というやつですね)をひたすら登っていく必要があります。

更に、現地に到着できたとしても露頭自体が渓流の河畔に位置しているため出水する度に状態が変わってしまったり、最悪は河畔自体が流出して見学場所にすら近寄ることが出来なくなることも決して珍しい事ではありません。

良いタイミングで訪問できれば、こちらのサイトにあるような美しい断層美が堪能できますが、私のように出水後ばかりにしか行けない駄目な人の場合、いつ行ってもどれが断層かわからないような状態しか遭遇できません(ちなみに写真左側の岩が盛り上がっている部分から左側の色が僅かに茶色に変化している部分が断層面です)。

中央構造線を北上する旅(3)蒲原沢・自然の猛威と治山という行為

中央構造線を北上する旅(3)蒲原沢・自然の猛威と治山という行為

Up:新たに撮影した写真を追加しました(2014.8.14)。

木崎湖を後にして、青木湖を抜け、白馬の市街地を通り越すと、信濃森上の辺りから徐々に周囲の風景が狭くなっていくのが判ります。いよいよ姫川と中央構造線がせめぎ合いながら渓谷を刻んでいく、地形的にもルート的にも厳しくなる県境部に入ります。

大糸線南小谷駅JRの東西の結節点でもある大糸線の南小谷駅を過ぎて暫くすると、これまで姫川沿いを寄り添うように並走してきた大糸線と分かれて、いきなり長大トンネルに飛び込んでいきます。この先、糸魚川の平野部に到達するまでの間、長く長く続く洞門とトンネルの繰り返しが始まります。

コンクリートに固められた圧迫感のある薄暗い洞門の中をカーブを切りながらひたすら下っていくのは正直、暗澹たる思いなのですが、明かり区間から時折見える姫川の渓谷は絶景を通り越してよくぞこんな所に道を開いたと感嘆させられます。

遠くの対岸には同じように渓谷の斜面を縫って通る大糸線の路線を眺めることが出来ますが、あちらも弱々しいながら鉄製の洞門が小さな小路を守っています。

そんな暗い気分にさせる中、トンネルを抜けた後に橋を渡る僅かな明かり区間でぎょっとさせられる風景に出合うことになります。

蒲原沢崩落地の復旧状態1むき出しの山肌の右岸とまるでネットを張ったかのように山肌全部を埋め尽くさんとする左岸の工事現場、そして荒れた河原にはゴロゴロと大きな石が転がっています。【クリックでフルサイズ】

蒲原沢崩落地の復旧状態2治山工事現場のアップ【クリックでフルサイズ】

トンネルや洞門ばかりで車を路肩に止めることなどほとんど不可能なくらい切迫したスペースに通されている国道ですが、此処だけは小さな公園と今は通行止めになっている山へ登っていく道路の交差点があります。

この場所こそ中央構造線、そして暴れ川とも云われる姫川の姿を象徴する場所かもしれません。蒲原沢土石流災害の復旧現場の姿です。

国界橋と旧国界橋国道に架かる橋が国界橋、つまり信濃と越後の境に位置する橋です(ちなみに国道20号線にも甲斐と信濃の境に当たる地点に同じ名前の橋があります)。

奥の方に小さく見える赤い橋が元々国道だった旧国界橋で、封鎖されている交差点は元々の国道と現在のルートを繋ぐための連絡道路でした。【クリックでフルサイズ】

旧国界橋と洞門跡元々の国界橋はご覧の通り、絶壁と擁壁に囲まれた場所にかかっており、北側に控える県境の峠でもある葛葉峠と共にこのルート屈指の難所となっていました。

旧国界橋と蒲原沢1蒲原沢と旧国界橋のアップで観た様子です。

旧国界橋と蒲原沢2蒲原沢をほぼ正面から。旧国界橋の更に上にも水流が見えており、沢というより滝と表現した方が良いほど急峻な沢です。

スリットダムは下記記載の事故後に設けられたものです。

蒲原沢の国道旧道遠景国道の旧道に掛かっている洞門を現道より遠望。

下に見えてるポータルが、葛葉峠を貫通する、現道のトンネルです。

そこで1994年に現在の国道ルートが開かれ、同時に橋も現在の場所に移されたのですが、完成から僅かに1年後、水害によって折角新設された国界橋は何と流出してしまったのでした。

旧国界橋の擬宝珠と崩落跡流出してしまった国界橋の欄干に据えられていたモニュメント。流出後、河原で発見されてここに据え置かれた。同じ物が現在の新橋にも据えられている(前述写真参照)。

折角の新橋が流されてしまったため、既に県道に降格していた旧橋は再び利用される事となり、流された橋の代わりに新しい橋が建設されることになったのですが、根本原因となっていた橋の上流部にあたる蒲原沢に対して抜本的な治山対策が施される事となり、長野オリンピック開催が迫る中、急ピッチでの作業が進められていきます。

そして、雪のシーズンが早めに訪れた1996年12月6日、工事の為に多くの作業者が入山していた蒲原沢で土石流が発生、14名の尊い命が失われたのです。

この事故に関しては色々な事が述べられていますが、一つ言えることは「自然地形を人為的に改変する以上、そのリスクは人為的負担によって購われる」という事でしょうか。それが極めて厳しい地形条件である姫川流域、中央構造線特有の地形、地質が起因しているのだとすれば、尚更の事です。

上の写真では緑に囲まれて観る事は出来ませんが、赤い旧国界橋の下には荒れ狂う姫川の本性が隠れているのです。人間が御しえない自然の猛威は常に土木工事には付きまといますが、我々はそのことに余りに無関心なまま利便性だけを享受してしまう事があります。

この風景を見る度に、そのトレードオフは決して軽くない事を思い知らされるのです。

蒲原沢土石流慰霊碑新橋のたもとにある小さな公園には犠牲となった方々の慰霊碑が建立されています。

お盆のシーズンだったためでしょうか、新しい卒塔婆が立て掛けられていました。

この地点は「糸魚川ジオパーク」で設定されているジオサイトのうち「No.13姫川渓谷」に指定されています

<おまけ>

  • 実はこの場所には丁度4年前の2009年の夏にも訪れています。
  • 蒲原沢崩落地旧景2009年4年前には崩落場所はまだ丸裸で、河岸より離れた部分で法面の整地作業を行っている段階でした。国道から見えるこの風景に圧倒されたことを今でも覚えています。それから4年たって、蜘蛛の巣のようにネット状に固められた法面は想像していませんでしたが、法面には少しずつ緑も見え始めていますので、徐々にですが復旧が進んでいる事を実感できます。
  • 蒲原沢の土石流に関しては色々な情報がネットに掲載されていますが、何件か紹介したいと思います
  • 蒲原沢の治山工事の様子20142014年夏に訪れた際の蒲原沢の様子です。昨年まで続いていた姫川屈曲部山腹の吹付工はすべて完了。辺りに工事車両も見受けられなくなりました。河原の少し高い所にある蒲原温泉跡の建屋には、関係者かどうかは判りませんが、自家用車が1台止まっていました。治山工事としては漸くひと段落を迎えたようですが、国道脇では地温測定と称するボーリング作業も行われており、何らかの工事、作業は継続しているようです(ちなみに旧国界橋へのルートは引き続きブロックとゲートで閉鎖されていますので、あしからず)。