夕暮れの霧ヶ峰で秋の雲を眺める

お天気の悪い週末。家に閉じこもって塞ぎ込んでいると気が滅入って来るので、雨降り覚悟で山へ向けて。

途中、実りを迎えた蕎麦と稲穂を愛でながら目指すは霧ヶ峰。

天気が悪くても、広がる空を見れば少しは気が晴れるかと思って池のくるみまでやってくると、山頂から徐々に晴間が見えてきました。

夕暮れの霧ヶ峰と雲を1空を覆うのは、秋らしい鱗雲。少しずつ鱗が開いていきます【クリックでフルサイズ】

夕暮れの霧ヶ峰と雲を2夕暮れの霧ヶ峰と雲を3夕暮れの霧ヶ峰と雲を4鱗雲は西の空へ徐々に広がりを見せていきます【クリックでフルサイズ】

夕暮れの霧ヶ峰と雲を5空を覆い尽くす鱗雲。漸く姿を見せた西日に照らされていきます【クリックでフルサイズ】

夕暮れの霧ヶ峰と雲を6夕暮れの霧ヶ峰と雲を7そして、すっかり鱗雲が離れて行った霧ヶ峰の空にはめっきり早くなった夕暮れの日差しが差し込んできます【クリックでフルサイズ】

この後、地上に降りたら再び霧と雨の中だったのでした。山の天気は何時も判りにくいですね。

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今月の読本「魚はどこに消えた?」(片野歩 ウェッジ)「魚が獲れなくなった」への素朴な疑問

今月の読本「魚はどこに消えた?」(片野歩 ウェッジ)「魚が獲れなくなった」への素朴な疑問

私の幼少期、家庭には何時も魚が溢れていました。

親父の仕事の関係で魚市場の仲卸関係者が頻繁に自宅を訪れており、年末ともなるとお歳暮代わりに冷凍マグロの冊が食べられない程届けられる、ちょっと恵まれた環境に育ちました(なので実はマグロが嫌いで、殆どマグロしかない某県の鮮魚売り場には食傷気味です)。

そして、両親の田舎は日本一有名な海水浴場と言ってもいいかもしれません、湘南海岸でした。

夏場ともなると、田舎に戻った母は陸に上がったばかりの新鮮な豆鯵を買ってきて、3枚におろした酢漬をいつも作ってくれました。

田舎を訪れた時の食卓で最も楽しみだったのは、たまの来訪をもてなす為の料理でも、地物の刺身でもなく、朝夕に出される地元で揚った魚を丁寧に仕込んだ香ばしい干物の数々だったのです。

そう、今では全く考えも及びつかないかもしれませんが、私が小さかったころは西浜でも東浜でも職漁としての「地曳網」が行われていたのです。

とはいっても、当時でも既に半ば観光客相手化しており、たまたま巡り合った地曳網に飛び入り参加させて頂いても、獲れる魚はほんの僅か。帰るときには手ぶらだったかと思います。

そんな時、観光客たちの慣れない手捌きを手伝っていた漁師さんが必ず口にするのが「昔はもっと獲れたんだがな」なのでした。

この言葉は小さな子供だった私にもえらく印象に残る一言だったのと同時に、徐々に年齢を重ねるにつれて、関東近県、伊豆諸島へと釣りに出るようになると、何処でも判を押したように出て来る海辺の「枕詞」と化してしまうのでした。

高校生になってから釣りにのめり込むようになると、流石に気になりだして図書館などで関係する書物を漁り始めたのですが、出て来る理由は環境破壊であったり、海洋汚染であったり…、そして200カイリによる遠洋漁業の衰退と乱獲の話を見かけるようになるのです。

しかしながら、当時も今も「大漁旗」に威勢の良いセリの声、トロ箱いっぱいに氷と共に詰め込まれた魚達を観ていると、スケソウダラだけの問題で、日本の海は恵まれているからと楽観視しながら、ハゼだキスだアジだ上物だ!と釣り歩いていたのでした。

そんな楽天的ながらもちょっと心の奥底に引っかかる思いを抱いた海好き、魚好きだった私があるとき本屋さんで見かけたのが河井智康氏の著作の数々だったのでした。

死んだ魚を見ないわけ」「イワシと逢えなくな日」「消えたイワシからの暗号」「大衆魚の世界」等々、刺激的な表題と、研究者にしては非常にアグレッシブな筆致から紡ぎだす、未知のテーマ「魚種交代」解明への熱い思いが端々に見えてくる、実に魅力的な著作群だったのです。

そして、テーマの根幹にある「魚種交代」の意味、すなわち魚の漁獲高≒資源量がある魚種間相互でお互いに相殺するようにピークを持った増減を繰り返すという議論に惹かれたのでした。

そう、小さな頃から漁師の皆さんが「獲れなくなった」という言葉とは裏腹に、海の中ではもっとダイナミックな動きを見せている事を氏の著作から知る事になるのでした。

当時の理論では「魚種交代」ロジックの回答を完全には得ることが出来ていませんでしたが(当時、河井氏は卓越級数の増減をプランクトンによる食害の関連性に求めて指摘していました)、その後、東北大学の川崎健先生により地球規模の海洋気候変動である「レジームシフト」が「魚種交代」を引き起こすトリガーとなっている事が証明され、今では環境変動から資源量を検討できる段階に進んでいます(レジームシフトと漁業については氏の著書である「イワシと気候変動-漁業の未来を考える」に詳しい)。

ここまで来ると、不漁期と豊漁期が繰り返しやってくるのだから、別に心配しなくてもイイじゃないかと再び楽観論に落ち着きそうなのですが、実際の漁獲高は徐々に低下しているのも紛れもない事実、水産物の生産高はピークであった1980年代後半から既に全盛期の1/3まで落ち込んでいて、多くを輸入でカバーしているのが実情です。

どうしてそのような事になってしまったのか、そんな時にふとWEBで見かけたのが本書の元となったWEDGE Infinityで連載されていた「日本の漁業は崖っぷち」だったのでした。

今回ご紹介するのはこちらの連載を書籍化した一冊「魚はどこに消えた?」です。

魚はどこに消えた?著者である片野歩氏はマルハニチロに所属する現役の水産物バイヤー。海外の漁場、水産加工会社を相手に日夜水産資源の獲得を目指しているプロの方です。

鮮魚売り場で見る魚達や刺身などのパッケージを見た場合、その殆どが国内産であるとの表示が出ていますが、鮮魚以上の陳列スペースを有している冷凍魚や魚類加工食品、総菜売り場で売られている魚を使った調理品の原材料はどこから調達されているでしょうか。そう、200カイリ以前であれば大船団を以て海外で漁獲を続けていた大手水産会社の現在の姿、水産物バイヤーと呼ばれる方々か活躍する商社化した水産会社が海外からかき集めて来る事によって商品を維持しているのです。

そんな海外市場を渡り歩いている著者は、世界的な水産物生産高の伸びに対して良く謂われる「魚離れ」以上に経済状況の低迷による日本の購買力低下、そして輸入依存度がますます高まる割には回復の傾向を見せない日本の水産資源管理へ厳しい目を向けます。

そして著者は北欧、特にノルウェーでの資源管理手法と急速に回復する漁業者の経済環境に注目します。日本と並ぶ水産資源大国であった北欧の国々も70年代後半から劇的な資源減少に悩まされ、多くの失業者を生み、経済的疲弊に繋がる事になりました。

そこから「海洋水産資源は回復する」との信念に基づいて科学調査に多額の予算を投じ、禁漁と個別管理(総漁獲高ではなく魚種別、船別に漁獲高を管理する方式)を徹底することで有効利用可能な資源量を割り出し、値崩れを防ぐために有効利用量から経済的価値を勘案した漁獲量を算出する…。一見自然保護活動のようにも見えるのですが、そこには厳格な経済価値に重きを置いた「生産」の側面が色濃く滲んでいます。

水産物が一般的な野生生物の保護と決定的に異なる事、それれは野生生物の狩猟や獲得は「牧畜」や「農業」で代替できたとしても、依然として水産業は「漁獲」であって自然環境から収奪せざるを得ない産業である点です(「牧畜」化されたチリの銀鮭ことタイセイヨウサケの養殖技術に日本の水産会社が多大な投資を行っているのは、この事と決して無関係ではありません。太平洋側にしか海を持たないチリで、タイセイヨウサケなのです)。

そうであれば、野生生物の絶滅同様に「狩り尽す」事はすなわち産業としての終焉を意味します。逆に「狩り尽さないようにする手法」があれば、前述のレジームシフトのルールに従って資源量がボトムとなる時期に適正に資源を残せば、長いレンジではありますが、環境循環によって資源量は一定の水準で増減を繰り返すはずですし、ピークの時には豊漁を期待できることになります。

既に「獲り尽くしてしまった」例として著名なのが北海道のニシンとカナダのマダラですが、どちらも余りに獲りすぎてしまったためでしょうか、現在まで資源回復には至っていません。今年に入って、青森県でイカナゴの漁獲がほぼゼロとなったため禁漁にするというニュースを聞いて「資源管理は」と、驚かれた方も多いのではないでしょうか。

一方、危機を叫ばれた秋田のハタハタは3年間の禁漁期間を経て、徐々にではありますが、資源量の回復が認められています(もう少し待った方が良いという意見もあります)。国内でも新潟をはじめ各地で資源量調整のため、漁獲量を抑制、管理手法を見直す動きが見え始めてきています。

それでも、獲れるときにはたくさん獲りたいのが漁師の本能。やはり心苦しいところはあるようです。そのような漁獲法について(著者はオリンピック方式と呼んでいます)も、バイヤーの立場からすると否定的な回答を出しています。

経済価値は消費量と品質、価格のバランスで決まるのは当たり前の事ですが、消費量を無視した漁獲も、付加価値を付けるための加工工場の処理能力を上回る漁獲も経済的には意味をなさない事を著者ははっきりと述べていきます。昨年から今年にかけて色々な漁場でイワシが豊漁で処理が追いつかないとのニュースが流れていますが、豊漁の漁場が多いほど、漁場同士の価格競争は激化するので浜値は下落してしまいます。そして、撮れすぎてしまった魚たちは何処に行ってしまうのでしょうか….。

著者は直近の豊漁を震災による一昨年の出漁数減少の反動で当然のことと受け止めているようです。そして、資源量が一時的に回復しているこのタイミングを逃さずに「個別管理」による資源管理に踏み出すべきだと力説しています。

残念ながら、今年のサンマ漁はスタートから不振をかこっているようですが、果たして著者の警句は現状の日本の漁業者に受け入れられるのでしょうか。

夜遅い時間に立ち寄った24時間営業スーパーの鮮魚売り場。買い手のつかないウナギのかば焼きのパックと、不漁不漁と叫ばれているにも拘らず半額シールが貼られてぎっちりと並んでいるサンマたちを見ながら、経済バランスの難しさを改めて考えさせられた次第です(とりあえずサンマの刺身はありがたく買わせて頂きました)。

<おまけ>

著者が勤務するマルハニチロは元が(いや、現役)漁業会社だったためでしょうか、このような書籍の執筆を本人名義で許したり、WEB上でも魚好きには嬉しい色々な企画を行う懐の深さを有しているようですね。そんな企画の中でこれまで取り上げて来たテーマを

ちょっと諏訪のお酒の話など(普段呑み限定)

ちょっと諏訪のお酒の話など(普段呑み限定)

New!(2017.9.18):2017年秋の上諏訪街道呑みあるきは9/23(土・祝日)に開催されます。2015年からチケット制となっており、今回は前売り2500枚、当日500枚の計3000名限定です。前売り券は残りわずかとなっております。詳しくはこちらの公式ホームページへ。

New!(2016.3.26):本日は2016年春の上諏訪街道呑みあるきです。当日券は前回同様800枚のみ、前売り券は全て完売しています。少し寒の戻りとなった土曜日、暖かくしてお越しください。

New!(2015.8.8):2015 年秋の上諏訪街道呑みあるきは、10/3(土)に開催されます。

参加するためには、事前予約ないしは、当日チケットを入手する必要があります(前売り券は2500枚で、価格は 2200円、当日券は800枚で価格は3000円。前回よりさらに当日券の発券枚数が減っていますので、どうしても参加されたい方は予約購入がほぼ必須となってしまいました。チケットの販売は8/3から開始されています。チケットの購入方法および、残りチケット販売枚数の確認はこちらの公式サイトへ

New!(2015.1.26):2015年春の上諏訪街道呑みあるきは、今回から主催が変更となり、事前予約制並びに当日チケット販売による定員制となります(前売り券は2000枚で、価格は2200円、当日券は1000枚で価格は3000円。既にチケットの販売は1/23(金)から開始されています。一部報道では、前回の参加者が3200名を数えたため、主催者側のオペレーションが困難となったとの事です。同じような経緯で、塩尻ワイナリーフェスタも定員制となりましたが、気軽に参加できる呑みあるきがこのような形でスタイルを変えていくのは、ちょっと残念な気もします。チケットの購入方法はこちらの公式サイトへ

New!:2014年秋の上諏訪街道呑み歩きの開催情報がアップされました。今年は10/4(土)に実施の予定です。詳細はこちらの公式サイトよりどうぞ。

長野は酒蔵が多い地域ですが、諏訪地方には特に酒蔵が集積しています。

それぞれの酒蔵が個性的なお酒を出されていますが、「諏訪の酒」に共通する特徴としては、使用する酒米の影響(美山錦、ひとごこち等の長野県で改良された酒造好適種の系統が多い)でしょうか、穏やかで落ち着いた飲み口のお酒が多いような気がします。

静かな夜更けに、のんびりと呑むにはとてもお似合いの飲み口ですね。

これまでに呑んだ各蔵の普段呑み(吟醸まで)のお酒についてちょっとだけ印象を。

  • ダイヤ菊(茅野)
    • 日本映画の巨匠、かの小津安二郎が愛飲したと云われる酒蔵ですが、現在では山梨の酒類量販店である戸田酒販の傘下となっています。
    • 「純粋 蓼科」(純米酒) : 地元での販売は「純米辛口」のラベルですが、観光客向けに720ml瓶で販売される場合はこちらのラベルが貼られています。諏訪のお酒らしい穏やかでさっぱりした飲み口。純米なのですが重さを感じさせないため、ついつい呑み過ぎてしまいます。普段の呑みには最適な一本。但し720ml瓶が観光物産品を扱うお店でしか買えないのが玉にキズ
    • 「本醸造ひやおろし」(本醸造):毎年、ひやおろしのシーズンになると、辛口の普通酒とセットで登場します。やや辛口で落ち着いた飲み口、さっぱりとした味わいながら、あとから旨味がゆっくり出てくる。実にひやおろしらしい、ゆっくりのんびりと呑みたい一本。720mlで1000円以下と地酒にしてはコストパフォーマンスが高いのもポイント。親会社の戸田酒販系列各店でのみ販売です。
  • 真澄(上諏訪)
    • 余りにも有名な諏訪、そして長野を代表する酒蔵。諏訪地域のあらゆる場所で入手できるので、呑みたい時にちょっと買って呑むことが出来るのは嬉しいですね。ブランド自体は「真澄」一本(通販向けに蔵元の名前を冠した「みやさか」といブランドもあり)なのですが、仕込み蔵自体は諏訪の蔵と富士見の入笠山の麓にある富士見蔵の2系統が存在します。諏訪蔵はバランス重視ですが、富士見蔵は明らかに淡麗指向です
    • 「辛口ゴールド真澄」(普通酒)普段呑み用の辛口です。常温で飲むと明らかにアル添らしく、日本酒の味とアルコール添加の味が分離した感じを受けますが、飲み口自体は決して悪くありません。辛口と表記していますが、どちらかというとすっきり旨口といった感じで、付け合せのつまみ次第では僅かに甘口とも捉えられる味です。ほんの少し燗を入れてあげるとアルコール添加の分が飛ぶようで、心地よい飲み口に変化していきます。寒い冬場にストーブで燗を付けながら呑むのに最適な一本ですね
    • 「本醸造 特選真澄」(本醸造)こちらは「ザ・日本酒」といった古風な味を残した一本です。メーカーの解説にもあるように、どちらかというと熱燗で立ち昇ってくる香りを楽しみながら、じっくり呑むといった感じの飲み口です。昔、親父が毎晩のように熱燗で楽しんでいた「剣菱」の香りを思い出します(酒米もこちらは兵庫県産の山田錦を使用しています)
    • 「吟醸 家伝手作り」(吟醸酒)前述の「本醸造 特選真澄」の吟醸酒版と言ったところなのですが、つくり自体はやや垢抜けた感じで、それほど古風な感じの造りではありません。逆に無個性とも捉えられそうで、真澄のラインナップの中ではちょっと埋没気味でしょうか。あまり積極的には選ばない一本です
    • 「純米酒 奥伝寒造り」(純米酒)こちらは「辛口ゴールド真澄」の純米版といった造りです。旨口を狙った造りであると言っていますが、諏訪のお酒なので、やはりあっさり目の仕上がりです。お値段の差とアル添が気にならなければ「辛口ゴールド真澄」で充分楽しめるので、こちらも積極的に押しづらい一本です。お土産でお買い上げの場合、同じ純米酒であるダイヤ菊の「純粋 蓼科」と比較して、透明感の高さ(ダイヤ菊)を取るか味わいを取るか(真澄)で選ばれればと思います
    • 「純米吟醸 辛口生一本」(純米吟醸)黒ラベルでおなじみの一本。辛口にこだわったほぼ冷酒専用の一本ですが、意外な程旨口系なのは真澄に共通する造りの特徴です。夏の暑い日にさっぱりとした付け合せに丁度いい一本なのですが、如何せん夏酒としては生酒がラインナップにあるので、棲み分けが難しい所ですね
    • 「吟醸 あらばしり」と「純米吟醸 あらばしり」(吟醸・純米吟醸。2015年の造りから、吟醸が純米に切り替わりました。酒米はひとごこちと美山錦です)こちらはシーズン物なので、毎年味が変わってきますし、若干落ち着きのない味なのですが、どちらも一般的に言われる「あらばしり」のような荒々しさは感じられません。むしろアルコール分が通常より数%高めなので、心地よく酔うのにはうってつけの一本です。年々ドライな感じに寄っていっているようで、ちょっと旨口を望んでいた側からすると物足りなさも感じさせます
      • 2014年の造りから、圧倒的な旨味と、甘やかさ。さわやかな切れ味をバランスさせる高アルコール度数を生かした味わいへと変わってきました。これは嬉しい変化です
      • 2015年は純米に変わりましたが、重たいというイメージを払しょくしたかったのでしょうか、旨味はそのまま甘やかさを抑えて、高アルコールの爽やかさと、むしろ吟醸っぽいさらっとした感じが全面に出た造りです。こうなると今年の純米吟醸の造りが興味深いです
      • さらっとしたイメージの2015年から一転、2016年は封を切った直後から甘やかな香り(甘露香)が瓶口から広がり、甘さの中にもまるでヨーグルトを思わせる爽やかさを持った、驚きの味わいに変化しました。2014年の造りを更に濃厚にしたような味わい、しかも軽快な飲み口を兼ね備える。ドライな造り傾きつつあった中での純米切り替え2年目にして、眞澄が遂に新境地に至ったようです。純米吟醸の造りが今から楽しみです
    • 「吟醸 生酒」(吟醸酒。2016年春の販売分からこちらも純米に切り替わりました)こちらは富士見蔵のみで醸される夏季専用の冷酒です。毎年造りが変わっていくのですが、こちらも年々ドライな感じになってきていますので、前述の「純米吟醸 辛口生一本」との区別がつきにくくなっています。最初の頃に飲んだ時に感銘を受けた、夏の涼として嬉しい「甘やかさ」が失われてしまったのはちょっと残念です。最近はシーズンの初めに味見に買うだけになってしまいました
      • 2014年の造りから新しい杜氏さんに変わった影響でしょうか、発売時に蔵元がコメントを入れなければならないくらいに舌がしびれるほどのドライになりすぎた反省からか、2015年の造りは吟醸あらばしりをクリアーに整えたような綺麗で、少し甘やかさも持ち合わせた味わいに変化してきました
      • 純米化した2016年は、やはり純米らしくドライな感じではなく、少し重めの大人しい造りになりました
      • まるで甘露のような魅惑の味わいとなったあらばしりから期待した2017年度の生酒ですが…自身の舌を疑う程にほとんど味がしないのです。当たりはほんの僅かに甘いが後で苦みが残り、香りも僅かに穀物由来のアルコール香が残るだけで、まるで焼酎を飲んでいるかのような気分に。杜氏さんのコメントでは大吟醸のような綺麗な味わいと自賛されていますが、2014年同様に蔵元の文面は盛夏には味わいが…と書かなければならない様子。純米化を目指した同じ眞澄でも、諏訪のお酒の味わいを引き継ぎつつ米の魅力を引き出すことを狙った諏訪蔵と、昨年、爽やかな空色から濃紺のラベルに変わったように、雨上がりのような軽やかでやや甘めの造りからスピリッツのような固い淡麗辛口にひたすら向かう富士見蔵で方向性が全く異なってしまったようです。皆様はどちらの眞澄がお好みでしょうか
      • 昨年、あまりの辛さにシーズン初めに1度買ったきりだった夏酒。シーズンが変わった2018年、今年はあらばしりでの味わいが夏酒にも好影響を与えたのでしょうか、甘すぎず、青葉のような清々しさが口の中に広がる夏酒らしい味わいへと生まれ変わりました。依然として後味にやや苦みが残りますが、これまでの眞澄にはなかった、新しくちょっと嬉しくなる味わい。杜氏さんのコメントでは今年から麹米をあらばしりと同じ、ひとごこちに切り替えたとの事。ここ数年、純米化へのコスト面の問題でしょうか、眞澄のお米の使い方が揺れ動いている影響を夏酒も受けていた事を独白する結果となった今年の造り。試される価値、大ですよ
    • 「純米吟醸 ひやおろし」(純米吟醸)こちらも季節限定の一本。真澄の中ではちょっと異色な旨口を全面に出してくるのですが、やはり諏訪のお酒らしく控えめな表現にとどまります。涼しい秋の夜長にじっくり呑みたい一本。これ以上ドライなテイストになって欲しくないと2013年版(9/9発売)を待ちわびながら
      • こちらも2014年の造りは、純米吟醸あらばしりの味わいをじっくりと落ち着かせた感じに仕上がっています。甘やかさとさわやかさを兼ね備えた眞澄がどうやら戻って来たようですね
    • 真澄 吟醸 生酒
  • 横笛(上諏訪)
    • 諏訪の蔵の中ではそれほどメジャーではないですが、以前は富士見高原に美術館を持っていたり(現在は蔵に併設されています)と名士としての風格を備えた蔵です。ここの特徴は春夏秋冬でラインナップを入れ替えて来ることでしょうか。市内での入手性は何故かあまりよくありません
    • 「純米吟醸生酒 夏穂の香」(純米吟醸)春夏秋冬でラインナップを入れ替えて来る横笛の夏のラインナップ。どのシーズンも同じなのですが、諏訪の酒らしくすっきりとしているのですが、穏やかで心地よい香りを残した造りが印象的な一本。横笛はどのシーズンでも少し和みたい時に呑みたいお酒です
    • 横笛 純米吟醸生酒 夏 穂の香
  • 本金(上諏訪)
    • 諏訪の蔵では最も小規模な蔵です。蔵元自身が「日本一小さな蔵元」と自嘲気味に述べているのが印象的ですが、諏訪界隈のお店ではかなりの頻度で見ることが出来ますので、地元密着ともいえる蔵です。現在の杜氏(蔵元さん)に変わってから、難病を抱えつつもコアな日本酒ファンに向けての積極的なアピールが目立ってきました
    • 「本醸造 からくち太一」(本醸造)前の杜氏である北原太一氏の名前を冠する本金の大看板。本金特有のマスクメロンの皮を思わせる爽やかでちょっと甘めの香りと辛口でありながら穏やかでうまみのある飲み口が飽きさせることのない一本。本醸造の割にはかなりお手頃の価格(720mlで800円台)なので、普段呑みにも最適な一本。冷酒が良いと云われますが、少し温めて香りを楽しむのもまた良い呑み方かと思います
    • 「純米 胡蝶」(純米酒)既に扱いが終了(本金 純米酒に統合)してしまっているようですが、本金特有の香りが楽しめる純米酒。ちょっと重めなのでぐいぐいと呑むお酒ではなく、ちびちびとゆっくり飲みたい一本です
    • 本金 本醸造 からくち太一
  • 舞姫(上諏訪)
  • 麗人(上諏訪)
    • ごめんなさい、舞姫と麗人はそれぞれ何本か呑んでいるのですが、纏まったコメントを書けるレベルではないので…。舞姫に関しては造りに妥協が無く、県外での評価は非常に高かったようですが、残念ながら高コストにより立ち行かなくなったようで、現在2度目の経営再建中です。そのせいでしょうか、地元ではあまり飲まれていないイメージがあります。一方、麗人に関しては地ビールに手を出したり、各種コラボレーションに積極的であったりと舞姫とは別の意味で地元以外へのアピールに積極的なようです
  • 御湖鶴(下諏訪)
    • 色々な所で取り上げられている蔵ですが、現在の杜氏さん(蔵元)の造りは明らかに諏訪の蔵の造りと違うのではないかと思っていますので、ちょっと割愛させて頂きます
  • 神渡(岡谷)
    • こちらは諏訪の酒蔵の中ではちょっと異色、酒蔵というより商社(昔の燃料屋)が手掛ける酒造元で、杜氏もかなり若手の方で占められています
    • 「本醸造 生貯蔵酒 氷湖の雫」(本醸造)生貯蔵酒なのですが、これといった特徴をあまり感じさせない冷酒です。キレは良いのですが、残念ながら旨味を感じさせないため「日本酒」である理由が余り湧いてこない一本
    • 「神渡 夏誂純米」(純米酒)こちらは同じ生酒でも夏季専用の一品。お米の旨味、切れ味、そして特徴的な涼やかな飲み口と、夏の暑い時期に呑むのに最適な造りが嬉しい一本。暑い日の夕暮れ、風呂上りに冷えた夏野菜を付け合せに呑むと爽やかになれること請け合いです
      • 2015年は特有の涼やかさが影を潜め、氷湖の雫同様に、ドライで淡泊な味わいに変わってしまいました。神渡自体がどれも淡泊な味わいの中、特徴的であった夏誂も同じテイストになると、ちょっと選ぶ楽しみがなくなりつつあります
      • 2016年は以前の特徴的な涼やかな味わいを再び取り戻しつつあります。年によって造りのブレ幅が大きい点は眞澄に似ているかもしれませんね(同じ年度物を商品として扱う横笛は常に穏やかな造りでブレが非常に少ないです)
      • 2017年はこれまででももっとも爽やかな仕上がり。ラムネを思わせる涼やかな味わいが湧き上がる一方、少し甘めながらもキレは落ちずにとても良いバランスに仕上がっていました。生憎の天気が続いたため、その涼やかさを楽しむ機会が少なかったのがちょっと残念なくらいです
    • 神渡 純米生貯蔵酒 夏誂純米
  • 高天(岡谷)
    • 地元密着系の蔵で、諏訪界隈の多くのスーパーなどでも取り扱いがあるため比較的入手性は良いです。価格もかなり抑えめなので日常呑みには嬉しい蔵です。最近は蔵元の娘さんが杜氏の修行中との事で話題になっています
    • 「高天 からくち 通」(普通酒)からくちを名乗っていますが、諏訪のお酒に共通の穏やかな辛口です。そして、諏訪の蔵に数ある普段呑み用の辛口の中でも最も旨口な一本でもあります。ちょっと昔の日本酒のテイストを残しながらも辛口らしく、すっきりと呑める、バランス重視の飲み口です

諏訪の酒たち

<おまけ>

  • 諏訪にある蔵のうち、上諏訪の5蔵は年に2回、共同で呑み歩きのイベントを行っています。今年秋のイベントはひやおろしも出揃い、新蕎麦のシーズンを迎えた10/5(土)に予定されていますので、ご興味のある方は是非お越しくださいね
  • nomiaruki2014年、春の呑み歩き情報はこちらからどうぞ
  • nomiaruki2014spring