秋やすみのお散歩(塩尻・平出遺跡と周辺を1)平出遺跡と旧家の家並み

秋のお散歩、御射鹿池を降りた後は一気に塩嶺を越えて塩尻へ。

塩嶺を越えると風景は一変、河岸段丘によって刻み込まれた谷筋にも段丘上にもなだらかな平原が広がる松本平に入ります。

東西を大きく分ける分水嶺を越えたせいか、八ヶ岳の南麓とは空も、風もどことなく違う、「西の世界」に来てしまったという感慨を持たせるのは少々オーバーでしょうか。そんな雰囲気を味わいたくて、ちょっとした休みの午後はここ、塩尻にちょくちょく訪れています。

峠の高速サーキット、塩嶺峠にげんなりしたときは小坂田の手前でちょっと脱出、西に進路に進めば落ち着いた雰囲気の中山道の塩尻宿を抜けていくルートを取る事が出来ます。

古い街並みの狭い街路に注意しながら進んでいくと、JRの線路を越えた先で視界が一気に開けてきます。

平出遺跡の竪穴式住居遠くに竪穴式住居が散在する広々とした芝生の公園が目の前に広がってきます。

縄文時代から平安時代にかけての集落跡の遺跡が一か所に纏まっている事でも有名な平出遺跡です。

平出遺跡説明板公園内には多数の復元家屋と、発掘時の状態を伝えるために作成されたレプリカの発掘跡等の展示物が散在しています。

蕎麦畑と平出遺跡遠望周囲は一般の畑も広がっていますので、こんな感じで蕎麦畑越しに竪穴式住居を望むことが出来ます。

赤蕎麦の花1蕎麦畑で見かけた赤蕎麦の花を。白い蕎麦の花と混ざるように咲いていました。

赤蕎麦の花2赤蕎麦の花を接写で。花弁が立っているのが判るでしょうか。

用水路と塀平出遺跡の南側には、路地の左右に用水路を備えた集落が広がります。

どの家も立派な門構えを有しており、古くからの集落である事が感じられます。この集落の成立を支えているのが集落の南端、八幡山の麓に湧く「平出の泉」。河岸段丘の上部にあり、水の便が非常に悪いと云われる(お隣の桔梗ヶ原はそのためにブドウ栽培が盛んになったと聞いています)この地でも非常に恵まれた場所のようで、平出遺跡が成立した理由としても取り上げられています。

用水路の水面

集落を支えてきた用水路。丁寧な整備がなされているのでしょうか、用水路の底に敷き詰められた砂地までも綺麗に映しこんでくれています。

旧家の蔵趣のある旧家の蔵と用水路。本当は「本棟造り」という母屋の造りが有名なのですが、流石に正面から取るのは気が引けましたので蔵だけでも…。

当時、大いに繁栄した養蚕の便に合わせて建てられた家屋かと思いますが、現在の母屋の前庭にはブドウ収穫用のプラスチックパレットがうず高く積まれており、時代の変遷を感じさせます。

路地裏のコスモス用水路の脇に続く板塀とコスモスの花を。趣のある小路は平出遺跡の南側に沿って数100m続きます。

夕暮れの竪穴式住居午後の日差しをを受ける古墳時代の復元竪穴式住居と高床式倉庫を。

秋の心地よい風を受けて、古代から近代までの集落の風景を一気に望むことが出来る、ちょっと不思議な空間です。

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  1. ピンバック: 「花子とアン」で脚光を浴びる蔵座敷を訪ねて(韮崎市民俗資料館と蔵座敷) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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