今月の読本「足利尊氏と関東」(清水克行 吉川弘文館)老舗歴史書版元が送る新機軸は如何に

数々の歴史書を世に送り出している老舗中の老舗、吉川弘文館さんですが、毎年のように新しいシリーズを精力的にリリースされています。

新たにリリースされる刊行物も、どちらかというと、取り扱われる分野にかなり興味があるか、精通されている方、歴史書であればハイアマチュアからディープな歴史好きの方、研究者にも通ずるような方へ向けた書籍が多いように思われますが、今回ご紹介するのは、そんな吉川弘文館のイメージを打破しそうな雰囲気を持った一冊、全くの新シリーズとして送り出された「人をあるく」第一回配本の中から「足利尊氏と関東」(清水克行)のご紹介です。

足利尊氏と関東まず、この手の歴史本としては極めて珍しいオールカラーで構成された点に目を奪われます。そして価格も装丁の美しさをある意味裏切る2000円(パッと見だと2400円から3600円コース)という精一杯リーズナブルな設定をされている点から見ても、版元が本シリーズに非常に力を入れている事が窺えます。そして、両者を最大限生かすべく、豊富なカラー図版と写真が盛り込まれた紙面は歴史好きのライトファンに訴求する数々のポイントを備えています。

さらに、テーマに掲げている「あるく」ですが、今はやりの歴史散策に完全にフォーカス。「本を手にして散策してもらう」事を重視して、別章として纏められた散策マップと史跡の写真、訪問方法のガイドについてもカラー化された紙面が威力を発揮しています。もちろん、カラー化することによって、同系の書籍に対してページ数が若干犠牲になっていますが、持ち歩きにはむしろこの位のページ数が限界かもしれませんね。

さて、歴史書としては意欲的な装丁にまず驚かされますが、紙面の方は意外と?コンサバティブだったりします。

まず、本文下段に備考、引用の解説欄が設けられているのは(上段側ですが)同じく人物にフォーカスした山川出版の「日本史リブレット・人」シリーズと同じですし、紙面の構成も1章である人物伝(履歴書)の部分は驚くほど似ています(というか、差別化自体難しいですよね)。

そんな中でも、本書のテーマである「あるく」への差別化を図るべく、史跡についての記述には意を砕いています。しかしながら、本章を眺めてもあまり散策に出かけてみようという意欲には駆られないかもしれません。むしろ、本書の主人公である足利尊氏の不思議な魅力へと誘ってくれる、著者の筆致に見え隠れする想いに惹かれていきます。

この印象は、2章に入るとそのエキセントリックな各節の表題とは裏腹に、より魅力的に映っていきます。歴代足利家当主と他の御家人、そして御家人の筆頭である執権北条家との微妙な距離感が作り出す苦悩、源氏一門としてのプライド、そして謎に満ちた歴代当主の生き様から生じる、主家でありながらも分家に対して威令が達しないもどかしさ(これは宗主権の確立が未成熟な中世武家であればいずれの家でも抱えていた問題ですが)。それらに悩み苦しんだ結果が足利歴代当主の異常なまでの遍歴に繋がるのではないかと、著者は文献を引用しながら推論していきます。その推論は、かの難太平記の著者である今川了俊の筆致が宗家である足利家の名誉を守り、諸家に対する優位性を示す為であるばかりか、本人の分家筋故の苦労をも重ねていたのではないかとの想いにまで推し進めていきます。

そこまでは必要ないかもしれませんが、何故、北条家が滅亡する必然性があったのか、北条家の後釜として足利家が次代の権威を確立出来たのかの理由を考えるためには、非常に楽しい論考である事は間違いありません。

本書は「人間・足利尊氏」そして、彼を生み出した足利氏の鎌倉時代の歩みをもう一度俯瞰して捉えるには非常に優れた内容を備えていますし、歴史上もっとも毀誉褒貶が大きく、時として不当に低い扱いを受ける彼の人間味溢れる人柄(そして無二の片腕であり、余りにも悲劇的な最期を遂げる弟である足利直義との複雑な愛憎)に触れられる好著かと思います。

ここまで、人物論としての本書の楽しさばかりを述べてきましたので、ところで「あるく」のお話は?と言われてしまいそうなのですが、実はちょっとなのです…。

3章として設定されている「故地を歩く」には鑁阿寺本堂が国宝として指定された足利家の苗字の地である足利市と、鎌倉の2か所が紹介されており、それぞれについて由緒のある史跡の詳細な解説が述べられているのですが、ちょっと真面目すぎて散策のお供の文章としては少々重すぎるきらいが感じられます。また、本文(1,2章)との関連について、都度本文中に解説が述べられおり、対象ページへ誘導するための引用ページ先キャプションも挿入されているのですが、それぞれのページが離れてしまっているので、本文と連携して読んだり、図版を眺めたりするのに少々骨が折れます。

そして、ガイドブックをも標榜する本書としてはある意味、最も残念な点になってしまうのがメインとなるべき「ガイドマップ」が極めて寂しい点でしょうか。単純な輪郭街路図で表現されたマップはカラーページの優位性が生かされていませんし、散策場所も単なる赤い点で示されているのは、本書を期待して手に取られる歴史散策を好まれそうな熟年層の皆様にとっては興ざめになってしまうのではないでしょうか。この辺りは歴史書専門の版元さん故に、編集リソース範囲の限界を感じてしまう点です。

本シリーズはこれからも続々と刊行されるとの事ですので、もう少しガイドブックとしての体裁に気を使って頂けると、より多くの読者の方を獲得できるシリーズになるのではないかと思いながら、巻末の刊行予定を嬉々として眺めていたりします。

一読者の勝手な言い分です。

  • ガイドマップについては、少なくともイラストマップ化された方がより親しみやすいかと思います
  • 散策の部分については他書にも例があるかと思いますが、コラム的に各節に挿入された方が読みやすいかもしれませんね(意見は分かれると思いますが)
  • できれば、巻末に訪問史跡、観光案内所、関連博物館等の訪問方法、連絡先の一覧ページがあると、ガイドブックとしてより便利かと思います

<おまけ>

本ページで扱っている他の中世史の書籍のご案内も

足利尊氏と関東and中世史の本達

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