今月の読本「日本の食と酒」(吉田元 講談社学術文庫)三つの名著が誘う日本食の玄関へ

旧著や学術性の高い書籍の復刻、収蔵で高い評価を得続けている講談社学術文庫。昨今、同社の現代新書やライバルであった中公新書が、読者層のライト化や、競合する新書シリーズの大量創刊の影響を受けて、比較的読みやすくて、タイムリーな内容に偏りつつある中、厳然として旧来の姿勢を墨守しようという意気込みが見られる貴重な文庫シリーズです。

そんな、高い矜持を持っている講談社学術文庫ですが、最近、収蔵される作品のラインナップは、作品自体は古くても、なるべくタイムリーなテーマに沿うように意図されてきているような気がします。そんな意識が最も高まった1月のラインナップから、世界文化遺産への登録にタイミングを合わせて収蔵された一冊をご紹介します。

日本の食と酒」(吉田元)です。

日本の食と酒

本書は、表題にありますように日本食、そして日本の発酵食品の金字塔でもある日本酒、そして醤油と味噌についての歴史を著述した3部構成となっています。

それぞれの部には、ある3つの著名な作品が下敷きとして用いられています。

第一部は、室町から戦国末期までの長期にわたって、京都、大阪、そして東海道の様子を記録した貴重な日記である山科家の日記群からみた、当時の公家たちの食生活。

第二部は、同じ時期に奈良興福寺の僧侶の生活や、初期の醸造食品についての豊富な記録を有する、多聞院日記から見る、僧侶の食生活や、醸造手法(諸白化)への考察。

第三部は、日本酒の入門書として、名著中の名著でもある、坂口謹一朗先生の「日本の酒」へのオマージュとしての、日本型発酵食品完成への化学的プロセスの紹介。

一見してみると、歴史書の引用によるする、歴史家や食文化史の研究家の手による、食の歴史の本のように見えます。しかしながら、後半に行くに従って、現在の清酒に至る発酵プロセスの変化についての言及や、味噌、醤油の製造プロセス違いについての考察、特に日本の発酵食品でポイントとなる「火入れ」(低温殺菌)法への詳細な検討が加えられていきます。この部分だけ読むと、発酵醸造学の歴史的経緯を探求する色合いが非常に濃くなっていきますので、単なる食の歴史書かと思いながら読んでいくと、ちょっと様子が異なる事に気が付かれるかと思います。

この違いについては、読了後のあとがきまで、お楽しみに取っておくのが良いかと思いますので、著者のキャリアが為せる業と、だけ言及しておきたいと思います。そして、本書ではその想いが見事に融合した形で、一遍のストーリーとして成立されているのが、読んでいてとても心地よく感じられました。

そう、名著「日本の酒」が発酵・醸造学の見地だけではなく、日本酒の歴史的、文化的(時に経済的な側面も)な面での著述に高い評価が与えられているのと同様に、本書も歴史と背景の両側面を押さえる事が出来る著者だからこそ描くことができた、現代に伝わる日本食の原風景の成立過程を鮮やかに描写していきます。

そもそも、山科家の日記群にしても、多聞院日記にしても、当時の時代背景を検討する上では最高の研究素材。それぞれ単体の研究だけでも膨大な研究成果が発表されていますし、一般向けへの解説書籍も多数刊行されています(同じ講談社学術文庫に収蔵されている、今谷明氏の「戦国時代の貴族―『言継卿記』が描く京都」が描く悲喜こもごもの公家の生活風景は、歴史書を読む楽しさを存分に味わえる好著です。現在絶版なのが非常に惜しい)。

そんな、当時を知る上で第一級の研究資料の中から、「食」に関する部分だけを贅沢にピックアップした本書には、当時の一次資料でしか得られない、固定化されていない状態の、日本食の原風景が見えてきます。特に、著者の故郷であり、奉職の場でもあった京都に関する記述には、地理感を踏まえた丁寧な解説と(市場の往復にすら関銭を取られるのですが、位置関係が判らないと、何処まで買いに行っているのか判りませんよね)、現代の京都の市場で扱われている食材との比較から見た、びっくりするほど豊富な海産物の取り扱いと、少ない野菜の種類(これは、京野菜を売り込もうとしている現在の潮流から見れば、目から鱗の知見です)に驚かされるのですが、著名な研究資料を、こんな贅沢な形で取り扱わなければ、見えてこない事だった筈です。そして、ひらすら呑む、飲む、呑む…。公家同士の交流も、地下や、その複雑な経緯により民衆とも極めて近い関係にあった山科家歴代当主の日記だからこそ見えてくる、リアルな食生活の活写にぐいぐいと引き込まれていきます。そこには、歴史本を読む楽しさのエッセンスが溢れています。

多聞院日記についても同様で、頻繁に酒と肉に溺れてしまう、なまくら坊主達。まあ、いい加減な連中ではあるのですが、自分たちの為に丹精込めて作り上げた多段仕込み、諸白の製造方法が、現在の清酒の醸造方法として、世界的にも確固たる評価を得るようになったと聞いたら、それ見た事か、仏様のご加護のおかげだと、鼻高々に息巻く事でしょう。

そして、清酒の醸造方法にも、醤油や味噌の醸造方法にも頻繁に登場してくる「火入れ」の効能について、著者は専門家としての見解を加えていきます。そこには、日本文化礼賛、日本の技術オリジナリティを強調する一部の方々に対する冷徹な研究者としての眼差しが向けられていきます。それは先進的ではあったけれど、不完全な「技法」であり、「技術」には至っていなかったと。

この点は、実に悩ましいのですが、現在の日本の物作りが大きな曲がり角に来ている理由と全く同じ事を暗示しているのです。器用故に、ある形を作り上げることに対してはもの凄く上手くやりぬけるのですが、そこから原理原則に落とし込むことで、完全なリピータビリティを有することが求められる「技術」に出来ない日本人の悲しいい特性が、結局として明治以降に日本酒が「ローカルなお酒」に留まり続ける原因となった事を、著者は必然として指摘していきます(逆に、醤油は小分けにした陶器の瓶とタールによる密封というオランダ人達のアイデアを採り入れることで、幕末の遣欧使節団が日本食を恋しがる度に、寄港地毎に市場で醤油を調達できるほどに広まっており、現在では世界的に普及する調味料としての地位を占めつつあります)。

日本食が世界遺産に登録されて盛り上がるなか、一部の料理家の方や批評家の方の中には「食材こそ命」との想いから、日本食が世界の食文化の一部となる事に対して、否定的に捉えられているご意見も見受けられます。でも、この本を読んでいくと、日本食の食材、そして決定的なキーパーツとしての、日本の醸造技術の粋を集めた日本酒、醤油、味噌にしても、その成立から現在の姿に辿り着くまで、紆余曲折を繰り返してきている事がはっきりと理解できるかと思います。

我々が現在立っている位置も、歴史的に見ればほんの一瞬。完成されたと謂われる日本食も、日本の発酵食品も、これからもどんどん変化してく事でしょうし、変化し続ける、変化を受容することが、新たな文化を育んでいく。そんな想いを巡らせながら、夜更けに信州味噌を舐めながら、美味しい諏訪の酒が呑める。ささやかなれども、心を豊かにしてくれる風物を届けてくれた、先人たちの食への飽くなき探求心に感謝と敬意を表して一献を捧げるところです。

<おまけ>

本ページでご紹介している、食べ物に関する書籍、話題を

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