今月の読本「近代日本の酒づくり」(吉田元 岩波書店)造りの歴史を知れば更に一歩、日本酒好きになる

New!(2015.11.5):著者の最新作「ものと人間の文化史172 酒」が法政大学出版会より刊行されました。本書の前の時代となる、今に伝わるな神酒の製法から読み解く日本酒の発祥から、文献が現れ始める室町時代の諸白の成立の過程、そして江戸時代の豊かな飲酒文化まで、醸造と文化面の双方を織り交ぜて描く一冊。本書をご覧になって、日本酒、日本の酒文化自体にご興味が湧かれた方は是非どうぞ。

ものと人間の文化史 酒

<本文此処から>

世界文化遺産に日本食が登録されたことは嬉しい事ですが、何時も「日本食」を食べている筈の私たちが、果たしてどれだけ日本食の事を知っているのでしょうか。

そして、日本食に寄り添うように進化を続けている日本酒についても、美味しいブラントの話題には事欠きませんが、そのお酒がどのように出来ているのかについてのお話は、意外な程、聞かないものです。

そんな中、今年の1月に講談社学術文庫で復刊された「日本の食と酒」は、なかなか取り扱われることのない、現在の日本食や日本酒が形作られる直前である室町後期の古文書を読み解きながら、そして酒造の歴史を紐解きながら、現在の日本食や日本酒が、決して定型的な産物ではなく、常に変化し続けている一形態である事を、歴史的な経緯から明らかにしてくれる、素晴らしい一冊でした。

そんな著者が、同じタイミングで新刊として出されたのが、今回ご紹介する一冊「近代日本の酒づくり 美酒探求の技術史」(吉田元 岩波書店)です。

近代日本の酒づくりこの本、決してお安くはありません(2800円)し、内容も一般読者向けに平易に書かれていますが、決してハードルは低くはありません。まずは日本酒や醸造に興味がある事、そして科学的なお話が出てきても抵抗感が少ない方に読者層は限定されます。

その代わりと言っては何ですが、これらの内容がすんなり受け入れられる方で、日本酒が大好きな方であれば、読み進めるうちに日本酒の奥深い造りの複雑さ、そして近代の日本酒造りの歴史的(経済的)経緯と、その過程で発生したあらゆる技術的問題について、多くの知見を得られるはずです。

本書は大きく分けると、前半は酒造に関する科学的知見、特に明治期の醸造試験場開設から各地の蔵が灘の模倣や経験的知見を脱しつつ、品質改善に努めていく様子を克明に追っていきます。

中盤は、どちらかというと経済的や当時の国勢事情から発生した酒造技術、即ち主食であるコメの使用量を抑える事から始まった合成清酒、南方やハワイなど日本人の海外進出に併せて開発がすすめられた四季醸造(ここで台湾、韓国のの専売制の話や蓬莱米の話題に出会えるとは。この話題は吉川弘文館の「稲の大東亜共栄圏」も覧下さい)、更には酒造と税金のお話(現在でも国税庁が管轄の理由も)など、近代の日本酒が歩んできた別の一ページが紹介されていきます。

最後の部分では1960年以降に漸く理解が進んできた微生物学的な日本酒の特殊な醸造過程(この部分は多少、科学の知識が要求されます)、そして現在の吟醸酒ブームへの言及まで幅広く議論されてきます。

本書を読めば、(文化的側面を覗いて)ほぼ近代の日本酒の歴史的流れを俯瞰することが可能だと思われますが、更に歴史研究と科学者という一見、相反する経歴を有する著者はその特異な経歴故に、随所に当時の政策や見解、そして醸造家に対する厳しい視線を向けていきます。

まず、根本的な腐造対策を置き去りにして、戦後も長きに渡って続いたサリチル酸添加に対する、業界全体の甘い対応。パスツールに先駆ける事300年と喧伝される火入れに対する過剰な反応への戒め(微生物学的に検証をされたのは明治維新後、実際に製造上の対策と知見の一致を見たのは実に1970年代)。日本固有の環境と、長い伝統に依拠した酒作りから来る工業化の遅れ、それによって生じた長い間の劣悪な労働環境、国際化の遅れ(これは腐造対策とも関係します)。

そして、著者は現在の日本酒にとって大きな問題の一つとなっている「アル添酒」についても、その歴史的経緯から、現在まで継続されている理由を明確に説明した上で、長期に渡る日本酒離れの一因であったとの指摘を挙げています。その上で、現在の吟醸酒について好評価を与えていますが、そこにも吟醸香優先の造りに対する警鐘を鳴らしていきます。

そんな、所々に「科学者」らしい厳しい視点を向けていく著者ですが、やはり日本酒の事が大好きなのでしょう。吟醸酒が高価格にも拘らず好評を以て迎えられている事に喜び、地産地消の日本酒版ミニブルワリーや各地の研究機関による地元オリジナルの酵母や酒米の開発成果を称賛し、海外への積極的な販路拡大に期待を寄せていきます。

そして、最後に多大な労力がかかるため、既に古く廃れたように思える醸造法である生酛づくりの復活、拡大(菊正宗ですね)についても、微生物学的見地から見ると非常に有効であることを改めて示すことで、日本酒は過去から未来まで、これまでも、これからも進化を続けることを暗示させてくれます。

作り方に興味を持っていただければ、そして複雑な経緯を経て今日の造りに辿り着いた事を知って頂ければ、酒蔵で、そしてお店で日本酒をお買いになるときに、もっと選ぶのが楽しくなる、もっと親しみを持って晩酌を楽しむことができる。日本酒の奥深さをもう一歩、理解するための入り口に誘ってくれる一冊です。

近代日本の酒づくりと日本酒の本

<おまけ>

本ページでご紹介している、日本酒関係の話題を。

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