今月の読本「辣の道」(加藤千洋 平凡社)赤く染まる黄昏の向こうに唐辛子を訪ねて

日本のような世界の果てに位置する島国で食べ物の物語を語るとき、その伝来からお話をスタートさせることが多いかと思います。

大抵の場合、著者自身がその筋の専門家であったり、それこそ発祥の地に居を構えていたりするため、その食べ物の発祥の地まで遡るパターンが多いのですが、そこまでしなくても、その食べ物が非常に普及している場所を丹念に取材して、物語を書き起こす場合もまたあるのかと思います。特に著者が得意としているフィールドであれば、食材自体の物語を語る以上に、その背景も写し取れるのかもしれません。今回は、そんな食材をテーマにしていますが、その背景描写に特徴がみられる一冊をご紹介です。「辣の道」(加藤千洋 平凡社)です。

辣の道著者はTV等でも活躍されている有名な方なので、説明は不要かと思いますが、本書を読まれるにあたって、TVで活躍される前の経歴だけは押さえておいていただいた方が良いかと思います。

本書は唐辛子をテーマにした紀行文ですが、その発祥の地である南米には訪れませんし、この手のお話では欠かせないであろう朝鮮半島を旅する事もありません。本文の大多数は著者が最も得意としているフィールドである中国、それも四川、貴州、湖南、江西といった南部地方の紀行が中心です。湖南地方は今以っても日本人にはなじみの少ない土地。あまり聞き覚えのない地名がポンポンと出てきますが、豊富に用意されている図版を頼りに読み進めることが出来ます。終盤では唐辛子が中国から渡っていったかもしれない朝鮮族の土地、そして学術的見地では否定されてしまいますが、それでもロマンチシズムに駆られてシルクロードの入り口である新疆にまで足を延ばします。

物語は唐辛子の「核心地帯」を求めて、豆板醤の産地から、元になる唐辛子栽培の土地、更には奥地の少数民族が暮らす土地へと歩みを進めていきます。無駄のない明快な景観描写と要領を押さえた筆致は流石に新聞記者出身。漢語に支障がない著者らしく、現地の方々に対しての要領を得た「取材」による声が、文中の随所に拾われていきます。本書のテーマ通り、あくまでも唐辛子を主題に置いていますので、舌が麻痺しそうなほどの辛さに警戒しつつも「辛い」食事に舌鼓を打っていきますが、その一方で、食材としての唐辛子、それ以上に食生活、食事環境を通じた、現代中国の変化を肌で感じさせてくれる紀行文となっています。

もっと素朴なイメージを強くしていた著者は、取材したお店の多くが経済的に、そして文化的にも変化を遂げている事に対して、驚きながらも丁寧にその変化を拾っていきます(重慶の下町にある、如何にも地元密着的な人気火鍋店の娘が九州の大学に留学しているという事実)。また、多くの辺境少数民族自治区、自治州を取材していくことで、中央での急激な変化の地方への伝播のずれ、それによって生じる経済的祖語や摩擦にも目を向けていきます。

そんな変化の著しい中国を舞台にした本書の著述ですが、一方でお話の随所に所謂「革命世代」の物語が登場してきます。著者の専門分野であり、湖南地方は革命第一、第二世代の故郷でもあり、取材地の一つである重慶は国共合作時の民国政府の臨時首都であったこともあるため、そのようなお話が出て来るのは当然かと思いますが、急速に変化を続ける中国の取材記として、そして食材である唐辛子の物語を語るに際して、ちょっとノスタルジアなサイドストリーが展開してきます。

本書を読まれる方がどの世代に位置しているのかは判りませんが、これらのストリーに共感できるのは、やはり著者の出身母体である新聞社の読者層と重なる世代の方々でしょうか。そのような感覚は、最終章で語られる京都、そして東京での唐辛子の物語の底辺にも流れているようです。

急激な変化を遂げている中国を舞台に、赤々と逞しく生きている方々の物語と、同じく赤々と、けれど黄昏に染まる革命世代の物語。唐辛子を軸として二つの物語が交差する本書は、年長者の方々にはちょっとした郷愁を感じさせるものかもしれません。

<おまけ>

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