今月の読本「武蔵武士団」(関幸彦編 吉川弘文館)軍記と系図、街道が織りなす武士達のオムニバスストーリー

昨今の日本史の研究分野では、文献検討、考古学成果において中世、特に東国関係における進捗が著しいようで、各種の書籍、解説書が積極的に刊行されているようです。

そのような中で、日本史関係の書籍では多彩なラインナップを誇る吉川弘文館より「動乱の東国史」という、これまでの通史シリーズとは一風変わった、東国という土地と、その茫洋として奔放な風土を地盤に幾多の戦乱を交えながら成長を遂げた武士たちの歴史に特化した歴史書シリーズが登場、好評を持って迎えられたようです(完結まで紆余曲折があったようですが)。

今回ご紹介するのは、前掲のシリーズ完結を受けて刊行されたのではないかと思われる、地理的には東国の中央を占めるにも関わらず、江戸開府まで政治的中核に位置づけられることもなく、決して英雄的な主役を張れる登場人物も登場しなかった不思議な大国「武蔵」に勃興した武士たちの物語を扱った一冊「武蔵武士団」(関幸彦編 吉川弘文館)です。ソフトカバーですが、軍記物をテーマにしているだけあった、絵巻を思わせる和紙をイメージしたシボの入った紙質の表紙と、写真では判りませんが、帯には豪華に金色の「散らし」が入っています)。価格からも版元の力の入れようが滲み出ています(大好評のようで、刊行早々に二刷に入ったそうです)。

武蔵武士団こちらの本、編著になっているように複数の著者の方によって執筆されています。編者でもある関幸彦先生は、昨年講談社学術文庫より再版された「武士の誕生」そして、大河ドラマ「平清盛」放映直前の2010年に刊行された、ちょっと異色な歴史読本「鎌倉殿誕生-源頼朝」(山川出版社)の著作でも知られる中世武士関係の研究で著名な方です。表紙を見て咄嗟に関氏の新著かと思うのは早計で、本書でははしがき程度の登場に過ぎず、あくまでも編者に徹していらっしゃいます。

その一方で、11名を数える気鋭の研究者が、それぞれのテーマを分け与えられた上で、「武蔵武士団」をオムニバス形式で解説していきます。関氏が「ツワモノたち」呼ぶ、「中世武家研究者軍団」を結集して、一般的にはあまり知られていない複雑な様相を見せる武蔵武士団を縦横に検証してきます。筆致も、切り口も各著者によって当然異なりますが、検証の手法はいずれも編者である関氏が得意とする「軍記、系図、地勢的考察」3本立てによって構築されていきます。

このようなアプローチについて、一部に「軍記は読み物」と否定的な説を取られる方もいらっしゃるようですが、近世史のように豊富な古文書を典拠にできない中世史の研究において、これらの手法は古文書による検討を補う上で非常に有効であることを関氏を始め執筆者たちは充分に理解した上で、議論が進められていきます。軍記に書かれた登場人物と、僅かに残る古文書から見える人物を系図上で繋ぎあわせることで、軍団としての一族の姿を現していきます。そして、軍記から見える登場人物たちの活動の跡と、「苗字の地」が有する地勢、考古学的見地による検証を重ねることで、武士団の成長と拡散の過程を鮮やかに示していきます(地勢に関して農耕史的には依然問題があるようですが、ここではとりあえず)。

時に想像や想定が含まれる部分が膨らんでしまう点は史料が限定される中世史の研究ではやむを得ない事なのかもしれません。それでも著者たちの主観的、受動的な歴史観に囚われることなく、これまでの研究成果と軍記に述べられていく「物語」を整合、更訂していくことで、より正確な歴史的事実を構築していこうという姿が見えてきます(多少筆が走り気味な章も見受けられますが、その想いは素人でも多少は理解できるところです)。

そのような統一した視点で編まれた本書は、一国の過半を占めるような豪族も現れず、当地を代表して対峙するような盟主も認められない、歴史的にみるとマイナーな感が拭えない武蔵武士団の平安中期の成立過程から解体過程に差し掛かった室町初期の南北朝(具体的には平将門の乱後から平一揆まででしょうか)までの進展を叙述してきます。コラム的な著述、更には章ごとに登場人物が全く異なる場合もあるため、各章の関連性は希薄なのですが、多分編者の思惑通りに、通読していくことで武蔵武士団の全体像が把握できるように配慮されています。

なぜ武蔵武士団が党的性質を持つに至ったのか、離合集散を余儀なくされたのか、執権北条家との関係(後の江戸幕府に繋がる御家人/旗本と遠国大名との関係をも示唆させます)。外圧、そして経済的、政治的経緯によって全国に拡散していく武蔵武士団とその子息たち。遂には苗字の地を手放して下向していく惣領も現れてきます。最後は南北朝の動乱に巻き込まれながら一族が双方に分かれて戦う形を強いられた挙句に、平一揆による、当地で最大の勢力を保持していた秩父党の没落。それを尻目に、幕府に対抗するように東国地盤主義を採ろうとする鎌倉公方と、対して幕府との協調と守護としての地盤確保に躍起になる関東管領上杉氏による熾烈な駆け引きによって、首領無き離散集合を繰り返し続けた武蔵武士たちは、戦国時代の終焉を告げる小田原攻めによって、東国八州唯一の首領となった徳川家康に命運を委ねられることによって終焉を迎えます。その経緯は武士の勃興と成長、拡散と終焉(収斂)を発祥の地である武蔵、そして武蔵武士団が一身に演じるかのようです。

各章の終わりに挿入されたコラムには本書の登場人物たちでもある個性的な武蔵武士たちの系譜がコンパクトに述べられていきますが、登場人物は岡部忠澄に始まり、最後の11人目は太田道灌で終わっています。武蔵武士は決して無教養な田舎の荒くれ者や豪農などではなく、都との繋がりと、資力と教養を身に着けた、小規模ながらも自立した勢力の主。一の谷で平忠度を討ち取りながらも、詩歌を解し、自らの領地に篤く弔った岡部忠澄ではじまり、武略と教養の高さから関東の武士たちの期待を一身に浴びながら、内紛によって滅亡することで武蔵武士たちの掉尾を飾ることとなった太田道灌。どちらも武蔵武士の特徴を鮮やかに表しているかのようです。

軍記を手掛かりに武蔵武士団の歴史的進展を語る本書の最後の一章は、これまでの議論を受けてもう一つの基軸となる地勢的考察に特化した解説が述べられていきます。鎌倉街道を軸線とした、東国の原野を貫く南北方向の交流路は現在の東京を中心とした放射状の交流路に慣れ親しんだ現代の我々にとってはなじみの薄いルートかもしれません。しかしながら、当時の川を用いた水運と渡河点、東京湾の海上ルートの短さ、まだ完全に低湿地帯に進出しきれない中世の農耕技術的制約からくる集住可能地域を考慮すると、これら南北方向ルートの優位性が俄然として浮かび上がってきます。意味合いは全く違いますが、土地利用的には大規模ショッピングセンターが都心部や人口密集地域を避けて、交通路の改善が進む16号線沿いや広く郊外に展開する様相も歴史的な土地利用の変遷の一つでしょうか。

本書ではそのような南北交流路沿いに広がる武蔵武士たちの足跡をたどりますが、その着目点は、最近非常に充実してきた歴史探訪本とはちょっと異なり、見応えのある史跡の豊富さや著名な収蔵物といった探訪者の視覚的充実感より、背景にある史実に価値を見いだせる場所を選定してるようです。また、選定したテーマも最後の板碑や善光寺信仰といった、なかなか扱われることのない中世の信仰心にも焦点を当てており(最終章ではありませんが時宗と辺縁のお話も)、本書の編纂が現在の中世史の研究テーマに対して広く汲み取ろうとしている配慮が見えてきます。

オムニバス形式で纏められた本書を読んでいくと、大局観と首領的登場人物が描かれる通史とはまた違った、その時々に現れてくる登場人物たちの群像劇が見えてきます。頼りになる首領を持ちえなかったが故に、必死に時代を生きながら、次々と生き様を変えていく武蔵武士達。その終着点として、広く全国にその「苗字の地」を広めていった武蔵武士団は、武士団や軍事勢力としては成功を勝ち得なかったのかもしれません。しかしながら、お隣の相模武士団と共に、現在まで末裔たちを圧倒的な規模で営々と全国に広めてきたことは、生き物にとって最大の勝利である、もっとも「繁栄した軍団」だったのかもしれません。

<おまけ>

本ページでご紹介している、ほかの中世関係の書籍を

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