初夏を思わせる日差しの中、八ヶ岳南麓をひと走り

すっかり暖かくなって、上着を脱ぎたくなるような日差しの週末日曜日。

世間ではゴールデンウィーク最初の週末となっていますが、連休無しの私にとって今年は単なる一週末。

遠出は無理だけど、観光客の皆様をかいくぐりながら、近場をぐるっと一周です。

まずは八ヶ岳の表玄関。韮崎のちょっと北に位置する、標高400m弱の新府の桃畑から。

新府の桃の花と鳳凰三山桃の花のピークはもう過ぎてしまいましたが、遅れて花を咲かせる桃の木を添えて、まだ雪をたっぷり残す南アルプス、鳳凰三山を(E420)。

菜の花畑と八ヶ岳1標高をぐっと上げて、七里岩台地の中腹、長坂町付近まで来ると、所々に桜の花も観ることが出来ます。

一面に花を開かせる、菜の花畑の向こうに八ヶ岳を遠望(Lumia1020)。

菜の花畑と八ヶ岳2南麓側から観ると、八ヶ岳の雪も大分減っています(E420)。

道の駅みなみ清里の鯉のぼり達1ルートを少し東に取って、道の駅みなみ清里に寄り道です。

駐車場はゴールデンウィークとあって、車で一杯。名物の鯉のぼりも強い風に吹かれて園内の空いっぱいに泳いでいます(Lumia1020)。

道の駅みなみ清里の鯉のぼり達2青空に泳ぐ鯉のぼりの群れを(Lumia1020)。

牧場越しに早春の八ヶ岳を遠望1一気に標高を上げて1400mを越えると、気温は高くても風は少し冷たく感じてきます。すっかり雪が無くなって、緑を取り戻した牧場越しに残雪残る八ヶ岳の峰峰を(Lumia1020)。

牧場越しに早春の八ヶ岳を遠望2正面には一切の遮る物は無く、唯々八ヶ岳と正対します(E420)。

空虚ともいえる景色の中、高原を抜ける冷たい風が時折うなりを上げて吹き抜けていきます。

高原の春はまだ少し先。ゴールデンウィークの到来と共に上昇して来るようです。

 

Lumia1020で夜桜三題(手持ちオンリーで信濃境の夜桜を)

New!(2015.4.15):例年恒例の信濃境、高森観音堂で開催される「高森観音堂de桜まつり」。今年は、4/18(土)、4/19(日)の二日間に開催されることが決定しました!振る舞いや、出店、信濃境駅発着で町が主宰するウォーキングツアーも実施されます(今年もこっそり、夜桜ライトアップがあるかも…)。詳しくは富士見町公式ホームページへ。

Lumia1020のカメラは41Mpixelという、その超絶解像度と共に、3段分相当とも謂われる強力な手ぶれ補正が魅力となっています。

そこで、手持ちで勝負!とばかりに夜桜撮影です。画像は全てLumia1020の5Mpixel modeで、もちろん手持ち(純正グリップ付き)です。

大宮神社の夜桜と神輿まずは、某大宮神社でリハーサル中の風景から。カクテルライトに照らしだれた夜桜と神輿を(トリミング済み)。

信濃境駅と夜桜こちらは信濃境駅とライトアップされた夜桜を。撮影予定無かったのですが、貨物列車が入ってきたので、慌てて撮影。切れが無いのは手ぶれのせいです(欄干使ったんですが、焦りすぎました.トリミング済み)。

高森観音堂の夜桜20140426_2そして、夜の信濃境、高森観音堂。今週末もライトアップを実施していました。

高森観音堂の夜桜20140426_3昼間にはなかなか出来ない、高森観音堂の枝垂れ桜の真正面からの撮影も、夜なら独り占めです。

高森観音堂の夜桜20140426_1古木の夜桜は、他とは違う趣が漂います。250年を越えようとする夜桜に対して、たまたま一緒に観ていたご婦人が語った「妖艶」という言葉が実はもっとも合っているのかもしれません。

 

今月の読本「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)土着を遂げた日本仏教のポイントは最澄のトラウマから

今月の読本「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)土着を遂げた日本仏教のポイントは最澄のトラウマから

気候も穏やかになり、桜の花開く四月。

季節が移り変わっていくのと同時に、日本の春はあらゆるものが入れ替わっていくシーズン。

オロオロ、あたふたとしているうちに、あっという間に月末になってしまいました。

忙しくなればなるほど買いたくなるけど読み切れない、山のようになった読みかけの本。4月からの続きでGWも忙しくなりそうなので中々読み切れませんが、そんな中で漸く読み終わった一冊をご紹介です。

叢書の中でも比較的硬派なシリーズ、角川選書3月の新刊から「日本仏教入門」(末木文美士)です。

日本仏教入門まず読む前にちょっと気になった、このページ数で果たして仏教伝来から現代の仏教の置かれた立場までと言う1500年を越える歴史の概観が描けるのだろうかという点は、やはりなあといったところで、残念なながら近現代の部分の記述は巻末の僅かな部分に留まります。

しかしながら、その内容が僅かだからといって、本書の一貫したテーマとしてはいささかも崩れることはありません。

本書のテーマはそんなところでは無く、東アジアの仏教圏の中でも特異的な発展を遂げてきた「日本仏教」特性のポイントを、大学所属の研究者として、宗派に囚われること無く描き出そうとしている点です。

本書は著者のあとがき、および出典一覧をご覧頂ければ判りますように、主に中国や東アジア仏教圏の研究者との議論を行った際の講演録をベースにしています。その執筆に当たって、著者が最も気を遣った、日本の仏教を論じる際に、同じ仏教圏にありながら日本だけが著しく異なる発展を遂げてきた点を明確化しておく必然性に迫られた点を繋いでいくことで、日本への仏教土着に当たっての変質と、現在の所謂葬式檀家に至る経緯を明快に示していきます。

ばらばらな初出を纏め上げた一冊にも関わらず、間違いなく日本仏教史通論としての一冊になっている点は各章における著者の揺るぎない筆致と、編集者の力量の為せる技でしょうか。

そして、各章を通して語られる筆者の日本仏教に対する共通のポイントは、一般書でよく語られる、宗派別の経緯や開祖の物語を列挙するのでは無く、開祖達がどのようにして、その宗派を起こすに至ったのかを一貫したアプローチで示していきます。そのアプローチこそが日本における仏教土着の素地である点に非常に興味を覚えます。

従って、本書は類似の書籍のように鎌倉新仏教に軸をおいた記述を取っていません。初出の都合で順序が入れ子になって書かれていますが、飛鳥時代の仏典の招来から始まる日本の仏教受容について、日本に伝わる前の段階からそれぞれにターニングポイントを示していきます。

大乗仏教の特徴と、中国、朝鮮における仏典編纂による仏教思想の再編。理論構築手法を持たない日本に仏教がもたらされたことで、初めて王朝による記紀を用いた土着思想の理論構築が始められたと提起します。

その後、命を賭して来日した鑑真による東アジア圏に共通する具足戒による戒律の伝道と、既に土着習合化しつつあった日本の仏教との乖離は最澄、空海という二人の巨頭によって大きな転換を見ることになります。

日本古来の山岳修行からスタートした空海は、密教を完全に捉えきって、そこに山岳修行者としての出自を投影することで、高野山という日本における聖地の確立と、自然崇拝から続く古来の信仰を密教という形で包み込むことに成功します。

そして、留学の際も、密教の受容という意味でも、その後の南都との対立でも、常に傍系としての立場の苦しさに苛まれ続けた最澄とその後継者達のアプローチは、傍系故に、自らが新たな流れを立てることに意を尽くし続けた結果、日本独特の仏教の受け皿を作り得たと筆者はみなしていきます。

最澄、そしてその後継者達の布教、それに対抗する南都の戒律復興活動の中に日本仏教の特異性が内包されていると看破します。

傍系故に多数の教義、経典を兼学し、その中から最も優れていると思われる点を択一していく。大乗仏教故の民衆への近さを更に先鋭化するための戒律。大衆化の先にある、広く教義を広げるための平易化、土着宗教との競合では無く、包括と分担。

その結果が、鎌倉新仏教の教祖達による、禅、念仏、唱名といった単純化された独自の布教方法や、日本に特有の法華経の尊重。もはや戒律すら無い状態ともいえる民衆の中に生きる、現代の僧侶。寺院で行われる荘厳な宗教儀礼に対する、一般家庭にほとんど宗教的風習が無いにも関わらず、葬送儀礼だけが仏式で行われる不思議さ。これら全てが、最澄とその後継者達(栄西、法然、日蓮にしてもご存じの通り、比叡山で多数の教義を学んだ上で、習合から択一化、立宗に至っています)が、同じアプローチの中で進んでいった結果だと筆者は見なしてきます。

独自の進化を遂げた日本仏教の姿。その信仰も、教義も戒律も、東アジアに広く普及していると謂われる仏教と大きく異なってしまいましたが、その間に勝ち得た民衆との近さ、時の政治状況に利用された側面が大きいとはいえ、今でも各家庭にしっかりと根付いている「葬式檀家」の受け皿としてのお寺の立場は、唯物論的な近代個人主義と、神秘論や救いがたい程の精神的な闇を抱える現代人の心の狭間で布教に苦しんでいる他宗派から見れば、羨ましくも思えるのかもしれません。

しかしながら、それもこれも「傍系」からスタートしたが故の、屈折した想いを超越するためのアプローチ。もしかしたら、日本の仏教は現代人が抱えるのと同じように、当時の最澄が抱えたトラウマにすっぽりと包まれているのかもしれません。

<追記>

本書を追うように刊行された、新潮文庫版の「仏典を読む」では、本書では解説を一部省略している仏典や宗祖たちの書籍からどのような思想に至っていたのかを、仏典、中国仏教、日本仏教、そして最後にカウンターとしてキリスト者(のちに転向)立場から、同著と同じ視点を持って語られています。こちらも、著者の碩学が滲み出る、平易で簡潔な文体であるにもかかわらず、時々現れてドキリとさせられる、本質すら裏返そうとする視点に驚かされると思います(少し落ち込み気味の時に読んでいたので、引き込まれる半面、苦しくもありました)。

余談ですが、本書を読んで、言葉を以て語る事の本質に対して、一度その考えを壊した上で本質を捉え直そうとする禅に対して、時として言葉を操ることを自体を仕事とする自分には適用性が全くないことを今更ながら、思い知らされたのでした(脱却できない壁なのかもしれません)。

仏典をよむ

<おまけ>

同じようなテーマの本のご紹介です。

信濃境の桜達(葛窪の枝垂れ桜もいよいよ見頃に2014.04.25)

すっかり春の装いとなった八ヶ岳の麓。

標高1000mを間近にする、富士見町信濃境、葛窪の枝垂れ桜もいよいよ見頃を迎えました。

今朝撮影した写真の中から、いくつかをご紹介です。どうかごゆっくりご覧頂ければと。

(撮影が終わるのを農協購買部駐車場で待っていて頂きました練馬ナンバーの方、ご迷惑をおけして申し訳ございませんでした)。

葛窪の枝垂れ桜140425_4葛窪の枝垂れ桜140425_5葛窪の枝垂れ桜140425_10葛窪の枝垂れ桜140425_1葛窪の枝垂れ桜140425_3葛窪の枝垂れ桜140425_2葛窪の枝垂れ桜140425_6葛窪の枝垂れ桜140425_8葛窪の枝垂れ桜140425_9葛窪の枝垂れ桜140425_11葛窪の枝垂れ桜140425_7今週末が最盛期。このGWは、まだ春が始まったばかりの八ヶ岳西麓まで足を運んでみては如何でしょうか。

 

久しぶりに晴れた朝に見頃を迎えた富士見町信濃境・田端の枝垂れ桜を

久しぶりの清々しい青空となった今朝。

出勤前にちょっと寄り道で諏訪郡富士見町、田端の枝垂れ桜を見に行きました。

田端の枝垂れ桜140423_3田端の集落に繋がる道路から、枝垂れ桜を遠望(E420)。

正面に見える甲斐駒の圧倒的なスケールと比較すると、あまりにもささやかな、集落にぽつんと咲く、枝垂れ桜です。

田端の枝垂れ桜140423_5朝日を受けて輝く田端の枝垂れ桜。バックは八ヶ岳です(Lumia1020)

田端の枝垂れ桜140423_2ソメイヨシノと比べると、非常に色の濃い、印象的な色を備える田端の枝垂れ桜です(E420)。

朝日が作る影が、花びらの色の濃さを更に引き立てているようです。

田端の枝垂れ桜140423_4同じカットをLumia1020で。どちらも調整なしのjpeg出し。表現力の違いをお楽しみください。

田端の枝垂れ桜140423_1ぎっしりと花芽を付ける、枝垂れ桜の枝。

頭上からいっぱいの桜の花にが降り注いでくるようです。

田端の枝垂れ桜140423_6田端の水田はまだ乾いたまま。代掻きは少し遅れているようです。枝垂れ桜の下で甲斐駒を遠望(Lumia1020)。

もう充分見頃を迎えていますが、満開まではあともう少し。週末には最盛期を迎えそうです。

Windowsphone8.1へのアプローチはdual SIM対応から(Lumia1020の最新アップデートより)

Windowsphone8.1へのアプローチはdual SIM対応から(Lumia1020の最新アップデートより)

世間ではWindowsXPサポート終了に合わせて公開された、Windows8.1のアップデートに注目が集まっていますが、Windowsphoneユーザーの中では、開発者バージョンが公開されたWindowsphone8.1の話題がメインになっています。

尊い人柱主義の方や、端末コレクターの皆様は早々に開発者バージョンで楽しまれているようですが、メイン機(Blackberry9790)とLumia1020以外、まともに動く端末が無い身としては、開発者バージョンのインストールは禁忌。当分はお預けです。

そんな寂しい日々を過ごしている中で、突然降ってきたアップデートにびっくり。何と、Windowsphone8.1で対応が予定されていた、dual simに対応したパッチが配布されてきたのです。

wp_ss_20140422_0001wp_ss_20140422_0002

アップデートには確かに、デュアルSIMのサポートと書かれていますが、アップデートを行っても、ネットワーク+の画面表示に変化はありません。

ちょっと思案して、オプション(…)をタップすると微妙に変化しています。本来であれば、アイコンの表示がある「スタート画面に固定」だけが表示されるはずなのですが、もう一つ、文字表示で「オペレーター情報」も文字が。

wp_ss_20140422_0003ちょいとタップしてみると、やはりこんなところに隠れていました。SIM選択画面が表示されます。

テストをしている端末はLumia1020なので、もちろんSIMは1番しか表示されませんが、dual SIM端末ならば、SIM2番の表示も出るはず(出るはず…たぶん)。では、SIM設定をクリックすると何が出てくるでしょうか。

wp_ss_20140422_0004aこんな具合で、SIM1番のSIM情報が表示されますね。

グレーで塗りつぶしている部分にはSIMの固有情報が表示されています。これでどこのSIMが入っているのか確認することが可能になりました(タップ、スワイプを含めて操作は一切できませんでした)。

ちなみに、MCCとMNCがキャリアの識別子になります。

ここでポイントとなるのは、最後の行、プロファイル言語でしょうか。どうもSIMによって言語プロファイルを自動的に切り替えることを念頭に置いているようですね。手元にテストが出来るSIMが無いので、何ともいえませんが、SIMの入れ替えでプロファイルが自動的に切り替わるようであれば、この部分を使って識別をしているかと思われます。

そんな訳で、Windowsphone8.1を待たずにいきなり来てしまった、dual sim対応。たぶん、インド辺りのキャリアにOSを無償提供することになった件と絡んでいそうな気がするのですが…。ともかく、NokiaがMicrosoftに買収されようが、Lumiaブランドが無くなるんていう噂が立とうが、Windowsphoneの進化は着実に進んでいるようです。なんと言ってもクラウド化が進めば進むほど「使いやすい端末」が求められるのですから。

 

信濃境の桜達(葛窪の枝垂れ桜と、今日は高森観音堂の桜まつり)

New!(2015.4.15):例年恒例の信濃境、高森観音堂で開催される「高森観音堂de桜まつり」。今年は、4/18(土)、4/19(日)の二日間に開催されることが決定しました!振る舞いや、出店、信濃境駅発着で町が主宰するウォーキングツアーも実施されます(今年もこっそり、夜桜ライトアップがあるかも…)。詳しくは富士見町公式ホームページへ。

・2013年の信濃境の桜達、満開の模様はこちら

・昨晩の夜桜のシーンはこちら

お天気の悪い週末。

雨が降り出す前に、見頃を迎えた信濃境の桜達をぐるっと眺めに行きます。

葛窪の枝垂れ桜140420_1この辺りでは最も標高の高い、1000m弱に位置する葛窪の枝垂れ桜も大分花が開き始めました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA色の濃い、葛窪の枝垂れ桜。老木ならではの圧倒的な存在感は曇り空の下でも変わりありません。

葛窪の枝垂れ桜140420_2そして、高森観音の前には「さくら祭り」の幟がはためいています。

高森観音堂の枝垂れ桜と信濃境の桜達140420_8高森観音堂の枝垂れ桜も大分花開いてきました。富士見町の公式ツアーガイドさんによるの引率も含めて、大勢の観光客の皆様が訪れています。すっかり八ヶ岳西麓の春の風物詩となってきました。

高森観音堂の枝垂れ桜と信濃境の桜達140420_5そして、桜まつり中だけのスペシャルイベント、観音堂内部の公開も実施されていました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAこちらが観音堂の名の由来となった、薬師如来(右)と千手観音(左)、中央が合祀されたと考えられているお地蔵様です。札板には「愛宕山観音堂」と「神沢山地蔵堂」と書かれています。欄間に彫られている紋は、諏訪大社と同じ、梶の葉です(参考までに建物の表に掲げられている札板には、この二つのお堂の名前と共に、「神林山薬師堂」の名前も添えられてます。従って、三柱合祀ということになります)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAこちらが60体ほどあると言われている弘法大師像達。八十八カ所巡りに合わせて、以前は88体あったそうです。

こちらの観音堂の扉が開かれるのは、年に数回だけ。このような機会にしかお目にかかれないそうです。

高森観音堂の枝垂れ桜と信濃境の桜達140420_13周囲には、そこかしこに桜の花を見ることが出来ます。

高森観音付近の桜達をどうぞ(各画像をクリックして頂くと、アップでご覧頂けます)。

 

高森観音堂の枝垂れ桜と信濃境の桜達140420_1コブシの花と廃屋

この後は、井戸尻考古館へどうぞ