今月の読本「たいせつなことは船が教えてくれる」(藤沢優月 金の星社)船を通じて「生きる」を考える

消費増税に合わせるかのように、痛いPC買い換えという出費を迫られた3月末。

えーい、ついでに買っちゃえと通販で入手した1冊は、絵本の出版社が手がける、珍しい船をテーマにした写真とエッセイで綴る、小中学生向けに刊行された「たいせつなことは船が教えてくれる」(藤沢優月 金の星社)です。

たいせつなことは船が教えてくれる

島崎藤村が刊行を手がけた「金の船」からの伝統を有する金の星社は、どちらかというと絵本をメインに低学年向けの児童書籍を扱う出版社。こちらの本も推奨購読年齢には小学校高学年から中学生向けと振られています。

そんな児童書の老舗が、なぜか「夢をかなえる人の手帳」の著者と、しかも「船」をテーマにした作品を手がけるという不思議な組み合わせにまずは興味をそそられました。更に、取材する船は豪華客船でも、身近な港近くを航行する船、生活に密着した渡船や漁船といった船たちではありません。いきなり外洋航路のコンテナ船、しかも日本を代表する、世界でも有数のフリートを有するNYK-Line(日本郵船の国際ブランド名)の全面協力による東京-香港間の同乗記をベースに綴られています。更には、NYK-Lineの協力なしでは取材が認められないと思われる、自社が所有するフィリピンの船員学校での取材や、鈴与(ご存じの方は少ないかもしれませんが、静岡発祥の国内大手物流事業者。フジドリームエアラインや、缶詰のSSK、Jリーグの清水エスパルスの親会社でもあります)の協力による、港内での荷役までも取材されています(儀礼的ではあるかと思いますが、取材協力には八代目・鈴木与平氏の名前も)。

これだけの広範な取材協力を取り付けられるだけでも、筆者の取材能力の高さを実感せずにはいられないのですが、綴られる文章はあくまでも小中学生向け。丁寧に、優しい筆致で、地上勤務のお話や、船員学校での取材の話を織り交ぜながら、東京出航から香港到着までのストーリーを語っていきます。

そして、取材される側の全面的な協力で得られた、掲載されるスケールの大きな空と海の写真。そして船内の写真も、寄港地での写真もどれも美しく、写真付きのエッセイ集として、大人でも十分に楽しむことができます。登場する人々の気持ちのよい笑顔がまた印象的です(この辺りの事情は筆者のホームページにより詳しく書かれています)。

どなたでも満足できる、船好きならのめり込んでしまいそうな美しい写真と、笑顔で彩られるスタッフたちの写真に対して、語られる内容に関しては、少々補足がいるかもしれません。それは児童向けの書籍では絶対に必要なこと「何を伝えるのか」が明確に計算されて書かれていることです。

一般書籍であれば、読む側にある程度の理解の許容を許す(というか、読者の想像に任せる)表現手法も取りますが、児童書というフィールドでは教育的側面も重視されるので、読んでもらう側に対して、ある種の啓蒙を念頭に書かれることが多いようです。

本書でもそのような印象を持つ部分が多く認められます。閉鎖した船の中、それも多国籍のメンバーがチームを組み、世界中の海を渡っていく国際航路のコンテナ船は地球とそこに住む人々の縮図。限られた資源を分け合うこと、人と関わり合うこと、言葉無くしては意思は伝えられないこと、お互いの役割を果たすこと。共通の価値観を持つ必要性、それぞれが持つバックグラウンドを尊重すること…。社会で生活する我々が日常的に意識しなければいけないことを、コンテナ船での取材を通して見つめ直していきます。

そして、読者の先輩に当たる、フィリピンの船員学校での取材は、社会に出るほんの少し前の船員の卵たちを通して、社会に出ることの意味を考えさせることになります。規則正しく生活すること、上下関係をわきまえること、想像と現実のギャップを埋めていくこと…。どれも社会生活にとってとても大事なことです。

筆者がコンテナ船での航海を通じて語っていく内容は、社会に出る前の学生時代に、ほんの少しでも知っておいた方がよいことばかり。社会に出た後に苛まれる現実とのギャップは、実はそんなに大きな事では無く、その根底に流れている「ルール」を身につけていれば、きっと乗り越えられるはず。そんなメッセージを思い浮かべながら、美しい写真に魅せられながら本書を読み進めていました。

その上で、ほんの少し不思議に感じたことが、最後のエピローグで筆者が述べているメッセージでしょうか。読者として想定している小学校高学年から中学生に向けてのメッセージと捉えれば、素敵なエールに聞こえてくるのですが、本文中でここまで組み立ててきた、話してきた啓蒙的なメッセージと、ちょっと食い違ってしまっているのではないかとの感覚を受けるのもまた事実。

最後のメッセージを読みながら、好きなことをやり抜く人の周りには、そのことを楽しいと思う人の周りには、それが好きかどうかという判断を押し殺して支えてくれている、多くの人々がいるという事実から、いつか目をそらすわけにはいかなくなる。そう気がついたときには、自分と自分の周りの世界の中で「好き」と「楽しい」を再発見する事になる。

その時が満ちるまでは、自分のために本当に好きなことを貫く、探し続ける航海を続けてほしい。海の上というロマン溢れる舞台を前にして、ちょっと高揚してしまった想いを抑えながら、すべての皆様の良き航海を願って。

<おまけ>

最後の取材協力のページと並んで、「この本に出てくる数的表記について」という、読者層とは違う、購入者層に向けた解説文があります。この解説文の最後に、海図の折り曲げについての注釈(決して折り曲げて使うことはなく、常に図庫に納めて、何度も消しては書き込み続けながら、最新の情報をアップデートして大切に使い続ける)があるのですが、地図好きの船舶免許持ち(10年ほど前までは実際に海図を手に操船していました)には、この注釈がもの凄く嬉しかったです。小さな事かもしれませんが、その仕事に真摯に携わる方々に対しての、著者の配慮を感じました。

 

広告

今月の読本「たいせつなことは船が教えてくれる」(藤沢優月 金の星社)船を通じて「生きる」を考える」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 今月の読本「未来のだるまちゃんへ」(かこさとし 文藝春秋)まっすぐに見つめ続けることの大切さを | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中