桜の後は井戸尻考古館へ(縄文土器の集う里)

New!(2015.9.21):井戸尻考古館に収蔵される、坂上遺跡から出土した土偶が、この度、国の重要文化財に指定されました。この指定を記念した展示会「女神たちの山麓 -坂上遺跡出土土偶展-」が9/29から11/29まで開催されます。10/11(日)には富士見町コミュニティ・プラザ(JR中央本線、富士見駅下車すぐ)で、記念講演会も開催されます。詳しくは、井戸尻考古館の開催関連情報ページへ

New!(2015.4.26):春のNHK Eテレ新番組「趣味どきっ!」火曜日に放送中の橋本麻里さんがナビゲーターの「国宝に会いに行く」第6回“国宝一年生”縄文土器「縄文のビーナス」と「仮面の女神」 で、茅野市の尖石縄文考古館と富士見町の井戸尻考古館が採り上げられます。放送は5/5(火)21:30~より。

New!(2015.1.16):昨年末にNHK Eテレで放送された、「日曜美術館特別編 巡る、触れる、感じる ~井浦新”にっぽん”美の旅~」で井浦新さんが旅した八ヶ岳山麓。放送では茅野市の尖石縄文考古館と国宝土偶たちが採り上げられていましたが、他にも八ヶ岳山麓に広がる縄文遺跡を散策していたようです。その取材の番外編が日曜美術館のアートシーンで放送決定「特別編 井浦新“にっぽん”美の旅 謎多き縄文の世界へ1/18(日)午前9時45分から(再放送は同日20時45分から)。今回は諏訪郡富士見町の井戸尻考古館と和田峠(正確には小県郡長和町鷹山)の黒曜石ミュージアムが登場します。

New!(2014.12.14):この度、昭和30年代に札沢遺跡より発掘され、国立博物館寄託から長野県立歴史館に収蔵されていた、長野県宝「動物装飾付釣手土器」が出土後初めて、地元、井戸尻考古館に里帰り展示されることになりました。併せて2011年12年に発掘調査が行われた際の出土物が特別に展示されます。

展示期間は12/2から翌2/1まで。同期間中の12/14(日)、1/10(土)、1/11(日)には、学芸員の方による展示解説が行われます。時間はいずれも14時から。

信濃境の桜達を満喫した後は、徒歩20分ほどで到着できる、史跡、井戸尻遺跡に付属する縄文遺跡の博物館、井戸尻考古館へ。

井戸尻考古館入り口正門ではきれいな桜の花が迎えてくれます。

井戸尻考古館の収蔵物ちょっと古風な井戸尻考古館。陳列棚には縄文土器が所狭しと並べられています(一部の土器、土偶は撮影禁止の札が出ています。くれぐれもルールは守りましょう)。スマートフォンお持ちですと、解説を聞くことが出来るようです。

こちらの博物館、メインは土器ですので、そちらの方に興味が無い方にはちょっと厳しいかもしれません。もちろん、学芸員の方のガイドを聞けば、きっと興味を持たれることになるかと思いますよ。

当日は若い学芸員の方が、団体さんを相手に説明をされていました(ちょこっとそば耳を立てて、解説、聴かせて頂きました)。

四方神面文深鉢複雑な造形美、なぜそこまでして土器を装飾したのでしょうか。

ここにある土器の多くは複雑な文様な施されています。解説板には呪術的なお話が続きますが、果たして本当のところは作った当人達に聴いてみなければ判らないという点が、考古学の醍醐味でもあり、その文様達の奔放さのままに、想像の羽を思いっきり伸ばせる素地なのかもしれません。

水煙渦巻紋深鉢土器と水煙文土器達そして、この博物館一の名品。長野県宝にも指定され、郵便切手の意匠にも用いられたことがある、縄文土器の中でも最も有名な出土物、水煙渦巻文深鉢です。

長野県宝・水煙渦巻紋深鉢土器驚異的に複雑な文様。そして左右非対称のデザインにも関わらず、それを感じさせない全体のバランス。

学芸員さんの説明によれば、何と、取っての部分は中空だそうで、装飾性ももちろん、高い成形、焼成技術を有していたことが判ります。

そして、この博物館の解説には非常にユニークな点があります。本博物館の収蔵品を多く発掘した在野の考古学者(この点は尖石遺跡も同じですが)、藤森栄一氏による論説「縄文農耕論」を下地にした、記紀の物語と縄文土器の文様を結びつける論考による、それぞれの縄文土器に、対応するであろう記紀の神々の名前を添えた札が付けられている点です。

この論考は、決して学会の主流となっている訳でもなく、むしろ否定的に捉えられている論説でもあります。それでもこの博物館が藤森氏の論考に従った資料を掲げ続けているのは、此所が藤森縄文論の発祥地であるが故。そして彼にとって、決定的な証拠が出土されている点です。

井戸尻考古館の炭化麦出土品展示物にある、炭化した麦と、粉食を行ったと思われる炭化物、土器の底に残る炭化物の出土品です。

彼は、これらの粉食の一部に栽培種が混ざっている可能性があることを早くから指摘しており、出土物に含まれる石斧や、石鎌、粉摺りの発掘を通じて、縄文人は教科書に記載されているような狩猟採取生活だけではなく、小規模ながら栽培を手がけていたと結論づけています。

この説自体も、決して主流の説とはなっていませんが、その後の全国の縄文時代遺跡発掘の進展により、弥生時代より遙かに遡る、縄文晩期から後期にかけて、農耕に類する作業が行われていた可能性が高いことが、明らかとなっています。

彼の論考が早すぎたのか、それともごく一部のケースを捉えただけなのか判りませんが、この小さな博物館の中には、その東アジア全体をカバーせんとする雄大な文化圏論と共に、縄文文化を語る際のおおらかな発想力と、発掘に込めた氏の情熱が今も息づいているようです。

井戸尻考古館中庭と桜の木中庭にある、向原遺跡のストーンサークルを模した石柱列を前に桜の木を。

井戸尻遺跡の復元縄文竪穴式住居考古館の正面は井戸尻遺跡。このように復元された住居跡もあります(これは梅雨時に撮影した写真です)。

井戸尻史跡公園の案内板史跡内には蓮の花が名物になっている公園として整備されています。見頃は梅雨時から7月にかけてです。

<おまけ>

本ページに関連する話題や、書籍など。

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桜の後は井戸尻考古館へ(縄文土器の集う里)」への6件のフィードバック

  1. ピンバック: 信濃境の桜達(葛窪の枝垂れ桜と、今日は高森観音堂の桜まつり) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  2. ピンバック: 井戸尻遺跡と蓮の花を(縄文に逢える里)諏訪郡富士見町信濃境 | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  3. ピンバック: 「花子とアン」で脚光を浴びる蔵座敷を訪ねて(韮崎市民俗資料館と蔵座敷) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  4. ピンバック: 今月の読本「奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム」(矢口祐人 新潮選書)多様性をテンプレート化する狭間で | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  5. ピンバック: 文学と自然が織りなす高原の小さなミュージアムで静かな夏休みを(富士見町・高原のミュージアムと自然写真家、西村豊さんの写真展) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

  6. ピンバック: 北アルプスにまつわる自然と人の営みを集めて(大町山岳博物館と4つの分野を跨ぐ特徴的な展示を) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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