桜の後は井戸尻考古館へ(縄文土器の集う里)

桜の後は井戸尻考古館へ(縄文土器の集う里)

New!(2015.9.21):井戸尻考古館に収蔵される、坂上遺跡から出土した土偶が、この度、国の重要文化財に指定されました。この指定を記念した展示会「女神たちの山麓 -坂上遺跡出土土偶展-」が9/29から11/29まで開催されます。10/11(日)には富士見町コミュニティ・プラザ(JR中央本線、富士見駅下車すぐ)で、記念講演会も開催されます。詳しくは、井戸尻考古館の開催関連情報ページへ

New!(2015.4.26):春のNHK Eテレ新番組「趣味どきっ!」火曜日に放送中の橋本麻里さんがナビゲーターの「国宝に会いに行く」第6回“国宝一年生”縄文土器「縄文のビーナス」と「仮面の女神」 で、茅野市の尖石縄文考古館と富士見町の井戸尻考古館が採り上げられます。放送は5/5(火)21:30~より。

New!(2015.1.16):昨年末にNHK Eテレで放送された、「日曜美術館特別編 巡る、触れる、感じる ~井浦新”にっぽん”美の旅~」で井浦新さんが旅した八ヶ岳山麓。放送では茅野市の尖石縄文考古館と国宝土偶たちが採り上げられていましたが、他にも八ヶ岳山麓に広がる縄文遺跡を散策していたようです。その取材の番外編が日曜美術館のアートシーンで放送決定「特別編 井浦新“にっぽん”美の旅 謎多き縄文の世界へ1/18(日)午前9時45分から(再放送は同日20時45分から)。今回は諏訪郡富士見町の井戸尻考古館と和田峠(正確には小県郡長和町鷹山)の黒曜石ミュージアムが登場します。

New!(2014.12.14):この度、昭和30年代に札沢遺跡より発掘され、国立博物館寄託から長野県立歴史館に収蔵されていた、長野県宝「動物装飾付釣手土器」が出土後初めて、地元、井戸尻考古館に里帰り展示されることになりました。併せて2011年12年に発掘調査が行われた際の出土物が特別に展示されます。

展示期間は12/2から翌2/1まで。同期間中の12/14(日)、1/10(土)、1/11(日)には、学芸員の方による展示解説が行われます。時間はいずれも14時から。

信濃境の桜達を満喫した後は、徒歩20分ほどで到着できる、史跡、井戸尻遺跡に付属する縄文遺跡の博物館、井戸尻考古館へ。

井戸尻考古館入り口正門ではきれいな桜の花が迎えてくれます。

井戸尻考古館の収蔵物ちょっと古風な井戸尻考古館。陳列棚には縄文土器が所狭しと並べられています(一部の土器、土偶は撮影禁止の札が出ています。くれぐれもルールは守りましょう)。スマートフォンお持ちですと、解説を聞くことが出来るようです。

こちらの博物館、メインは土器ですので、そちらの方に興味が無い方にはちょっと厳しいかもしれません。もちろん、学芸員の方のガイドを聞けば、きっと興味を持たれることになるかと思いますよ。

当日は若い学芸員の方が、団体さんを相手に説明をされていました(ちょこっとそば耳を立てて、解説、聴かせて頂きました)。

四方神面文深鉢複雑な造形美、なぜそこまでして土器を装飾したのでしょうか。

ここにある土器の多くは複雑な文様な施されています。解説板には呪術的なお話が続きますが、果たして本当のところは作った当人達に聴いてみなければ判らないという点が、考古学の醍醐味でもあり、その文様達の奔放さのままに、想像の羽を思いっきり伸ばせる素地なのかもしれません。

水煙渦巻紋深鉢土器と水煙文土器達そして、この博物館一の名品。長野県宝にも指定され、郵便切手の意匠にも用いられたことがある、縄文土器の中でも最も有名な出土物、水煙渦巻文深鉢です。

長野県宝・水煙渦巻紋深鉢土器驚異的に複雑な文様。そして左右非対称のデザインにも関わらず、それを感じさせない全体のバランス。

学芸員さんの説明によれば、何と、取っての部分は中空だそうで、装飾性ももちろん、高い成形、焼成技術を有していたことが判ります。

そして、この博物館の解説には非常にユニークな点があります。本博物館の収蔵品を多く発掘した在野の考古学者(この点は尖石遺跡も同じですが)、藤森栄一氏による論説「縄文農耕論」を下地にした、記紀の物語と縄文土器の文様を結びつける論考による、それぞれの縄文土器に、対応するであろう記紀の神々の名前を添えた札が付けられている点です。

この論考は、決して学会の主流となっている訳でもなく、むしろ否定的に捉えられている論説でもあります。それでもこの博物館が藤森氏の論考に従った資料を掲げ続けているのは、此所が藤森縄文論の発祥地であるが故。そして彼にとって、決定的な証拠が出土されている点です。

井戸尻考古館の炭化麦出土品展示物にある、炭化した麦と、粉食を行ったと思われる炭化物、土器の底に残る炭化物の出土品です。

彼は、これらの粉食の一部に栽培種が混ざっている可能性があることを早くから指摘しており、出土物に含まれる石斧や、石鎌、粉摺りの発掘を通じて、縄文人は教科書に記載されているような狩猟採取生活だけではなく、小規模ながら栽培を手がけていたと結論づけています。

この説自体も、決して主流の説とはなっていませんが、その後の全国の縄文時代遺跡発掘の進展により、弥生時代より遙かに遡る、縄文晩期から後期にかけて、農耕に類する作業が行われていた可能性が高いことが、明らかとなっています。

彼の論考が早すぎたのか、それともごく一部のケースを捉えただけなのか判りませんが、この小さな博物館の中には、その東アジア全体をカバーせんとする雄大な文化圏論と共に、縄文文化を語る際のおおらかな発想力と、発掘に込めた氏の情熱が今も息づいているようです。

井戸尻考古館中庭と桜の木中庭にある、向原遺跡のストーンサークルを模した石柱列を前に桜の木を。

井戸尻遺跡の復元縄文竪穴式住居考古館の正面は井戸尻遺跡。このように復元された住居跡もあります(これは梅雨時に撮影した写真です)。

井戸尻史跡公園の案内板史跡内には蓮の花が名物になっている公園として整備されています。見頃は梅雨時から7月にかけてです。

<おまけ>

本ページに関連する話題や、書籍など。

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標高1000mの桜達は一気に開花へ(曇天の中で見頃を迎えた田端の桜と高森観音堂の夜桜)

New!(2015.4.15):例年恒例の信濃境、高森観音堂で開催される「高森観音堂de桜まつり」。今年は、4/18(土)、4/19(日)の二日間に開催されることが決定しました!振る舞いや、出店、信濃境駅発着で町が主宰するウォーキングツアーも実施されます(今年もこっそり、夜桜ライトアップがあるかも…)。詳しくは富士見町公式ホームページへ。

・2013年の信濃境の桜達、満開の模様はこちら

・翌日の桜まつりの様子はこちら

比較的暖かい日が続いた先週。遅れていた開花の季節を取り戻すかのように、標高の高いこの地の桜達は一気に花開き始めました。

週末はとても残念な天気になってしまいましたが、それでも咲き誇る桜は待ってくれないので、タイヤ交換を終えて夏仕様となった車を駆って再びお出かけです(写真はすべてLumia1020の5MPixel modeです)。

曇り空の菜の花畑少し南の方に下った畑では、既に菜の花が満開。黄色と緑のコントラストが美しいです(北杜市、高根町)。本命の標高800m程に位置する、八ヶ岳を望む菜の花畑は…曇り空で八ヶ岳が望めず。付近の桜も散り始めています。

またこの時間帯はぎりぎり日照があったのですが、この後は曇天に。

高森の枝垂れ桜140419_4一気に色を濃くした、田端の枝垂れ桜。小雨交じりの暗い空模様が残念。

高森の枝垂れ桜140419_5ブドウのようにたわわに花を付けるところが、田端の枝垂れ桜の魅力です。

天気が良ければ、ソメイヨシノたちとは違った、桃を思わせる濃い花の色が楽しめるのですが…。

田端の枝垂れ桜140419_1表側に廻って、この桜と一緒に花を咲かせる、コブシの木とセットで愛でるのも良いのですが、広がりのあるこの桜の木だけを眺めるのもとても良いものです。

田端の枝垂れ桜140419_2南アルプスを指呼に望む、小さな谷戸に開かれた小邑、田端の集落の高台に聳える田端の枝垂れ桜越しに甲斐駒を(望める筈なんですが…)。

花は半開き程度。来週いっぱいは楽しめるのではないでしょうか。

田端の枝垂れ桜140419_3長く枝を伸ばす枝垂れ桜。この地に根付いて200年以上、ずっとこうして墓地に葬られた人々の想いを、そしてそれを想う田端の人々の想いを受け止めてきたのでしょうか。

池生神社の桜140419_1信濃境駅に近い、池生神社の桜もいよいよ本番。境内の桜もきれいに咲き始めました。

池生神社の桜140419_2境内を守るように花を咲かせる桜達。こちらの桜は田端の枝垂れ桜と比べるとちょっと色が淡いようです。

天気が良ければ、境内の裏を走る中央本線の列車とのコラボレーションも狙えますよ。

高森観音堂の枝垂れ桜140419そして、信濃境駅を越えて、八ヶ岳側に登っていくと、枝垂れ桜が所々に植えられている高森の集落に至ります。

この地一番の銘木、高森観音堂の枝垂れ桜には、夕闇迫る生憎の天候にも関わらず撮影にお越しになっていらっしゃる方がちらほらと。

周囲にはスポットライトが備えられています。もしやと思い、買い物を済ませてから再び闇夜迫る観音堂に足を向けると。

高森観音堂の夜桜20140419_3美しくライトアップされた、観音堂と枝垂れ桜が。奥の方で、もう一本、ライトアップされた桜が見られます。
高森観音堂の夜桜140419_1少し明るさを残す空の下、高森観音堂の枝垂れ桜をアップで。

地元の方のお話では、今年初めてのライトアップに挑戦されたとのこと。偶然とはいえ、初めての夜桜撮影となりました(機材の持ち合わせがなかったのが誠に残念)。

昨日、今日(20日)が桜祭りとのことで、20日の日曜日も屋台が出店、そして普段は非公開の観音堂内部も公開されるとのことです。観音堂のライトアップは17時頃から21時頃まです。

貴重な枝垂れ桜の古木と、江戸時代に由来を持つ観音堂の収蔵物達。信濃境駅近くにある、縄文遺跡でもある井戸尻考古館と併せて、ご興味のある方は、この機会に是非お越し頂ければと想います。

 

 

田舎の「本線」も春からちょっと模様替え(suicaとほんのちょっと新しくなった列車たち)

田舎の「本線」も春からちょっと模様替え(suicaとほんのちょっと新しくなった列車たち)

New!(2017.3.4) : 本日からJRは2017年度ダイヤに改訂されました。長坂駅へのあずさ停車廃止、更には無人化など、縮小傾向も見受けられますが、韮崎以西で一部駅のみ利用できたsuicaのサービスが、4/1より中央本線の松本駅まで全駅でサービス開始となります。

suica中央線長野拡大.png

これまでフルサービスとなっていなかった各駅(簡易入場機のみ設置)や、今回新たにサービス開始となる駅のうち、無人駅、簡易委託駅についても、指定席券発売機ないしは多機能券売機を設置してフルサービスの対応を開始するようです(近隣では新府、穴山、信濃境、すずらんの里、青柳、みどり湖の各駅が対象)。サービス開始は4/1ですのでお間違いなく。なお、小海線の清里、野辺山の両駅はこれまで通り、残額範囲内での入出場のみ可能な限定サービスのままです。ご旅行の際にはご注意を。

注記(2017.5.9) : 上記のサービスガイドの解説とは異なり、既にサービスインしている地区の駅同様「無人駅及び業務委託駅ではフルサービスが実施されない駅があります」。今回のサービスインエリア(韮崎-松本)では以下の対応になります。

  • 入出場のみ対応 : 新府、穴山、信濃境、すずらんの里、青柳、みどり湖 
    • 信濃境、青柳、みどり湖の各駅に券売機はありますが、suicaは使えません
    • 新府、穴山、すずらんの里の各駅には券売機もありません
  • 券売機でチャージ可能 : 日野春、長坂 
    • 残額が不足した場合、一旦改札を抜けて、券売機でチャージした後で出場処理を行います
  • みどりの窓口あり : 小淵沢、富士見、茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷、塩尻から松本の各駅

すずらんの里駅のSuica入出場機です。ご覧のようにそれ以外の機能、端末は用意されていません。残金が不足の場合は、最寄りの有人駅での対応となります。

今回のサービスに合わせるかのように特急停車駅(みどりの窓口あり)から一気に無人駅で落とされてしまった長坂駅。既に有人改札にはシャッターが下ろされてしまっています。なお、乗車証明書発行機が設置されていますが、自動券売機はこれまで通り稼働しています。指定席券の発券は不可能ですが、きっぷの購入やSuicaのチャージを行うことは可能です。

New!(2016.12.3) : これまで韮崎以西は特急「あずさ」停車駅と小海線の清里、野辺山駅のみで使用可能だったSuicaですが、来春の4/1より中央本線の新府-塩尻間の全駅と塩尻-松本間の篠ノ井線全駅で入出場フルサービスが使用できるようになります(中央本線でも岡谷-辰野-塩尻間の通称、大八廻りはやはりエリア外です)。

Suica使用可能エリア拡大2017年4月

また、これまで入出場のみ使用できた「あずさ」停車駅では、新たに払い戻しや再発行などのフルサービスが提供される事になります。詳しくはJR東日本のプレスリリース(PDFファイル)をご覧ください。あずさが運行される各駅でSuicaの出場が可能になった事で、これでいよいよ「待て」の状態にされていた、自由席が座席毎でSuica清算対応となる予定の新型特急車両E353系導入の障害がなくなるようです。

なお、今回のサービス開始区間には複数の無人駅(新府、穴山、すずらんの里、青柳等)が含まれていますが、残額が不足した場合、出場処理が出来ません。降りた際に残額不足の表示が出た場合には、早めに有人駅に行って清算を行うか、履歴をロックしてもらった(上記エリアで赤丸で示された駅には、有人であっても前述のようにフルサービスに対応せず清算が出来ない駅もあります。ロックしてもらうと証明書を発行してもらえます)上で、清算可能な駅で処理してもらいましょう。

東日本地域を広範囲にカバーするJR東日本の路線網。

中でも、「本線」という名称が付けられている路線は、旧国鉄の時代から重要路線として位置づけられています。

しかしながら、現代は車社会。首都圏の中核部でも無い限り、列車の本数は1時間にほんの数本。中には昼間は殆ど走らない「本線」路線も珍しくありません。

そんな中核部からは大分離れた、ここ八ヶ岳の南麓の鉄道路線ですが、この春からちょっとした変化が生まれました。

suica利用範囲拡大のパンフ駅で配られているパンフレット。これまで韮崎止まりだったsuicaの利用範囲が、4/1から大幅拡大、篠ノ井線の松本までカバーされるようになりました。

但し、ちょっとした問題点もあったりします。パンフレットをよーく見てみると、首をかしげたくなる点がいくつも出てきます。

ポイントがは利用可能駅とサービスの内容です。

suica新利用可能駅のmap新たに利用できるようになった駅のmapをご覧いただくと、奇妙なことに気がつきます。

現在のsuicaエリアでは、エリア内で利用不可能な駅は存在せず、すべての駅で利用することが出来ます(これは無人駅も含まれます)。

ところが、韮崎から先の新たに利用可能となった駅は、エリアすべての駅をカバーせず、特定の駅だけ利用可能になっているのです。

新たに利用可能となった駅のラインナップを見ていくと、JR東日本の意図が見えてきます。そして、下欄にご注意くださいと書かれている部分を眺めると、更にその意図が明白になるのです。即ち、「特急利用客、特に東京方面から乗車する乗客の利便」だけを考慮した今回のエリア拡大なのです。

  • 今回利用可能となった駅は特急停車駅か東京方面からの観光客の多い駅に限られる(特急乗車客を念頭、有人駅の日野春や信濃境すら適用外)
  • 何とsuicaカードの発行、suica定期券の発行には対応しない(地元利用客の便は考慮していない)
  • 一部の駅ではチャージにすら対応しない(元々は、すべての駅でチャージには対応しない案だったようですが。乗車する側で使われることは考慮していない)
  • JR東海との乗り継ぎには使用できない(対東京方面での利用しか念頭にない)
  • なんと言っても、県庁所在地で新幹線も停車する長野駅より先に、松本側でサービスが開始された

来年から、老朽化と振り子車両のため、車両、路線共に維持費が高いことがネックとなっている、現在使用されているスーパーあずさの車両が更新されることが決定しています。この新型車両では、首都圏の他の特急と同様に、各座席にsuicaの自由席加算用タッチパネルが取り付けられることは間違いないでしょう。

今回のsuica利用範囲拡大は、正に来年からの新しい車両を受け入れるための下地作り。東京方面からsuicaを利用して乗車する利用客だけにフォーカスした、ちょっと残念なサービスインだったりします。

もっとも、suicaが利用できる各駅間での乗車では、例の「1円単位ルール」が適用されるため、積極的に使うことで運賃を抑えることも出来ますので、東京や甲府などでsuicaを発券、もしくは携帯チャージをお持ちの方であれば、使える限りは使った方が良いことになりますね(suica対応のおまけで付いてきた、きっぷの利用期間1日制限は、観光でお越しの、こちらも東京方面からの利用客の皆様に対する利便性の代償でしょうか)。

小淵沢駅のsuica簡易端末そんな訳で、使えるものは使いましょう!と、小淵沢駅から利用してみます。

元々、自動改札機などと言う現代的な設備が無かった駅ですので、大して邪魔にもならず、有人通路にすんなりと置かれています。

メンテナンスコストを考慮して、既設の韮崎駅同様、有人駅にも関わらず簡易型の端末です。

自動販売機もsuicaチャージ対応に変更されたのですが、筐体やパネルがちょっとお疲れ気味。どうやら、どこか首都圏の駅で利用されていた「お古」が廻されてきたようです。この辺りも、田舎の悲哀を感じさせます。

長野色211系の半自動扉扱いポスターそして、この春からもう一つの変化が。

これまで長らくの間、普通列車で使用されてきた車両(115系)に新たにラインナップされた車両(211系)の利用案内のポスターです。

この地では初めての「半自動ドア」列車の登場です。

すでに、長野側では利用されていた車両ですが、この春から小淵沢を超えて、今回は甲府駅まで運用が拡大されました。

将来的には立川駅から松本駅、飯田線や大糸線の広い範囲で運用されることが予定されています。

これまでの列車では、冬場は完全手動、夏場は車掌さんの操作による自動開閉で扉操作が行われていましたが(特急通過待ち時は手動)、首都圏のローカル路線(相模、五日市、青梅、八高、房総、茨城、北関東の各路線)と同様に、通年で乗客のボタン操作による開閉に変更になります。

このボタン方式、小淵沢駅を発着する小海線ではおなじみのシーンなのですが、本線だけを利用する多くの乗客にとっては初めてのこと。ちょうど、この車両を使った列車に乗り合わせることになったのですが、まだまだ慣れない様子。昔から冬場の乗降の際には手で扉を開け閉めしていたので、扉を開けること自体は違和感が無いようなのですが、開け方が判らず、扉の前で立ちすくんでしまったり、自動で閉まるだろうと考えて、開けたまま乗り降りしてしまったり(首都圏の他地域では自分で開け閉めのルールが自然と出来ていますよね。開けっ放しなのは、むしろ甲州人の特性かな?)と、慣れるまでは時間がかかりそうです。

そして、これまでとは全く異なる、長大なロングシートが広がる車内。これまでであれば、それぞれにクロスシートに散らばっていくところが、乗った後も皆さんドアの辺りでうろうろと。首都圏の乗客であれば「特等席」として真っ先に埋まる、ロングシート隅っこの席も、クロスシートに慣れた皆さんにとっては、すきま風吹き込む「下等席」。しばし思案した挙げ句に、隅の席に収まってみたり、ロングシートの真ん中辺りに申し訳なさそうに座ってみたりと、ちょっとした人となりが現れるシーンが繰り広げられます。

そして、首都圏の列車では数十年前から問題となっていた「定員着席」の問題も、ロングシートが初めてのこの地では始まったばかり。空いているので別に迷惑にはならないのですが、豪快に足を広げたり、シートの両方にお店を広げられるのも、ロングシート故の風景。

これから車両の入れ替えが進んでいくと、このような風景もすっかり日常のワンシーンとして、根付いていくのでしょうか。

甲府駅で211系長野色乗車してきた車両を、現在の終着点でもある甲府駅で。

新しい車両と書きましたが、東海道線や東北、高崎線では既におなじみの車両。東海道線からは既に引退しています。

今回導入された車両も、上記の路線や房総地区で使用されてきた車両の「お古」。地元の方にとっては新しい車両でも、デビューは何と旧国鉄時代の1985年。実に30年前に登場した車両だったりします。

自家用車なら、あのバブル時代を象徴するデート車としてもてはやされた2台目ソアラ(1986年)よりデビューは古いのです。

今時、あの車なんて走っていませんから、鉄道車両というのは何とも寿命が長いものですね(現在も使用されている115系の元となった401系のデビューは何と1960年、50年以上前の設計・デザインです)。

県境の小邑にも春の訪れ(諏訪郡富士見町信濃境・葛窪の桜も開花です)

昨年の満開の様子はこちらで。

東京に遅れること2週間とちょっと、標高1000mを間近にする八ヶ岳南麓の桜もいよいよ開花を迎えました(写真はすべてLumia1020の5Mpixel modeです)。

甲斐駒をバックに咲き始めた桜春霞の向こうに甲斐駒を望みながら、花を開きつつある桜を(2014.4.18北杜市、小淵沢町内)。

開花を迎えた葛窪の枝垂れ桜1正に標高1000m付近に独り立ち続ける、諏訪郡富士見町、葛窪の枝垂れ桜の様子。膨らんだ蕾で枝が大分染まってきました(2014.4.19)

開花を迎えた葛窪の枝垂れ桜2よく見ると、枝の先で僅かに花びらが開き始めています。

開花を迎えた葛窪の枝垂れ桜3雨に濡れながらも遂に花びらを開かせた、葛窪の枝垂れ桜。去年より2週間遅れの開花です。

開花を迎えた葛窪の枝垂れ桜4霞む霧雨の中、枝を染める蕾が一斉に開くまでにはあともう少し時間が必要なようです。

来週のGW前半、鮮やかに咲き染めた県境の桜達をご覧に、是非お越しいただければと思います。

 

標高1000m間近、八ヶ岳の懐ももうまもなく春に(諏訪郡富士見町の桜達2014.04.12)

・昨年の満開の様子はこちらより。

花曇りの日曜日。

昨日は桜の花を追って、山梨側に下りましたが、今日は標高を上げてまだ桜の花が咲く前の富士見方面を往きます(撮影はすべてLumia1020で5Mpixel modeです)。

開花前の田端の桜140412_1まずは県境の信濃境、田端の枝垂れ桜を。

開花前の田端の桜140412_2八ヶ岳をバックに、田端の桜をアップで。蕾が僅かに色づいているのが判るでしょうか。

開花前の田端の桜140412_3ほんの少し膨らみ始めた、田端の桜の蕾を甲斐駒に重ねて。花曇りの空に甲斐駒も少し寂しそうです。

池生神社の鳥居と開花前の桜達140412田端の集落から西へ移動。信濃境駅の東側にある池生神社へ。

こちらの桜もまだまだのようです。風に揺れる、鳥居に掛けられた新しい注連縄が春の訪れを感じさせます。

高森観音堂の開花前の桜140412_1信濃境駅を通過して北上すると、この界隈でも一番の古株、高森観音の枝垂れ桜に巡り会えます。

見事に八ヶ岳颪に流されて、麓側に伸びる枝振りが印象的です。

ピークになると交通規制されるほどに有名になった高森観音の枝垂れ桜ですが、開花前の今日はひっそりとしてます。

高森観音堂の枝垂れ桜解説板高森観音堂の枝垂れ桜解説板。樹齢について、そして田端、葛窪の枝垂れ桜たちとの関係についても言及されています。

高森観音堂の開花前の桜140412_2古木の桜特有の、ごつごつとした樹皮と複雑に屈曲する枝振り。この地に根付いてかれこれ250年を超えようとしています。

高森観音堂140412藁葺きの高森観音堂。現在は使われていませんが、地元の方の手によりしっかりと管理されています。

来週末の19日、20日には桜祭りが催されますが、お祭りの際には内部が公開される場合もあります。

富士見町立境小学校の校庭と桜の木140412更に北上して、富士見町立境小学校へ。

ここまで来ると標高は1000m間近。まだまだ冬の雰囲気が色濃く残ります。そんな中でも、校庭には鯉のぼりが泳いでいます。

こちらの桜はヒガンザクラや枝垂れ桜よりも開花が遅い、ソメイヨシノがメイン。開花は今週末頃になるのでしょうか。

葛窪の枝垂れ桜と八ヶ岳_140412信濃境をぐるっと廻って、再び県境に戻ってきました。

八ヶ岳を正面に望める、葛窪の枝垂れ桜と八ヶ岳を。濃い桃色の花を咲かせる蕾は少しずつ膨らみ始めています。

中道口留番所跡解説板この地は古くから国境の番所が存在した地。現在でも甲斐と信濃の県境に位置するため、周囲の人口は少なく、集落はひっそりとしていますが、人の行き来は今でも途絶えることがありません。

中道口留番所跡石積移設された番所跡の石垣と松の木。石碑には穀畄番所跡(穀留番所)とあります。八ヶ岳南麓は伏流水のおかげで水田耕作に向いた土地でしたが、如何せん寒冷かつ火山性地質、豊富な水脈も偏在しており、水争いは激しく、決して収量に恵まれた土地では無かったようです。

石灯籠には秋葉様(秋葉神社は火除けの神様)が祀られています。番所跡のすぐ上には集落の集会所とJAの購買(閉店)、更に火の見櫓と消防倉庫があることと無関係ではなさそうです。

葛窪の枝垂れ桜140412_1そんな葛窪番所跡の真下に甲斐駒と対峙するように独り立ち続ける孤高の枝垂れ桜。前述の高森観音堂の解説板にありますように、こちらも江戸時代からの歴史を有する古木。

八ヶ岳颪の激しい風雪に耐えてきた枝は横へ横へと伸びています。

葛窪の枝垂れ桜140412_2ごつごつの樹皮と、ねじれ曲がった枝達。八ヶ岳南麓の厳しい風雪に耐えてきた跡をしっかりと刻み込んで、二百五十回をも超える、今年の春の到来をじっと待ち続けています。

葛窪の枝垂れ桜140412_3葛窪の枝垂れ桜の蕾と甲斐駒を。少しずつですが、春の訪れを感じているようです。

甲斐駒をバックに鯉のぼりと旗指物葛窪の集落では、この地方特有の端午の節句を祝う勇壮な旗指物と共に、風にたなびく鯉のぼりを見ることが出来ました。

開花まであともう少しですが、春を心待ちする人々の心はすでにその先、端午の節句とその直後に迎える、年一番のイベントでもある田植えのシーズンに向けて動き出しているようです。

WP_20140413_14_51_34_Pro最後に、雪がすっかり減ってきた南八ヶ岳の全景を。

 

八ヶ岳南麓の桜達(八ヶ岳を望む熱那神社と桜の老木)

八ヶ岳南麓から七里岩を下って降りて、再び登ってきたお散歩も、最終コース。

高根町にある、歴史ある神社である熱那神社に寄ります。

熱那神社と桜の老木立派な社殿と、見事な枝振りを魅せる桜の老木(E420)。

いずれも、北杜市の文化財に指定される由緒あるものたちです。

熱那神社自体は、正確に歴史をたどれる範囲でも新羅三郎から続く、歴代の甲斐武田氏の庇護を受けていたことを確認されている古い由緒を持つ神社です。

その脇に立つ桜の老木も、江戸後期に建て替えられた社殿とほぼ同時期に植えられたと考えられ、樹齢200年以上を誇る立派な老木です。

小さな集落の裏にひっそりと建つ熱那神社ですが、江戸時代までは周囲の総鎮守として崇敬を集めていた場所。現在でも地元の方の手によって神楽が奉納される心の拠り所となっている鎮守様です。桜の老木も、その趨勢をじっと見守ってきたことでしょう。

熱那神社の桜2神社脇の車道より(Lumia1020)。

熱那神社の桜8見事な咲き誇り振りです(Lumia1020)。

熱那神社の桜4境内側より(E420)。

亜綱神社の桜3樹齢200年を超えているとは思えない、樹勢。見事に咲き誇っています(E420)。

熱那神社の桜7たわたに花をつける。エドヒガンの一種だと言われていますが、正確には判らないそうです(E420)。

熱那神社の桜5老木に咲く、可憐な桜の花。奥にはまだ咲き始めの桜並木が続きます(E420)。

牧草地と早春の八ヶ岳熱那神社の脇には八ヶ岳が望める牧草地があります。牧草地の先に植えられた正面の桜の木々はまだ咲き始めです(E420)。

牧草地と雪をいただく八ヶ岳アップ牧草地越しに夕日を受ける八ヶ岳を(E420)。

春の夕暮れと甲斐駒春らしい夕暮れを迎える南アルプスの山々。空には幾筋もの雲が山に向けて伸びていきます(Lumia1020)。

春まだ早い夕暮れの水田どっぷりと西の山々に日が落ちていきます。静かな夕暮れ、早くも水の張られた水田には西日と空に伸びる筋雲が写ります(E420)。

八ヶ岳南麓の桜達(台の下はもう春模様)

城山公園から更に山を下っていくと、春爛漫。もう初夏の装いです。

鳳凰三山と桜の花を城山公園近くの道端から、咲き始めた桜越しに鳳凰三山を(Lumia1020)。

尾白川から甲斐駒と南アルプス七里岩を下って、白州側に移動。大武川沿いにはもう新緑が見えています(Lumia1020)。

尾白川から八ヶ岳大武川に掛かる橋から八ヶ岳を遠望。朝晩の冷え込みが厳しいおかげで、八ヶ岳ブルーがまだ楽しめます(Lumia1020)。

穴山の桜と菜の花韮崎まで降りてくると、春満開。穴山郵便局前の桜の木に菜の花を添えて(Lumia1020)。

桃畑と鳳凰三山八ヶ岳南麓の山奥は、まだ桜も咲いていませんが、ほんの数十分車で下ると、もう桃の花も満開です。長坂町、若神子新町より甲斐駒と鳳凰三山をバックにして(Lumia1020)。

桃の花と茅ヶ岳満開の桃の花を。遠くには茅ヶ岳が望めます(Lumia1020)。

長坂町蓮成寺の桜2再び七里岩を登っていきます。古い宿場町の住職も居ないお寺の入り口には、立派な枝垂れ桜が咲いています(Lumia1020)。

長坂町蓮成寺の桜3桜の木の脇には、日蓮上人五百年遠忌を奉賀する石碑が建っています(長坂町渋沢、蓮成寺)。

この桜も同じ頃植えられたのでしょうか。そうすると、幕末頃から100年以上も、この忘れられつつある宿場で毎春花を咲かせ続けてきたことになります。

ソメイヨシノと違い長命を誇る桜達を見る度に、静かに佇む彼らの中に、その歴史の流れを思わずにはいられません(Lumia1020)。