木曽馬の故郷と、ある種牡馬の物語を(開田高原・木曽馬の里と第三春山号)

木曽馬の故郷と、ある種牡馬の物語を(開田高原・木曽馬の里と第三春山号)

信州の山々を越えて、南西の端に位置する御嶽山の麓に位置する開田高原までやって来ました。

ドライブがもちろんメインなのですが、もうひとつ、この場所に来てみたかった理由があるのです。

木曽馬の里のシンボルと御嶽山御嶽山を眼前に望む広場の片隅に立つ、馬の親子の銅像。

開田高原の名所となっている「木曽馬の里」です。

日本の在来種といわれる馬のなかで、唯一本州に残っていると考えられている、古い歴史を有する馬種の維持を目的として開かれた、木曽馬の為の公開、飼育、繁殖施設です。

木曽馬の里と木曽馬たち1白樺と落葉松林に囲まれた広々とした園内には、木曽馬たちが放牧されています。

木曽馬の里と木曽馬たち11園内の奥の方は、「木曽馬乗馬センター」として、林間に乗馬コースが整備されています。

新緑の落葉松の林の中に、放牧地と乗馬コースが点々と位置しています。

木曽馬の里と木曽馬たち3広い柵内では、思い思いに木曽馬たちが寛いでいます。意外と人懐っこい馬達もいて、柵の近くまで寄ってきてくれます。

木曽馬の里と木曽馬たち2どうも、観光客の方々が与える草の芽などを目当てに、顔を出してくるようですね。

木曽馬の里と木曽馬たち9夫婦なのでしょうか、いつも一緒にいた2頭の木曽駒を。毛並みの色が異なります。

木曽馬の里と木曽馬たち10こちらも、ずっと2頭で首の辺りを撫であっていた木曽馬を。毛並みが白い馬もいるようです。

木曽馬の里と木曽馬たち5日当たりのよい、牧草地で草を食む木曽駒たち。

普段見慣れた、サラブレットとちょっと雰囲気が異なるのが判りますでしょうか。

木曽馬の里と木曽馬たち4たくましい足首、大きな腹と短い脚と首。短い鼻筋。農耕馬としての特徴が充分に残っています。

木曽馬の里と木曽馬たち8寝転がっている木曽馬。蹄の大きさも特徴的です。ここで放牧されている馬達に、蹄鉄は打ちつけられていません。

木曽馬の里と木曽馬たち7中にはすらっとした体躯を持つ馬もいますが、それでも背の丈は人の肩にも達しません。柵の高さが120~130cmほどです。

木曽馬の里と木曽馬たち6優しい目と、穏やかな顔つき。円周上の運動場でしきりに走り回っている途中、ほんの少しポーズをとってくれました。

カメラのアングルでわかりますように、ちょうど目の高さが合うので(こちらの方が少々高いくらい)、しばしアイコンタクトで語り合うような感じになります。

木曽馬の里と木曽馬たち12木曽馬の里と木曽馬たち13砂浴びする木曽馬。この場所が彼らにとって、数少ない「仲間たち」と一緒にいられる場所であること、後ほど知ることになります。

開田郷土館前の森林鉄道車両1馬の里を離れて、開田高原の中心地。観光案内所とソフトクリーム屋さんが並ぶ国道沿いに、誰も訪れない、古びた建物があります。

庭先には木曽の山々で使われた、森林鉄道の車両が保存されています。旧開田村の郷土館です。

開田郷土館前の森林鉄道車両2森林鉄道の運材台車。ちなみに、こちらの車両たちは開田村の路線で使われていたわけではなく、大滝村などの本線級(旅客運行もしていた路線)で使われていた10t級の車両で、開田村の路線にはより小さな5t級の車両が、運材のみで使われていたそうです。

木曽駒最後の純血種「第三春山号」剥製誰もいない郷土館。

管理者も居らず(隣の観光案内所で管理)、何時の頃からか入場無料となり、照明も暗く落とされている館内にその一頭は静かに佇んでいました。

この場所に訪れてみようと決めた最大の理由。失われてしまった木曽馬の再生と未来への記憶としての役割を果たすために、その命を捧げた最後の種牡馬と謂われている「第三春山号」の剥製です。

詳細はこちらの「木曽馬保存会」のページをご覧いただければと思いますが、ここでは郷土館のパンフレットにある物語を記載させていただきます。

-引用ここから-

純血木曽種牡馬第三春山号は、神明号を父に、木曽純血種鹿山号を母として、昭和26年4月8日隣村新開村黒川(現・木曽町新開黒川)で生まれ、昭和27年県の種馬検査に合格種牡馬として群内外で供用され、昭和51年1月馬令24才で学術標本となるため安楽死するまで純血木曽馬復元に大きな役割を果たしました。

はく製にするために送り出されるときは、小学校の児童や多くの人に見送られ、涙で歌う馬子唄で別れを惜しまれたことは今も語り継がれています。

昭和51年4月8日はく製として里帰りし、郷土館に展示されています。

-引用ここまで(原文のまま、原文著作:木曽町教育委員会)-

より詳しい物語は、剥製の下に飾られている由来書きに書かれていますが、これまで見てきた「木曽馬の里」で飼育されている木曽馬たちの殆ど(全てというお話もあります)が、彼「第三春山号」の子孫たちなのです。

そして、由来書きには飼育種ゆえの、飼育者でもある人々の事情により揺れ動いてきた、木曽馬たちの命運を彼が一身に背負って生きてきたことを示す記録が書き連ねられています。

失われた純粋種と生き残った純血種。偶然生き残った一頭の純粋種としての命運とその後の保護活動。そして、後世にその記録を留めるために安楽死とされ、今もなお子孫たちが細々と(全国で約200頭といわれています)生きる、木曽馬の里の麓で、歴史と人々の再生の願いを一身に受けて、静かにその骸をさらし続ける彼。

自然に生きる動物ではない、飼育種特有の物語が語られていく木曽馬再生の物語ですが、実は失われた自然種の再生も同じテクニックが検討されていることをご存知の方は決して多くないかもしれません。

農業などでも用いられる「戻し交配」と基本的には同じ手法で、より純粋種に戻していく手法を用いて飼育種の純血性を高めていく手法はいろいろな種で行われています。木曽馬の再生も同じ手法で、木曽馬の特徴を取り戻していこうという取り組みのようです。

このような手法は、個体数の激減によって多様性を失ってしまった絶滅危惧動物の再生でも検討されている手法ですが、飼育種では木曽馬や、同じように純血種が激減してしまった長野県川上村の特産であった川上犬の再生でも用いられています。

木曽馬や、木曽馬を愛した保存会の皆様のみならず、絶滅に瀕する自然生物たちへ救いの手を伸ばす礎として生きてきたのかもしれない。そんな想いを抱きながら、暗く静かな郷土館に佇む彼の姿を眺めていたのでした。

木曽馬の里と木曽馬たち14新緑眩しい、白樺林をバックに木曽馬の後姿を。

僅かに残った彼らの未来は、彼らを愛してくれる、見守ってくれる人々が居てこそ、続いていく事を肝に銘じて。

また会いに来たいと思います(乗馬の里に住んでいるくせに、乗馬が出来ない情けない人…)。

<謝辞>

twitterの会話でこの旅を思いつくきっかけを与えて下さった、日本大学教授で、よこはま動物園ズーラシアの園長でもある、村田浩一先生(twitter : https://twitter.com/zooman_koichi ,blog : http://blogs.yahoo.co.jp/haemoproteus_gallinulae)に感謝を申し上げます。

 

 

新緑の山々を越えながら信州を西へ西へ(八ヶ岳西麓から開田高原へ)

素晴らしい五月晴れに恵まれた週末。

残雪残る信州の山並みを望みながら、山国、信州を西へ西へと横断していきます。

田植えを待つ水田と甲斐駒青々とした空の下、甲斐駒と鳳凰三山の山並みが広がります。

水田の田植えまであともう少しです(北杜市、小淵沢町)

田植えの終わった水田と南アルプスの山並みこちらはさらに標高の高い圃場。

田植えが始まりました。空気が澄んだ空の下に南アルプスの山々と、富士山まで望めます(諏訪郡富士見町、先達)

畑越しに北アルプスの山々北上しながら諏訪に近づくと、正面には北アルプスの山々が見えるようになります。

足元には茅野の街並みと僅かに諏訪湖も望めます(諏訪郡原村、阿久)

杖突峠から諏訪の街並み諏訪湖を回り込む予定を急遽変更して、諏訪の街並みを背に、一気に杖突峠によじ登ります。

クリアーな空。落葉松の新緑の先には、諏訪湖と諏訪の街並み、霧ヶ峰から美ヶ原を望む事が出来ます。

左手には雲に隠されながらも、北アルプスの残雪を望む事が出来ます。

杖突峠から八ヶ岳連峰麦草峠から、今まで走ってきたルートを足元に眺めます。

遠くには八ヶ岳の山並みを望む事が出来ます。左から蓼科山、横岳、麦草峠を挟んで、天狗岳、雪がまだ多く残る、硫黄岳、横岳、主峰・赤岳といった八ヶ岳の中核、離れて、編笠岳、権現岳です。

新緑の箕輪ダム湖(もみじ湖)中央構造線の東沿いに伸びる山脈を抜けて、更に西へ一山抜けていく途中に、小さなダム湖、箕輪ダム湖があります。

周囲の新緑が湖面に眩しく映ります(伊那郡箕輪町、長岡新田)。

新緑の箕輪ダム湖(もみじ湖)2湖面の周囲は、ダムを造る際に植林されたもみじの木々で埋め尽くされています。別名もみじ湖と呼ばれています。

このシーズンは落葉松より淡い、黄緑色の葉に染まっています。

牧草地越しに大芝高原から南アルプス南アルプスの山々を抜けると、南北に広がる伊那谷に到着します。

伊那谷が広がりだす場所に位置する大芝高原。ここからは伊那谷に沿って聳える、両名峰を望む事が出来ます。

まずは、これまで越えてきた、南アルプスの山々を振り返って(伊那郡南箕輪村、大芝)。

大芝公園前の牧草地から雪を残す木曽駒前方には、これから超えていく木曽駒が真っ白な雪を湛えて聳えています。

牧草地では春植え牧草の刈取りが真っ最中です(伊那郡南箕輪村、大芝)。

権兵衛峠麓から木曽駒白く輝く、木曽駒の頂を(南箕輪村、南原)。

開田高原・九蔵峠から御嶽山遠望1権兵衛峠を越えて、木曽谷に入り、更に西に進路をとり続けると、正面に真っ白な御嶽山を望む事が出来るようになります。

その雄大な山並に圧倒されます(木曽郡木曽町、開田・九蔵峠)。

開田高原・九蔵峠から御嶽山遠望2こんな南に位置しているのに、雪を満々と湛える御嶽山。

裾野に広がる高原地帯の広さも圧倒的です。この先は岐阜県、高山。信州を西に抜けていく旅程もここでおしまいです。

開田高原の青空と筋雲最後に、開田高原から望む青空を。

高い空に、筋雲が幾重にも伸びていきます。

標高は八ヶ岳西麓の高原地帯と同じ1100mほど。位置は西にちょうど60km程度なのですが、ここまで移動するのに、下道でも100km以上の距離を経ています。

 

 

今月の読本「水の歴史」(著:ジャン・マトリコン、監修:沖大幹、訳:遠藤ゆかり 創元社「知の再発見」双書)普段はあまり気にしない水の物語を、近代水道発祥の国より

今月の読本「水の歴史」(著:ジャン・マトリコン、監修:沖大幹、訳:遠藤ゆかり 創元社「知の再発見」双書)普段はあまり気にしない水の物語を、近代水道発祥の国より

ゴールデンウィーク中にコツコツと読んでいた本のご紹介。

2冊目のこちらも、読み終わるのにちょっと時間がかかってしまいましたが、実に興味深い内容の一冊としてご紹介します。

創元社の「知の再発見」双書は、少しミステリアスな装丁と、原著がフランスで刊行されているからでしょうか、日本の書籍とは全く異なる体裁の凝った編集、刺激的な筆致がいつも驚かされる、他に類例を見ないシリーズです(国内編集で、フォロアーと類される書籍も見受けられますが、そのセンスは決して真似の出来る物ではありません)。

私もそのセンスに惹かれて買う度に、そして読む度に、いずれもちょっとした疑問を読者に残しながら、知的好奇心を揺さぶってくれる。知識の「玄関口」として、いつも楽しませてもらっています。

そんな好奇心を誘うシリーズの最新刊は、またしても不思議な表題を掲げた一冊です。

水の歴史No.163「水の歴史」です。

本シリーズを愛読されている方なら「ああ」といって大体内容は読めていらっしゃるのではないでしょうか。

そうでない方のためにご説明すると、本シリーズは基本的に二つの側面からテーマを読み解いていきます。一つは科学的なアプローチによる解説、もう一つは歴史的、もしくは文化的な側面からのアプローチです。

本書も、前半2章に渡っては水の化学的特性や、地球環境のにおける水の位置づけの解説がなされています。

本シリーズの特徴でもある、豊富な写真と、趣のあるイラストを駆使した解説は、文系の方でもほとんど抵抗感なく、極めて特異的である「水」本来の姿を捉えられるのではないでしょうか。そして、全宇宙的に見てもこれだけの豊富な水が存在することの不思議さ、貴重さに気付かされると思います。

3章から先は歴史的なお話、人がどのように水を使ってきたかのお話が展開されます。我々が当たり前に思っている水田の稲作がどれだけ大量の水を使っているのかに驚かされるかもしれません。そして、その水資源は極めて偏在していることも。続く4章は本書の白眉、原著がフランスで刊行されたことを実感させられる水道の歴史です。

フランスが先頭を切った、巨大な水資本(上下水道をベースにした公共サービス会社)の話は、国内でも最近になって地方公共団体の積極的な海外への技術提供や、逆に彼らの国内公共サービスへの参入の話題が聞かれるように、水ビジネスはもはや世界的な産業に成長していることを実感させられます。その世界的な産業、しかしながら偏在する資源、しかも輸送方法が一般の鉱物資源のように掘削して運搬する訳ではなく、上流から下流に流れる川から引き込み、そして使った「排水」は川へ戻す。その土地と密接に関わる資源故に、激しい国際紛争に見舞われることもきっちりと述べられていきます。

日本人にはあまりにも遠くの話に聞こえてくるこれらの話題。しかしながら、92ページの世界地図をご覧いただくと「おやっ」と思われるかもしれません。モンスーン気候によって降雨に恵まれているはずの日本ですが、実は一人あたりの水資源量でみるとヨーロッパと同じくらい、砂漠のイメージが強いイランやイラクと大して変わらない事が判ります。

実は日本の水資源は、川が短く、すぐ海に流れてしまうこともあり、決して豊かなわけではないのです。毎年冬場や夏の時期に聞かれる、四国や首都圏(利根川水系)の渇水を見ても判るように、日本も他人事ではない話なのです。本書を読まれると、大陸の各国がそのような時に取る手段が、結果として水資源のアンバランスな収奪と、激しい紛争を巻き起こしていることに気が付かれるかと思います。

残念ながら本書は訳本という制約上(沖大幹先生の詳細な序文および解説文で補足されてはいますが)、日本の話題は全く出てくることはありません。それでも、本書のカラーページをお読みになって、更に疑問が湧かれた方は、後半のモノクロページに進んでいただければと思います。

本シリーズではおなじみの、より詳細な事例に関するコラムが展開する後半の部分は、毎度の事ながら、かなりハードな内容が続きます(難しいという訳ではありません。厳しい内容という意味です)。そんな中でも、No.2の浴槽の歴史のように、他ではまず見る事が出来ない、ちょっと貴重なお話も出ています。

普段あまりにも無関心な我々の水に対する意識を少し改めさせてくれる一冊。原著の刊行は2000年と少々古いのですが、現在読んでも全く色褪せない、人にとってかけがいのない「水」の物語に、もう少し目を向けてみては如何でしょうか。

新緑の多留姫の滝1電気化学工業大網発電所ダム1

滝壺の水流を野反湖から秋山郷を望む緑に光る流れを

 

妹尾武さん久しぶりのサントラはちょっと懐かしい日本映画テイスト入りで(いなり、こんこん、恋いろは。オリジナルサウンドトラック)

妹尾武さん久しぶりのサントラはちょっと懐かしい日本映画テイスト入りで(いなり、こんこん、恋いろは。オリジナルサウンドトラック)

ピアニストの妹尾武さんは、作曲家としても数々のアーティストに楽曲を提供していますが、もう一つ、映画やドラマ、アニメーションのサウンドトラックも手掛けていらっしゃいます。

作品数は少ないのですが、落ち着きのある、ちょっとほっとさせられれるサウンドトラックは、提供したアニメーションに限らず、多くのテレビ番組(特に旅行関係が多いのでしょうか)のバックに用いられていますので、ノンクレジットとはいえ、皆さんも一度はお聞きになったことがあるかもしれません。

そんな妹尾武さんが、5年ぶりに手掛けられたサウンドトラックが、今回ご紹介する一枚です。

いなり、こんこん、恋いろは。オリジナルサウンドトラック1今年の1~3月シーズンに放映されていたアニメーション作品「いなり、こんこん、恋いろは」のサウンドトラックです。

アニメに登場するキャラクターを差し置いて、CDのジャケットでピアノを弾いている妹尾さんを前面に出している、この手のアルバムとしては極めて珍しい構成のジャケットですね。

そして、帯も作品のタイトルは小さめに、妹尾さんのお名前が目立つように書かれています。

それもこれも、このサウンドトラックが実に力を入れて作られた証拠。

ライナーノーツを見れば一目瞭然。通常であればこのようなアニメーション作品(いわゆる深夜アニメの類)のサウンドトラックは、予算や製作期間の制約から打ち込み主体で、参加するアーティストも極めて限られるのが普通ですが、今回のアルバムはなんと、全曲スタジオ録音。しかも一部の曲はオーケストラスタッフまで参加する豪華な製作体制が敷かれています。

アニメーション作品のサウンドトラックを手掛ける会社のうち、本作も手掛けるフライングドッグ(旧ビクター音楽産業)は特にサウンドに拘りを持って制作されていますが、それでもこのような製作体制が敷けたのも、前作(ARIAシリーズ、Choro club feat.Senoo名義)が異例なほどの人気を博したことがあっての事。今回のサウンドプロデュースを手掛けるのもARIAシリーズと同じプロデューサーさんです。

いなり、こんこん、恋いろは。オリジナルサウンドトラック2かわいいライナーノーツとCDのレーベルを。題名通り、キツネのイラストがあしらわれています。

そんな豪華なサウンドが楽しめる本作ですが、テイストは前作のARIAとはちょっと異なります。

メインテーマ(No.03 いつも、こころに、青い空。)の最初のフレーズを聞いて、はっ、とされた方はご明察。ああ、そのまま続くと、某名作中の名作の日本映画(xさん…笑)が始まってしまいそうな、ちょっと懐かしさを感じさせる楽曲が多くみられます(ライナーノーツに服部良一、吉田正、山本直純各氏へのオマージュであることを述べていらっしゃいます)。

前半の多くはそんな懐かしさの漂う楽曲や、コケティッシュな楽曲続きますが(No.05 いなり、はんなり、京ぶらり、No.06 フシミナデシコ七変化)、中には緊張感を漂わせる美しい旋律の曲(No.09 Adagio for Strings,Op.1 -御魂-)があったり、和風音楽とオーケストラサウンドをミックスしてデジタルサウンド風に作りこまれた曲(No.10,11 KYOTO no.43)があったりと、サントラらしく、本来の目的であるアニメーション作品に寄り添うために作られた楽曲も豊富に取り入れられています。

そして、後半に向かうとARIAシリーズのサウンドトラックにも通じる、緩やかで、流れるようなメロディの曲が出てきます(No.16 君想う、星屑の空。、No.19 春色のワルツ、そしてNo.18 あの日の君を忘れないはご本人のピアノ独演で)。夕暮れ時や夜をイメージさせるこれらの楽曲を聞いていると、ちょっとほっとした気分にさせられます。

そして、17曲目の桑島法子さんがボーカルを務める「誰よりも大切な人へ」は妹尾さんが作編曲をすべて一人で手掛けられています。桑島さんのきりっとしたボーカルに妹尾さん演奏するメローなピアノとストリングスが響きあう、美しい一曲に仕上がっています(歌詞カードの下にも注目で)。

ボーカル曲の後はメローな楽曲が続きますが、どれも少し和風なテイストを醸し出しているところが心地よいですね。

最後(No.24 あの日の君を忘れない)は劇場映画のエンディングかと見まごうほどのスケール感のある、包み込むようなラストにふさわしい一曲。

美しい京都の風景(伏見稲荷をイメージして製作されています)に重なるように奏でられるこのサントラは、前作ARIAシリーズ同様に映像と音楽の素晴らしいコラボレーションを見せてくれています。そんな素敵な作品は何時でも楽しみたい、でもアニメーションの方はモニターの前でなければ楽しめませんが、音楽はいつでも楽しめるもの。

ちょっと心を休めたいとき、田舎道を車でのんびり走っているときに何時までも聞いていたい、そんな作品です。

ちなみに最もお気に入りの一曲は、虫の鳴き声の余韻が美しいNo.21 夏祭り、夢花火でしょうか。

ARIAのサウンドトラックたち前作ARIAシリーズのサウンドトラック達。

なんだかんだで、ピアノコレクション(2枚)を含めて、ほぼすべて買い揃えてしまいました(苦笑)。

今でも車で長距離を移動するときのBGMとして欠かせない、愛すべき作品です。

 

よく晴れた五月の風景を(田植えを待つ水田と落葉松の新緑、まだ春浅い池のくるみへ)

ゴールデンウィークも終わった5月の週末。

ゴールデンウィーク中はお天気が安定しませんでしたが、ここに来て五月晴れがみられるようになりました。

ちょっと不調を抱えながらも、五月晴れの空の下、週末のお散歩です(画像をクリックして頂くとフルサイズで表示されます)。

水田に映る甲斐駒と鳳凰三山140509朝の水田越しに映る、南アルプスの山々と甲斐駒、そして鳳凰三山(Lumia1020)。

風のない、田植え前の朝しか狙えない貴重なタイミングで撮影することが出来ました。

水田越しに甲斐駒少し離れた、諏訪郡富士見町側より。水田越しに甲斐駒と鳳凰三山が遠く望めます(Lumia1020)。

長野側に入ると、普段は見えない、雪渓で飾られた仙丈ケ岳も顔を見せてくれます。

水田越しに八ヶ岳畔にびっしりと花を咲かせるタンポポ越しに八ヶ岳を(Lumia1020)。

標高1000mを超えてくる圃場の農耕シーズンは、地上より遥かに限られます。この後大急ぎで田植えが始まることでしょう。

新緑の観音平から富士山を標高をぐんと上げて、1600mを超える観音平へ。

このシーズンでも気温が下がれば、霞ながらも遠くに富士山を望むことができます(Lumia1020)。

観音平から新緑と甲斐駒同じく観音平から、午後の日差しを浴びる南アルプスの山々を(Lumia1020)。

展望台下の植え替えられた落葉松の若木は瑞々しい新緑を湛えています。

観音平の新緑の落葉松4少し、新緑の落葉松林の中に入ってみたいと思います(Lumia1020)。

観音平の新緑の落葉松3午後の日差しの中、落葉松林を歩きます(E420)。

観音平の新緑の落葉松2若い芽を付けた落葉松の木を見つけました(E420)。

観音平の新緑の落葉松1落葉松の若芽を(E420)。

まだ春早い夕暮れの池のくるみと八ヶ岳3夕暮れ。霧ヶ峰の裏側、池のくるみはまだ新緑に乏しいままです(Lumia1020)。

遠くに富士山を望むことができるのは、空気がクリアーな証拠。梅雨に入る6月からはこの眺めは望めなくなってしまいます。

まだ春早い夕暮れの池のくるみと八ヶ岳1池のくるみの湿原と八ヶ岳を遠望(E420)。

昨年の野焼き延焼によって、この付近もほとんど丸坊主の裸地となってしまったのですが、1年経つと、このように草原の風景を取り戻しています。ただ、今年もレンゲツツジは見れそうにありません。

夕暮れとグライダー1夕暮れとなって少し青さの抜けた空に、グライダー舞っています(Lumia1020)。

夕暮れとグライダー2夕暮れの中、霧ヶ峰滑空場に着陸するグライダーを(Lumia1020)。

頭上でランディングが始まったので、慌てて撮影した一枚。

穏やかな夕暮れ。初夏を通り越して夏を思わせるほどに気温の上がった八ヶ岳南麓ですが、山の上は涼しく気持ちの良い風が吹き抜けていきます。

こんな穏やかな天気もあと僅か。田植えの始まりとともに、梅雨のシーズンがもうすぐはじまります。

 

今月の読本「神や仏に出会う時」(大喜直彦 吉川弘文館)祈りを捧げる時とモノ、そして

今月の読本「神や仏に出会う時」(大喜直彦 吉川弘文館)祈りを捧げる時とモノ、そして

ゴールデンウィークを跨いで抱え込んでいた仕事を片付けながら、同じく抱え込んでしまった読みかけの本を斜め読みしながらの5月の始め。

何冊か読んだうちから、ちょっとご紹介です。

神や仏に出会う時私のようなライトな歴史ファン、特に下手の物好きよろしく、興味範囲が広くて収拾がつかない(自虐)人間にとって、その知的好奇心を大いに満たしてくれる、吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」。今回ご紹介するのも、こちらのシリーズの最新刊より、中世日本の信仰感を大局的に捉えようという意欲的な一冊「神や仏に出会う時」(著:大喜直彦)です。

大局的にと申し上げましたが、実際にはそこまで広範囲な記述とはなっていません。著者は本願寺史料研究所に所属される研究者の方ですので、取り上げられる内容も必然的に本願寺(浄土真宗)に関連する内容が過半を占めます。

そして、信仰感そのものを取り扱った内容かというと、それも少々異なります。本書は、中世に生きた人々が何を対象として信仰心を抱いたのかを、「対象物」ごとにテーマを区切って解説されている本です。

日本人の信仰感の根底にある、自然への畏敬の念、夕闇や明け方に想う魑魅魍魎の跳梁や人の死、そして想いを込めて祈る空間。

日本人は実に豊富な信仰心を持っていることを、著者は文献資料を解説しながら明らかにしていきます。

そして、鎌倉新仏教から始まる新しい展開。それは平安時代までに確立した密教的空間でもなく、来世に極楽浄土を求める希求的なものでもない、現世に生きる人々に対して直接救いの手を差し伸べていこうとするきわめて実践的な信仰感。

そのためには、修行者の瞑想の中や、壮大な儀式空間を有する巨大な寺院から飛び出して、神々が直接我々の前に現れて救済に廻る必要が出てきます。そのために編み出された手法は、極めて日本的な、そして現代に至るまで日本人が最も得意とする「単純化、簡略化」の結実。荘厳な寺院を埋め尽くしていた菩薩像の数々は、民衆に近づくにつれてどんどん減らされていき、最後には絵像、そして仏の姿すらない「名題」へと簡略化されていきます(これは日蓮宗が用いる大曼荼羅も同じですね)。

仏の姿が名題で置き換えられるのであれば、仏への信仰そのものも、それを伝える者たちへの信仰にオーバーラップされていく。浄土真宗に特有の血縁による法脈の継承は、来世における仏への信仰と、現世における宗祖への、それを血縁者が代行する時の教祖への信仰となり、より近く、より現実的かつ、並行的に進められることで爆発的に教線を伸ばすことになります。

本書はその過程で生じた、信仰心をどのようにこれらの文物に与えていったのかを、著者が所属する教団が有する豊富な文献資料を駆使しながら解説していきます。したがって、著者が冒頭で力説しているにも拘らず、本書の中盤以降の展開は、中世の信仰心に対する、一側面を描いている点には留意する必要がありそうです。また、与えられる側(この表現もおかしいのですが)の信仰心の発露について、殆ど触れられいない点はちょっと残念な気がします。

そして、本書は約200ページある本文中、最後半の1/4の部分は別の書籍とも思えるほどの内容の変化をみせます。

日本人の根底にある畏敬の念を抱く思考的な部分を捉えようとする前半、信仰心を向けるものとしての文物を成立させる手法についての解説に力を注ぐ中盤。いずれも、信仰心の元となる事象や文物に着目した記述となっています。しかしながら、最後半はそれまでの話と脈絡を絶つかのように、いきなり「伝道、布教と人の繋がり」の物語が始まります。本書でも著者が文中で明言していますが、このような意図的な展開を見せる書籍は東日本大震災後、特に目につくようになりました。

著者の経歴を鑑みれば、エピローグを含めて、このようなお話を載せたいという想いはとてもよく判りますし、著述されている内容もとても良いお話なのですが、如何せん唐突すぎる感が拭えないのも事実です。

そして、最も興味のあった「中世日本人の信仰心って何に基づいているのか」、すなわち元々あった心の拠り所って何なんだろうという点に関する歴史的な叙述は残念ながら本書では得ることはできませんでした。なぜ、それを信仰するに値すると見做していたのか。畏敬を持たなければならないと考えていたのか。その信仰の絆は何によって形成され、繋ぎ続けてきたのか…。

著者も文中の所々で述べていらっしゃいますが、本書はそのためのアプローチとして、まずは信仰の対象を理解しましょうといった本なのかもしれません。信仰の対象が判れば、それに繋がる方々の想いも判り、そして著者が願う絆の意味も…。

神や仏に出会う時/日本仏教入門/神と肉直近で読んでいた本達と。刊行のきっかけを作られた、関幸彦先生の吉川弘文館からの最新著作を。

ほぼ同時期に刊行された、宗派を問わず日本仏教の流れを捉える見事な入門書である「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)と、本書では決して扱われないであろう、仏教ではタブー視される動物供犠を、狩猟信仰ではなく広く東アジアで行われる農耕儀礼の一環として、国内に僅かに残る記録の中から捉え直そうとした一冊「神と肉」(原田信男 平凡社新書)。

併せて読まれると、日本の仏教が「葬送儀礼」に特化して土着化したことがよく判るかと思います。本書もそのような意味で、日本仏教の得意とする「死の闇」に特化した信仰心について著述していることが見えてきます。

<おまけ>

本書に関連する書籍のご紹介を

GW最終日はちょっと早い新緑を追って(落葉松の新緑と忘れられた小邑)

茅野の小さな名勝を堪能した後は、近場にしか移動できない時のとっておきの場所へ。

茅野の市街から馬力不足のSX4に鞭を打ちながら杖突峠を登れば標高1400mを超えてきます。

観光客の皆様が頻繁に行き交う国道から脇に入ると、山の中に静かな湖が見えてきます。

新緑の千代田湖2まだ若芽が生え揃っていない落葉松林に囲まれる、千代田湖です。

もう一ヶ月あとの躑躅のシーズンになると多くの来訪客に恵まれるこの場所ですが、この時期はひっそりと静まり返っています。

市街から僅かに30分ほどで到着できる、落ち着きのある静かな湖畔です。

新緑の千代田湖1落葉松と千代田湖の湖面を重ねて。

流石に5月の始めですと、まだ落葉松の芽が出揃っていませんので、鮮やかさはありません。

静かな水面を鳥が羽ばたいていきます。

高遠少年自然の家前の桜並木千代田湖から少し降りて、高遠少年自然の家の前を抜けると、最後の桜が花を咲かせています。

ピークの時には国道の入り口から桜に包まれるように道を上がって来る事が出来るのですが、すでに5月。ここより下の桜はすでに散っています。

長岡新田日影入邑の由緒板千代田湖から国道に降りた後、ほんの少し杖突峠側に登ると、西の山に入り込む道が分岐しています。

2車線のきれいな道なのですが、地元の方か林道ファンでもないとあまり知られていないこのルートを抜けると、伊那市街を通らずに、箕輪ダムの畔から辰野方面に抜けることができます(狭路に自信のある方なら、ダム上流側から後山集落に抜けて、諏訪方面にダイレクトに抜けることも)。

綺麗に整備された林道の脇には、ダムができる前にこの地にあった集落、長岡新田日影入集落の離村を示す記念碑が建っています。

本村である長岡新田集落はすでに箕輪ダムの底。そして、ダム建設のために快適な道路ができたにも関わらず、本村とともに終焉を迎えた山間の小さな小さな邑は、林道脇の谷筋に今は僅かに住居跡を残すだけになっています。

長岡新田日影入邑中央構造線直近の脆い地質は常に崩落を繰り返しています。

集落跡の更に上部では、林道開通後に発生した大規模な地滑り跡の治山工事が今も続いています。

長岡新田日影入邑の桜主なき小邑に咲く桜の花は、その地名の如く午後の短い日差しを受けて最後の輝きを魅せています(E420)。

落葉松の新緑6集落跡の付近は一面の落葉松林(Lumia1020)。

落葉松の新緑が西日を浴びて眩しく輝きます。新緑の落葉松のカットを少々(画像をクリックしていただくとフルサイズで表示されます)。

落葉松の新緑4落葉松の新緑5落葉松の新緑7落葉松の新緑2落葉松の新緑3落葉松の新緑1山間の小邑に人影は失われてしまいましたが、その人々が育てた落葉松の林は今年もしっかりと芽を開き、新緑の季節を迎えようとしています。

GWの夕暮れ

連休もこれでおしまい。明日からはまた、日常が始まります。