今月の読本「神や仏に出会う時」(大喜直彦 吉川弘文館)祈りを捧げる時とモノ、そして

ゴールデンウィークを跨いで抱え込んでいた仕事を片付けながら、同じく抱え込んでしまった読みかけの本を斜め読みしながらの5月の始め。

何冊か読んだうちから、ちょっとご紹介です。

神や仏に出会う時私のようなライトな歴史ファン、特に下手の物好きよろしく、興味範囲が広くて収拾がつかない(自虐)人間にとって、その知的好奇心を大いに満たしてくれる、吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」。今回ご紹介するのも、こちらのシリーズの最新刊より、中世日本の信仰感を大局的に捉えようという意欲的な一冊「神や仏に出会う時」(著:大喜直彦)です。

大局的にと申し上げましたが、実際にはそこまで広範囲な記述とはなっていません。著者は本願寺史料研究所に所属される研究者の方ですので、取り上げられる内容も必然的に本願寺(浄土真宗)に関連する内容が過半を占めます。

そして、信仰感そのものを取り扱った内容かというと、それも少々異なります。本書は、中世に生きた人々が何を対象として信仰心を抱いたのかを、「対象物」ごとにテーマを区切って解説されている本です。

日本人の信仰感の根底にある、自然への畏敬の念、夕闇や明け方に想う魑魅魍魎の跳梁や人の死、そして想いを込めて祈る空間。

日本人は実に豊富な信仰心を持っていることを、著者は文献資料を解説しながら明らかにしていきます。

そして、鎌倉新仏教から始まる新しい展開。それは平安時代までに確立した密教的空間でもなく、来世に極楽浄土を求める希求的なものでもない、現世に生きる人々に対して直接救いの手を差し伸べていこうとするきわめて実践的な信仰感。

そのためには、修行者の瞑想の中や、壮大な儀式空間を有する巨大な寺院から飛び出して、神々が直接我々の前に現れて救済に廻る必要が出てきます。そのために編み出された手法は、極めて日本的な、そして現代に至るまで日本人が最も得意とする「単純化、簡略化」の結実。荘厳な寺院を埋め尽くしていた菩薩像の数々は、民衆に近づくにつれてどんどん減らされていき、最後には絵像、そして仏の姿すらない「名題」へと簡略化されていきます(これは日蓮宗が用いる大曼荼羅も同じですね)。

仏の姿が名題で置き換えられるのであれば、仏への信仰そのものも、それを伝える者たちへの信仰にオーバーラップされていく。浄土真宗に特有の血縁による法脈の継承は、来世における仏への信仰と、現世における宗祖への、それを血縁者が代行する時の教祖への信仰となり、より近く、より現実的かつ、並行的に進められることで爆発的に教線を伸ばすことになります。

本書はその過程で生じた、信仰心をどのようにこれらの文物に与えていったのかを、著者が所属する教団が有する豊富な文献資料を駆使しながら解説していきます。したがって、著者が冒頭で力説しているにも拘らず、本書の中盤以降の展開は、中世の信仰心に対する、一側面を描いている点には留意する必要がありそうです。また、与えられる側(この表現もおかしいのですが)の信仰心の発露について、殆ど触れられいない点はちょっと残念な気がします。

そして、本書は約200ページある本文中、最後半の1/4の部分は別の書籍とも思えるほどの内容の変化をみせます。

日本人の根底にある畏敬の念を抱く思考的な部分を捉えようとする前半、信仰心を向けるものとしての文物を成立させる手法についての解説に力を注ぐ中盤。いずれも、信仰心の元となる事象や文物に着目した記述となっています。しかしながら、最後半はそれまでの話と脈絡を絶つかのように、いきなり「伝道、布教と人の繋がり」の物語が始まります。本書でも著者が文中で明言していますが、このような意図的な展開を見せる書籍は東日本大震災後、特に目につくようになりました。

著者の経歴を鑑みれば、エピローグを含めて、このようなお話を載せたいという想いはとてもよく判りますし、著述されている内容もとても良いお話なのですが、如何せん唐突すぎる感が拭えないのも事実です。

そして、最も興味のあった「中世日本人の信仰心って何に基づいているのか」、すなわち元々あった心の拠り所って何なんだろうという点に関する歴史的な叙述は残念ながら本書では得ることはできませんでした。なぜ、それを信仰するに値すると見做していたのか。畏敬を持たなければならないと考えていたのか。その信仰の絆は何によって形成され、繋ぎ続けてきたのか…。

著者も文中の所々で述べていらっしゃいますが、本書はそのためのアプローチとして、まずは信仰の対象を理解しましょうといった本なのかもしれません。信仰の対象が判れば、それに繋がる方々の想いも判り、そして著者が願う絆の意味も…。

神や仏に出会う時/日本仏教入門/神と肉直近で読んでいた本達と。刊行のきっかけを作られた、関幸彦先生の吉川弘文館からの最新著作を。

ほぼ同時期に刊行された、宗派を問わず日本仏教の流れを捉える見事な入門書である「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)と、本書では決して扱われないであろう、仏教ではタブー視される動物供犠を、狩猟信仰ではなく広く東アジアで行われる農耕儀礼の一環として、国内に僅かに残る記録の中から捉え直そうとした一冊「神と肉」(原田信男 平凡社新書)。

併せて読まれると、日本の仏教が「葬送儀礼」に特化して土着化したことがよく判るかと思います。本書もそのような意味で、日本仏教の得意とする「死の闇」に特化した信仰心について著述していることが見えてきます。

<おまけ>

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今月の読本「神や仏に出会う時」(大喜直彦 吉川弘文館)祈りを捧げる時とモノ、そして」への3件のフィードバック

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  2. ピンバック: 今月の読本「熊谷直実」(高橋修 吉川弘文館)郷土の豪勇への熱い眼差し | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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