今月の読本「タコの才能」(キャサリン・ハーモン・カレッジ著,高瀬素子訳 太田出版)研究者たちの「タコに魅せられ自慢話集」

生き物を扱った本、特に魚類を扱った本は日本が独壇場のように感じますが、実は海外で刊行された書籍の方が充実した内容と、深い洞察に溢れていたりする事が多々あります。

具体的なデータを扱った書籍ではそれほど大きな差はありませんが、哲学的記述となると海外の書籍の独壇場。その代り読むのも骨が折れるので、訳本でも特に興味深い本に限って読むようにしているのが現状です。

今回ご紹介するのは、そんな訳本らしい構成で組まれた本でありながら、哲学的とはちょっと違った観点で纏められた面白い一冊です。

タコの才能タコの才能」(キャサリン・ハーモン・カレッジ著,高瀬素子訳 太田出版)です。

この手の作品には珍しく、著者は海洋生物学者や所謂ナチュラリストのような方ではありません。紹介文によると、科学系雑誌の編集者兼、執筆者という、日本で謂うところのライターさんのような方です。また、本書がキャリア初めての著作で、いきなり邦訳が刊行されるというのも珍しい事例だと思います。

従って、綴られている文章も研究者の方が書かれるような、生態学であったり、水産学などの詳細な内容は全く出てきませんし、資源や環境保護関係の方が書かれるような、タコ類に関する生息環境や資源保護に対する提唱も出てきません。

更に、冒頭には紀行文的なスペインやギリシャでの取材記事が出てきますが、漁獲されるタコの過半数を消費する日本に関する著述は全くと言っていいほど出てきません。唯一出てくるのは、呆れ返るばかりの「フジヤマゲイシャ」のノリで書かれる、タコと戯れる女性の浮世絵?に観られる風物と、アニメでたまに見受けられる「触手系」と対比して、ニッチなエロチシズム表現である事を揶揄する程度です。

本書は、そのような「タコ学」や「タコの文化論」といった研究書や文芸書が担う分野を狙って書かれているわけではありません。著者の略歴にはWiredに投稿している事が記載されていますが、まさにその部分がメインテーマ。

Wiredが得意とする、ネット上で流れている面白いタコの映像や、不思議な生態に関する記事を再編して流す「まとめ系」サイトのノリそのままに、タコに関する面白ニュース発信主の皆さんに直接お話を聞いて歩いた取材録を集めた、インタビュー集といった体裁が本書の中核を担っています。

一応、冒頭の2章分は、本人の直接取材によるスペインでのタコ漁同乗と、ブルックリンのタコ卸業者、ギリシャにおけるローカルなタコ料理の話題に費やしていますが、著者の胃袋の満足を満たす以上には、そこに本題はありません。

本書では、著者の専門分野である、今やネットに溢れるタコの驚異的な能力を示す映像や資料の元となる研究に没頭していく「タコをテーマにする研究家」たちの、タコへのめり込み具合を、これでもかと謂わんばかりに集めることで、どれだけ皆さんがタコに魅せられているのか、その魅せられ具合を取り上げることで、タコの驚くべき能力の片りんを紹介していく事を主題にしています。

本書を読まれると、タコの研究には魚類学者だけではなく、医学から電子工学、材料科学まで、幅広い分野の研究者が参加していることに驚かれると思います。人とは違った進化の体系を採ったことで、人には理解できないさまざまなスーパーテクニックを有するタコたちから、研究者たちがどのように学んで、そのテクニックを盗んでいこうとしているのかを、本書は研究者たちのタコに対する驚嘆(もしくは愛憎)の声と共に余すところなく述べていきます。

登場する研究者たちの立場はそれぞれ異なり、タコの生体に対して、どの部分を研究のターゲットにしているのかも全く異なりますが、想定を簡単に裏切って、容易に答えに近づくことを阻むタコの生体の複雑さには異口同音に驚き続けていることをすべての研究者たちが訴えていきます。

パワフルな吸盤を持った自在に動く八本の手足と、三つの心臓を持ち、小さな頭とは裏腹に、人の目にも匹敵する高精細な目と、全身これ感覚器官というべき、分散処理をこなす受容系。その受容系からの伝達をこれまた分散処理することで、色を変え、姿を変え、時には音や光まで放つという、ダイナミックな形態変化。そして、意外なほどに細やかな愛の表現と、僅かな命の滅び。更には、古風な循環系がもたらす、意外な環境適性の低さ…。

本書では、研究者たちの溢れるばかりの好奇心と、それをあざ笑うかのようなタコたちの秘められた能力の追っかけっこの姿に、著者の好奇心を載せた物語が、豊富に語られてきます。

そして、それらの研究分野に深く参入してる「軍」の影響に驚かれるかもしれませんが、これはアメリカでは当たり前のこと。むしろ、軍をバックボーンにした研究においては、一見、商業的には無意味でも、これらの研究成果が役に立つ素地があることを、本書を通じてまざまざと見せつけられることになります。

本書は、タコに魅せられてしまった著者をはじめとする研究者の方々の、苦労話、いや、どの位魅せられているのかの自慢話を楽しみながら、タコの不思議な生態をほんのちょっと垣間見せてもらえる一冊かもしれません。

ちなみに、本書を通じて、現代の研究者たちの七転八倒ぶりを、傍らでにやにやしながら眺めていらっしゃる、はるか昔にタコに魅せられてしまった、彼らの大先輩でもあるアリストテレスは、きっと「まだまま魅せられ方が足らん」と仰っているんじゃないかと、等と想像しながら。

<おまけ>

本ページで紹介している、ほかの魚類に関する本を。

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