今月の読本「奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム」(矢口祐人 新潮選書)多様性をテンプレート化する狭間で

暑い夏の午後。涼しい高原地帯とはいえ、ここ最近の猛暑では日中は出かけるのも躊躇してしまう程の日差しが降り注ぐため、日暮れまでの間は涼しい屋内で読書をして過ごす時間が長くなっていきます。

今日もそんな午後のひと時に読んでいた一冊をご紹介。選書のシリーズでは価格の安さとキワモノとまでは言いませんが、少し斜に構えたテーマ設定の作品が多い新潮選書の6月の新刊から一冊拾ってみました。

奇妙なアメリカ

奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム」(矢口祐人著)です。

普段は副題を添えてご紹介しない場合が多いのですが、本書ばかりは副題が必須のように思えます。当の本人も、副題に気が付くまで本書がアメリカのミュージアムを題材に取った作品だと気が付かなかったくらいですから…。

しかも、副題の内容も本書の内容を反映しているかといえば、殆ど正しくないようです。

本屋さんで書籍を手に取る最初のインターフェイスはもちろん題名、そして装丁だと思います。その点、同一の装丁で揃えられている都合上でしょうか、差別化を図るために用いられたと思われる、インパクト重視の題名やキャッチーな帯からは書籍のイメージが伝わりにくく、この辺りの選定に何時も首を傾げる点が多いのが新潮選書の難点なのですが、今回の表題は副題を含めても本書の内容をかなり歪めていると思えてなりません。

本書は神と正義の話のような、福音派をモチーフにした題材でもありませんし、取り扱われているテーマも奇妙さは全くありません。マガジンスタイルの書籍が扱うような、少しアメリカ文化を茶化してやろうという、表題から感じるノリとは全く反対の、極めて真面目なミュージアムについてのお話が続きます(著者はハワイ文化が専門の東京大学大学院総合文化研究科の教授でもあり、名著の中公新書「現代アメリカのキーワード」の共著者でもあります)。その点では、表題が内容を大きくスポイルしている(歪曲している)点は否めません。

本書を読み始めると、まず初めに、アメリカ人が毎年8億5ooo万人もミュージアムに訪れると聞いて、驚くのではないでしょうか。有名なスミソニアンやニューヨーク、ボストンの美術館等、著名なミュージアムが数多く存在するから当たり前と思われるかもしれませんが、あれだけ広大な国土にも関わらず、人口一人当たりの来訪者数で日本とほとんど変わらないと聞くと、まさかと思う方も多いのではないでしょうか。アメリカ人も、日本人同様に「ミュージアム大好き」な人たちなのかもしれません。

本書は、そんなミュージアム好きなアメリカ人にとっても極めて特徴的な展示内容を有するミュージアムを敢えてピックアップして紹介しています。本書では8つのミュージアムが紹介されていきますが、いずれの解説にも、著者の深い配慮が垣間見えます。扱っているミュージアムのテーマがかなり極端な故でしょうか、読者に偏向性と誤解を与えないように、内容には極力公平性を保とうとする筆致が伺えます。

そもそも、ミュージアムと定義づける以上、何らかのテーマに則った展示が求められるわけですから、テーマに合わせたテンプレート(もしくはストーリー)に展示内容を載せていく必要が生じる点は不可避なことだと思います。その点で、本書に紹介されている8つのミュージアムはいずれも特定のテンプレートを下敷きにどのように展示を組み立てているのかを、著者の感想や、時に施設の内外での出来事を交えながら語っていきます。

紹介されるミュージアムはどれも展示の上での芸術性、工夫に溢れており、特徴的な場所に所在し、ここでしか見られないというテーマを持っているのですが、著者はそれぞれの展示内容に対して、充分にアメリカ社会を理解した上でなければこれらの内容を理解することはできないと明言しています。

著者は、そこにあるアメリカ社会特有の理論構築について、展示者の意図から読み解いていこうとします。創造論や核兵器の正当性を示すためには科学を以て証明する。犯罪に対して罪は罪、罰は罰と割り切るドライさと、危うさ。成金趣味と言われようが、芸術に投資し、故郷に利益を誘導するのも成功者の一側面である事実(日本人もこの点は同じですね)。何を於いても、国家の大義、そしてコミュニティの大切さを訴える事を優先する。

そのような解説を通して、本書で扱われるミュージアムに一貫して、ある特定の配慮が欠落してる点を著者は指摘しようとしている事が判るかと思います。この想いの正体は、最後に紹介する戦艦アリゾナ号メモリアルと、最近改修されたビジターセンターの展示への言及で明確化するように本書は構成されています。多様化を価値観の一方の源泉として重視するアメリカ社会のもう一方の価値観としての、テンプレート化されたミュージアムの展示を通して、意図せずとも除外されたであろう価値観との対比を読み解いていこうという著者の想いが垣間見れます(例外的に、全米日系アメリカ人ミュージアムの紹介の部分では逆否定の表現で記述されている点は、やはり気になります)。

繰り返すようですが、本書は表題にあるような神と正義といった画一的なアメリカ論を語る内容でもありません。丁寧にアメリカの多様性の一側面としてのミュージアムを解説しながら、そこにマイノリティの代表でもある日本人としての著者が感じた、外から見た理想のアメリカ像からの「欠落」を見つけ出していこうという、深い考察を持った一冊であると思います。

<おまけ>

本書と併せて読みたい、最近新潮選書に収められた、同じようなテーマを全米の特徴的なコミュニティを舞台に考察する一冊「アメリカン・コミュニティ」(渡辺靖:著 私が持っているのは2007年に刊行された初版)。アメリカの多様性を知るきっかけとして、とても良い本だと思います。

奇妙なアメリカとアメリカン・コミュニティ<おまけ>

本ページでご紹介している同じようなテーマの書籍、話題を

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二つの小さな「木」のヘッドフォン(ATH-EW9とHA-FX750)

二つの小さな「木」のヘッドフォン(ATH-EW9とHA-FX750)

八ヶ岳の南麓なんていうと、近所迷惑なんて全く関係ないような無人の荒野に住んでいるように見えるかもしれませんが、実際には周囲には家もあり、住人の方もいっぱい居るので、深夜の騒音はやはりNG。

都会ほどではないかもしれませんが、ボリュームを上げて音楽を楽しむにはやはりヘッドフォンが欠かせません。

こちらに移り住む前から使っていたオーディオテクニカのATH-EW9は無二の耳かけタイプの高音質モデル。しかもウッドの外装が大のお気に入りでずっと使ってたのですが、流石に10年選手ともなるとお疲れ気味。パッドは補修部品が入手できたので交換したのですが、イヤーハンガーのゴムは切れるたびに自分で補修していたのですが、もはや限界。現行モデル(2003年11月発売ですからなんと10年目の長寿モデル。買ったのは2003年の12月だった筈)なのでオーテクにお願いすれば購入できそうなのですが、ここは意を決してまたしても小さな「木」のヘッドフォンに手を出してしまいました。

ATH-EW9とHA-FX750JVCケンウッド(最近はビクターと呼ばないんですね…嗚呼)のウッドコーンシリーズでも最小のモデル、インナーイヤーヘッドフォンの最新シリーズから中くらいのモデルHA-FX750を選んでみました(HA-FX850はプライス/スペック比でパスです)。

手に持つとずっしりくる重さと、インナーイヤーとしては非常に大きな外装が少々仰々しいですね。そして、光沢のあるケーブルとヘッドフォンジャックは少々貧弱で、質感のあるケーブルと金属製のジャックを有する同じ価格帯にあるATH-EW9よりかなり貧相な印象を与えます。ケースや付属品は非常に凝っているので、どうも購入者の所有する満足感(コレクターアイテム)と実際の使用感(まあ、普段ケースには入れませんねえ)を天秤にかけて、所有する満足感の方を採ったようですね。

音質の方はエージング中なので何とも言えませんが、初見でのATH-EW9の比較で行くと、流石に耳かけタイプに比べるとHA-FX750はインナーイヤーで密閉度が高いため、音場の立体感はかなり高く、サラウンドを効かせなくても臨場感を感じさせる効果を与えているのは評判通りのようですね。また、流石にピアノの音響とは相性がよく、低温から高音まで綺麗に聞かせてくれます。特に低音側はかなりしっかり出ている雰囲気です。

一方、インナーイヤー特有?のブヨブヨと残響が残る感覚はHA-FX750にもはっきり感じられる点は、エージングの効果如何かも知れませんが、やはりこのタイプ特有の癖のようにも感じられます。また、ATH-EW9のような耳かけタイプは殆ど開放型に近いほど音が外に出ていく(そのため、こんな屋外で使用してくださいと言わんばかりのATH-EW9のデザインですが、実際には音漏れが酷いため、車内等では気を使ってしまって使う気がしません)ために反響効果が低いためでしょうか、立体感は薄いのですが、逆に音が綺麗に抜けていくので、女性ボーカルや金管楽器は美しい音色を奏でます。この辺はオーテクらしい音といっていいかもしれませんね。

抜けのよい軽やかな音が気持ちの良いATH-EW9と、厚みのある立体感が楽しいHA-FX750。同じ木を素材にした小さなヘッドフォンでも、随分違うものだなあと感じ入っているところです。

今月の読本「未来のだるまちゃんへ」(かこさとし 文藝春秋)まっすぐに見つめ続けることの大切さを

今月の読本「未来のだるまちゃんへ」(かこさとし 文藝春秋)まっすぐに見つめ続けることの大切さを

色々と本を読み漁るたちですが、今回ご紹介する本は、本ページでご紹介する本とは一線を画した本になります。

そもそも、本書を知ったのは版元様のPRや書店店頭ではなく、SNSで拝見した、他の出版者様のご紹介文でした。

それまで著者の事も、代表作があの「だるまちゃんとてんぐちゃん」であったことも知らずに、ただ歴史的な内容を重視した面白いテーマで絵本を書かれている方だな、といった位の印象だったのです。それが、本書の紹介文を読んで、うん十年前の子供時代に愛読していた絵本たちの作者であったことを知った時の衝撃は大きなものがありました。

そのような訳で、通常ではご紹介することのないジャンルの本ですが、このような偶然は必然であるとのルールに従って購入してみた次第です(なかなか入れずらい、このような本を平置きで並べて下さった、富士見の今井書店様と、他社にも拘らずSNS上でご紹介を上げて頂いた小峰書店様に感謝を)。

みらいのだるまちゃんへ未来のだるまちゃんへ」(かこさとし 文藝春秋)です。

本書の表紙をご覧いただければ、誰しも一度は見かけたことのあるキャラクターが見つけられるのではないでしょうか。

その愛らしくも、温かみのあるキャラクターを生み出した著者であるかこさとし(加古里子)さんが、88歳にして初めて手掛ける自伝となる一冊です。

まず、著者の経歴をご覧頂くとちょっと不思議な気分に駆られるのではないでしょうか。東大工学部卒のエンジニアにして、昭和電工(きっちり社名出ていますのでそのままで)で研究職として47歳まで奉職した、工学博士(論博ですね)という、およそ絵本作家とは無縁の経歴が目を惹きます。そしてセツルメント活動という、聞きなれない福祉活動への参加と専業絵本作家への道筋と、あの絵本たちに描かれるキャラクターとの接点を見出すまで少々考え込んでしまったのも事実です。

そのような疑問は本書をご覧いただければすぐ解決します。丁寧でマメな筆致は、芸術家や作家というより、正にエンジニアらしい文体ですが、読者を意識して優しい表現で綴ろうとされているのがよく判ります(あとがきに見える、ご本人が通常使われているであろう、古風漂う、がちがちに固い文体との落差に驚かされます)。そして、デビュー作が当時は多く出されていた、大人たちの仕事を絵本を通して理解してもらう教材的な絵本でもある「だむのおじさんたち」であったことも、著者のエンジニアとしての素地を充分に生かせる素材であったからではないかと思います。

本書は中盤に挟まれた絵本作家としての作品をカラーで紹介するページを挟んで二つの章に分かれています。前半は氏が「一度死んだ」と述べる、戦前の物語。そして、後半は戦後大学を卒業後に手掛け始めたセツルメント活動と絵本作家への道筋が語られていきます。前半と後半で内容は大きく変わっていきますが、一貫して「子供の視点」というテーマを特に意識して書かれているようです。

親は子供の事など全然理解してくれない、子供は親を困らせないように生きているという、最近何処かの本で扱っているなあ…と思うような、自分自身の子供時代の経験からの書き出しで始まる本書は、たとえもっとも身近な肉親にさえ理解されずとも、自分の見つけた道をまっすぐに進んでいく事の大切さを語っていきます。子供の頃のあこがれ、それが叶えられない事への挫折や反動も、自身の事であってもやや傍観者的な視線で語っていきます。

戦後の章に入ると、氏自身の物語より、子供たちの視線に着目した話がメインになっていきます。一度死んだ者として、何を残していくのかの自問の経緯としてセツルメント活動と、そこに集まる子供たちの視線が語られていきます。その子供たちの視線は確かに刹那的かもしれませんが、決して幼稚でも独りよがりでもない。まっすぐに見据えた先に無限の広がりと、自由闊達な思考がある事に氏は気付いていきます。子供たちが観る視線の先には「世界の姿、実体を知りたい」と思っていると考えていきます。この想いは、何時でも好奇心のスタートラインに位置する疑問。きっかけさえ与えてあげれば、本人の力の限り好奇心の輪は広がっていく。氏はそこから細分化が始まると述べていますが、そんな点はエンジニアらしい発想であるとも思えますし、著作に多くみられる、テーマ性の高い作品群が、そんな子供たちへの好奇心の入口の役割を果たしている事に論を待たないと思います(氏の言葉を借りると、興味を対象を追いかけるうちに、世界の端っこに出てしまって、ぽつんとひとりでいる子どもに対して、この世界との有機的な繋がりを解き明かして、示してあげること)。

そして、氏の作品への想いは、子供向けの作品だからこそごまかしが効かない。気に入った内容であれば、大人なら簡単に読み飛ばしてしまうところにも、驚くほどの目配りで読んでくれる。だからこそ、そんな想いで絵本を見てくれる子供たちに届けばいい、セツルメント活動で見つけた、他に幾らでも楽しい遊びがある中で自分の紙芝居に目を輝かせて見入ってくれた、ほんの僅かでも目の前で喜んでくれる本当の「読者」に届けたいという、表現者の方々がよく仰る普遍的な想いに繋がっていきます。そのためには、徹底的な下調べと自らをさらけ出すことも厭わないという想いを述べていきます(「宇宙~そのひろがりをしろう」を製作する時間を取りたいがために退職し、7年をかけて製作。「万里の長城」は実に30年かかったと書かれています)。

そのようにして世に送り出された600冊にも及ぶ絵本たち。セツルメント活動で得た子供たちの眼差しにしっかりと視点を合わせるかのように、子供たちの行動をエンジニアらしく分析した結果をじっくりと盛り込んだこれらの絵本たちは、一方で氏の家族の犠牲に上に成り立っていたことをいみじくも述べています。この辺りの経緯について意外なほどあっけらかんと晒しているのですが、同時に社会人、会社人としての矜持を同じ筆致で述べられてしまうと、本書を読まれる現代の親御さん世代の方にとっては、氏への評価を大きく揺るがす内容かもしれません。

巻頭に掲載されている、悪戯っぽい笑顔の写真を眺めながら本書を読んでいると、そんな矛盾を孕みながらも、まっすぐな子供たちの視線に正面から応えようとしている、ちょっと子供の香りを残した「まっすぐな想い」を抱かせる生き様そのものが、氏の作品の魅力なのかもしれませんね。

<おまけの雑文>

氏が述べる「世界の端っこ」にもしかしたら私は今も留まっているのかもしれません。器用さもなく、決して体が強くなかった私にとって、読書は最大の慰めであり、世界に開かれた小さな窓口でした。学校や地区の図書館書棚を跋渉してあらゆる興味を渡り歩いた末に、最後に行きついたのが分厚い百科事典(一冊に集冊されたもので、講談社版だったように思います)。中学時代の図書館での自習の際、何時も抱えて片っ端から読んでいたのがよほど気になったのでしょうか、禁帯出にも関わらず休みの日に貸し出してくださった国語の先生には今でも感謝しています。その後、エンジニアの道に進むことになったのですが、あの時にたどり着いたであろう「世界の端っこは」は本当に誰もいない場所だったと思います。氏がそんな子供たちの興味は千を下らないだろうと述べているように、未だに誰もやって来ないその端っこで、世界の繋がりを探し続けているもう一人の自分が居るのかもしれません。

<おまけ>

本ページでご紹介している同じようなテーマについてご紹介

雨上がりの一瞬に(井戸尻遺跡の蓮の花と高森の向日葵畑)2014/7/20

New!(2015.7.19):今年(2015年)高森のひまわり畑は、現時点で植えられておりません。立沢のひまわり畑は開花を始めました。

梅雨末期の安定しない天気が続く連休。

昼前から降り出した通り雨を縫いながら、もう一度撮影に出向いてみます。

井戸尻遺跡の大賀ハス20140720_1雨上がりの井戸尻遺跡。大賀蓮の池にて。午後の日差しを受けて開き始めた蓮の花が輝きます(E420)。

井戸尻遺跡の大賀ハス20140720_3通り雨の滴をいっぱいに載せた蓮の花。これから開花でしょうか(E420)。

井戸尻遺跡の大賀ハス20140720_2こちらは花を開かせている大賀蓮(E420)。

井戸尻遺跡の蓮の花はまだ多くつぼみを残しています。これからピークを迎えそうです。

井戸尻遺跡から南アルプス遠望西に聳える南アルプスの山々には雲が沸き立っています。雨上がり。出穂を待つ、稲穂の群れが美しいです。

井戸尻遺跡のシオカラトンボ井戸尻遺跡の湿原の脇役たち。お約束のシオカラトンボを(トリミング済み)。

葉の裏側にバッタが隠れているのが判るでしょうか?

井戸尻遺跡のキアゲハ20140720そして、雨上がりの中、花の蜜を吸いに来たキアゲハを(トリミング済み)。フォーカスちょっと甘いのはご勘弁を。

高森の向日葵畑20140720一瞬の晴れ間を覗かせている、高森の向日葵畑にて。

八ヶ岳を望むことが叶いませんでしたが、雨上がりの強い風が吹く中、向日葵たちは大きな花を咲かせてくれています。

高森のヒマワリとクマバチ20140720雨が上がって、昆虫たちも活動再開。クマバチが蜜を求めて向日葵畑を行き交います(E420)。

この撮影の後、再び崩れだした空模様は回復しないまま夕暮れを迎えてしまいました。気まぐれな空模様に翻弄され続ける連休の日々です。

立沢大橋から望む八ヶ岳連峰連休の最終日。漸く夏の日差しが戻ってきました。沸き立つ雲を載せた立沢大橋から望む八ヶ岳は優美な山裾を引いてきます(ここだけ転落防止網越しの撮影のため、Lumia1020です)。

立沢の向日葵畑140721最近すっかり有名になった、立沢の向日葵畑(2014.07.21)。一部の向日葵は開花していますが、まだこれからといったところです。同じ富士見町内でも、高森の向日葵と比べると花弁がしっかりしているのが判ります。

立沢のトウモロコシ畑140721夕暮れの空。八ヶ岳を遠望するトウモロコシはもう人の背丈を超えるほどに育っています。

畑の作物たちも勢いよく育ち続ける、夏を待ちわびる八ヶ岳の高原です。

 

今月の読本「ヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)「マッサン」の原譜にしてニッカ創業80周年を記念して新装なった、日本初のウイスキー継承への伏線を描く物語

今月の読本「ヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)「マッサン」の原譜にしてニッカ創業80周年を記念して新装なった、日本初のウイスキー継承への伏線を描く物語

今年の秋冬シーズン(10月~15年3月)に放映予定のNHK大阪制作の朝の連続ドラマ「マッサン」は、朝の連続ドラマ史上初の外国人女性を主人公に置いている事でも話題となっていますが、それ以上に主人公のパートナーであり、夫でもある竹鶴政孝が創業したニッカウヰスキー創業80年を記念した営業活動の成果という、ちょっと斜に構えた見方も出来たりします。

今年のWWAで「竹 鶴17年ピュアモルト」がworld bestを射止めたのも、ISC2014では実に8商品ものゴールドメダルを獲得したのも、創業80年に花を添える執念の受賞と云われましたが、更に花を 手向けるかのような連続ドラマへの「創業者夫婦」の採用。毎年熾烈な勧誘があるとも謂われる連続ドラマの舞台勧誘から見てもちょっと意外な選定に驚くところで す。

何故北海道、余市が創業のニッカウヰスキーが大阪制作の連続ドラマのテーマとして採用されることになったのか。そして、なぜ連続ドラマを用いてまで80周年を盛り上げようとしているのか、この本をご覧頂くとちょっと見えてくるかもしれません。

ヒゲのウヰスキー誕生すヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)です。

本書は元々、昭和57年(1982年)に新潮社より刊行された書籍の文庫版ですが、今回のドラマ採用に際して表紙装丁の変更と、ドラマに合わせた帯の新調が行われています。また、冒頭カラーページに所謂「竹鶴ノート」の写真が掲載されており、新装版として版も改まっています(初版扱いです)。

新装版の表紙に大きく掲げられた、ニッカのトレードマーク「キング・オブ・ブレンダーズ」をご覧いただければ判るように、本書もニッカウヰスキーの強い後押しを受けての新装であることを滲ませています。

そこには長年のライバルである「サントリー」のここ数年来の広報戦略、そして世界企業への飛躍に対するニッカ、そして親会社であるアサヒビールの強い危機感を感じさせます。

本書は、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝の準公式的な伝記ですが(公式な自伝としては「ウイスキーと私」という作品もありますが、こちらはニッカウヰスキーの刊行物のため、書店には出回りません。注:こちらのサイトの情報によりますと、NHK出版より版を改めて刊行されるようです。この力の入れようも尋常ではないですね)、単なる偉人伝ではありません。その書名から判りますように、本書は伝記体を採りながらも、実質的には「日本ウイスキー発祥物語」としての位置づけを持っています。

物語は大阪の大学卒業を前にした竹鶴が摂津酒造に押しかけ修行を願い出るところから始まりますが、社名を見て頂ければわかりますように、ニッカの創業地、北海道は余市ではなく、大阪の南部、住吉から物語はスタートします。竹鶴自身も広島の竹原(たまゆらの舞台ですね。日本酒ファンの方には吟醸酒の発祥でもある、広島軟水仕込みでも有名かと)出身であり、関西より西側を舞台にすることをセオリーとしている、NHK大阪制作の朝の連続ドラマテーマとしては決して場違いではないことが判ります。

そして、彼の摂津酒造での働きを興味深く見守る人物として常務の岩井喜一郎と、ここに鳥居信治郎が登場してきます。そう壽屋の、即ちサントリーの創業者である鳥居信治郎です。岩井喜一郎は後に本坊酒造に移籍、現在の信州マルス蒸留所の元となる山梨マルスワイナリーを立ち上げることになります(数年前まで休止中でしたが、ハイボール人気を受けて蒸留を再開しています。そのような意味でもこの三者の関わり合いは非常に興味深いですし、その外にあったメルシャン(旧三楽オーシャン)の軽井沢蒸留所の閉鎖も印象的です)。そして、鳥居信治郎、更には彼の残したサントリーとの物語は本書の最後まで続くことになります。

その後、摂津酒造の後押しを受けてイギリスに渡った竹鶴は生涯の伴侶であるリタを連れて帰国する訳ですが、彼が持ち帰ったもう一つの成果である「竹鶴ノート」として纏められたウイスキーの製法は紆余曲折を経ることになります。この辺りは本書に詳しいわけですが、結果として竹鶴ノート自体は摂津酒造に残り、岩井喜一郎の手を経てその技術は本坊酒造に渡ることになり、竹鶴自身は壽屋の社員として山崎蒸留所を開設することになります。更には鳥居信治郎と袂を分かった竹鶴は北海道に渡り、余市の地で現在のニッカウヰスキーの元となる大日本果汁を創業することになります。つまり、竹鶴が持ち帰ったウイスキーの製法という魔法の種は、彼自らの行動によって三つ木に分かれて果実を実らせる結果となったのです。

その結果が何を生み出したのかといえば、本坊酒造は竹鶴ノートの継承者を自認して「原点」を名乗り、竹鶴自身が起こした余市の蒸留所を継承するニッカ、そして親会社であるアサヒビールは彼を「日本のウイスキーの父」を称するようになります。では、本当に日本で初めてのウイスキー生産を達成した壽屋、即ちサントリーはどうでしょうか。そう、ウイスキー自体を作ることはしなかったが、その国産化に大きな力を与えた創業者である鳥居信治郎を「ジャパニーズウイスキーの創始者」と称し、竹鶴が残した原酒のエージングが充分に整った後に世に送り出された「角瓶」を以て、ジャパニーズウイスキーの始祖と位置付けたのです。竹鶴の名をまるで消し去るように扱いながら。

本書に於いてもその間の経緯(本坊酒造は出てきませんが)が語られていますが、その記述が三者それぞれに好意的に捉えられる筆致になっているのが非常に興味深い所です。まず、本坊酒造にとっては本人はさておき、彼が渡航の果てに結実させた竹鶴ノートの中身こそがスコッチ製法の秘密をすべて書き留めている証拠を本書が示している事になります。ニッカにとっては大事な創業者の伝記なのですが、その文面には竹鶴と鳥居の確執と、味覚に対する鳥居の鋭さを竹鶴が認めるように捉えられる内容が含まれています。更に驚くことに、巻末では回顧録的に竹鶴に壽屋時代に作っていたウィスキーはスコッチの模倣であり、日本人に合わせたものには至っていなかったことを自嘲させています。実は、現在のサントリーが行っている「ジャパニーズウイスキー」のプロモーションは、まさに著者が竹鶴の言葉として語らせた内容を地で行くような竹鶴、そしてニッカのウイスキー造りに対するアンチテーゼであり、本書は図らずも両社のプロモーションにとって、互いに重要な「理論的原典」として位置付けられるようです。

同じ人物によってウイスキーの蒸留を始めた両者はお互いをライバルと見做し、シェアと品質を争い続けてきたわけですが、品質面はともかく、シェアとその巧みな宣伝戦略においては、ハイボール人気を見るまでもなく、ニッカ、そして親会社でもあるアサヒビールにとって近年特に分が悪いようです。更に、ここに来て決定的な差を付けかねられないトピックが「ビーム・サントリー」の成立ではないでしょうか。苦難のビール事業を遂に軌道に乗せ、余勢を駆って「ジャパニーズウイスキー」の旗手として世界的な酒類メーカーの一翼に躍り出ようとしているサントリーと、国内でも主力のビールでシェアをじりじりと低下させて、往年のスーパードライ躍進も最近は影の薄いアサヒビールにとって、長年のお荷物でもあるニッカの処遇。この80周年にかける猛烈なプロモーション(ちょっとずれている気もしますが)には、そんな危機感が見え隠れしている気がします。

本書の後半は、竹鶴の英雄談よりも、そんな弱小ウイスキーメーカーとしての悲哀が存分に語られていきます。その苦境は当時よりは多少は穏やかにはなったのかもしれませんが、現在でも決して順風満帆といかないセカンドベンダーの悲しさと苦闘が見え隠れします。そのような中でも、「心を熱くするウイスキー」というテーマを掲げて、ブレンドに拘り、丁寧な造りと、原酒を守り続けるという、ウイスキーづくりの原点を守り抜こうとする人々に対しての、先人からのエールとも思える一冊です。

なお、本書を手に取られる方が期待するであろう、最愛の妻であるリタとの物語は要所で登場はしてくるのですが、構成バランスの関係でしょうか、彼女の物語はスポット的に挿入されていきます。したがって、本書の内容だけで連続ドラマ半年分のボリュームを導き出すのは難しいと思われますし、更には物語としての連続性が欠けているため、ドラマの方は脚本家の方の手腕にかかってきそうです。しかしながら、当時としては非常に珍しい「外人さん」を扱った物語。その中に、生真面目でお茶の時間には厳格な英国夫人としての矜持と、健気に日本人の妻としての生きていこうとした彼女の想いが汲み取られることを期待したいところです。

最後に、本書の骨子の殆どは、参考文献として挙げられているように、wikipediaに掲載されています。

wikipedia自体は知の拡散という意味で、非常に素晴らしい活動なのですが、このような形で書籍の骨子がもれなく掲載されてしまうと、その後に本書を手に取った際に少々寂しい想いをする事も事実です。特に人物伝などで骨子があらかた書かれてしまうと、後で書籍を読む理由すら減退しかねない事もあり、今回ばかりはwikipediaの記事に対して残念な思いをした事を留めておこうと思います。

<おまけ>

摂津酒造や壽屋時代以外の竹鶴の足跡については、上記のようにwikipediaに詳しいですが、公式録としてはニッカウヰスキーが纏めて取り上げていますので、併せてご覧頂くとよいかと思います。特にリタに関するエピソードは、養子で後の社長、2代目ブレンダーでもある竹鶴威氏のエッセイに多く語られています。

<おまけ>

今回の放映に際して、「番組公式」とも捉えられる書籍が刊行されるようです(ほんまもんのニッカファンさんのこちらのサイトで見つけさせていただきました)。東京書籍から番組放映間近の8/30に刊行される「竹鶴政孝とウイスキー」です。著者はスコッチ文化研究所主宰で、ウイスキーワールド編集長でもあり作品の監修を担当される土屋守氏。どのような構成になるか判りませんが、東京書籍の刊行ということもあり、番組の副読本といった体裁になりそうですね

竹鶴政孝とウイスキーという訳で買ってみました。まだ読んでいる最中ですが、全243ページに対して4割近い100ページ超を竹鶴ノートの詳細な検討によるウイスキー醸造法の紹介に充てられており、残りの半数が養子で二代目ブレンダーの竹鶴威氏へのインタビュー、残りが竹鶴の略歴と、ヒゲのウヰスキー誕生すのストーリーに則って、イギリスでの足取りを重ねたアウトラインとなっています(帰国後のお話は、巻末の2004年に行われた竹鶴威氏へのインタビューに引き継がれる形です)。

従いまして、ドラマをご覧になられる方への本というより、純粋にウイスキーファン、しかも醸造までに興味を持たれている方へ向けた書籍だとご理解いただいた方が良いと思います。特に本書のメインである竹鶴ノートの解説部分は流石に著者の専門分野だけあって非常に詳細です。そのため、ウイスキーに限らず、醸造一般にかなり興味のある方でないと内容的にはやや厳しいかもしれません。

 

本書と似たようなテーマを扱った書籍、話題のご紹介

静かな雨上がりの朝に奥蓼科の水面を(梅雨間の御射鹿池と笹原溜池)2014/7/20

 

笹原溜池140720笹原溜池(E420)クリックでフルサイズ。

御射鹿池140720_1御射鹿池(E420)クリックでフルサイズ

御射鹿池140720_2御射鹿池(E420)クリックでフルサイズ

連休の中日。目が冴えてしまった朝にちょっと足を延ばして静かに水を湛える奥蓼科の緑を愛でて。

>御射鹿池の四季の彩りはこちらにて。

この夏~秋の小海線臨時列車時刻表(2014年版・小淵沢駅)

この夏~秋の小海線臨時列車時刻表(2014年版・小淵沢駅)

New!(2015.4.25):2015年シーズン版をご用意いたしました。こちらのページよりご覧いただけます。

2015年度、春の小海線臨時列車の情報は、こちらのJR東日本長野支社プレスリリース(PDFファイル)を参照願います。

>小淵沢駅発のバス時刻表も用意しました。こちらにて

備忘録的に貼っておきます。この夏、列車を利用して八ヶ岳南麓にお越しの方へご参考まで。

2014年夏の小海線臨時列車時刻表小淵沢駅

基本的には週末と8月中を中心に運行されます。「八ヶ岳高原列車」と冠された主な臨時列車と、その他の東京方面からの特急接続列車は以下の通りです。

追記 : 10~11月の運行予定

  • 1号 : 10/4,5 , 11~13 , 18,19 , 25,26 , 11/1,~3(土曜、日曜、祝日の運行)
  • 3号 : 10/4,5 , 11~13 , 18,19 , 25,26 , 11/1,~3(土曜、日曜、祝日の運行)
  • 5号 : 10/4,5 , 11~13 , 18,19 , 25,26 , 11/1,~3(土曜、日曜、祝日の運行)
  • 7号 : 10/5 , 12,13 , 18,19 , 25,26 , 11/2,3
  • 臨時普通 : 10/5 , 12,13 , 18,19 , 25,26 , 11/2,3
  • 快速さわやか八ヶ岳高原号の運転予定は下記参照

補足:ハイブリット列車「こうみ」運行スケジュールの照会でこちらのページにお越しになる方が多いようですが、現在公式サイトには時刻表のリンクが掲示されていません。

通常運転されているスケジュールは以下の通りです(特殊な車両のため、点検等で急に運休になる場合があります。あくまでも参考情報です)。

注記!:2015年度ダイヤは若干変更があります。2015年シーズンのページを参照願います。

125D : 中込6:55 – 小諸7:23

124D : 小諸7:48 – 中込:8:17

131D : 中込8:49 – 小諸9:16

228D : 小諸9:58 – 小淵沢12:24

229D : 小淵沢13:14 – 小諸15:30

136D : 小諸15:43 – 小海16:49

141D : 小海17:00 – 小諸18:01

142D : 小諸18:22 – 中込18:54

ハイブリット列車「こうみ」小淵沢駅に現れるのは原則昼過ぎの1本だけと理解してください。

なお、ハイブリット臨時列車「快速さわやか八ヶ岳高原号」今後の運行予定は以下の通りです。

  • 9/13,20,27(土曜日)
  • 10/4,11(土曜日)
  • 11/1,8(土曜日)
  • 小諸9:40 – 小淵沢11:51
  • 小淵沢14:30 – 小諸16:38
  • 停車駅は小淵沢-甲斐大泉-甲斐小泉-清里-野辺山-小海-八千穂-中込-佐久平-小諸

それ以外に全席指定の臨時快速「リゾートビュー八ヶ岳」が10/18,19に運行予定です。

行き : 松本9:17 -塩尻-岡谷-下諏訪-上諏訪-茅野-富士見-小淵沢-清里-野辺山-小海-中込11:57

帰り : 中込16:11-小海-野辺山-清里-小淵沢-富士見-茅野-上諏訪-下諏訪-岡谷-塩尻-松本19:20

 

<新宿7:00発-小淵沢8:54着スーパーあずさ1号からお乗換え>

 ・1号 9:16発(野辺山行き)

<新宿7:30発-小淵沢9:36着あずさ3号からお乗換え>

<新宿8:00発-小淵沢9:53着スーパーあずさ5号からお乗換え>

 ・普通 9:57発(小諸行き)

 →10:15小淵沢駅前発車の鉢巻周遊リゾートバス(小淵沢-原村・やつがたけ自由農園行き)も接続します

<新宿8:30発-小淵沢10:44着あずさ7号からお乗換え>

 ・3号 10:55発(野辺山行き)

 →10:50小淵沢駅前発車の八ヶ岳高原リゾートバス(小淵沢-甲斐大泉方面循環)も接続します

<特急の接続はありません>

 ・5号 12:26発(野辺山行き)

 →12:10小淵沢駅前発車の八ヶ岳高原リゾートバス(小淵沢-甲斐大泉方面循環)

 →12:30小淵沢駅前発車の鉢巻周遊リゾートバス(小淵沢-原村・やつがたけ自由農園行き)

<新宿11:00発-小淵沢12:59着あずさ13号からお乗換え>

 ・ハイブリット列車「こうみ」 13:14発(小諸行き)小淵沢発の「こうみ」は一日1本だけです

<新宿12:00発-小淵沢13:53着スーパーあずさ15号からお乗換え>

 ・7号 14:03発(野辺山行き)

 →14:15小淵沢駅前発車の八ヶ岳高原リゾートバス(小淵沢-甲斐大泉方面循環)も接続します

<新宿13:00発-小淵沢15:00着あずさ17号からお乗換え>

 ・普通 15:08発(小諸行き)

 →15:30小淵沢駅前発車の鉢巻周遊リゾートバス(小淵沢-原村・やつがたけ自由農園行き)も接続します

 →15:35小淵沢駅前発車の八ヶ岳高原リゾートバス(小淵沢-甲斐大泉方面循環)も接続します

<新宿15:00発-小淵沢17:02着あずさ21号からお乗換え>

 ・臨時 17:11発(小海行き)

 →17:25小淵沢駅前発車の八ヶ岳高原リゾートバス(小淵沢-甲斐大泉方面循環)も接続します

詳しくはJRのホームページ及び小淵沢駅の駅員さんにお聞き下さい。