「花子とアン」で脚光を浴びる蔵座敷を訪ねて(韮崎市民俗資料館と蔵座敷)

「花子とアン」で脚光を浴びる蔵座敷を訪ねて(韮崎市民俗資料館と蔵座敷)

New!(2014.10.17):「花子とアン」のロケで使用されたオープンセットがこの度、韮崎市民俗資料館の敷地近くに移築されることになりました。10/18(土)にオープニングセレモニーが開催されます。詳しくは韮崎市観光協会の公式サイトまで

現在放映中のNHK朝の連続ドラマ「花子とアン」。山梨出身の翻訳家、村岡花子を主人公にしたドラマですが、好評を以て迎えられているようです。ドラマの中で山梨時代が取り上げられるのは僅かだったようですが、その中でも印象的に扱われていた村の教会のシーンでロケに使われた建物が、意外な脚光を浴びているとの話題を聞きつけて、韮崎に降りた序にちょっと寄ってみることにしました。

韮崎市民俗資料館・外観

お目当ての建物は、七里岩ライン(山梨・長野県道17号、茅野北杜韮崎線)の旧七里岩ループの脇にひっそりと建つ、韮崎市民俗資料館の敷地内に建っています。普段は全く寄らない場所ですが、流石にロケにあやかった案内看板が、七里岩ラインの交差点から資料館の入口まで立てられています。まずは、資料館の入口で受け付けを済ませましょう(入場は無料です)。

韮崎市民俗資料館・丸ポスト

敷地の中には、流石に民俗資料館らしく円柱型の郵便ポストが保存されています。こういうワンポイントは嬉しいですね。

韮崎市民俗資料館内部1

民俗資料館の内部です。縄文から近世まで幅広い時代の出土品、収蔵品が収められています。収蔵品は韮崎市内に限らず、周辺の旧町村で発掘、収集されたものも含まれています。

韮崎市民俗資料館内部2

こちらは近世の収蔵物の展示コーナー。民家の一部を移築して内部を展示スペースとしています。民具だけではなく、レトロ趣味の方にはたまらない蓄音機や計算機といった収蔵物もちらほら見受けられます。

韮崎市民俗資料館御朱印籠

御朱印籠(朱印状を運ぶためにわざわざしつらえられる担ぎ籠)なんていう、珍しい収蔵物も展示されています。

韮崎市民俗資料館花子とアン特別展示内容1

資料館の内部では「花子とアン」のロケを記念した特別展が催されています。入場無料となっていますので、ロケ場所だけではなく、こちらも是非ご覧頂きたいところです。

韮崎市民俗資料館花子とアン特別展示内容2

当時の女学生の学習に関する資料を展示するスペース。なかなか興味深い記述が観られます(詳細は是非展示をご覧ください)。

韮崎市民俗資料館花子とアン特別展示内容3

当時の婚礼に用いた祝いの品や女性の身の回りの道具を集めたコーナー。

韮崎市民俗資料館花子とアン特別展示内容4

女性たちの遊び道具や日常の嗜好品も展示されています(煙管と煙草で驚いてはいけません、女性の喫煙は当たり前の時代です)。

韮崎市民俗資料館・韮崎の水車由来書き

少しレトロな展示物に浸った後は、資料館の裏手に保存されている巨大な木造水車を観てみましょう。臼数18、一度に十俵の精米が出来たという県下最大を誇る木製水車の遺構です。昭和30年まで現役で使われた事が由来書きに示されています。

韮崎市民俗資料館・韮崎の水車。水車と杵つき

10本の杵がずらっと並ぶ、壮観な眺めです。

韮崎市民俗資料館・韮崎の水車。杵つき軸

杵を押し上げる軸車と軸受。軸受は流石に金属製ですが、軸車と歯車はすべて木製です。

韮崎市民俗資料館・韮崎の水車木製歯車

木製歯車の組み合わせ。これだけの木製歯車の組み合わせが間近に眺められる場所は中々ありません。意外と歯車が華奢な事が判ります。木造建築同様、木製道具は直し、取り替えながら使い続ける物でしょうから、当然かもしれません。

韮崎市民俗資料館・韮崎の水車木製歯車の車軸

大歯車から磨り臼に繋がる伝達軸の歯車。こちらも金属の使用は最小限です。歯車の歯が木片を打ち込んで作られているのが判るでしょうか。傷んだ歯は抜き取って交換したであろうことが判ります。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷外観4

更に裏庭を登っていくと、庭のもみじの緑に迎えられて、木製の門の先に蔵が見えてきます。入口にはロケ場所の案内表示が出ています。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷外観1

正面に廻りこんでみましょう。こちらが韮崎市の文化財、旧小野家の蔵座敷です。ドラマの中では教会として使われていますが、建物自体は元々韮崎本町通りにあったそうで、当地の名士で、富士身延鉄道会社(現在のJR身延線)の創設者でもある、酒造業を営んでいた小野金六の生家でした。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷外観2

一階が座敷、二階が土蔵造りという珍しい「蔵座敷」という建築形式を採っています。重厚な扉が付く2階の部分と、瓦の庇の先にガラス戸が入る軽快な1階の組み合わせが面白いです。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷外観3

側面に廻っても、重厚な2階の造りを支える太い梁と土蔵造りの側壁の白い壁が印象的です。

週末は学芸員の方が内部の座敷に常駐されており、お招きに甘えて座敷の中に入らせて頂きます。

<ご案内>

現在、蔵座敷は週末は9:00~16:30の間、建物を開放。学芸員さんが座敷に常駐しており、内部を案内して頂けます。平日は閉められていますが、民俗資料館の受付で申し出てもらえれば、学芸員さんが同伴して開放してくださるそうです。

崎市民俗資料館・蔵屋敷内部1-2

座敷の先には小さな庭が整えられています。二間、十二畳ほどと小さな座敷ですが、ほのかな明かりの中、違い棚を有する床の間と、連子格子の飾り戸がこの座敷の格の高さを示しています。当時の皇室の方が滞在するという栄誉に浴した事もある、由緒ある座敷です。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷内部2欄間

蔵にしては充分に高い天井と、欄間には見事な透かし彫りが施されています。学芸員さんのお話では、左の竹、右の梅に、四隅に施された松葉の彫を併せて、松竹梅を表しているとのことです。欄間の上を突き抜けるようにまっすぐに前後に伸びる天井の梁も美しいです。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷内部3展示資料

小野金六の銅像と略歴。韮崎市街の散策ガイドも用意されています。

韮崎市民俗資料館・蔵屋敷内部1

少しトーンを落として庭先を眺めながら。蔵特有の薄暗さはありますが、落ち着きのある空間でもあります。

あいにくの天気にも関わらず訪問されるお客様がちょっと途絶えたところで、学芸員さんにお話を聞いてみました。

・今回の訪問される方の増加には本当に驚いています。普段は静かなのですが、放送開始から3000人を超える方々がお見えになった。教育委員会の中では放映期間中に訪問される方が5000人くらい来られるといいなと話しています

・訪問される方は県内でも韮崎以外、県外の方が多く、市内の方が少ないようです。しかし、県外に出ていった方が帰省した際に寄ってもらえる事もあります

・設備面の事もいろいろあり、民俗資料館を含めて無料公開の水準ですが(ご謙遜)、これを機会に皆さんに知ってもらえると嬉しいと思っています

・「花子とアン」のロケ地に選ばれたのは、やまなしフィルムコミッションの紹介。フィルムコミッションの方々からは、今後もほかのロケに紹介できそうだとのお話をいただきました

・ロケ地として訪問して頂けるのは大変嬉しいが、建物の由来や持ち主であった小野金六の事、韮崎の街の事も併せて知ってもらえると嬉しいですね

・市内には古い建物がまだ多く残っていますので、これらを含めた散策なども楽しんでいただけると思います

韮崎市民俗資料館・中庭から南アルプスの山々

民俗資料館の前庭から望む、雨雲に煙る甘利山と南アルプスの山並み。

普段はひっそりとしている小さな地域資料館が一躍脚光を浴びている状況はとても喜ばしい事ですが、学芸員さんも仰っていたように「来年以降に繋げる」努力が必要となってくるかもしれませんね。

かなりお疲れ気味の施設を見渡すと、貴重な文物を維持することの大切さについて、改めて考えさせられるところです。

<おまけ>

本ページで取り上げている、同じようなテーマのご紹介

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Windowsphone用の新しいtwitterクライアントはメッセージ管理体系に整合させるUIの統一化かも

Windowsphone用の新しいtwitterクライアントはメッセージ管理体系に整合させるUIの統一化かも

爆発的な成長スキームにあったスマートフォンも遂に曲がり角。中国を中心とした低価格帯スマホへの市場移行によって。appleの急減速、三星の大幅減益と高価格、高収益を誇った先端モデルの成長に陰りが見え始めています。

もちろん、高価格帯スマホにかなり重心を置いていたwindowsphonはかなりの打撃を受けるわけで、春から開始された低価格帯端末向けのライセンス無料開放も、上記のトレンドに何とか乗らんとする動きの一環だったと思います。

そんなスマートフォンの成長と軌を一にして成長を遂げてきたtwitterもユーザー数の伸び悩み、特にアクティブアカウントの増加に明確な停滞感が出ているようで、経営陣の交代などという話も出てきていますね。

これら無料SNSの収益モデルをよく知るわけではありませんが、ユーザー数の増加による母集団数の増加を収益増の基盤にしている限り(一般的な資本主義経済構造に依拠していれば)、必ず訪れる、一時的な飽和点に到達したのでしょうか。

曲がり角を迎えた端末と、サービス。この二つを扱っている私としてはちょっと悲しい所なのですが、ここに来て忘れられていたかのように放置されていた、windowsphole向けの公式twitterクライアントのアップデートがやって来たのでした。

twitterクライアントアップデート概要既に他の端末用クライアントでは実装されている機能が漸く実装されるようです。

それでは、アップデート前後の比較を見てみましょう。

twiterクライアントバージョン3.1twitterクライアントバージョン3.2

まずはお約束のバージョンチェック。3.1から3.2へのアップデートになります。

twitterクライアント3.1設定画面twitterクライアント3.2設定画面

そして、設定画面にはタグ付きメッセージの公開エリアの選択表示が出るようになりました。

twitterクライアント3.2マルチ画像アップロード

そして、今回のアップデート最大の変更点でもある、画像のマルチアップデート機能。こんな具合で、以前のwindowsphoneのアップデートで加えられた、マルチタスクのタスク切り替え画面と同じデザインを採用しています。

terクライアント3.1画面レイアウト1twitterクライアント3.2画面レイアウト1

画面レイアウト的には画面高解像度化に合わせるように、返信、リツイート、お気に入りのボタンがメインスクリーンに乗るようになりました(3.1ではコメントを長押しすると、プルダウンメニューがフローティングで表示。機能自体は3.2でも残されています)。これによって有効表示エリアがかなり圧迫されてしまうようになりました。こうなると、無駄に広い画面上端に位置するメニューボタンのエリアがきになりますし、解像度の低い低価格帯スマートフォンの普及と相反する改良にはちょっと首を傾げてしまいます。この変更はどちらかというと、最大のユーザー数であろうweb版のクライアントデザインと統一したとみるべきでしょう。そして、右端にフォローボタンが追加された点にtwitterの苦悩が垣間見えます。

twitterクライアント3.2画面レイアウト2twitterクライアント3.2コメント返信機能twitterクライアント3.2メッセージ埋め込み返信

そして、他のクライアントでは常識的に実装されていた(あの画面の極めて狭いBlackberry版でも実装していた)コメント欄への画像表示が漸く対応されました。しかしながら、直接表示される他社のサービスには当然のようにフィルターがかけられており、instagramとfacebookにはリンクしか表示されない点は相変わらずです。他にも、500pixやtumbler、flickrといった画像サービスを中心としているSNSへのリンクは直接画像が表示されず、ワンアクション入れることで表示される点は、これら競合サービスに対してかなり意識している事が判ります(最近、twitterの1枚当たりの画像アップロード容量が増加したり、アップロードした画質の低下が改善したのもこれらサービスへの対抗でしょうか)。

更に、コメントへの返信メニューを見ると、今回のアップデートの狙いが明確に見えてきます。

引用リツイート用のファンクションが削除されて、その代わりにリンクのツイートとメッセージと一緒に返信の機能が追加されました。

この変更が所謂非公式RTの排除を目的とした改良であることは間違いなく、既にweb版でも適用されている画像リンクを含む非公式RTがコメントをcopyするだけではできなくなった変更と同様の理由であることは容易に理解できます。

これらの変更はSNSの収益性の生命線でもある、ユーザーのコメント情報を吸い上げるバックボーンとしての解析システムの制約から生じているのでしょうか。軽量を旨としたtwitterシステムの根幹でもある、タグの利用と公式RT、お気に入りのカウントに依拠する集計/解析システムが、あらゆるネットの情報源やSNSへのポータルとして、柔軟かつ豊富なサービスを欲するユーザー層とのかい離を見せ始めたとも見受けられます。

ただ、このまま豊富な機能をtwitterに載せると、元がシンプルな構造と見えるのtwitterの基幹システムでは、周辺機能の重さでシステム本体が倒れるでしょうし、恐竜化したシステムの末路は決してバラ色ではないことは、あらゆる商用ユーザーサービスにおいて言える点です。

はたして、ユーザーの利用方法を絞り込むこことで、SNSとしての情報収集機能を向上し、彼らの「顧客満足度」を上げることが先決なのか、それともタダでこつこつと情報を上げることで彼らの収益を支えているユーザーに対して、更なる利便を供することで、アクティブユーザーの流出を防ぎ、ユーザー層の底辺を広げていく事が適切なのか(ここのターゲットリーチ深度の広さと浅さがtwitter最大の利点であり弱点と常に謂われ続けているようですが)、サービスの分かれ目を感じさせる今回のアップデートでした。

twitterクライアント for blackberryバージョンアップ画面ちなみに、普段使いのBlackberryにも公式クライアントのアップデートが来ているのですが、ただでさえも狭い画面(480×320)にこれ以上ファンクションボタンが増えると、コメント表示自体が…と、なりそうなので当面アップデートは見送りです。

 

7月の台風一過の朝

7月にしては超大型と呼ばれた台風も、列島に近づくころには勢力も弱まり、局地的な被害の発生に留まったようです(報道等では台風の上陸を殊更強調して取材し、かなり無理な現地レポートを行うことが恒例となっていますが、今回の被害同様、台風の前駆、特に東側に掛かる部分での降雨が被害を生むケースが非常に多く、上陸時よりはるか前の降雨に関する情報提供に注力して欲しいと常に感じております)。

八ヶ岳の南麓も、前日の夕刻に一際盛大に夕立が降った以外、大した被害もなくほっとしているところです。

そして、台風一過の朝はクリアーな空が望める日。出勤途中で撮影した写真を何枚か(全てLumia1020で撮影です)。

WP_20140711_08_08_45_Pro7月の緑の水田越しに富士山が望めます。この時期には珍しく、クリアーな富士山が望めるのも台風一過のちょっぴり素敵なお届け物。

WP_20140711_08_17_34_Pro水田越しに、南アルプスの山々もクリアーに望む事が出来ます。空の雲はもう、夏の装いです。

WP_20140711_08_10_15_Pro夏空の下、雲を纏う甲斐駒と鳳凰三山。台風が届けてくれた緑眩しい夏の装いを見せ始めた八ヶ岳南麓も、地上より少し涼しいですが、暑い夏のシーズンを迎えたようです。

 

今月の読本「タコの教科書」(リチャード・シュヴァイド著,土屋晶子訳 エクスナレッジ)醜悪と愛嬌が混ざりある美味しい隣人は異次元の知能を魅せつける

今月の読本「タコの教科書」(リチャード・シュヴァイド著,土屋晶子訳 エクスナレッジ)醜悪と愛嬌が混ざりある美味しい隣人は異次元の知能を魅せつける

日本は漁業大国だという事で、当然のようにお魚に関する文化も豊かに揃っています。最も重要な食べ物として、そして漁獲としての職漁、江戸時代ぐらいまで下ると、文化的なテーマも出てきますね。

魚食との深い関わり合いでは、世界有数の歴史の長さと幅広さを持つことを多くの方が日本人の矜持としていると思いますが、こと文化的なテーマの紹介になると、どうも海外に後れを取るようにも見受けられます。

今回の一冊も、なぜ日本でこのようなテーマ性を持った本が出されないのかと残念でならない一冊です。

タコの教科書 原題:Octopus」(リチャード・シュヴァイド著、土屋晶子訳 エクスナレッジ)です。

タコの教科書版元のエクスナレッジさん。元々は建築関係の書籍を専門に扱っていたようですが、近年では海外書籍の翻訳を積極的に取り扱われているようです。テーマ設定の秀逸さと、掲載されている写真の美しさでも話題となっている「世界で一番美しい/死ぬまでに見たい」シリーズの版元さんでもありますね。

本書もスペインはバルセロナに在住するジャーナリストの方が執筆された書籍の翻訳版ですが、驚いたことに本書の少なからぬページは、最大のタコの消費大国である日本のタコの事情、そして日本人の著者が本来書いてほしいと願う文化について解説するために費やされています。

そして、邦訳が「教科書」を標榜するように、本書は実に幅広い分野の「タコ」に関する知識を取り揃えています。中でもナポリの臨海実験所の開設の経緯(ダーウィンが支援していた事でも有名ですし、海洋生物研究の分野で最も伝統を有する研究施設の一つでもあります)と、研究所におけるタコの研究を取り扱っている点は出色ですし、タコの特性から、漁獲、食、生体研究、文化、飼育にまつわる話まで実に豊富なテーマを多くの写真や絵画を交えながらもコンパクトにまとめ上げている点は、手軽にこれらの知識に触れたい読者にとっては非常に魅力的です。その意味では本書の少し前に邦訳が刊行された「タコの才能」が、ネット世代の好奇心に依拠した、研究対象としてのタコに対する生体行動学、工学的な好奇心に重心を置いて著述されている点とは対照的に、日本においてはなかなか地位を得られない(荒又宏さんが唯一でしょうか)、博物学的な知見に基づいて著述されている点がちょっと古典的でもあり、貴重でもあったりします(著者は既刊でも食用魚類に関する著作がありますが、あくまでもジャーナリストです。魚をテーマにした書籍では、魚類/水産学の研究者や、官僚出身者、経済関係の方が執筆することが大多数の日本と、この点でも大きく異なります)。

本書では、タコに関するテーマを幅広く扱っていますが、そのいずれもが要点を押さえた記述と、各章に込められたテーマに対して明快に解説と著者の心象を込めていく点は、研究者と呼ばれる方が執筆した類書と明確な一線があります。

タコの習性と漁法では、擬人化したタコの習性に関する描写は滑稽ですし、研究者たちのタコの知性に関する研究では、ジャーナリストらしい研究者同士のタコの知性に関する研究成果に対する見解の反目をしっかり扱っていきます。北大西洋でのタコ資源の減少、特に北アフリカの西サハラ(世界でもほんの僅かな未独立地域)での過酷なタコ漁と周辺の政治状況、海外大資本(日本の大手水産会社を含む)の活動にもきっちりと言及している点は日本で刊行される類書では決して得られることの出来ない知見でしょう。南米のオクトパス・マヤがニューヨークで受け入れられない理由と、著者自身が現地で食した絶品のタコ料理(ものすごくシンプルな料理なのですが)のかい離に対して、西洋諸国でのタコ食に対する、ある種のハードルの高さ(タコ食への根源的な嫌悪感と高級食材としてのステータスの相反)がストレートに描けるのも、西欧の中ではタコ食を嫌悪しない南欧出身の著者ならではの視点です。

そして、日本の読者にとっても非常に嬉しい点は、南欧と並んで世界で最もタコを食している日本の事情を取り扱うことがテーマに叶うと考えたであろう、タコ食文化のページの多くを日本のタコ食とタコ漁に割いている点です。中でも「タコ焼き」と「明石焼」を明確に区別して解説している点は、著者の熱心なリサーチの成果でしょうし、大阪の家庭にあるタコ焼き器とカンザスのワッフルメーカーを比較している点はくすっと笑いが出てしまいます。一方で、日本が密かにタコの完全養殖に成功しているのではないかと疑っている筆致(また世界中の利益を収奪するのではないかとう、ジャパンバッシング論が見え隠れする)は、未だステレオタイプな「不思議の国、日本」健在だなと感じてしまうところです。

そんなやや偏見的(世界的に見れば至極当然?)な日本のタコ食文化への眼差しですが、タコを取り扱った文化史に入ってくると更にその筆致はパワーアップしていきます。「タコの才能」でも若干見受けられたこの傾向ですが、本書では一章を割いて全面展開されています。要は北斎の春画から始まる陰湿で内向的な性描写が、現在のアニメの描写で使われる抑制的な性描写への裏返しとしての「触手攻め」に繋がっている点を日本のエロ描写の特徴として見做していく事と共に、ユゴー(レ・ミゼラブルの著者ですね)の反発や印象派の画家たちへの東洋趣味に繋げていく論調なのです。この辺りの見解は日本人としては納得いかない点も多々あるのですが、ジャパニメーションを称揚される理解の根底がこのように捉えられているのかと考えると、妙に納得させられてしまう点もあったりします。

もちろん、日本の文化の範疇外にあるタコをモチーフにした美術や図案についても多く語られていくのですが、そのいずれもが特徴的な容姿と、不思議な生態への畏敬と愛嬌がないまぜになっている事が判ると思います。そこには、何時の時代でも、どの文化でも人を惹きつけてやまない、タコだけが持ち得る魅力があるようですね。

本書の最後は、多くのタコに魅せられた方々が異口同音に述べられる言葉で締めくくられています。

それは、脊椎動物が持つ知性とは全く異なるタイプのものなのでしょうが、確かにその眼には「知性」が宿っている事を目の当たりにすること。底知れぬ知性が宿ったそのまなざしは、スキューバー巡り合った水中でも、漁船のデッキに積まれたタコ壺の中でも、水族館のガラス越しても、きっとあなたをじっと観察しているはずです。

我々が知らないもう一つの「美味しい」知性への探求は人類史と同じくらいの長さを有しているのですが、それでも、まだまだ始まったばかりのようです。

<おまけ.その1>

本書より少し前に刊行された、同じようなテーマを取り扱った一冊。内容はずいぶん異なりますが、タコの知性に魅せられる点は全く同じですし、インタビューに登場する人物はオーバーラップしています。できれば、先に本書を読まれて、特にタコの研究に興味が湧かれたら、こちらを読まれるとよいかと思います

タコの教科書とタコの才能

<おまけ.その2>

本ページで取り扱っている、その他の食べ物をテーマにした書籍のご紹介