今月の読本「山の仕事、山の暮らし」(高桑信一 ヤマケイ文庫)哀惜の先はきっと今に続くと信じて

最近の文庫ブーム。各社から趣向を凝らしたシリーズが刊行されていますが、その中には「名著復刊」を標榜した文庫シリーズも見受けられます。王道ですと講談社学術文庫はこのスタイルを長らく続けており、既に手に取ることの出来なくなってしまった名著を手軽に楽しめるシリーズとして根強い人気がありますし、最近では文春がこれに追随する動きを見せていますね(文春学芸ライブラリー)。

そんな中で、異色の文庫シリーズを展開しているのが、現在はインプレスグループ傘下に収まっている山と渓谷社が刊行を開始した「ヤマケイ文庫」です。山と渓谷が得意とするネイチャー系の刊行物が揃いつつあるシリーズですが、収蔵される原著が山と渓谷社の刊行物や雑誌連載の記事に留まらないのがポイント。版元の関係で大手の文庫シリーズには収蔵され得ない、中小の専門書籍を扱う版元から刊行された作品や雑誌連載の単行本化作品などの再販が絶望的で、大規模な書店の棚でも探すのは極めて困難なこれらの刊行物(釣り具やとか、アウトドア商品のお店にあったりするんですよね、意外と)を、文庫として改めて楽しめるようにしてくれている、ちょっと嬉しいシリーズです。

ヤマケイ文庫ラインナップ

文庫の帯にあります、現在の刊行ラインナップです。なかなか興味深いラインナップが揃っていて、選ぶのにちょっと困ってしまうくらいです。この中で「山でクマに会う方法」「空飛ぶ山岳救助隊」(この2冊はお勧めです!)「日本の分水嶺」は既読です。できれば、海関係の本も混ぜてほしいなあ…。

そんな貴重なラインナップを有するヤマケイ文庫の中でも、高い人気を誇る(2013年3月刊行で、現在既に4版。この手の文庫本で重版が出ること自体稀な筈)一冊が、今回ご紹介する本です。

山の仕事、山の暮らし

山の仕事、山の暮らし」(高桑信一 ヤマケイ文庫)です。

著者の高桑信一氏は、山岳関係や渓流釣りのライター、写真家として極めて著名な方で、多数の雑誌連載や、書籍の執筆をなさっています。本書もそのような中で、釣り人社の別冊雑誌「渓流」に連載されていた記事を単行本化した作品を元にしています。

釣り雑誌、特に渓流関係の釣りを扱う雑誌と、このような山仕事をテーマにした記事は極めて相性が良いようで、逆のパターンで「山と渓谷」に連載されていた、渓流を舞台に職業として漁を行う山の人々をテーマに取材した連載を単行本化した「職漁師伝」(戸門秀雄 農文協)といった本もあります。

本書も、そのような類書同様、失われつつある(本書の連載は1993年から2002年)山で暮らす人々の営みを、その職業、作業を通じて叙述することを目的としています。また、取材されている場所は著者の活動フィールドである東日本、それも群馬、新潟、福島から東北にかけての一帯にほぼ限定されていますので、所謂照葉樹林文化との関連を期待されて読むと、少々戸惑ってしまうかもしれません。東日本に在住の方、もしくは現時点で最も山暮らしの文化が色濃く残っていると思われる、深い降雪と、四季の営みを明確に見せる、北関東から南東北地方の山暮らしの風物に興味を持たれている方に向けられて書かれていると考えてよいかもしれません。

そして、書かれている内容は、あとがきで述べられるように、滅びゆく山棲みの人々を描き留めることを目的としていたため、多くは哀惜の筆致に包まれています。著者が述べるように、本書で取り上げられた人物、そしてその山での営みの殆どは既に今日では失われてしまっているかもしれません。そのような捉え方をすると、本書は著者のいうところの最後の姿を残すための哀愁のこもった記録集になってしまうのかもしれません。只見のゼンマイ採り、行き止まりの湿原を前にした峠の茶屋。足尾のシカ撃ちに桧枝岐の山椒魚採り…。継承者もいない、僅かに残ったこれらの山仕事の最後の日々を伝える話が綴られていくと、寂寥の感すらしてくることは、致し方ない事だと思いますし、読んでいて少々辛くなってしまいます。

でも、本書の魅力、そしてこれほどまでに重版を重ねている理由は、著者があとがきで述べているような、これら「哀惜への共感」なのでしょうか。いえ、くそ生意気にも、それは違う、と断言させて頂きたいと思います。

確かに、本書の前半で取り上げられた人々の暮らしはもう既に残っていないかもしれません。しかしながら、中盤以降(奥利根の山守り)辺りからの取材記は、当時であっても現在進行形の物語。山を舞台に、これからも生きていこうという人々の物語が綴られていきます。山を垂直に利用することで四季を追った養蜂を成り立たせる養蜂家、会社に自ら持ち込んだ炭焼きの技術をサラリーマン引退後に自ら引き取って続ける決心をした山を暮らしの場とするサラリーマン、要救助者が減った今日でも救助の最前線で指揮を執る隊長。

更に後半では、著者よりも若い世代で山で住むことを決心した人たちと、彼らに伝承を与える人々を追った取材記が続きます。そこには、ノスタルジーで閉鎖的と思われる山村風景だけに留まらず、山岳ガイドを兼ねる気鋭のアルピニストや、若い山小屋の守り人、首都圏に向けて積極的に出荷する花卉園芸家などの取材を通して、山暮らしというのは、実は昔から平地に住んでいる人との繋がり(経済的交流を含む)なしには成り立たないことを暗示させていきます。特に、最後の章で登場する秩父の天然氷は、今や夏冬両方の風物詩としてTVで毎年のように取り上げられるようになりました。

本書の続編として、少し標高を下げて山里に暮らす人々への取材を纏めた「希望の里暮らし」が上梓されたのも、本書が決してノスタルジーだけではない、その先に新たな暮らしを求め、見つめている人々たちへの著者の温かく、そして希望を込めた眼差しがあったからこそではないでしょうか。

本書は前述のように、読み始めはかなり重たい雰囲気が漂うため、決して読んでいて気持ちが良いものではありません。しかし、後半にかけて登場してくる人々の輝きは、山に抱かれて生きていく事にノスタルジーも、一方的に否定もする必要はないと思わせるだけの説得力を持って訴えかけてきます。著者がいみじくも述べているように、売り出された田舎の中古物件はそれらに対する憧れの残滓なのかもしれません。でも、その残滓を乗り越えてでも移り住む人々が止まない事自体に、そして彼らが本書を見つめる脳裏には、本書が秘めているもう一つの魅力がはっきりと映し出されているのではないかと感じているのです。

そこには彼らが望む「本当の暮らし」に対する直視すべき非情な厳しさと、決して消えることのない、僅かばかりに続く、希望の道程が。

<おまけ>

本書と併せて読みたい一冊。入手性に難があるのですが、本書にご興味のある方であればきっと興味深く楽しめると思います

その他、本ページでご紹介している、本書のテーマに関する書籍を

 

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今月の読本「山の仕事、山の暮らし」(高桑信一 ヤマケイ文庫)哀惜の先はきっと今に続くと信じて」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 北アルプスにまつわる自然と人の営みを集めて(大町山岳博物館と4つの分野を跨ぐ特徴的な展示を) | 八ヶ岳の南麓を彷徨って

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