今月の読本「ヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)「マッサン」の原譜にしてニッカ創業80周年を記念して新装なった、日本初のウイスキー継承への伏線を描く物語

今年の秋冬シーズン(10月~15年3月)に放映予定のNHK大阪制作の朝の連続ドラマ「マッサン」は、朝の連続ドラマ史上初の外国人女性を主人公に置いている事でも話題となっていますが、それ以上に主人公のパートナーであり、夫でもある竹鶴政孝が創業したニッカウヰスキー創業80年を記念した営業活動の成果という、ちょっと斜に構えた見方も出来たりします。

今年のWWAで「竹 鶴17年ピュアモルト」がworld bestを射止めたのも、ISC2014では実に8商品ものゴールドメダルを獲得したのも、創業80年に花を添える執念の受賞と云われましたが、更に花を 手向けるかのような連続ドラマへの「創業者夫婦」の採用。毎年熾烈な勧誘があるとも謂われる連続ドラマの舞台勧誘から見てもちょっと意外な選定に驚くところで す。

何故北海道、余市が創業のニッカウヰスキーが大阪制作の連続ドラマのテーマとして採用されることになったのか。そして、なぜ連続ドラマを用いてまで80周年を盛り上げようとしているのか、この本をご覧頂くとちょっと見えてくるかもしれません。

ヒゲのウヰスキー誕生すヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)です。

本書は元々、昭和57年(1982年)に新潮社より刊行された書籍の文庫版ですが、今回のドラマ採用に際して表紙装丁の変更と、ドラマに合わせた帯の新調が行われています。また、冒頭カラーページに所謂「竹鶴ノート」の写真が掲載されており、新装版として版も改まっています(初版扱いです)。

新装版の表紙に大きく掲げられた、ニッカのトレードマーク「キング・オブ・ブレンダーズ」をご覧いただければ判るように、本書もニッカウヰスキーの強い後押しを受けての新装であることを滲ませています。

そこには長年のライバルである「サントリー」のここ数年来の広報戦略、そして世界企業への飛躍に対するニッカ、そして親会社であるアサヒビールの強い危機感を感じさせます。

本書は、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝の準公式的な伝記ですが(公式な自伝としては「ウイスキーと私」という作品もありますが、こちらはニッカウヰスキーの刊行物のため、書店には出回りません。注:こちらのサイトの情報によりますと、NHK出版より版を改めて刊行されるようです。この力の入れようも尋常ではないですね)、単なる偉人伝ではありません。その書名から判りますように、本書は伝記体を採りながらも、実質的には「日本ウイスキー発祥物語」としての位置づけを持っています。

物語は大阪の大学卒業を前にした竹鶴が摂津酒造に押しかけ修行を願い出るところから始まりますが、社名を見て頂ければわかりますように、ニッカの創業地、北海道は余市ではなく、大阪の南部、住吉から物語はスタートします。竹鶴自身も広島の竹原(たまゆらの舞台ですね。日本酒ファンの方には吟醸酒の発祥でもある、広島軟水仕込みでも有名かと)出身であり、関西より西側を舞台にすることをセオリーとしている、NHK大阪制作の朝の連続ドラマテーマとしては決して場違いではないことが判ります。

そして、彼の摂津酒造での働きを興味深く見守る人物として常務の岩井喜一郎と、ここに鳥居信治郎が登場してきます。そう壽屋の、即ちサントリーの創業者である鳥居信治郎です。岩井喜一郎は後に本坊酒造に移籍、現在の信州マルス蒸留所の元となる山梨マルスワイナリーを立ち上げることになります(数年前まで休止中でしたが、ハイボール人気を受けて蒸留を再開しています。そのような意味でもこの三者の関わり合いは非常に興味深いですし、その外にあったメルシャン(旧三楽オーシャン)の軽井沢蒸留所の閉鎖も印象的です)。そして、鳥居信治郎、更には彼の残したサントリーとの物語は本書の最後まで続くことになります。

その後、摂津酒造の後押しを受けてイギリスに渡った竹鶴は生涯の伴侶であるリタを連れて帰国する訳ですが、彼が持ち帰ったもう一つの成果である「竹鶴ノート」として纏められたウイスキーの製法は紆余曲折を経ることになります。この辺りは本書に詳しいわけですが、結果として竹鶴ノート自体は摂津酒造に残り、岩井喜一郎の手を経てその技術は本坊酒造に渡ることになり、竹鶴自身は壽屋の社員として山崎蒸留所を開設することになります。更には鳥居信治郎と袂を分かった竹鶴は北海道に渡り、余市の地で現在のニッカウヰスキーの元となる大日本果汁を創業することになります。つまり、竹鶴が持ち帰ったウイスキーの製法という魔法の種は、彼自らの行動によって三つ木に分かれて果実を実らせる結果となったのです。

その結果が何を生み出したのかといえば、本坊酒造は竹鶴ノートの継承者を自認して「原点」を名乗り、竹鶴自身が起こした余市の蒸留所を継承するニッカ、そして親会社であるアサヒビールは彼を「日本のウイスキーの父」を称するようになります。では、本当に日本で初めてのウイスキー生産を達成した壽屋、即ちサントリーはどうでしょうか。そう、ウイスキー自体を作ることはしなかったが、その国産化に大きな力を与えた創業者である鳥居信治郎を「ジャパニーズウイスキーの創始者」と称し、竹鶴が残した原酒のエージングが充分に整った後に世に送り出された「角瓶」を以て、ジャパニーズウイスキーの始祖と位置付けたのです。竹鶴の名をまるで消し去るように扱いながら。

本書に於いてもその間の経緯(本坊酒造は出てきませんが)が語られていますが、その記述が三者それぞれに好意的に捉えられる筆致になっているのが非常に興味深い所です。まず、本坊酒造にとっては本人はさておき、彼が渡航の果てに結実させた竹鶴ノートの中身こそがスコッチ製法の秘密をすべて書き留めている証拠を本書が示している事になります。ニッカにとっては大事な創業者の伝記なのですが、その文面には竹鶴と鳥居の確執と、味覚に対する鳥居の鋭さを竹鶴が認めるように捉えられる内容が含まれています。更に驚くことに、巻末では回顧録的に竹鶴に壽屋時代に作っていたウィスキーはスコッチの模倣であり、日本人に合わせたものには至っていなかったことを自嘲させています。実は、現在のサントリーが行っている「ジャパニーズウイスキー」のプロモーションは、まさに著者が竹鶴の言葉として語らせた内容を地で行くような竹鶴、そしてニッカのウイスキー造りに対するアンチテーゼであり、本書は図らずも両社のプロモーションにとって、互いに重要な「理論的原典」として位置付けられるようです。

同じ人物によってウイスキーの蒸留を始めた両者はお互いをライバルと見做し、シェアと品質を争い続けてきたわけですが、品質面はともかく、シェアとその巧みな宣伝戦略においては、ハイボール人気を見るまでもなく、ニッカ、そして親会社でもあるアサヒビールにとって近年特に分が悪いようです。更に、ここに来て決定的な差を付けかねられないトピックが「ビーム・サントリー」の成立ではないでしょうか。苦難のビール事業を遂に軌道に乗せ、余勢を駆って「ジャパニーズウイスキー」の旗手として世界的な酒類メーカーの一翼に躍り出ようとしているサントリーと、国内でも主力のビールでシェアをじりじりと低下させて、往年のスーパードライ躍進も最近は影の薄いアサヒビールにとって、長年のお荷物でもあるニッカの処遇。この80周年にかける猛烈なプロモーション(ちょっとずれている気もしますが)には、そんな危機感が見え隠れしている気がします。

本書の後半は、竹鶴の英雄談よりも、そんな弱小ウイスキーメーカーとしての悲哀が存分に語られていきます。その苦境は当時よりは多少は穏やかにはなったのかもしれませんが、現在でも決して順風満帆といかないセカンドベンダーの悲しさと苦闘が見え隠れします。そのような中でも、「心を熱くするウイスキー」というテーマを掲げて、ブレンドに拘り、丁寧な造りと、原酒を守り続けるという、ウイスキーづくりの原点を守り抜こうとする人々に対しての、先人からのエールとも思える一冊です。

なお、本書を手に取られる方が期待するであろう、最愛の妻であるリタとの物語は要所で登場はしてくるのですが、構成バランスの関係でしょうか、彼女の物語はスポット的に挿入されていきます。したがって、本書の内容だけで連続ドラマ半年分のボリュームを導き出すのは難しいと思われますし、更には物語としての連続性が欠けているため、ドラマの方は脚本家の方の手腕にかかってきそうです。しかしながら、当時としては非常に珍しい「外人さん」を扱った物語。その中に、生真面目でお茶の時間には厳格な英国夫人としての矜持と、健気に日本人の妻としての生きていこうとした彼女の想いが汲み取られることを期待したいところです。

最後に、本書の骨子の殆どは、参考文献として挙げられているように、wikipediaに掲載されています。

wikipedia自体は知の拡散という意味で、非常に素晴らしい活動なのですが、このような形で書籍の骨子がもれなく掲載されてしまうと、その後に本書を手に取った際に少々寂しい想いをする事も事実です。特に人物伝などで骨子があらかた書かれてしまうと、後で書籍を読む理由すら減退しかねない事もあり、今回ばかりはwikipediaの記事に対して残念な思いをした事を留めておこうと思います。

<おまけ>

摂津酒造や壽屋時代以外の竹鶴の足跡については、上記のようにwikipediaに詳しいですが、公式録としてはニッカウヰスキーが纏めて取り上げていますので、併せてご覧頂くとよいかと思います。特にリタに関するエピソードは、養子で後の社長、2代目ブレンダーでもある竹鶴威氏のエッセイに多く語られています。

<おまけ>

今回の放映に際して、「番組公式」とも捉えられる書籍が刊行されるようです(ほんまもんのニッカファンさんのこちらのサイトで見つけさせていただきました)。東京書籍から番組放映間近の8/30に刊行される「竹鶴政孝とウイスキー」です。著者はスコッチ文化研究所主宰で、ウイスキーワールド編集長でもあり作品の監修を担当される土屋守氏。どのような構成になるか判りませんが、東京書籍の刊行ということもあり、番組の副読本といった体裁になりそうですね

竹鶴政孝とウイスキーという訳で買ってみました。まだ読んでいる最中ですが、全243ページに対して4割近い100ページ超を竹鶴ノートの詳細な検討によるウイスキー醸造法の紹介に充てられており、残りの半数が養子で二代目ブレンダーの竹鶴威氏へのインタビュー、残りが竹鶴の略歴と、ヒゲのウヰスキー誕生すのストーリーに則って、イギリスでの足取りを重ねたアウトラインとなっています(帰国後のお話は、巻末の2004年に行われた竹鶴威氏へのインタビューに引き継がれる形です)。

従いまして、ドラマをご覧になられる方への本というより、純粋にウイスキーファン、しかも醸造までに興味を持たれている方へ向けた書籍だとご理解いただいた方が良いと思います。特に本書のメインである竹鶴ノートの解説部分は流石に著者の専門分野だけあって非常に詳細です。そのため、ウイスキーに限らず、醸造一般にかなり興味のある方でないと内容的にはやや厳しいかもしれません。

 

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