今月の読本「熊谷直実 中世武士の生き方」(高橋修 吉川弘文館)郷土の豪勇への熱い眼差し

毎月新刊が出るのが楽しみな吉川弘文館さんの「歴史文化ライブラリー」。特定の時代や視点に囚われず日本、そして時には海外までをも含む広範な歴史、文化について、一線の研究者の方々による最新の研究成果を判りやすく紹介してくれる、とても嬉しいシリーズです。

本日は今月刊行された一冊から、平家物語や所謂源平合戦(治承・寿永内乱)の名脇役として、時には合戦絵巻を彩る主演としても扱われることのある、豪勇の士の生涯を真正面から扱った「熊谷直実 中世武士の生き方」(高橋修 吉川弘文館))のご紹介です。

熊谷直実あとがきにもありますように、本書は著者が奉職する茨城大学での講義資料をベースに書かれています。そのためでしょうか、記術の手法も、教科書にあるように記述が前後してしまう内容ついては、後述場所を指示する補記を丁寧に入れる事で、内容の重複によるページ数の増加と、ページを前後する事による通読性を悪化させることを防ぐような配慮がなされているようです。また、記述の内容も極力平易にしており、初学者でも非常にとっつきやすく、スムーズに読むことが出来るように配慮されています。但し、読み下し文には極力原文に近づけた文も併記する事で、出来る限り原文でも読んでもらいたいという、研究者・教育者としての著者の配慮も見受けられます。

平易で丁寧な筆致と読みやすい構成のおかげで、この時代の歴史的展開についてある程度の知識を有していらっしゃる方ならすいすいと読めてしまう点は(私の場合で、中断しながら3時間ちょっとくらいでしょうか)、読書時間が限られているにも関わらず、隙あらば知的好奇心を満たして欲しいと思い、購入して読む側としてはとても嬉しかったことをまず留めておきたいと思います。

そして、著者が「熊谷市生まれ」であることが、本書の筆致を更に特徴づけているようです。

本書の主人公である熊谷直実は、多くの歴史を動かした英雄や偉人たちとはちょっと毛色が異なる人物。東国一の勇者であることは異論がないようですが、その出自もあやふやで、居並ぶ御家人たちと比べると勢力も極僅かなものであったのかもしれません。そんな小武士にも関わらず、これだけ著名となった所以でもある彼の生き様はまさに愚直。愚直さゆえに数々の奇行とも捉えられる事件を起こし、それゆえに周囲に愛され、最後には自らの奇瑞を以て滅する事を願うという自己中心的にも甚だしい生涯かもしれません。

本書では、その愚直なまでの生き方が災いして、後世(現代を含む)にあらゆる誤解の種を生み、その華々しい活躍故に、歴史編纂上利用されてきた彼の行跡を、最新の研究結果を踏まえながら著者独自の見解で見直していきます。しかしながら、そのアプローチと記述は時に研究者による学術書の制約を逸脱している部分もあるようです。

元々の庇護者であった久下一族との熊谷領を巡る確執や、有名な一の谷の合戦から導き出される直実の宗教観に対する見解。武家社会と袂を分かつきっかけとなった流鏑馬的立役拒絶や御前対決に対しての直実、そして主君である頼朝の想い。法体となった後の伊豆山での機縁、その後の法然との交わりと法然の直実(蓮生)への想い…。

これらの記述に対して、著者はあとがきで贔屓であろうかと述べられていますし、その筆致に大きな懸念を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。

でも私にはこれで良いのだと思いました。南関東に生まれた私にとって、子供の頃から慣れ親しんだ東国武士の中でも畠山重忠(万騎が原古戦場を裏庭として遊び、育ちました)と並んでヒーローの一人であった直実の生き様を、もしかしたら同じような想いで郷土である苗字の地を開いた、いにしえの偉人の事績を愛情を込めて描いていく。但し、研究者として最新の研究成果(吾妻鏡の読みこなしや年代挿入など)をきっちりと踏まえつつ、誤解を改め、より正確な描写を心掛ける。でも最後は、その愚直な生き方、死を賭して全ての人々を救おうと、在所に再び戻り、死の瞬間まで自らの信仰の力を高めていく真摯な想いを伝えたい。

本シリーズの刊行のことばにある、学問成果にもとづいた「知的冒険の旅への誘い」。コンパクトで非常に読みやすい本書を通じて、中世東国武士の物語や、その歴史の息吹に触れてもらうことで、よりいっそう中世の日本史に興味を持ってもらえる。魅力的な人物を知ることで、その背景にある歴史的な事象へと更に興味が広がる。地元の史跡を歩くことで古を訪ね、郷土の成り立ちと変遷に想いを馳せる。

本書はもしかしたら著者の歴史研究者へのアプローチと重なる、そんな想いを込めて、郷土の愛すべき偉人の生き様をより多くの方に伝える為に書かれた一冊なのかもしれません。

<おまけ>

以前ご紹介した吉川弘文館より刊行された歴史文化ライブラリーのシリーズ、及び関連書籍のご紹介。

 

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