今月の読本「カラー新書 日本の樹木」(舘野正樹 ちくま新書)通勤読書と飲み屋の薀蓄話風、樹木進化の物語

最近のはやりでしょうか。本来はサイズを小型化することで、書籍を手軽に読んでもらうことを狙った文庫サイズの新書シリーズですが、更には図鑑の類の手軽さまでも新書シリーズでカバーしようかというカラー版新書。

図鑑の側からはこれに対抗するように、既に文一総合出版さんからポケットサイズのテーマ別図鑑集が多数刊行されており、手軽に図鑑の内容をポケットサイズで楽しむことも可能となっていますが、そちらはあくまでも図鑑の延長。新書シリーズのカラー版にはほかの用途が求められるはずです。

そんな事を考えながら手にとった、今回ご紹介する一冊は、ちくま新書今月の新刊より、シリーズでは極めて珍しい(3冊目でしょうか)カラー新書「日本の樹木」(舘野正樹:著)です。

日本の樹木本来は単色で写真も最低限に抑えることで、印刷コストと携帯性を両立させるために存在する文庫サイズの新書のルールを外れてしまうカラー新書ですので、当然の事として読み物としての弱点が生じてしまいます。

一つ目としては、価格をほかのシリーズと整合させようとするとページ数を圧縮せざるを得ず、かなり薄めの体裁となってしまいます。その結果、写真の掲載サイズとの兼ね合いでもあるのですが、文章量が極めて限られてしまう(雑誌のコラム程度)という、読書感に直結する弊害が生じてしまいます。また、図鑑をベースにコンパクト化した書籍では図版を縮小化するのはやむを得ない所ですが、掲載する図版の表現こそが命であるため、それを表現するために用いられる用紙はあまり疎かにできません。しかしながら、コスト面で極めて厳しい制約を受ける新書の場合、そのようなチョイスは即、価格アップに跳ね返ってくるため、カラー版として別体系の価格帯を設けるか(中公、岩波)、さもなくは表現力の低下を犠牲にしてでも、通常の新書で用いられる用紙(本来は活字用のため、やや黄色身がかる)を用いるしかありません。

本書の場合、価格帯を維持するためにページ数はかなり少なく(127ページ、通常の文庫版が200ページ前後からすれば6割ほど)、用紙もカラー印刷にはあまり向いていない、ざらざらとした質感の用紙で、写真もあまり映える物ではありません(この理由は後ほど)。

そんな、ちょっと中途半端な一冊なのですが、中身を読んでみるとなるほど、製作者(著者+編集者)の意図が見えてきます。

本書は、この限られたページ数で樹木全般の話をすることを敢えて放棄し、樹木に関する進化の歴史と、そんな話をする際に、つまらなそうに聞かされるであろう読者の周囲の皆様へ、少しでも興味を持って貰えるような「薀蓄」をたっぷりと交えた、ちょっと不思議な位置づけをもつ一冊です。

著者のあとがきにも書かれていますが、本書の根幹を成す記述は、針葉樹->落葉樹->常緑樹、高層木->低層木といった樹木の形態と進化の歴史をベースに取っており、その発達過程によって生じた、生体の特徴について、特に意を砕いて記述されています。構成自体も常緑高木->落葉高木->中低木->つる、という順番で掲載されており、著者の想いもあって、被子植物の落葉木の特性、形質への強い優位性を認める著述が目立ちます(例外的にイチョウとカラマツが掲載されていますが、両方ともすこぶる辛口な評価が載せられています)。

そして、これらの木々に対する解説文がきわめて特徴的です。各樹木に与えられたページ数は見開きの写真を含めて僅かに、4ページから6ページ。見開き左下には写真と種の解説文が掲載されますので、実質的には2ページ少々しか文章を書くスペースが用意されていません。

これでは、学術的な内容はおろか、種の特徴すら書くことが難しいのは明らかなのですが、製作者たちはそこを逆手に取った記述を狙っていきます。本書のような新書は、読書時間が限られた方々に対して、タイムリーな内容や、すぐに役立つ情報を提供する事も使命の一つとして担っているわけですが、そのような読者の方々の限られた読書時間、すなわち休憩時間や通勤時間の僅かな時間にどのような情報を提供すべきかを考えた結果なのでしょうか、樹木それ自体の話を書くことを止めて、そこから派生するであろう物語を語ってみようという意図が明白に見受けられます。

カツラの話では、僅か2行で話を打ち切って土中微生物の話に移ってしまったり、クスノキではお約束のように「となりのトトロ」の演出方法とアルカロイドの話に脱線する。クワの木では当然のように世界遺産に登録された富岡製糸場と養蚕用カイコガの特徴の話に行ってしまう。ヤナギの話をしていると、著者の故郷と極めて関係の深い渡良瀬遊水地と田中正造の物語へのオマージュが始まる。止めは、イチョウのページなのですがこちらは読んでいただくとして…。キレはないもののスパイシーなその筆致は、どう見ても研究者のそれではなく、どちらかというと「物知り屋さん」の薀蓄話に見えてきてしまいます。

もちろん、すべてが木々の生態に密接に関わる物語として語られていくので、全く脈絡が無い訳ではないのですが、ページ数の少なさもあり、割り切ったその語り口からも、読む側としては本書から新たな知見を見出そうという意識には繋がらないようです。

そんなことを考えながら読んでいると、ふと本書の読者層、つまり著者と同年代の「おじさん」たちにとって、これらの薀蓄話は意外と飲み屋のしゃべりだったり、会社でのちょっとしたネタ話に都合よく書かれているのではないかと思えてきたのです。

少ない時間に読んだ本の内容から、最大限のメリットを引き出す。紅葉シーズンで樹木の話が話題に上りやすいこの時期に、通勤途中の車内でちょっと読みながら薀蓄を蓄える。雑誌のグラビアで観るような行く事すら夢のまた夢のような風景ではなく、よく見る素朴な樹木の写真から(著者自ら撮影したそうです)実際のイメージを湧かせながら。そんな形で入手した知識を、自慢げに語ってしまう「おじさん」のシーンを思い浮かべながら読むと、ちょっとほほえましくなってしまったのでした。

文庫サイズの新書とは、難しい専門書を読む時間などは確保できないけれど本を読むことが大好きな、僅かな時間を捻りだしてでも活字に生きがいを見出している方々へのご褒美の本でもある筈(もちろん、ポケットマネーで)。本書はそんな新書に時間を割いてくれる読者に対して、読書とは違った、人生の別用途にも応えてくれる一冊なのかもしれません。

<おまけ>

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