今月の読本「海洋帝国興隆史」(玉木俊明 講談社選書メチエ)著者が望むヨーロッパ全体史の著述は、海洋交易路と共に

自分が読み慣れていたり得意分野の書籍は何度でも何冊でも読めるものですが、それではやはり偏り気味。たまには気分転換も込みで、未知のお話に取り組むのもいいものです。

そんな訳で、完全にアウェーな一冊を今回はご紹介。果たしてうまく読めているか…。

海洋帝国興隆史海洋帝国興隆史」(玉木俊明 講談社選書メチエ)です。

著者はヨーロッパ経済史が専門分野。従って、本書の文中で引用される各種論文や研究者も殆どがヨーロッパの経済学者の方々なので、この点では正直全く歯が立ちません。しかも僅か200ページそこそこで中世以前から近世までのヨーロッパ史を語ろうという訳ですから、構成上の無理があるのは当然と考える必要があります。それでも著者は該当するエピソードを詰め込めるだけ詰め込んでいきますが、残念ながらページ数の制約で全てのエピソードに対応する結末が語られる訳ではありません。

ぎゅうぎゅう詰にされたエピソードの数々。その中でも、著者はある点に着目して話を進めていきます。

その着目点は海洋交易。ヨーロッパが貿易で世界を制し、現在でも隠然たる力を持ち続ける原因を海上交易路の掌握に求めていきます。それは、アジアの諸勢力が最後までヨーロッパ世界に対抗しなかった領域(鄭和でさえ東アフリカ止まり)。アジアから陸上ルートを通じて度々侵攻を受けた弱小ヨーロッパ世界が反転攻勢に出た起点を海上貿易路の発展と、輸送力を引き受けることによる世界中の利益の集積、そのルートを確保すべく積み上げていった海上戦力にあると指摘します。

ただし、この指摘の検証方法が非常にユニークであるともいえます。

普通にヨーロッパ史を考えるならば、海上交易路の話であれば地中海交易を中心に据えていくものですが、著者は専門分野である北欧交易を議論の中核に置いていきます。バイキングから始まる北欧海上交易路こそが、既に資源の枯渇した地中海世界への資源供給ルートであったと論じていきます。この着目点の論拠も、海上交易路と対になる船舶構造の発展と、材料(木材)供給の点で、地中海世界の発展性に限界があった事を示していきます。更には、イギリスが一大海洋帝国を築くにあたって整備されていく大商船団(海軍でもあります)を資源の面から支えたのが、北欧の木材と、ロシアの鉄であったとの指摘は目からうろこが落ちる点もあります。

更に、大航海時代における貿易のバランスについても、著者の認識は対アジア貿易と大西洋貿易では圧倒的に大西洋貿易が主軸であり、中でも、南米との貿易、特にポルトガルとスペインの貿易における重要性を指摘していきます。この点については、著者が強調するほどには違和感を感じないのですが、著者の想いは英国の経済学者が述べる英国中心主義的な経済史に対するアンチテーゼのように見受けられます。特に、ポルトガルの国家の支援を越えた南米、アジア貿易に対する根強い影響力への指摘は、イエズス会という伝道と貿易を(時に死の商人として)両軸にした活動の残滓が、20世紀末までマカオを保持していた事に繋がると考えれば、頷かされる点も多くあります。

その上で、著者は海上交易の覇者がヨーロッパの覇権を制するとの主観でストーリーを組み立て行きます。そして、ヨーロッパの強さは、互いに戦争状態にあっても、交易だけはあらゆる迂回ルートが用意されており決して止むことは無かった点であるとし、交易路の変遷を通じてその実例を示していきます。ボルドー、ハンブルグ、そしてアムステルダムと、如何に戦争状態であったとしても商取引は場所と市場を移しながら、継続していく。商人たちの行き交うルートこそがヨーロッパを支え、広げていくと暗示していきます。

その交易ルートの拡大は、地中海から始まり、ヨーロッパを飛び出し、アフリカ、インド洋、そしてアメリカ大陸、更には太平洋へと広がっていきますが、その先駆となったのは国家ではなく商人たちであったと著者は繰り返し指摘します。陸上ルートを抑えられたヨーロッパの人々にとって、袋小路に囲い込まれた先はもはや海しか無かったかのように。

最初はポルトガルやスペインの国家の後ろ盾を受けながらの冒険的な商用、そして伝道のルートであったはずの海上交易路。主要な拠点に植民都市を築きながら交易路を広げていく両国のルートを上塗りしていくように後発者が乗り込んでいきますが、ここで著者はオランダの覇権が、ポルトガルの交易路を横取りしただけの限定的なものであったと述べていきます。その原因を東インド会社等の商人たちに委ねた限界であるとし、その次に現れるイギリスの覇権が軍事力を備えた国家を全面に出した統制。即ち帝国化(植民地とは微妙に異なる)であると述べていきます。その基盤となったのが電信であるとして、情報のスピードが市場制圧を支えたと結論付けていきますが、それまでの海上交易と交易コストを主軸に掲げて著述を進めてきた本書の趣旨からは若干逸脱するようです。

本書は少ないページにも拘わらず、非常に多くのエピソードを詰め込んでいますので、ここで全てを述べる事は出来ません。しかしながら、著者があとがきで列挙している、特定の研究テーマを中核に置いて著述されているのもまた事実です。そのややマイナーとも思えるテーマを中核に置いた著述が、著者が望む「全体像を描く歴史書」と相反する点もあるのかもしれませんが、残念ながら私のつたない読書力ではその判断までは至らないようです。

海上交易路をテーマに、膨大なエピソードを添えた本書の全容を理解するには相応の周辺知識と、著者のいうところの全体像を見渡せる広い知見が求められるのかもしれません。

海洋帝国興隆史と一緒に読んだ本本書と一緒に読んでいた本。

この中で、中南米貿易との深い関わり合いを示す、現地の植物のヨーロッパへの普及を描いた「文明を変えた植物たち」(酒井伸雄 NHKブックス)。ポルトガルの貿易を一方で支えたイエズス会の、貿易商、権門としての側面を描く「教会領長崎」(安野眞幸 講談社選書メチエ)。本書では描かれない、ヨーロッパから見た航海自体の発展の物語を海図を通して描く「海図の世界史」(宮崎正勝 新潮選書)。以上3冊は、本書を読むにあたっても参考になると思います。ですが、最も大切なヨーロッパの経済史に関する参考文献が…門外漢なので。

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