今月の読本「「食」の図書館 鮭の歴史」(ニコラス・ミンク著、大間知知子訳 原書房)天から授かった最高効率の食材は保存の術と共に世界に広がる)

最近非常に増えてきた、食材そのものをテーマにした書籍。

中でも、最近精力的にシリーズを展開しているのが、原書房の「食」の図書館シリーズ。

原著はイギリスのReaktion Books社から刊行されている「Edible」というシリーズ。全51冊に渡るシリーズのうち、これまでにもパンやカレー、お茶、スパイス、ビールにジャガイモと様々なテーマの作品を邦訳として送り出しています(ちなみに原著シリーズには餃子もあったりします)。

今回は、その中からまさかの、そして嬉しい一冊が邦訳として登場しました。

鮭の歴史

鮭の歴史」(ニコラス・ミンク著、大間知知子訳)です。

著者はインディアナに在住し、アラスカのシトカを拠点にして活動する作家兼、環境保護運動家とも捉えられる立場にある人物です。

タラと並んで、洋の東西を問わずに豊富に料理に用いられる珍しい魚であるサーモン。本書はアメリカ人、それも過去にはもっとも多くのサーモンを世界中に送り出していたアラスカを拠点とする著者から見たサーモンの食材としての歴史を紐解いていきます。そして、本書ではターニングポイント毎に最大の魚食民である日本(そしてアイヌ)が関わってきます。

著者の鮭への心象は、実際に多くの鮭類が遡上するアラスカ在住らしい想い。そこに住んでいるだけで、毎年同じ時期なると、必ず川一面に遡上して易々と得る事が出来る最高の栄養源。川を故郷とし、海の豊富な栄養をたっぷりと蓄えて再び川に戻ってきてくれる。これさえあれば、厳冬のアラスカでも、シベリアでも、北大西洋沿岸でも、そしてアイヌの地でも安心して冬を越せる、天からの恵みの魚。

そんな天からの恵みの魚は、ある時期に大量に獲る事が出来るため、獲る事と同時に獲れたサーモンを保存することが求められていきます。そこで、著者は食べる事とはすなわち保存する事であると述べていきます(これは文明の発達が、貯蔵可能な食物と軌を一にする事と同じ理論ですね)。

一度に多く獲れるサーモンの保存方法。塩漬けからオイル漬け、お馴染みの燻製、中には極地ならではの地中に埋めての保存など…。人々は知恵を絞って保存方法を考え、余ったサーモンは交易の産物として広まっていきます。そしてナポレオン戦争を契機に発達を始めた、密封して湯煎することで保存期間を大幅に伸ばす方法。すなわち缶詰の登場の登場によって、サーモンは一躍世界中の食卓に上ることになります。

どんな時でも使えて、どんな辺鄙な場所にも持って行ける。時にディナーの席上で、時にキャンプ、そして戦場で…。あらゆる場所で缶詰のサーモンが活躍していきますが、著者はちょっと大げさに「鮭の缶詰は時代の先端の食べものであり、当時の大きな社会的、政治的な変化に乗り遅れたくないと考える市民は、料理の面では缶詰さえ食べていれば安心していられた」と評していきます。

そこまで書かなくとも、当時の北大西洋、そしてアラスカから世界に送り出され、更に日本もその波に乗って一大缶詰輸出国となった点では、著者が指摘する通り、サーモンは魚食文化という枠を超えて、缶詰と共に、あらゆるレシピを膨らませながら世界中に受け入れられる食材になったといえることになります。

その缶詰としてのサーモンの曲がり角に再び現れるのが、日本。サーモンの次に缶詰として送り出したツナによって、サーモンの缶詰は徐々にシェアを落としていきます。更には、ボツリヌス菌騒ぎ(と、本書では出て来ませんが200カイリ問題も)が止めを刺すように、サーモンの缶詰は斜陽の一途を辿っていきます。

このままでは、サーモンの食材としての歴史が終わってしまうように見えますが、更に大の魚好きである日本がこの窮地を救う事になります。舞台は北太平洋から再び大西洋に移って斜陽を囲っていたノルウェー、更にはサーモン類が本来生息していない筈の南米へと移っていきます。日本人が大好きな生食をサーモンで実現した冷凍輸送と養殖。アラスカをベースとする著者は、キングサーモンの濃厚かつ野性味あふれる歯ごたえこそが最高であると訴えますが、一方で養殖業者と水産加工業者が大規模に開発した、淡泊で脂がのった養殖のアトランティクサーモン(銀鮭も同じでしょうか)が日本人の味覚を捉えたことを冷静に述べていきます。ノルウェーに始まり、世界中を席巻する生食サーモンによって、鮭料理のレシピから缶詰の鮭が消えていきます。

缶詰を主力としていた故に、置き去りにされてしまったアラスカのサーモン。著者はその盛衰と現在起こっている新たな流れ、養殖に対するアンチテーゼとしての「天然産」表示と、更なる加速を掛けるべく認証を待つ「遺伝子組み換えサーモン(認証されれば世界初の動物性遺伝子組み換え食品になる)」に対して、どちらももっと考えるべきだと述べていきます。

本書は食材としてのサーモンを取り扱っているので、漁業自体に否定的な著述を用いることはありません。その上で、最後に述べる著者の言葉は極めて示唆的です。

著者は現在アラスカで進められている遺伝子組み換えサーモン(アクアアドバンテージ・サーモン)に対してこのように述べています。

—引用ここから—

…そう考える人々は、天然鮭の本質と、それが人間にどういう意味を持っているかは、この魚を食べたいという世界的な欲求次第で変わるという事実を見逃している。

この欲求がなければ、鮭の生息地を守ろうとする政治的な意欲や、複雑な科学的問題を解決するために具体的な手段を取る理由もなくなる。そうすれば天然の鮭が持つ文化的な力は、鮭の塩漬け工場がたどったのと同じ道をたどるだろう。鮭を食べたいという欲求があればこそ、地元の海岸から遠く離れた場所で獲れる天然の生鮭の味を知ったときに感じる魔法のような力が生まれるのである。

—引用ここまで—

現在、ウナギの資源保護で問われている問題と全く同じ命題が問われている事に驚きを禁じ得ません。単なる禁漁や、代替資源の開発、完全養殖では、食文化としての漁獲から料理に至る一連の繋がりは途絶えてしまう。自然の恵みを最も効率的に我々に届けてくれる、素敵な魚を何時までも美味しく頂くために。本書は食材としてのサーモンの歴史を語りながら、もう一つの事実を冷静に問いかけてきます。

<おまけ>

本ページより、本書の同じようなテーマを扱った本をご紹介します

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