今月の読本「移動販売車がゆく」(宮下武久 川辺書林)地元ライター+地元出版社が描く、異業種の「地域に根付きたいと願う会社」が乗り出した現在進行系を

年末ラスト1冊の読書。

長野県は教育立県であった(これは過去形らしい)事もあり、地域の出版社も多く、地元の本屋さんにも地域出版社から刊行された書籍が、郷土本コーナー多数揃えられています。

しかしながら、信濃の歌に代表されるように極めて地域性の強いお国柄。出版関係でも長野ベースの刊行物と、松本ベースの刊行物で綺麗に色分けされます(長野と表題の付いた作品は、大抵は北信、東信しか扱わず、全県をテーマに扱った作品の場合、表題には大抵、信州と振られます)。

元々、長野県の出版社自体が長野市付近をベースにしている事が多いため、刊行される書籍はどうしても北信(長野ベース)、東信(上田、軽井沢ベース)を扱った本が多くなる傾向があるのですが(除く、信濃毎日新聞社の刊行物)、本書は異色の長野ベースの版元さんが、南信は伊那をベースにしたライターさんと組んで出された、伊那地域でもマイナーな土地である、箕輪町を舞台にした一冊です。

移動販売車がゆく移動販売車がゆく」(宮下武久 川辺書林)。

本書の主役は、箕輪町に本拠を置く、𣳾成運輸(特殊漢字のため、表示が出ない場合はご容赦を、常用漢字では泰成です)が運行する、民営の移動販売車「にこやか号」。

本文でも紹介がありますように、創業者は地元の上伊那地域出身者ではありません(南の飯田市出身)。しかも創業から今年で20年と比較的若い会社ですし、何といっても従業員が僅か20人程の運送会社さんです。よく、この手の紹介記事で持ち上げられる、地域住民の共同体でも、地元に古くからある企業でも、地元の名士の方が始められた事業でもありません。いち、民間企業が始められた、れっきとした「事業」である点が、非常に特徴的であるといえます(実質的には赤字ですが、行政からの補てんは受けていない)。

そして、本書の舞台に登場する人々も、決して地元でこの事業を諸手を挙げて支えている方々ばかりではありません。

登場するドライバーたちは、偶然の巡り合わせでこの会社に集った方々。移動販売車を始めるきっかけとなった、青空市場を始めることになったのも、リーマンショック後の仕事量減少に対応するための苦肉の策。そして、このお店が名物としてる海産物、特に地元では入手しにくい大粒のアサリ(経済統計的にも、内陸地の長野、そして山梨の方々にとって、海産物と言ったらマグロアサリなのです)を取り扱うきっかけも、運送会社故の、中京地域との繋がりで商ルートを構築できたという、全くの偶然の積み重ねと言ってよい事実が語られていきます。偶然の積み重ねが続けられたのも、地元の会社ではなく「よそ者」故の、地域に根付いた会社になりたいという願い。だからこそ、地元の役に立つ事を手掛けたいという想いが、偶然→必然を積み上げ続けた事になったと筆者は見出していきます。

そんな偶然の延長線上にある、移動販売車「にこやか号」。こちらも行政からの購入補助(実質2割負担と極めて好条件)を得ていますが、運行費用への補助はなく、冷凍冷蔵車故に、リッター1kmに過ぎない極悪な燃費と、運行中にマメに商品を補充し、場合によっては直接お客さんの家まで配達するために伴走する軽自動車の運行費と人件費を考えれば、非常に厳しい事業であることが伺えます。

特に、この手の移動販売車の事例として取り上げられるような山村地域の「移動困難地域」ではなく、10km圏内にはスーパーや郊外型ショッピングモールが林立する伊那谷の両翼に広がる中山間地域という、やや中途半端な地勢で運行されるにこやか号には、競合となるお店や、それらのお店に簡単に通う事が出来る、「家族」という最強のライバルを常に抱え続けることになります。

従って、にこやか号の活躍する舞台は、本書を読まれる方が抱かれるであろう、限界集落と呼ばれる山間地の悪路を辿りながら、孤独世帯を地道に巡回して孤軍奮闘するイメージとは全く異なる、バイパスから外れた中心部のシャッター街や、集住人口のある、中心地から少し離れた集落を拠点にピンポイントで廻る、町の便利屋さんといった特性を持っています。

その特性をいかんなく発揮している印象的な例は、伴走している軽自動車が頻繁に市街のバイパス沿いに戻ってお客さんの要望に応えて商品を補充し、更には恒常的に西友の「太鼓判シリーズ」や、ベルシャイン(地元資本で、ブックオフの有力フランチャイジーでもあるニシザワの食料品スーパーチェーンブランド)の惣菜といった、他社の商品を購入して、僅かな差額を乗せて販売するという、購入代行のようなサービスを当たり前のように実施している点。普通の販売専業業者ではありえない、ライバル会社商品の販売でしょうが、運送会社であれば、手数料さえもらえれば別段おかしなことではない。この柔軟さが、にこやか号運行の大きな特徴ではないでしょうか(町役場の皆さんが、当たり前のようにこの惣菜を購入していくシーンには、著者同様に苦笑を禁じ得ませんでしたが)。

そして、これらを取材する筆者の取材レポートの秀逸さは、本書の大きな見どころです。

地元らしい密着取材で、軽妙に信州弁を交えながら地元のお客さんの言葉を拾っていく軽快な筆致。買い物客の皆さんの背景や、見えにくい地域の実態を埋めていく、地元ならではの著者の観察眼。ドライバーさんや、本事業の中核を担う専務さんへのインタビュー、地元自治体や他の事例についての取材内容も的確で、にこやか号と、その運行にまつわる周辺状況が俯瞰で理解できるように配慮されています。

時には仕入れ先の名古屋の市場まで同乗し、にこやか号、そして青空市場を支える肝となる仕入れの実情と、信州で展開するチェーン店の購買能力に対して、市場関係者の言葉を借りてちょっとした皮肉を入れていく。地元自治体や、時にはお客さんである地元の皆さんへの眼差しすらも、スパイスを利かせた筆致を採る著者の文体には、若干行き過ぎの感も見えなくはありませんが、それだけ実情をクリアに伝えてくれているように思えます。

一方、レポートの秀逸さと比べると、首を捻りたくなるのが、レポートの途中で挟まれる著者の論考。軽快な筆致そのままに、多少の懸念と、極めて楽観的な展望を繰り広げていきますが、その議論は、ネガティブ側もポジティブ側も、極端な事例から楽観的な展望に持ち込もうとしている感がきつ過ぎて、レポートで観られたような俯瞰性の良さを大きくスポイルしている感がどうしても拭えません。

そんな、少々偏りもある筆致の本書ですが、最後に述べられていく著者の考え方には大きく頷かされる点もあります。それは、行政の縦割り以上に縦割りかもしれない、これら中山間地域に対する住民サービスへのアプローチ。もう少しサービスの幅を広げられればもっと効率的になるのに、収益事業に転換できるかもしれないのに、サービスを受ける側の個人、そして「地域事情」も含めて、色々な意味で阻まれてしまう現実。

そんなしがらみを、サービスという名で少しずつ解きほぐしてくれるかもしれない。異業種で、地域に地盤を持たなかった小さな企業が始めた、地域に根付きたいと願う事業活動が、これからも続いていく事を期待しながら。

<おまけ>

本ページで掲載している、信州を題材とした、地元出版社の書籍をご紹介。

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