今月の読本「敗者の日本史8 享徳の乱と太田道灌」(山田邦明 吉川弘文館)自身の存在を賭した二人と、流れと繋がりが読める室町期の関東広域圏政治史を

横浜で育った私にとって、本書の主役である太田道灌は畠山重忠と並ぶ歴史上のヒーロー。

居城である江戸城や、最後の地となった粕谷の館。合戦があった場所などはすらすらと言えるのですが、太田道灌が活躍した時代の関東の状況を説明せよといわれると…ちょっと言葉に詰まってしまいます。

鎌倉府や享徳の乱を扱った本は複数ありますが、どちらも主題の部分に注力して描かれているため、前後の時代背景や登場人物が繋がって来ない。鎌倉府成立の理由と、どうして鎌倉公方が古河に動座する必要があったのか、そしてどのような結末を迎えてしまったのか。関東管領家がなぜあのような形でばらばらになってしまったのか。なぜ関東だけがあれ程までに長く混乱が続いたのか。更には、どのような形で北条早雲が関東に付け入る隙を見出したのか。個別の事柄については類書もありますし、結果は判っているのですが、室町時代の関東の状況を俯瞰で読み解く本はなかなか見当たりませんでした。

本書は、敗者の日本史シリーズとして、主家に謀殺される結果となった太田道灌を扱った一冊ですが、そのような枠組みに囚われずに読みたい、これまで登場を願ってやまなかった、室町時代の関東の通史をとても判りやすい形で実現した一冊です。

享徳の乱と太田道灌敗者の日本史8 享徳の乱と太田道灌」(山田邦明 吉川弘文館)です。

本書は表題の通り、太田道灌が主人公として取り上げられており、道灌の活躍と和歌の繋がりから江戸城の様子を紹介する為に一章を割いていますが、本書の全体のボリュームから見ると、道灌の動きを描いている部分は半分を大きく割り込んでいます(それでも、道灌と弟である資忠の疾風の活躍ぶりや、道灌謀殺の首謀者の検証と、最後の言葉である「当方滅亡!」の意味合いといった面白い考察も述べられています)。

本書は、太田道灌の治績に留まらず、鎌倉幕府滅亡から既に戦国期に入っている鎌倉公方家の事実上の傀儡化、関東管領家の越後長尾家の継承までの室町時代全般を通した関東広域圏(越後から伊豆、駿河まで)での政治状況を俯瞰していきます。

関東在住者以外には判りにくい地名と地理的状況。そして同姓同士で複雑に入り組んだ名跡の継承を少しでも判りやすくするため、養子入りの線図を書き入れた多数の系図と、重複を厭わず戦乱毎に用意された拠点地名、城郭、戦場を書き入れた略図が、複雑な動きを見せる登場人物たちを追いかける大きな手助けとなってくれます。登場人物たちの紹介も、表舞台に立った事柄から舞台を去ったその後まで、時間軸に合わせてフォローし続けることで、その後の展開にどのように影響を与えたのかが明確に判るように文中に配置されています。

享徳の乱と太田道灌合戦場地図例享徳の乱と太田道灌系図例そして、長い時間軸を扱うために配慮された、重複な説明を避け、時間軸の前後移動を極力抑えた筆致が、通読性の良さを確保してくれます(その代わり、一気読みが大前提となりますが)。

室町時代の関東の歴史を貫く二つの柱、鎌倉公方家と関東管領家。成立の時点から激しく牽制しあう二つの権能。観応の擾乱から続く関東の名族たちと、鎌倉府を中心に集まってくる一揆を中心とした勢力のつばぜり合い。そして、永享の乱から結城合戦への流れ。これらの流れを理解するためには、遥か鎌倉幕府滅亡の時まで遡らないと見えてこないことを、本書は明確化していきます。

その流れの水脈となるのが、名跡。家職制度が成立しつつあった時代において、公方家、管領家、そして家宰家と、本人の能力に関わらず、職能としての家を引き継いでいく事が、一族、家臣を含めた安定をもたらし、ひいては収入(領地)を維持する為に必須であった事が見えてきます。従って、後継者の欠落は死活問題。養子に絡んだ家の継承に関わる混乱が、一族全般、そして双方を支援する他家へと広範に広がっていく事になります。

その中で生まれた、永享の乱で父を殺されたあと、寸でのところで助けられて鎌倉公方に擁立された足利成氏。そして、父親の死により山内家の家宰職を継げるはずが、一族からの横やりで継ぐことが叶わなかった長尾景春。自らの地位に確固たる自信の持てない鎌倉公方と、自らが望んだ地位を寸でのところで失ってしまった家宰家の跡継ぎ。

本書の後半は、失ったものを取り戻そうとする二人の活躍を軸に、両者と対峙するもう一方の軸として道灌の動きが描かれていきます。

父の敵でもある、管領上杉憲忠を討った余勢で歴代の鎌倉公方が辿った高安寺を経たルートを北上して古河に入った事で、空白化した鎌倉と相模。その結果、長く続いた関東の中心としての鎌倉の衰退(都市の盛衰は必然と著者が捉えている点が少し引っかかりましたが)と、間隙を埋めるかのように勢力を伸ばす、扇谷家と家宰である太田道灌。鎌倉公方が古河に動座した影響で、公方方、管領方の両勢力が利根川周辺に集結したことによって生じた、戦線の小規模化と長々と繰り返される攻防。戦力の均衡による戦線の膠着化。

そんな膠着状態になると忽然と現れては、まるで自身の存在を証明するかのように戦場を掻き回していく景春。実力を買ってか、それとも同類の憐れみを見たのか、味方に引き入れる成氏(そのうち煩くなって、道灌に牽制を頼む羽目に)。その都度撃破しては取り逃してしまう道灌。更には、膠着した両者の戦力の均衡を破らんが為に、関東の勢力圏外である今川、そして伊勢(北条)を関東の戦いに引き込もうとする景春。

一方で、劣勢だった管領方の勢力を奮迅の活躍で公方方と勢力均衡まで持っていき、関東の各勢力の安定に大きく寄与した道灌。しかしながら、戦国の香りが漂い始める最中に起きた、家宰にも拘らず、主家をも上回る勢力と名望を集めたが故に疑いを掛けられた末の道灌の横死。

本拠である鎌倉を捨ててまでも、自身の父親を支えてくれた北関東の名族との提携により公方権力の再構築を図っていく成氏と、主家も根拠も失い、どう見ても凋落の淵に立ち続けているにも関わらず、何処かから現れては合戦場を疾駆して、再び遁走を続ける景春。関東の混乱の中で、三十年以上に渡って一際粘り強く自らの存在を賭して戦い続ける二人への著者の眼差しは、主役である道灌に対する筆致以上に想いがこもっています。

戦国前夜の関東でいぶし銀の輝きを魅せた三人がこの世を去った後、五十年を超える関東の騒乱は漸く終結を見る事になりますが、彼らの活躍の結果が皮肉にも著者曰く「全員敗者」となる結果を生んでしまいます。

成氏の古河動座と道灌の横死によって生じた南関東の空白を突かんと、景春の手引きによってきっかけを得た、西からの北条早雲よる侵攻。景春の動きを見ながら、外部の戦力を引き入れない限り、関東の覇権確立はおぼつかないと悟った管領上杉顕定は北上政策を採って越後に攻め入りますが、逆に間隙を突かれて南関東を失ったばかりが、自身も越後で敗死し、両上杉家自体滅亡の引き金を引いてしまうことになります。管領家を失えば、表裏の関係ともいえる主家である公方家もその存在意義を消失。そして、太田道灌が心血を注いで築城した江戸城は、皮肉なことに徳川家康の手に渡った後に、幕府の首府、そして現在の日本の首都へと引き継がれていく事になるのはご承知の通りかと思います。

太田道灌をテーマに掲げて描かれる本書ですが、貴重な室町時代の関東の通史として、そしてマイナーなため語られることの少ないこの時代ですが、これだけ魅力的な人物達が広大な関東平野を縦横に活躍していたことを知るためのきっかけとして、とても良い一冊かと思います。

もっと室町時代の関東の歴史に光を!

<おまけ>

本ページでご紹介している、本書と関連する書籍を。

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