今月の読本「航海の歴史」(ブライアン・レイヴァリ著 千葉喜久枝訳 創元社)それでも海を往く

購入してから一か月余り。

遥かイギリスを船出したこの一冊が、難波の書肆によって訳された後、この山奥に辿り着くまで随分の時間を経ているかと思いますが、読むのにもそれなりに骨が折れる大ボリュームに嫌気がさして、他の本に浮気をしながらちょっとずつ読み進めて漸く読了するという体たらく。

ボリュームだけではありません。何せ4000年にも渡る歴史を綴っているので、頭の整理を考えても一気読みは到底叶いません。細かく分けられたセクションを日によっては1つだけ何とか読んだり、ちょっと固まった時間が取れた時には一気に一章読んでみたりと、変化を付けながら漸く読み切ったといった今回の一冊。

航海の歴史航海の歴史」(ブライアン・レイヴァリ著 千葉喜久枝訳 創元社)です。

著者はイギリスでは有名な考古学や海洋関係の書籍、TVの製作に携わっている海洋史家(この職業自体、日本にはありませんよね)。七つの海を制覇したイギリスが誇る、グリニッジの国立海洋博物館名誉学芸員の称号を持つ、本書のテーマを扱うには最も相応しいと思われる方が書かれています。

従って、本書の内容もイギリス中心で描かれてはいますが、他のイギリス人作家の作品にあるような、がちがちのイギリス中心主義でない点に興味が惹かれます。それは海洋史のルーツからすれば、初期の歴史においてイギリスは辺境に過ぎず(バイキングに荒らされる側)、海洋世界における覇権を握ったのは、せいぜい17世紀以降。しかも20世紀の終わりにはその帝国もすっかり縮小しており、既に主役たる位置には立っていない事を冷徹に見据えて描いているようにも思えます(フォークランド紛争の記述など、記述自体が常に公平だとは言えませんが)。

本書が扱う航海の世界は、時間軸ではポリネシア人たちの太平洋をカヌーで渡る物語から始まって、ソマリアの海賊問題までの4000年以上、空間軸は地中海から始まって太平洋に至るという、ヨーロッパの海洋史で扱われる世界観そのままですが、中には鄭和の大航海が差し込まれていたり、ペリーと日本開国の物語(その後の真珠湾攻撃を評して、屈辱を晴らすと書かれている点が実にイギリス人的な表現)が語られたりと、航海の世界におけるインパクトの強いトピックへの配慮も忘れていません。

総ページ数400頁。全6章44のセクションで綴られる本書は、豊富に挿入される美しい図表を眺めながら、歴史を追って航海にまつわる物語を楽しむ…と言いたいところですが、そこに描かれる世界は全く以て魅力的ではない、むしろ嫌悪感の方がよほど大きい物語が延々と綴られていきます。

人にとっては全く快適ではない揺れる船上に閉じ込められた乗船客を支配するのは、荒くれ者の集団である男たちと、その指揮下で喘ぎながら働き続ける奴隷たち。乗客の運命は気まぐれな海の天候同様に常に彼らの気分次第。運ばれる品々は黄金であったり貴重な産物であることもありますが、時にはぎゅうぎゅう詰にされて新大陸へと渡る移民たち、時には新大陸で略奪した金品の数々、そして人として扱われることのない奴隷をぎっしりと詰め込んで大西洋を渡る三角貿易。私掠船免許を振りかざして跋扈する海賊に、更には繰り返される戦争、戦争、また戦争…。

もちろん、クックの太平洋探検や蒸気機関による大西洋横断の偉業(そして余りにも悲惨な物語も)。そして近代に入るとサミュエル・プリムソルのプリムソル標の話や、荷揚げの効率化の究極を目指したコンテナ(しっかり中核港の移転や港湾労働者の失業にも触れている点は流石)。科学的側面での探検や深海探査、更にはアメリカズカップなどのスポーツとしての海の話も出て来ますが、本書の大部分はロマンチシズムとは無縁の、戦いと略奪、欲望の物語に彩られています。

その戦いの歴史は、如何に長距離から相手の船を打ち負かすか。海賊の如く直接乗り込んで戦う白兵戦から、砲が生まれ、船べりに並べられた大砲を放ちあう平行戦。そして、有視界いっぱいの距離から放たれる巨砲による砲撃戦と弩級戦艦の登場。空母と航空機による爆撃による、有視界外から攻撃するという海上戦の一変(ここで旧海軍の対馬沖海戦によるバルチック艦隊との史上初の近代海上戦と太平洋戦争時の空母航空戦の優劣を決したミッドウェイ海戦が語られます)。遂には、長距離ミサイルを搭載した中型艦艇同士の射程外でのにらみ合いと、弾道ミサイルを搭載した無限の航続力を有する原子力潜水艦が対峙することで、双方が決定打を失った現代の海上戦。

乾燥した戦いの物語が多く続きますが、それぞれの物語ごとに登場人物がその背景を語るように描くことで、無機質とならないよう、そして現実感との遊離が起きないように配慮された筆致には好感が持てるところです。そして、嫌悪感すら感じられる物語が続くのにも拘わらず、どんどんと海上で繰り広げられる物語に引き込まれてしまいます。どうしてなのだろうと考えていた時に、本書の最後のセクション(ソマリアの海賊問題)で語られる人質のドイツ人船長の言葉が極めて印象的でした。悲惨な人質生活から解放された彼が語った言葉は

「海の生活をやめる気はありませんでした・・・海賊のために自分のキャリアを変えられたくはありません」

その想いは、冒頭のポリネシア人が海に出ていく際の言葉と呼応します。汝は海へと駆り立てられと唄われる哀歌そのままに、人とは目の前に海を見ると、沖へと漕ぎ出したくなる性分のようです。その苦しみの果てに得た物語の数々を紡ぎながら、決して人には征服する事の叶わない海への憧れを抱いて。

<おまけ>

本書の版元さんである創元社は、日本の著作にはない、コレクションしたくなるほどの美しい装丁と図版、広範なフィールドを文化論として扱う、知的好奇心を揺さぶる海外著作の翻訳本を多く取り揃えています。特に有名なのが「知の再発見双書シリーズ」かと思いますが、他にも「地図と絵画で読む聖書大百科」なんていう、こちらもお腹がいっぱいになってしまう本も扱っていたりします(写真は普及版なのですが、それでも価格の点ではお財布が痩せまくりです)。

航海の歴史と聖書大百科本ページで紹介している、訳本や本書のテーマに類似する書籍を。

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