今月の読本「カラー新書 駅をデザインする」(赤瀬達三 ちくま新書)人が集う空間への理想と最大公約数としての公共デザイン

New! : 本書で著者が渋谷駅と並んで酷評を浴びせていた複雑怪奇な新宿駅の構造と、サインシステム。実は、東京オリンピックを目指した整備事業計画の中に、これらの表示体系を整備しようという都の計画があり、2015年から活動を開始していました。2016年の春に計画案が公開されましたが、このサインシステム整備計画「新宿ターミナル基本ルール」の専門アドバイザーとして、著者の赤瀬達三氏が就任しています。本書でも数多くの指摘を行っていた新宿駅の問題点。根本的な問題である構造までは手を付けられなかったようですが、各社、ビルによってばらばらなサインシステムが遂に一本化されるようです。今年から数年を掛けて更新される新しい新宿ターミナルの共通サインシステム。既にデザイン指針が都のホームページ内にある「新宿ターミナル協議会」にそのコンセプトと共に掲載されています。

 

最近の新書は、創刊ラッシュでブームとなった数年前の状況からもう一歩進んで、テーマのタイムリーさを競ったり、レーベルの得意とする著者やテーマをシリーズ化するといった内容の特徴を競い合うようになってきました。

そんな中で、最近積極的にカラー版の刊行を手掛けているちくま新書の今月の新刊は、東京に住んでいる方ならだれでも知っている、誰もがお世話になっている、あのデザインを手がけた方による、公共デザイン論を扱った一冊が、手ごろなカラー新書として登場です。

駅をデザインする駅をデザインする」(赤瀬達三著)です。

本来であれば、10000円近くを覚悟する必要のある、このようなデザイン論を製作者が解説する書籍(本書も、鹿島出版会から2013年に刊行された「サインシステム計画学-公共空間と記号の体系」を一般向けに書き下ろしたことが冒頭で述べられています)ですが、本書ではカラー新書として、そのアウトラインを極力盛り込むために、価格、紙質、写真点数、そしてページ数と、精いっぱい努力して作られたであろうことが想像できます。

著者は表紙に描かれる、あの営団地下鉄(現在の東京メトロではありません)のサインシステム(ラインカラーと丸マーク)基礎設計を手掛けた、国内におけるサインシステムの権威として著名な方です。文章自体は、前述の制約の為でしょうか、まだまだ言い足りないといった感が滲んでいますが、それでも第一人者の方による公共デザイン(サインシステム)への想いが、このような形で手軽に読める事はとても嬉しい事です。

本書は大きく分けて4つのテーマに分かれて書かれてます。著者の手掛けた代表的なサインシステムの紹介とそのコンセプト。サインシステムに留まらない、駅舎(特に地下鉄駅)の空間デザインへの想い。そして、比較として取り上げられる海外の鉄道におけるサインシステムと、駅舎の空間デザインのポイント解説と、ネガティブな比較としての、国内鉄道の事例。

自身の手掛けた作品で実現できなかった部分についても、ネガティブな事例として取り上げている事例でも、第一人者故に許されるのであろう、極めて辛辣な評価が随所で見られる、かなり厳しめな筆致も多いのですが、指摘自体は頷かざるを得ない見解ばかりです。その厳しさは人々が集まる「公共空間」におけるデザインの大切さを誰よりも配慮したいと願う、著者の考えの表れなのかもしれません。

著者のコンセプトとして、その中核として書かれる点は2つ。人々が集まる空間としての開放性の高さの確保と、シンプルで普遍的な表現によるサインシステム。

特に地下という閉鎖空間に構築される地下鉄駅における、人の集合する場所としての空間スペースの取り方、開放感の与え方については地上の駅以上に配慮が必要な事、自然光への拘り。地上の駅でもホームを渡る連続的な屋根構造や、解放デッキ構造にすることで、ホームを見渡しやすくすることによる移動目標への視認性の向上(屋根もなく、跨線橋からホームが一望できた、昔の乗換駅を思い出します)、動線分離による案内自体を不要とする通路のレイアウトといった、駅という空間の設計方法への著者の理想が、実例としての海外の駅との比較で述べられていきます。そこには、鉄道建設における土木偏重主義(駅も構造物の一部とみなされる、建築部門はメーキャップやら化粧やらという自虐的な発言も拾っています)への強い憤りも述べられていきます。

そして、サインシステムとしての駅の表示に対する考え方も、本質的には空間デザインを補完するもの、空間デザインがまずあるはずだと明確に述べています。その上で、サインシステムの目的は極力シンプルに表現するもの。標記にしても、地図にしても、書かれている文言にしても、複雑さを排除して、目的に対して明確な指示を与えられることを最大限に意図している事が判ります。

この判りやすさへの視点は、日本人が得意とする、細やかな配慮を拾って形作っていく最小公倍数的なアプローチとは対極にある、明確な目的に対して、無駄をそぎ落としていく最大公約数的な表現。横浜駅のコモンサインシステムにおける英語表記の思い切った省略による、日本語表記に負けない文字サイズの確保(最初に見たときに、”JR L. Keikyu L. Tokyu L. Minatomirai L. Sotetsu L. Subway”という標記に、なんじゃこりゃ!地元馬鹿にしてるのか、と思ったのですが、文字サイズとの兼ね合いである点は良く理解できます)はその代表例かもしれません。その根本は、必要以上のサイン氾濫を戒め、駅周辺地図における必要以上の高彩色使用の抑止や広告に類するような固有名詞表記の整理による視認性の徹底した追求、更には第二外国語以外の表記すらも、文字サイズが小さくなるのであれば止めた方が良いという(アルファベットや数字による共通記号やピクトグラムが備えられている事が大前提)、徹底した割り切りによる判りやすさへの視点が貫かれているようです。

そのような公共デザインへの強い想いを持つ著者の、現在の日本の駅に対する評価は非常に厳しいものがあります。判りにくさの象徴でもある新宿駅は言うに及ばず、地下鉄の駅空間としての開放性という意味では特筆に値する、著者がサインシステムを手掛けた、みなとみらい線でさえ、土木と建築、そして建築とサインシステムとの整合性が図りきれていない点を指摘していきます(当初計画していた外照式デザインは、後に同じ横浜を拠点に路線網を広げる相模鉄道で採用されることになります)。

最後に述べられる新しい東京メトロのサインシステムや、東横線渋谷駅の空間デザインとサインシステムの氾濫への苦言は、その先に続く東京オリンピックを見据えた、交通システム体系の抜本的な見直しと、日本の公共デザインに対する更なる努力を求めているようです。

ここから、読後の余禄。

私自身は横浜に長く住んでいたので、営団地下鉄以上にラジカルなデザイン戦略を採った横浜市営地下鉄(駅ナンバーもここが発祥)も、みなとみらい線、そして国内では極めて珍しい事業者間で統一されたコモンデザインシステムを採用した横浜駅の事例も極めて身近に接していました。本書には、これらのデザインにおける苦労や裏話とも思われる逸話も述べられています。

みなとみらい線における駅デザインと、シンプルなサインシステムは、著者のやり切れなかった想い(と、ある恨み)を差し引いても、日本の他の鉄道にはないコスモポリタン的な雰囲気を感じさせます(元町・中華街駅のエントランスからホームまで繋がる、終端駅の立地を生かした連続する空間の広がりは強い印象を与えます)。また、横浜駅のコモンデザインにおける導入当初の大混乱(当初は、みなとみらい線のサインシステムがなんでこんな場所まででしゃばっているのかと憤慨していました)や、行政が定めた位置認識が不可能(誰も横浜駅の南端側を「みなと」などとは思っていません)な出入り口呼称より、高島屋やそごうといったランドマークの方がよほど認知度が高く、後に追記せざるを得なくなった点などは、著者の公共性への想いとは裏腹に、現実との整合も同時に必要であることを認識させられる点でした。くんだの件は…お読みください)。

<おまけ>

本ページでご紹介している、関連書籍について。

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