今月の読本「馬と人の江戸時代」(兼平賢治 吉川弘文館)南部という郷土を舞台に馬、獣そして人々の物語を集めて

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館さんの歴史文化ライブラリー。

通巻400冊を来月に控えた3月の新刊から、シリーズに相応しいテーマを扱った、ちょっと気になる一冊をご紹介(本当はもう一冊の方を買うつもりだったのですが、次のタイミングで…)。

馬と人の江戸時代馬と人の江戸時代」(兼平賢治  吉川弘文館歴史文化ライブラリー)です。

岩手県出身で、東北大学で博士課程を修めた著者が選んだテーマは、故郷を代表する名産であった南部馬。

既に純血種は絶えており、現在では決して馬の生産が盛んな場所ではなくなってしまいましたが、それでもチャグチャグ馬コや、南部曲屋で知られるように、馬と人との繋がりが非常に強かった土地。著者は愛着ある地元の馬産の歴史を追う事で、近世、そして近代の馬と人との繋がり合いを描いていきます。

本書は大きく分けて2部に構成が分かれます。前半は徳川幕府による馬産制度と徳川綱吉の生類憐みの令、そして徳川吉宗の馬産振興を通じた幕府による馬を通じた統制を描いてきます。その中でも著者が着目するのはもちろん南部馬。仙台馬、そして南部馬の流通や幕府の買い上げに関する取引について丁寧な解説が述べられていきます。

優秀な戦闘道具としての馬から、天下泰平と戦国の気風を改めるための愛護精神による保護政策(所謂筋延ばしの規制)、そして弛緩した気風を再度改めるための馬産の見直しと、幕府御牧の再編成。そのいずれのシーンにも優秀な種牡馬として南部馬が登場していきます。その体格の大きさと、虚勢をしなくても穏やかな性格(冬の間も放牧をすると荒れてくるなどという、ちょっと面白いお話も)が好まれて全国に普及したであろう南部馬の流通をその中核に位置した幕府の政策から検討を加えます。

研究者らしく、藩と幕府に於ける馬産政策を系統立てて語る前半に対して、南部を舞台に其処に住む人々と南部馬の関わり合いを描いていく中盤以降、その筆致は少々雰囲気を変えていきます。

中盤以降の構成は、一応章立てで書かれていますが、その内容は特段に章ごとに区別されるものではなく、馬に関わる話題に関してかなりの広範囲のテーマが網羅的に描かれていきます。描かれる内容も、武家の組織や取引から、牡馬(駒)と雌馬(駄)の扱い、農耕馬としての農民とのかかわり、更には馬に限らず南部という土地で馬と関わって生きる人々や獣たち、更には彼らが暮らす環境にまで筆致は広がっていきます。

明治以前には耕馬としての活用が例外である点を関東以北の深耕田に見出す。火災の記録から農民の平均的な馬の所有数、そして馬の所有数と農民の所得階層の比較検討を行う。更には、一緒に飼われていたであろう牛の利用法や牛乳への言及、そして皮や毛といった材料としての活用(武具、細工)や流通、職人に関する話題へとテーマを推し広げていきます。

ややテーマが散漫となる後半、その中でも少し重点を置いて描かれるのが、食肉としての馬(桜肉)。著者はその契機と普及の過程を、江戸中期以降に頻発した飢饉における食糧事情、そして飼料すら食事に廻す必要性から餌を与える事も叶わず、処分するくらいなら食するという判断があった、その繰り返しが近代以降の肉食への抵抗感を既に引き下げていたのではないかという、興味深い見解を示していきます。

更には、広大な牧草地を要する放牧に伴う環境への負荷とそれに抗するように現れる狼たちと人間との抗争。その反動として現れる他の獣たちの増加、そして駆除といった、現在の中山間地での微妙な話題にま言及する点は、歴史文化ライブラリーの一冊としては検討の及ぶ範疇なのかもしれませんが、歴史書の領域としては少々逸脱するところもあるようです。

馬を中心に置きながら、広範なテーマを描く本書。著者があとがきで少し言及していますが、その想いは馬を通じて、郷土でもある南部という土地そのものを描こうとしているかのようにも思えます。

そして、既に在来種としての血脈が失われてしまった南部馬。その原因を、江戸時代以前には生息すらしていなかったにも拘わらず、現在の馬産の中心である、広大な牧草地が広がる北海道への南部馬の種牡馬と しての進出による馬産地としての地位の逆転と、明治以降の品種改良において、それこそ在来種でもっとも体格が良く、性格も温和だった南部馬が優先的に利用された結果ではなかったかと指摘 します。

歴史文化ライブラリーらしい楽しさがあり、更には歴史書としての既存の枠すら超えようとする本書。著者の研究分野とはちょっと離れてしまうのかもしれませんが、今度は郷土南部を中心に置いた、馬と南部の人々の物語の本が読みたくなる、そんな想いを持った一冊でした。

木曽馬の里と木曽馬たち7南部馬は絶えてしまいましたが、本州最後の在来馬と考えられる、木曽馬を(まだ噴火前の、開田高原木曽馬の里にて2014.05)

<おまけ>

本ページでご紹介している似たようなテーマの話題を。

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