今月の読本「ぶらり信州味噌蔵めぐり」(北原広子:文 中沢定幸:絵 信濃毎日新聞社)味噌屋さんの長生きの秘訣は、味噌は自由!の合言葉と共に

信州の郷土に根差したテーマで楽しい本を多数出版されている信濃毎日新聞社。

大手出版社にも全く引けを取らないセンスの良い装丁と丁寧な編集。地域の特色を巧く取り込んだ題材の選定が何時も嬉しいのですが、そんな嬉しいラインナップに新たな一冊が加わりました。

ぶらり信州味噌蔵めぐりぶらり信州味噌蔵めぐり」(北原広子:文 中沢定幸:絵 信濃毎日新聞社)です。

信州味噌を製造している約100の蔵のうち、大企業から個人経営的な蔵まで、厳選した30の蔵について、フリーライターの北原広子さんの取材記と、 イラストレーターの中沢定幸さん(いずれも長野をベースに活動をされている方々です)によるちょっとノスタルジックでほのぼのとさせてくれるイラストで綴 られていきます。

ぶらり信州味噌蔵めぐりイラストページイラストページの例。すべての蔵が同じように見開きで紹介されています。

規模の大小に拘わらず見開きのイラストと、各蔵の歴史と成立の時代背景を必ず織り込んだ6ページの取材記という、統一したフォーマットで編纂されている点は好感が持てますし、途中に 挟まれるコラムには、信州味噌を知るためには必読のテーマが用意されてます。また、大きく3パターンに分かれる信州の味噌蔵成立の背景には、歴史に興味がある方なら強い関心を持たれるかと思います。

本を手に取って、まず気になる装丁のポイントは、油紙(よく、ブーブー紙なんて呼んでいました)にも似た、光沢のある味噌をイメージしたであろう色合いの表紙の用紙に魅了されます。

中沢定幸さんの味のある手書き書体で書かれた表題と、土蔵をイメージした瓦の模様も可愛いです。

更に、「味」マークと味噌樽アイコンが並ぶ裏表紙のデザインは、このアイコンを信州味噌(「信州味噌」は長野県味噌工業協同組合所有の団体商標です…って、ちゃんと書いておきます(笑))のPRに使っても良いのでは、と思わせる可愛さです。

ぶらり信州味噌蔵めぐり裏表紙この可愛らしい装丁と共に、以前に刊行されていた同じ版元の「酒蔵で訪ねる信州」や「浪漫あふれる信州の洋館」で用いられた、ガイドブックとしての用途にも応えた、解説とガイドマップ付き写真集といった体裁と違い、本書はイラストと取材記が主体となっています。その理由は、本文から拝察すると、蔵の中自体はあまり見学に向かない環境(液体と違い、練物の味噌に異物が混入してもろ過や除去が極めて困難)のため、撮影もままならない事が考えられます。

その代わりと言っては失礼ですが、中沢定幸さんのほのぼのとしたイラストが取材風景を彷彿とさせてくれます。表紙とのマッチングも兼ねて、黄味を帯びさせた、少し肌地にシボを入れた用紙も、中沢さんのイラストの味わいをより一層引き立てているようです。

ちょっと面白い点は、それぞれの蔵での取材の様子がイラストページのレイアウトから垣間見えてくる点。

オーナーや取材を受けられた方が訥々と、もしくは雄弁に語り続けたであろう蔵では、シンプルなイラストと一押しのテーマで。中規模クラスの蔵で複数の方に取材されたページでは、比較的にぎやかな雰囲気とバラエティを富ませたイラストで。そして、大メーカーでの取材では、圧倒的な規模感を、むしろシンプルに表現する。

イラストと文章が絶妙にコラボレーションすることで、どんな雰囲気の取材であったかが、とてもよく伝わって来るようです。

そして、どのメーカーさんも同じように語られている事があると思います。少し厳しい話では、先細りの需要の話がありますが、本書ではむしろポジティブな話を拾う事に重点を置いています。

それは、味噌という一見普遍的な調味料が、実は同じような日本食の調味料の中でもかなりの自由度をもって作られている事。JAS法で厳格に製法が規定化されている醤油に対して、同じ発祥を持つ味噌の方は、製法自体には業界基準の呼称が定められていますが、麹にしても、材料の調合具合にしても、ベースとなる大豆の処理方法、更には熟成方法についても、同じ信州味噌でも各蔵で全くポリシーが異なる。更には、山吹色が信州味噌のトレードマークといったのも今や昔。熟成度合いや店頭での量り売りまで含めれば、色どりもさまざま。むしろ、各蔵が「信州味噌」という共通ブランドの上で、個性と独自性を競い合ったことが現在のシェアの高さ(全国の40%を占める)を生んだのではないかと思えてきます。そして、醤油では絶対ありえない、手前仕込み(お客様に届けた後に熟成を進ませる、お好みのタイミングで食べて頂く)まで用意されている自由さ。基本的にはシンプルな発酵過程なので、発酵状態を作り出しておけば、あまり場所を選ばず熟成を図らせる事が出来る柔軟性(小学校などの、出張授業で作ったお味噌を後で食べられるなんて、何と贅沢な)。

更に、どの蔵の方も同じように答えられるのが、お味噌は健康食、長生きの秘訣だと確信されている事。

全国で一、二を争う長寿県に生まれ変わった長野県。その理由を減塩食運動に求めるのが一般的ですが、味噌蔵の皆様の意見はちょっと異なるようです。減塩結構、でもそれだけじゃない。バランスの良い食生活の底辺に、完全食ともいえる味噌を豊富に食べていることがあるのではないか(長野県の一人あたりの味噌の消費量は全国一)とにじり寄ってきます。確かに、お味噌汁を食べた後は、なぜかホッとできる、元気になれる。そんな気分にさせる事自体が健康の第一歩、そして発酵食品でもあるお味噌と一緒に、バラエティに富んだ具材も食べる事でバランスの良い栄養を取る事が出来る。味噌蔵のオーナーの方々が、重労働にも拘わらず長生きをされているのは、決して偶然ではないのかもしれません。

味噌の可能性を信じて、個性的な味噌蔵が自由な発想とそれぞれのスタンス、ポリシーで自分たちだけが造り得る味噌を提供し続けてくれる限り、順風満帆とまではいかないけれど、信州味噌の未来は決して暗くはない筈。

更に本書では、醤油や日本酒と比較して海外展開がやや低調な味噌の海外での販売や生産の事例も述べられています(全農系のメーカーさんである点が興味深いです)。そして、自給率の点で最も着目されるであろう大豆の調達ルートについて、本書をご覧頂くと驚くような事例に触れられることになるかと思います。日本食の根幹、ローカルフード、made in japanの食材のように見られがちな味噌ですが、その原材料まで見ていくと、信州を離れて、まさにグローバルフードである事が実感できると思います。

ほのぼのイラストと、丁寧な取材で描き出す、信州味噌の驚くほどの個性を是非、本書と共に味わっていただきたいと思います。

さて、お味噌汁、作りますか。

<おまけ>信濃毎日新聞社の刊行物

本書に関連するテーマ、そして同じ信州をテーマにした本、信濃毎日新聞社の刊行物のご紹介を。

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