今月の読本「倭人への道」(中橋孝博 吉川弘文館)彷徨う古代史研究の足取りを未来に託して

偶然にも2冊同時に古代史の書籍が刊行された5月。

ちくま新書の「骨が語る日本人の歴史」の方は、ちくま新書らしいといえばその通りなのですが、表題と内容とのギャップと、首を傾げてしまう後半の脱線ぶり(この手の本で議論してほしくない、別の話を始めてしまう)に少々戸惑う結果となって早々に退散してもう一冊の方を手にしたのですが、こちらもなかなかに考えさせられる一冊です。

倭人への道

倭人への道」(中橋孝博 吉川弘文館)です。

著者は医学博士であり、九州大学の名誉教授を務められる方で、これまでも複数の古代史、古代人に関する書籍を上梓されています。本書はその最新刊に当たりますが、一方で、著者にとって奉職中に執筆する最後の一冊にもなるような雰囲気を感じさせる一冊です。

本書では、その冒頭から巻末まで一貫して述べられている事があります。それは、古代史の研究において、更には日本人の起源について、現時点においても定説といえる学説は成立していないという事です。

いきなり冒頭から本書の表題を覆すような話で始まりますが、同時に刊行された「骨が語る日本の歴史」でも、著者の片山一道氏が同じ事を述べていますので、古代史研究の一般論として理解して良さそうです。

その原因として影を落としているのが、あの事件。本書の全般に渡って背景に流れる、あらゆる研究結果に対して著者が投げかける疑心暗鬼とも思われる旋律のピークとなる物語から本書は始まります。その結果、本書は殆どのテーマについて明確な回答も、結論も述べてくれません。ただ、現時点で把握された事象と、それに対する著者の見解が相対的に述べられていきますが、そこには常に疑問符のついた語り口が付されていきます。

一般的に謂われている、アフリカから広がった人の拡散についても、アフリカにその原始が存在している事自体には疑問を呈していませんが、その後の拡散に関する見解については、著者の専門分野である骨格、体格変化から見た拡散の過程と、4人のイブで話題となったミトコンドリアDNA、核DNA、更にはY染色体による分析結果で大きく異なり(ミトコンドリアDNAの方が効率的に分析数を稼げるという点も指摘)、海外で広まっているアフリカ大陸を離れた旧人の後に、更に新人が置換していったとの学説にも疑問を投げかけていきます。

但し、著者が専門としている骨格による分類研究については、思うところもあるのかと思いますが、明確に把握できる部分もちゃんとある事を示しています。その中で、頭蓋形状による判断が時に当てにならない点(中世から近世、現在に至っても、幼児期の姿勢や矯正によって、容易に頭蓋形状が変えられてしまう事を実例で示しています)と、それでも明確な女性の骨盤形状(出産跡が骨盤に残るとは知りませんでした)から、男女の判断は保存状況さえ良ければ殆ど正確にに出来るという点は意外でしたし、著者の自然への敬意の念を感じさせるところです。

その上で、日本人の起源について、従来から唱えられてきた南方からのルートと共にユーラシア北方からのルートについても検討を加えていきますが、この分野に関しては、北東アジアにおける発掘成果の少なさに結論を阻まれているようです(ここで述べられるネイティブアメリカンの遺跡発掘に伴う話題は、非常に考えさせられる点が多い一方、結果として北米大陸ルートでの北方ルートの研究が事実上不可能となっている一因である事は非常に残念です)。

そして、誰もが気になる縄文人と弥生人の交代と呼ばれる一大転機、所謂縄文顔と弥生顔の交代に関する議論が始まりますが、著者はその前に両者の生活の違いを骨格や残された遺骨の傾向から見ていきます。

穀物食による虫歯の増加や、乳幼児の遺骨の比率から見た、未成年者の死亡率(実に7割、しかしながら明治時代でも3割だった点にも注目)、足腰の酷使による骨格形態の違いなど、人骨を調べるだけで生活状況まで推測できる点は非常に興味深い所です。実は、このお話にはおまけがあり、現在のシリア、歴史時代におけるパルミア人の歯と、現在この地に住んでいる人々の歯を比べて、双方ともおしなべて茶色に変色している点に着目した結果、飲用している水のフッ素濃度の高さが原因である事を突き止めただけではなく、その結果として発掘した人骨の歯の虫歯率が極めて低い点と、そこから骨の石灰化による異常が非常に多い点を導き出すという、医学研究者としての着目点にも興味を引かれます。

その上で、弥生人登場初期の発掘成果、特に農耕との付随性について、九州北部周辺にしか認められず、依然限定的だとの認識を示しています。その結果として、ステレオタイプで述べられてきた、渡来人が農耕を以て生産性の低い狩猟系縄文人を駆逐、置換していったという議論に対して否定的な論調を唱える一方、その拡散については、最新の研究成果を踏まえて、弥生人以前に日本列島に居住していた人々(≒縄文人)が徐々に列島の南北に移動していきアイヌと琉球という形に収まったとの認識に理解を示しています。

このように、確定的な事は殆ど述べられない本書。その中で、著者は古代史特有の事情、ある一つの発見や新しい分析機材の登場によって簡単にこれまでの議論が覆されてしまう点に切なさを感じながらも、それを受け入れてなおも前に進んでいく事を望む後進たる研究者に託した、現役最後の研究者からのエールを込めた一冊のように思えています。

願わくは、著者が存命のうちに、その意思を継いだ研究者の方々によって、本書に描かれた僅かに一項目でも学説として通説が生まれる事に繋がる事を期待して。

 

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