今月の読本「百貨店で<趣味>を買う」(神野由紀 吉川弘文館)趣味の良い紳士の皆さん、マニアへの道は散財ですよ、散財!

所謂研究者の方が研究成果を纏めて上梓される本の多くは、シンプルな装丁とちょっとお高い価格が買う際の敷居をどうしても上げてしまうものです(中には、動植物や、自然科学、建築の研究書のように写真集と見まごう本もありますが)。

今回の一冊も近代史の研究者の方が出された一冊ですが、装丁にちょっと驚かされます。歴史を扱った本であることがすぐ判るシックな色使いと写真にも拘わらず、何とクロスのタータンチェックのシボが入ったカバー用紙を使う大胆さ。更には小紋をイメージした透かし入りの紙子の見返しに、きっちりデザインされたカバーの下に隠された表紙にも、帯同様にストライプを施す手の込みよう。

歴史書籍専門の吉川弘文館にしては、凝り過ぎとも思える装丁に思わず手に取った本書は、その内容もその装丁に違わず、何時もの歴史書とはちょっと異なった、「マニア」な切り口で語っていきます。

百貨店で<趣味>を買う表紙百貨店で<趣味>を買う見返し百貨店で<趣味>を買う装丁百貨店で<趣味>を買う」(神野由紀 吉川弘文館)です。

まず、著者の研究テーマ設定に驚かされます。大きな枠組みでは近現代のデザイン変遷史のようなのですが、そのアプローチとして捉えている視点が何と、風流の大衆化とデザインの「キッチュ」化。

これだけでは、何のテーマか訳が判らないかもしれませんが、本書を読んでいくと、そのアプローチと帰着点が徐々に見えてきます。本書は四章に分かれていて、それぞれに個別の論考としても読めるようになっていますが、このアプローチを楽しむためには是非冒頭から通しで読みたいところです。その流れは、近代の大衆商品デザインの変遷と著者の研究の深化(マニア道かもと…)とが軌を一にするかのようです。

文明開化と近代の始まりを告げた明治維新。社会的な価値観の大きな転換期から少し落ち着きを取り戻した明治後半の東京、大阪といった都市に勃興した新たな消費者層が求めたアイデンティティの希求を見出す事から本書の物語は始まります。その視点の先は、ほんの僅か前の時代である江戸の風流。最初は思想や文物を含めてそのままの形で移入しようとしたようですが、すぐに経済的な商品として変質を遂げていきます。その手助け、もっと言えばプロデュースと販売までをも一手に担ったのが百貨店という、近代を代表する販売セクター。

本書では、高島屋、そして多くを三越の社内資料、販売促進資料を引用する形で、この変遷を描いていきます。そのアプローチは正に大衆化とそれに付随するマスプロダクション化。そしてターゲットとなったのは、なんと、経済力をつけた男性たち。

現在の百貨店の客層を見れば判りますように、百貨店で消費するメインの顧客は女性、それもある程度の経済力を有する独身や安定した収入源を有する家庭を育む主婦層といったイメージが強いと思います。しかしながら、著者はその変質はサラリーマン家庭によって生み出された、時間的、経済的な余裕がもたらされた主婦層の誕生という高度成長期以降の話であり、丸善の例を示して、百貨店の1階とはそもその紳士向けの製品を売る売り場であったと指摘しています。実は経験上、この話には非常に頷かされる点があります。私が子供時代に生活していた横浜。一大消費センターに成長した横浜駅西口に今もがっちりと根を張っている旗艦でもある横浜高島屋。確かに1階は婦人向けの化粧品や宝飾品が多数並んでいたのですが、当時(1980年代からバブル以前)においても、奥の方は紳士向けのベルトやネクタイといった小道具類のコーナーが控えており、更には駅ビルの店舗では特等席と思える、ホーム直結の2階フロアーは薄暗い照明とされて、敷き詰められたふかふかのカーペットを歩いていく先には、暗闇から浮かび上がる高級宝飾品や紳士向けの高級スーツ、ゴルフ用品がゆったりとしたスペースで展示されているのがとても印象的だったことを思い出すのです。

お得意の広告宣伝という武器をフル活用した、イメージ戦略を含めた紳士の嗜みを満足させる為の百貨店。その位置づけは明治の勃興期に於いてすでに始められていた事が紹介されていきます。始めは西洋文化の受容とそれを外見で装うための装飾品販売が目的として位置付けられていた百貨店の商品戦略が大きく変わっていくのが、明治も40年を超えたあたり。社会的に落ち着き始めた時点で次に求められたのが、都市に集住し始めた人々が自らの住居を飾るための調度品たち。全国から都市に集まってきた彼らは、所詮経済力を付け始めてはいるものの、所謂江戸の風流も解せず、伝統文化や芸術の担い手ではなかったために美術への知識に乏しく、判断方法を含めてこれらの購入手段を百貨店に求めていく事になります。百貨店の方も最初は本格的な美術品、それも真贋の判定を要しない現役の芸術家の作品を扱う事でこれらの需要に応じていきますが、次第に自らがプロデュースした作品を送り出すようになっていきます。その先に描かれるのが作品から商品への転換。百貨店が主宰する美術展で飾られ、販売された芸術作品は、手軽に床の間や自宅の壁に飾るためのコンパクトな作品へと変えられ、製作者の銘が入れられた地方の民芸品や古美術も、百貨店自らがシリーズ化までを手掛ける準量産的な工芸品へと置き換えられていきます。そこには、始めは自身の身代を飾るためにやむを得ず支出していたはずの男性が、その目的を越えて、家族の為と称してこれらをせっせと買い込んでいく事を示していきます。私の実家にもあった、同世代の多くの家庭を訪れてもやはりあった、衣装ダンスにしつらえらえたガラスの引き戸の中に飾られた人形や工芸品たち。彼らがあまねく日本中の消費者(家庭)に普及していった経緯とその宣伝手法を百貨店という供給者側の視点を通して鮮やかに描いていきます。

このような話は、芸術作品の大衆化、消費財化という、時に経済論的な色彩で語られる場合もありますが、美術史の研究者である著者のアプローチはここで大きな転換を遂げていきます。大量生産されるようになったこれらの工芸品。最初は芸術性やそれこそ国威啓発的な意匠(この意匠の話を読んでいくと、戦後高度成長期にJALが導入したボーイング747におけるアテンダントの和服サービスと、壁には鶴が舞う、和風「テイスト」満載の豪華な2階ラウンジが思いっきりオーバーラップしていきます)に訴える作品も多くみられたようですが、著者が着目したのは、更にもう一歩進んでシリーズ化されて送り出された工芸品に用いられたデザインテイスト。既に本物の民芸品から大きく懸け離れてしまったそれらの作品に用いられたモチーフから、芸術作品の模倣としてのフェイクから脱却して、より大衆的に受け入れやすく親しみのもてる、そしてちょっと首を捻ってしまう点も見受けられる「キッチュ」というテイストを見出していきます。

それでも此処で終わっていれば、大衆化という名における単なるデザインの歪曲化、軽薄化のお話だったのかもしれません。しかしながら、工芸品のシリーズ化という百貨店の販売戦略とデザインの変遷が著者の中で融合した結果、思いもよらない議論の展開を見せ始めます。自らの身体を飾る衣装から、ステータスを飾る自宅の床の間の美術品、そして大衆化された工芸品への変遷。女性である著者は、そこに男子の一生に付いて廻る拭い去れない習性を見出していきます。それはマニアという名の「収集癖」。

興味を持ったものを集め始めると、集め尽くすまで止められない、捨てられない。お菓子の箱が一杯になるまでカードを集め、昆虫の標本を積み上げ、書棚を好きな本で埋め尽くし、棚にはプラモデルが群を成す…。大人になっても、文具屋さんでちょっと拘った筆記具やノートを手に入れると思わず仕事が捗ってしまったり、家電製品やパソコンを買い替え続けては家族に罵声を浴びせられ、それでも新しいスマホが手に入るとニコニコで弄り続ける…。

収集することに没頭するマニアたち。著者はその事例として、可愛らしくも女性にも人気のあるビックリマンチョコシールを例に挙げていますが、男の子にとっては小は崎陽軒のシウマイのひょうちゃんから、ディアXXティーXのシリーズものにアキバでの大人買い。大は腕時計にゴルフ用品、行きつく先にはTopGearで乗り回されるスーパーカーまで、好きなものは何だって集めたいのです。コレクションというカッコいい名前を与えられた、単なる男子の収集癖を満たしていく戦前の百貨店が辿った商品戦略の道筋。そこには、欲しいと思ったものならば、労はちょっと惜しんでも経済的に手に入れたいという都市に集った男性諸氏の消費者心理が色濃く反映されているようです。そして、女性が自らの嗜好で家財を工芸品や装飾品で彩るようになったのは、決して従前の事ではなく、戦後の経済的余裕が生み出した事象であることを改めて示していきます(前述の工芸品も母の両親、たぶん私の祖父が買い与えたものであったは筈です)。

消費者が買いたいと思っている物を、その潮流を含めてキャッチアップして、コレクションできる商品としてラインナップしていく。戦前の百貨店が担っていた消費意欲をそそるその戦略手法をデザインの観点から導く著者の論考の先には、長く不振が叫ばれ続けている昨今の百貨店とって、復活のカギとなるヒントが含まれているのかもしれません。

 

それでは、良い趣味をお持ちの紳士の皆さん。周りにとやかく言われようとも、今日も、さくっと散財ですよ、散財!

 

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