猛暑の休日、少し涼しくなった午後の八ヶ岳西麓にて(2015.7.26)

猛暑が続く八ヶ岳界隈。

流石にこれだけ暑くなると、クーラーを付けてしまいますが、長時間クーラーに当たり続けると逆にコンディションを崩しそうになります。

それでは、と、暑さのピークを少し超えた午後遅い時間になって、外出です。

盛夏の八ヶ岳夕暮れまでまだ少し時間のある、八ヶ岳の空。

遠くの台風の影響を受けているのでしょうか、高い空に雲が巻いています。

東の野辺山方面はこのシーズンでは恒例の入道雲が沸き立っています。

盛夏の御射鹿池3涼を求めて、水辺へと足を延ばします。

標高1400m程の奥蓼科、御射鹿池。濃い緑に包まれます。

盛夏の御射鹿池御射鹿池の緑。

このシーズン、日差しの強さもあり、すっかり枯れた緑になってきます。湖畔ではロケの準備でしょうか、カメラ用のレールが引かれていました。

盛夏の御射鹿池2御射鹿池の上空。高い高い空と、渦巻く雲。

気温は高原より更に涼しい27℃。日暮れ前ですが、水辺という事もあり、随分と凌ぎ易く、何時までも湖畔に佇んでいたくなります。

盛夏の夕暮れ、八ヶ岳とキャベツ畑麓に降りてくると、日が西に傾き始めています。

からっとした風が吹き抜けるキャベツ畑の向こうには、ぷかぷかと雲を浮かべた八ヶ岳を望む事が出来ます。

盛夏の夕暮れ、甲斐駒と青空遠く甲斐駒を望む圃場から空を眺めると、雲が色々な方向にたなびいています。

地上の風は頬を伝う程度ですが、上空はかなりの強風のようです。

P1040784西の空。

太陽がゆっくりと傾いていきます。

盛夏の夕暮れ、立沢の向日葵畑1買い物を終えて再び圃場まで上がって来ると、日は西にどっぷりと沈んできました。

立沢の向日葵畑では満開の向日葵が迎えてくれました。

盛夏の夕暮れ、立沢の向日葵畑2夕暮れの向日葵畑にて(諏訪郡富士見町立沢)

Lumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/125,f2.8,ISO200,-0.7EV,WB:マニュアル)

盛夏の夕暮れ、立沢にて2撮影を続けているうちに日は西の山並みに沈んでいきます。

今日も空は茜色に色づいていきました。

盛夏の夕暮れ、立沢にて1日がどっぷりと沈むと、風も心地よく、かなり涼しくなる八ヶ岳の西麓。

まだまだ暑い日々が続きますが、どうかお体の具合にお気を付けて。

 

 

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暑かった夕暮れ(2015.7.25)

真夏らしい、本格的な暑さが続く日々。

今シーズン初めて日中にクーラーを使った週末の土曜日。

少し涼しくなった遅い夕暮れ時に、夕食の食材を買いに出て見上げた空は、真っ赤な夕焼けとなっていました。

暑い夏の夕暮れLumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/200,f3.5,ISO200,-0.3EV,WB:マニュアル)

こんな時、小さなカメラは、ふと思い立った時にすぐ取り出して撮影できる気軽さが嬉しい。

人にとってはちょっとしんどい夏の暑さ、でも植物たちにとっては日差しをもたらしてくれる大切な時期。

今暫く、辛抱しつつも、暑い夏を迎えた事を喜びながら。

 

今月の読本「大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)研究者であり続けたいと望む第一人者の、鰻と研究のこれまでとこれからを

今月の読本「大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)研究者であり続けたいと望む第一人者の、鰻と研究のこれまでとこれからを

7月になると巷で騒がれる、土曜の丑の日。

ここ数年、資源減少に伴うレッドリスト掲載から始まった一連の騒動を経て、このシーズンになると、食べる事や値段の話題と併せて、資源や更には代用品の話といった様々なテーマが語られるようになってきました。

このような注目を浴びるようになってから、消費者、需要家、そして研究者と色々な分野の方が、それぞれの立場で意見を述べられるようになってきましたが、中でも第一人者と目される方がいらっしゃいます。

ニホンウナギの生態を長年に渡って調査を続けた結果、遂に産卵場所、そして卵の発見に辿り着いた塚本勝巳先生(現:日本大学生物資源学科教授、当時の肩書は東大海洋研究所教授)。

今回ご紹介する一冊は、塚本先生の著作の中で、これまでで最も入手性が良いであろう一冊。

毎年夏に全国津々浦々、あらゆる書店で行われる、新潮文庫のキャンペーン「新潮文庫の100冊」にもノミネートされた新刊をご紹介です。

大洋に一粒の卵を求めて大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)です。

本書は多くの文庫本の例に漏れず、書き下ろしではなく既刊の作品を収録したものです。著者の研究がその頂点を極めた時期に当たる2012年に複数の類書と共に刊行されたうちの一冊、「世界で一番詳しいウナギの話」(飛鳥新社・絶版)を底本にしています。

しかしながら、巻末の注記にあるように、今回の収録の当たって大幅な増補がなされており、巻頭の注記と文中に記述されている年号から察するに、第8,9章は今回刊行の為に新たに書き下ろされたようです。

自身の回顧録と研究にまつわるよもやま話が述べられていく、日本人の研究者の方が書かれる著書特有の筆致で描かれる前半戦の底本に書かれた内容は、類書やテレビ等でも何度も取り上げられている内容ですので、改めて説明する必要はないかと思います。ここでちょっと興味深いのは、著者がウナギの研究を手掛ける前に行っていたアユの遡上と回遊に関する研究成果。川魚全般にご興味のある方、脂鰭付きの魚達(サケ、マス類)がお好きな方なら、氏の研究成果は良く知られているところです。

水温や水質、生体ホルモンの働きによる、魚類の行動を研究してきた氏の研究テーマが一年で川と海を行き来するアユから、時に数十年を経て川から再び海に戻るウナギに変わった後でも、そのアプローチにはいささかの迷いはありません。

日本人であれば誰しもが注目する魚種。美味しくて、しかも希少で高額。さらには単一の魚種にも拘らず長い伝統と、深い専門性を有する職人から、漁師、養鰻業者が携わり、果てやナショナルチェーンから国際バイヤーまでもが群がり、跋扈するという他の魚種では考えられない特異性を持ったウナギ。

そのためでしょうか、潤沢とは言えないまでもかなり恵まれた(氏は反論するでしょうが)研究環境を確保しつつ、それまでの研究スタンスを大規模に展開した、時にはウナギ艦隊と称する大規模な調査船団を組織してのウナギの産卵場所を突き止める(そして産卵前の成魚を確保する)という、プロジェクトの成果は既に多くの皆様に知られている事かと思います。

アユを研究していた頃から抱いていた、回遊というメカニズムの神秘に迫りたいと願う研究者としての願望は、フィールドワークとしては前著を上梓された時点である意味、達成されていたのかもしれません。

しかしながら、大幅増補が加えられた本書ではその先のお話が綴られていきます。

氏の想い、それは研究者という生き物は、目の前の興味にまい進し続ける事が本分である事をはっきりと明言しながら(本書のあとがきがマリアナ沖を航行中の船中で執筆されているという事実だけで充分でしょう)、それだけでは済まされない状況に陥ってしまった現状に対して、何らかの情報発信を行わなければならないという強い危機感と、それでも研究者(著者は学者と研究者は異なるという、現在の日本に於ける高等教育/研究制度において極めて微妙な見解を披露しています)としての立場を堅持したいという複雑な想いが文中で交差していきます。

最終章に渡って、時に赤裸々に述べられるこれらの課題。本書を読まれると、中には「河川回帰するウナギは産卵に供する2割程度、しかも中国や台湾にも遡上するのだから、たとえ日本の河口や川でシラスウナギや成魚の漁獲が激減しても全体の資源に影響する比率は小さいのでは」という疑問を持たれるかもしれません。そのような統計データ上の議論に踏み込もうとすると、氏は研究と調査は異なると、更に微妙な発言(これは、自身は魚類の生態学者研究者であり、水産資源の研究者学者ではない)を述べた上で、これらの基盤情報の整備が整っていない点を指摘した上で、それらを組織できる団体(何処かは判りますよね)の努力に期待を述べていきます。その想いは、完全養殖への過度な期待(前述の団体が膨大な資金を半世紀にも渡って投じた末に、漸く実験室レベルで実現)への警鐘に繋がります。

氏の研究者としての矜持と研究へのアプローチが明快に述べられる前半とは対照的に、時に歯切れ悪く、時に自嘲気味に現状に対して模索を続ける、研究者としてウナギの未来への貢献を想う気持ちを込めて、近年このような想いを繰り返し述べられています。

どうせなら、美味しいウナギはハレの日に美味しく頂きたい。それが資源と食文化を守る第一歩になる筈だから。

以前は天竜川を遡上したウナギが豊富に獲れたことから、ウナギの食文化がしっかりと根付いている諏訪湖界隈の川魚文化(関東風と関西風のハイブリッドなので、関東人としてはちょっと、なのですが)。

それでも最初の土曜の丑の日を迎えた昨日の夜、既に夕飯の食材を調達するには遅い時刻のスーパーの魚売り場や総菜コーナーには、割引や半額シールの張られたウナギのかば焼きや、ウナギのかば焼きの載せられたうな重、僅かばかりにかば焼きの切り身がまぶされた丼に、巻き寿司などが、手に取る人も少なく、寂しそうに幾つも並べられていました。

もしも次の土曜の丑の日(8/5)、同じようなシチュエーションに巡り合われた時には、その魚類としてたぐい稀な長命に秘められた神秘的な生態と一緒に、ほんの少しでも、彼らの現状を思い起こして頂けますように。我々消費者の気まぐれなトレンドが、彼らの未来にとっての最終的な決定権を握っているという事を決して忘れないために。

そして、今度は氏の新しいフィールド(日本大学)における、より大きな視点でのウナギの物語が描かれることを期待して。

<おまけ1>

現在、日本大学生物資源科学部の付属博物館では、企画展「うなぎプラネット」が開催されています。場所が神奈川県藤沢市の六会(小田急江ノ島線、六会日大前駅すぐ)とちょっと不便な場所ですが、期間限定で極めて貴重なウナギ幼生レプトファルスの飼育展示も観られるとの事。なお、開催期間は12/19迄ですが、日曜、月曜休館、更に8月~9月中旬の土曜日と夏休み期間中も休館と社会人にはかなり高いハードル。それでもご興味のある方は是非どうぞ(目の前まで行ったのに、周辺に駐車場が無くて見学を断念した大馬鹿者が此処に一人…)。

(本展示についてご紹介されている、同じ学部に在籍されています、よこはま動物園ズーラシア園長の村田浩一先生 https://twitter.com/zooman_koichi のtwitterより。会期中に必ず行きますので…)。

<おまけ2>

大洋に一粒の卵を求めてと類書本書のテーマに関連する書籍のご紹介。

盛夏の朝(2015.7.22)

梅雨明けを迎えた八ヶ岳南麓。

週明けの朝には、抜ける様な青空となりました。

P1040714圃場の先に広がる南アルプスの山並み(Lumix DMC-GM5 + LEICA DG Summilux 15mm f.17)7/21

少し褪せた青色と、圃場の緑のコントラストが夏らしい色合いを見せています(影が伸びてしまってちょっと残念)。

P1040713僅かに雪渓を残すだけとなった甲斐駒(Lumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/1000,f6.3,ISO200,-0.3EV)7/21

山頂の岩肌もはっきり見えるようになってきました。

P1040719夏空の下、八ヶ岳を正面に望む圃場にて(Lumix DMC-GM5 + LEICA DG Summilux 15mm f1.7,1/640,f8.0,ISO200,-0.3EV)7/22。

圃場に広がる満開の夏蕎麦の花が迎えてくれます。

P1040724 蕎麦の花の向こうに遠くに聳える八ヶ岳は夏の緑に染まっています(Lumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/640,f8.0,ISO200,-0.3EV)7/22

P1040728夏の緑に染まる圃場に白い蕎麦の花のアクセント(Lumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/1000,f6.3,ISO200,-0.3EV)7/22

標高が高いとはいえ、暑い日々が続く、本格的な夏到来の高原。ピークはこれからです。

 

 

今月の読本「大江戸商い白書」大江戸版ビックデータが紐解く庶民の経済事情とある幻想

今月の読本「大江戸商い白書」大江戸版ビックデータが紐解く庶民の経済事情とある幻想

梅雨明けを迎えて、暑い夏を迎えた連休。

一大観光地でもある八ヶ岳の山麓は、どこもかしこも観光客の方でひしめいている(何と、今日は霧ヶ峰で渋滞が発生していたとか…)ので、出かけるのはどうしても控えたくなってしまいます。

そんなときは、少し日陰を作って涼を取れるようにした午後の居室でじっくり読書に浸ってみます。

今日は、今月の新刊から面白いテーマを掲げた一冊をご紹介です。

大江戸商い白書大江戸商い白書」(山室恭子 講談社選書メチエ)です。

著者の山室氏は既に「江戸の小判ゲーム」や「黄門さまと犬公方」といった一般向けの同時代に関する書籍を複数執筆されていますが、最も著名な作品は、同じ講談社の学術文庫に収められている「中世の中に生まれた近世」でしょうか。

一方、今回の一冊は現在の所属されている組織がテーマに色濃く反映されているかのようです。日本近世史の専攻にして東工大大学院の教授という異色のポジション。そして本書のテーマは統計データに基づく江戸時代の経済実態を検証する事。

この分野の先駆者ともいえる磯田道史氏の大ヒット著作「武士の家計簿」が、一人の武家の経済状況をつぶさに拾い込んでいく事に対して、著者のアプローチは全く異なる、幕府や当時の町役人たちが残した史料を再編成、データ化することで、特徴点を導き出そうとする統計的手法。その狙いは、著者がいうところの「三井史観」(今年は三井350年を記念して複数の書籍が上梓されるようです)に対するアンチテーゼ。単一ないしは同一提供元による資料を丹念に積み上げていく事で、特定の事象に対して本質に迫ろうという前者のアプローチとは相反する、所謂ビックデータ的なデータ処理手法(但し、集計はExcelである事が本文中に記されています)を用いる事で、より均質化を図った、普遍的な傾向を導き出そうとしていきます。

そのために著者が選んだ基礎データは「江戸商家・商人名データ総覧」(田中康雄編 柊風舎)。この大著の中から、著者は特定の条件に従って抽出したデータを用いて、その他の史料を交差させながら議論を進めていきます。

ここで母集団妥当性の議論を始めると、その選択自体に疑問を挟まざるを得なくなりますので、まずは著者の議論に耳を傾けていきます。そこにはインパクト重視で、狙ったようなキッチュな表現(著者の年齢を考慮するとちょっと驚くところでも)が続く、学生がデータ分析の準備、検討を進めていく過程の呟きを拾い込んだような、やや読みづらい文体(口語体の参考書とでも言いましょうか)を用いて、極めて予定調和的な結論へ導こうとしていきます。

その結論は、著者が文面の端々で繰り返し述べているように、従来の江戸時代の商人像とは異なる、競争が激しく、出入りも頻繁な、極めてドライで非伝統的な経営であるという点を、生活に最も密接に関わる米搗き屋と炭薪屋の業容データ(地域性や市場規模、仮定としての収益力)から導き出していきます。そして、これまでの江戸時代の商人研究において、日本橋界隈の華やかな業種にのみ着目(氏の謂う三井史観)し、これらの庶民に密接に関わる業容への視点が欠落していた事を指摘します。

この視点は確かに慧眼なのですが、既に湯屋(本書でも最終章で扱われます)や蕎麦屋を題材にした書籍でもこれらの傾向は指摘されており、著者が声高に叫ぶほどの指摘点ではないのかもしれません。

そして、本書の後半にかけて、著者のデータ分析上でも重要となる、天保期の株仲間解散と、再結成に関する経緯が語られていきます。前半以上に丁寧に解説された株仲間再結成へ至る合意形成の経緯と、今回用いたデータとの関連性について検討を加えていきますが、そこには、ある議論に対して決定的な疑問点が生まれてしまいます。

著者は前述の結論に対して、生活必需品の販売と購入に関して、従前の株仲間の成立以降、極めて低位な水準で需要と供給におけるある種の経済的バランスが成立していたとしており、その需給バランスの調整弁が購入する側に購入先の選択権があり、販売する側には株仲間の規制により積極的な拡販は許されず、株による参入調整と、自由な市場撤退による需給調整により安定化していたと見做していきます。その結果は、価格競争が殆ど起きない、準公的な市場調整による低廉な生活コストが実現していたという事になります(これを評して「まことに稀有なうつくしい光景に江戸の街で立ち会う事が出来る」としています)。

一方で、天保期の株仲間解散そして再結成に於いて、従来の株仲間の範疇に囚われない商人たちの活躍を描き、最終的には彼らが旧来の株仲間の範疇を超越していく事も併せて示していくのですが、その事例と前述の調和的な低位の需給バランスの安定のキーとなる、購入側の選択というキーワードの効果が微妙に食い違っているようにも見受けられます。そこには価格の安定化の議論のほかにもう一つある、市場の占有性についての議論がすっぽりと抜けているかのようです。その結果、価格の低廉化と低利益率の議論が続く中、利潤の追求に関する検証が抜けてしまっており、まるでデフレスパイラルの議論を見ているかのようです。

そして、統計データを扱う時のマジック。集計ベースをあえて「店名」に依拠させる(意図はよく判りますが)、業種によって集計の時期が異なるなど、元となるデータが乏しい中、何とか整合性を合わせる努力を為されている事は理解できますが、近似の取り方や一致性への判断を含めて、結論への落とし込みについて多少大振りな感が否めないのも事実です(その際に、著者はまるで自分を言い聞かせる様な文体を用います)。

数少ないデータを駆使して、近世の経済活動を統計データで明らかにしていこうという、著者の新しい試み。

原典以外に引用論文等の出典が一切示されていないので、これらの検討成果がどのように導き出され、今後どのような展開を見せるのかを本書を読んだだけでは全く把握できませんが、これから新しい視点が生まれる事を予感させる面白いアプローチ。今後、是非更なる検討を加えた上で、巨視的な観点に立った江戸経済学という分野を見せて頂きたいと期待したいところです。

<おまけ>

本ページより、本書に関連する近世史の書籍をご紹介。

夏を迎えた八ヶ岳西麓の天候はちょっと不安定(2015.7.19)

台風が過ぎ去った週末の日曜日。

朝方の澄み切った晴れ間は、梅雨明けの発表が行われた後の午後になると、どんよりとした曇り空に変わってきましたが、折角の梅雨明け。少しでも夏の心地を拾いに出かけてみます。

立沢から望む梅雨明けの南アルプス圃場越しに南アルプスの山々を望む諏訪郡富士見町立沢にて。びっしりと空を埋める雲間から夏の青空が覗いています。

梅雨明けの立沢のトウモロコシ畑雲間から零れて降り注ぐ西日を浴びるトウモロコシ畑。

久々に戻ってきた日差しを嬉しそうに浴びているようです。

立沢の向日葵畑立沢の向日葵もいよいよ開花を始めました。

これから圃場一面に向日葵の花が咲き誇る筈です。

(Lumix DMC-GM5 + LEICA DG Summilux 15mm f1.7,1/1600,f2.8,ISO200,-0.7EV)

霧の池のくるみとミヤマシシウド2少し蒸してきたので、終わりかけのニッコウキスゲでも眺めながら涼をとろうかと考えてビーナスラインに上がってみると…一面霧で真っ白。

池のくるみのご覧のように霧に沈んでいます。

霧の池のくるみとミヤマシシウド5池のくるみはレンゲツツジが終わって、オオカサモチミヤマシシウドが白い花を付けています。

霧の池のくるみとミヤマシシウド3撮影している間にも、霧はどんどん濃くなっていきます。

気温は20度を下回り、霧と共に少し肌寒い風が肌にまとわりついてきます。

霧の池のくるみとミヤマシシウド1霧の霧ヶ峰とオオカサモチミヤマシシウドを。

(Lumix DMC-GM5 + LEICA DG Summilux 15mm f1.7,1/250,f3.5,ISO200,-0.3EV)

梅雨明けの夕暮れ、諏訪湖3しばらく池のくるみにいましたが一向に霧は晴れず、麓の諏訪側に降りてきます。

夏の西日を浴びる諏訪湖が遠くに見えてきました。

梅雨明けの夕暮れ、諏訪湖2油を引いたような夕暮れの諏訪湖の湖面。諏訪湖を望む立石公園に立つと、少し蒸した風が湖畔から吹き上げてきます。湖畔の街並みはそろそろ夕暮れに沈もうとしています。

梅雨明けの夕暮れ、諏訪湖1夕焼け前の空に光のシルエットが広がります。

すっきりとしない空が如何にも夏らしいかもしれない梅雨明けを迎えた八ヶ岳西麓。

いよいよ、夏本番です。

 

暑かった週末の夕暮れに(2015.7.12)Lumix DMC-GM5+LEICA DG Summilux 15mm f1.7:Lake Suwa,Nagano.

真夏の暑さとなった週末。

漸く凌ぎ易くなった夕暮れに涼を求めて諏訪湖に降りてみます。

夕暮れの諏訪湖(LEICA DG Summilux 15mm f1.7)湖岸再生の為に葦原を切り開いて砂浜状に整備した諏訪湖の湖岸。

(Lumix GM5 + LEICA DG Summilux 15mm f1.7,1/800,f3.2,ISO200,-0.3EV,WB:マニュアル)

夏至からまだそう時期が経っていないので、夕日はぐっと北に寄った真正面、塩嶺峠の方向に沈んでいきます。

夕暮れの諏訪湖(Lumix G 42.5mm f1.7)塩嶺の先に沈んだ夕日。

(Lumix GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7,1/320,f3.5,ISO200,-0.3EV,WB:マニュアル)

夕暮れを惜しむように、空は黄金色に輝いていました。