今月の読本「大江戸商い白書」大江戸版ビックデータが紐解く庶民の経済事情とある幻想

梅雨明けを迎えて、暑い夏を迎えた連休。

一大観光地でもある八ヶ岳の山麓は、どこもかしこも観光客の方でひしめいている(何と、今日は霧ヶ峰で渋滞が発生していたとか…)ので、出かけるのはどうしても控えたくなってしまいます。

そんなときは、少し日陰を作って涼を取れるようにした午後の居室でじっくり読書に浸ってみます。

今日は、今月の新刊から面白いテーマを掲げた一冊をご紹介です。

大江戸商い白書大江戸商い白書」(山室恭子 講談社選書メチエ)です。

著者の山室氏は既に「江戸の小判ゲーム」や「黄門さまと犬公方」といった一般向けの同時代に関する書籍を複数執筆されていますが、最も著名な作品は、同じ講談社の学術文庫に収められている「中世の中に生まれた近世」でしょうか。

一方、今回の一冊は現在の所属されている組織がテーマに色濃く反映されているかのようです。日本近世史の専攻にして東工大大学院の教授という異色のポジション。そして本書のテーマは統計データに基づく江戸時代の経済実態を検証する事。

この分野の先駆者ともいえる磯田道史氏の大ヒット著作「武士の家計簿」が、一人の武家の経済状況をつぶさに拾い込んでいく事に対して、著者のアプローチは全く異なる、幕府や当時の町役人たちが残した史料を再編成、データ化することで、特徴点を導き出そうとする統計的手法。その狙いは、著者がいうところの「三井史観」(今年は三井350年を記念して複数の書籍が上梓されるようです)に対するアンチテーゼ。単一ないしは同一提供元による資料を丹念に積み上げていく事で、特定の事象に対して本質に迫ろうという前者のアプローチとは相反する、所謂ビックデータ的なデータ処理手法(但し、集計はExcelである事が本文中に記されています)を用いる事で、より均質化を図った、普遍的な傾向を導き出そうとしていきます。

そのために著者が選んだ基礎データは「江戸商家・商人名データ総覧」(田中康雄編 柊風舎)。この大著の中から、著者は特定の条件に従って抽出したデータを用いて、その他の史料を交差させながら議論を進めていきます。

ここで母集団妥当性の議論を始めると、その選択自体に疑問を挟まざるを得なくなりますので、まずは著者の議論に耳を傾けていきます。そこにはインパクト重視で、狙ったようなキッチュな表現(著者の年齢を考慮するとちょっと驚くところでも)が続く、学生がデータ分析の準備、検討を進めていく過程の呟きを拾い込んだような、やや読みづらい文体(口語体の参考書とでも言いましょうか)を用いて、極めて予定調和的な結論へ導こうとしていきます。

その結論は、著者が文面の端々で繰り返し述べているように、従来の江戸時代の商人像とは異なる、競争が激しく、出入りも頻繁な、極めてドライで非伝統的な経営であるという点を、生活に最も密接に関わる米搗き屋と炭薪屋の業容データ(地域性や市場規模、仮定としての収益力)から導き出していきます。そして、これまでの江戸時代の商人研究において、日本橋界隈の華やかな業種にのみ着目(氏の謂う三井史観)し、これらの庶民に密接に関わる業容への視点が欠落していた事を指摘します。

この視点は確かに慧眼なのですが、既に湯屋(本書でも最終章で扱われます)や蕎麦屋を題材にした書籍でもこれらの傾向は指摘されており、著者が声高に叫ぶほどの指摘点ではないのかもしれません。

そして、本書の後半にかけて、著者のデータ分析上でも重要となる、天保期の株仲間解散と、再結成に関する経緯が語られていきます。前半以上に丁寧に解説された株仲間再結成へ至る合意形成の経緯と、今回用いたデータとの関連性について検討を加えていきますが、そこには、ある議論に対して決定的な疑問点が生まれてしまいます。

著者は前述の結論に対して、生活必需品の販売と購入に関して、従前の株仲間の成立以降、極めて低位な水準で需要と供給におけるある種の経済的バランスが成立していたとしており、その需給バランスの調整弁が購入する側に購入先の選択権があり、販売する側には株仲間の規制により積極的な拡販は許されず、株による参入調整と、自由な市場撤退による需給調整により安定化していたと見做していきます。その結果は、価格競争が殆ど起きない、準公的な市場調整による低廉な生活コストが実現していたという事になります(これを評して「まことに稀有なうつくしい光景に江戸の街で立ち会う事が出来る」としています)。

一方で、天保期の株仲間解散そして再結成に於いて、従来の株仲間の範疇に囚われない商人たちの活躍を描き、最終的には彼らが旧来の株仲間の範疇を超越していく事も併せて示していくのですが、その事例と前述の調和的な低位の需給バランスの安定のキーとなる、購入側の選択というキーワードの効果が微妙に食い違っているようにも見受けられます。そこには価格の安定化の議論のほかにもう一つある、市場の占有性についての議論がすっぽりと抜けているかのようです。その結果、価格の低廉化と低利益率の議論が続く中、利潤の追求に関する検証が抜けてしまっており、まるでデフレスパイラルの議論を見ているかのようです。

そして、統計データを扱う時のマジック。集計ベースをあえて「店名」に依拠させる(意図はよく判りますが)、業種によって集計の時期が異なるなど、元となるデータが乏しい中、何とか整合性を合わせる努力を為されている事は理解できますが、近似の取り方や一致性への判断を含めて、結論への落とし込みについて多少大振りな感が否めないのも事実です(その際に、著者はまるで自分を言い聞かせる様な文体を用います)。

数少ないデータを駆使して、近世の経済活動を統計データで明らかにしていこうという、著者の新しい試み。

原典以外に引用論文等の出典が一切示されていないので、これらの検討成果がどのように導き出され、今後どのような展開を見せるのかを本書を読んだだけでは全く把握できませんが、これから新しい視点が生まれる事を予感させる面白いアプローチ。今後、是非更なる検討を加えた上で、巨視的な観点に立った江戸経済学という分野を見せて頂きたいと期待したいところです。

<おまけ>

本ページより、本書に関連する近世史の書籍をご紹介。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中