秋の入口は蕎麦の花を愛でて(諏訪郡富士見町、信濃境の蕎麦畑)

不安定な天気が続く月末。

気温は低く、半袖では肌寒く感じる日々が続きます。

今日も外は雨。それでも秋の足音はしっかりと響いています。

WP_20150828_08_34_12_Pro雨の合間にほんのちょっと青空が覗いた蕎麦畑(諏訪郡富士見町、先達)。

WP_20150828_08_44_29_Pro既に満開となっている蕎麦畑も点在しています(諏訪郡富士見町、葛窪)。

WP_20150828_08_40_38_Pro可憐な花を咲かせる蕎麦畑(諏訪郡富士見町、葛窪)。

WP_20150828_08_44_59_Pro天気が良ければ、抜ける様な青空の下に広がる蕎麦畑が楽しめるのですが、今日は此処まで。

天気が良くならないと、稲穂にとっても蕎麦にとっても、そして最も天気に敏感なブドウにとっても実りの秋に影響が出てしまうので、ちょっと困ったこの長雨。

早く天気が回復してくれますように。

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サムネイルをクリックすると、スライドショー表示に切り替わります。

このシーズン、八ヶ岳西麓には蕎麦の花が一面に咲き誇ります。

富士見町の観光ガイドに掲載されるほど見事な蕎麦畑の景色。楽しめるのはわずか数週間ですが、お天気が回復した週末に是非お越しになられては如何でしょうか。

快晴の蕎麦畑4

今月の読本「新田一族の中世」(田中大喜 吉川弘文館)地域史と時代史が交差する、武家の棟梁へと昇華した義国流清和源氏たちを歴史物語から汲み取って

今月の読本「新田一族の中世」(田中大喜 吉川弘文館)地域史と時代史が交差する、武家の棟梁へと昇華した義国流清和源氏たちを歴史物語から汲み取って

やはり8月は夏休みがあるためでしょうか、面白そうな新刊が各社から続々と登場。ついつい買い込んでしまった本達を読んであげる時間を確保するのも苦しくなる(そしてお財布も)月末を迎えています。

それでもお天気が悪い日々が続くので、多少読む時間を注ぎ込めるうちに読み切った、なかなかに楽しい一冊をご紹介です。

今月の読本、いつも楽しみにしている吉川弘文館さんの歴史文化ライブラリー新刊より「新田一族の中世」(田中大喜)のご紹介です。

新田一族の中世この表題をご覧になって、おやっと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

シリーズを追われている方、中世史にご興味のある方なら、最近刊行された一冊に「三浦一族の中世」(高橋秀樹)という、同じような時代背景で、同じようなテーマーを掲げた一冊があった事に気が付くかと思います。続けて出された版元さんの意図は判りかねますし、一見すると一族を入れ替えただけで似たような内容で綴られているようにも思えますが、さにあらず。同じ東国の名門武家を扱っていますが、前書と対照的と言っていいほどの違いを見せています。そして、その叙述の違いが歴史研究者としての著者のスタンスと、本書の特徴を更に際立させます。

「三浦一族の中世」は通史あっての個別史であるという著者の強い想いに従って、在地での活躍、鎌倉幕府での位置づけの著述を差し置いてでも、京を中心にした鎌倉前期、中期における三浦一族の活動を通史の一端として描くことに注力していきます。一方、本書は新田一族に拘らない著述という点では前述の書籍と同じなのですが、通史(この場合は、太平記等のその時代を代表する歴史著述)自体が、描かれた歴史物語、すなわちこれらの著述には必ず著述者の描かんとする意図が含まれているという大前提に基づき、その描かれた著述(歴史物語)から一族の歴史の実像を読み解いていこうとします。

新田一族の中世と三浦一族の中世大きな歴史物語の流れの中に添えられる、個別の歴史というアプローチと、大きな歴史物語を動かす駆動力としての、個別の歴史をその中から読み下していこうとう、正反対のアプローチの違いをまずは読み比べてみると面白いかもしれません。

大きな歴史の流れの中から個別の歴史を読み解いていく本書。そのためには、正確にその交差するポイントを拾い込んでいく下地が必要となります。本書では、大きな歴史物語と繋ぐこととなる新田一族の在地での活動についても、多くのページを割いて検証していきます。

義国流清和源氏の在地への定着と名字の地への分派、繁栄を描く前半。そこには以前ご紹介した「動乱の東国史2・東国武士団と鎌倉幕府」で惜しくも欠落していた、北関東における武士の交流や、浅間山の噴火と復興に重ねた開発の様子が丁寧に描かれていきます。地域史の中で活動する義国流源氏の一門と、より早く在地化した在地領主との血縁や寄進、私領の荘園化。京との関わり合いを描きながら、どのような形でそれが在地に定着していったのかを、新田荘をはじめ、北関東に多く残る史跡、そしてこの手の本では珍しい、中世の発掘成果を解説しつつ(用水と荘園開発に関わる資本、技術としての京との関係性を指摘する点は注目)、当時の状況を俯瞰していく筆致は、文献資料に飽き足らない、著者の旺盛な研究心が伺えます。

旧東山道と鎌倉から越後に通ずる要路を扼する新田荘界隈。そして、石材の産出地を押さえていた事による豊富な財力を誇ったとする義国流清和源氏一門。なぜ新田本宗家(著者は他の一門と識別する為にこの表現を用います)だけが、鎌倉中期の歴史の中からすっぽりと抜けてしまったのか、その理由をいち早く頼朝、そして鎌倉幕府、北条家の傘下に入った事により御家人筆頭の地位を着実に固めつつあった足利本宗家に対して、新田本宗家の方は頼朝への帰参が遅れた事が最後まで響き、武家の名門として敬意は払われつつも、任官もままならず、地位的には一御家人に留まった点から検証していきます。そこには、新田一門内でも、より早く足利本宗家との関係を重視した山名、そして足利本宗家の後押しにより受領の地位を得た世良田家との確執の末に自由出家という、自ら没落へのトリガーを引いてしまった、悲しい本宗家のあり方を指摘していきます(この自由出家という言葉、足利家でもその後出て来ますし、尊氏については、それこそ事あるごとに出家すると言い出す訳ですから、義国流清和源氏のお家芸かもしれません)。

新田一族の中世関連書籍1

世良田、岩松両一門をして、総領としての地位を語られるほどに没落していた新田本宗家。著者の指摘では足利一門として庇護される地位にまで没落してたとされる新田義貞の代(それでも長楽寺への寄進所領の多さから、社会的地位は没落していたが、財政的に零落していたとの判断は早計だと指摘しています、そして本宗家としての求心力回復に努めていたとも)。なぜそのような義貞が表舞台に立つことが出来たのでしょうか。

本書の描くもう一つのテーマ、それは清和源氏嫡流としての新田家の復活に繋がる理由を追う事。その前段階として、元寇による危機を打破する為に北条家によって起こされた、宮将軍の一時的な源氏将軍化による、御家人への求心力回復活動があるとします。源氏将軍に奉仕する清和源氏筆頭としての足利本宗家の地位を北条家が認めた事で、図らずも足利家の地位が向上、それは源氏将軍、そして宮将軍の次の地位を担える立場は北条家ではなく、清和源氏の一門である事が自明となった点に帰着するとの認識を示していきます。

この著者の認識に従って鎌倉幕府滅亡、そしてその後の混乱への経緯を紐解いていくと、面白い結果に結びつくことになります。北条家の戦費取り立てにあい、やむを得ず挙兵に至ったと述べられる義貞挙兵の理由も、清和源氏筆頭で総領でもある尊氏の(当時は高氏)指示による、足利一門を賭しての決起。既に官職を帯び、三河を拠点に、西国を押さえに掛かる足利本宗家の尊氏に対して、無位無官ながら、同じく本宗家としての伝統を有し、敬意を払われていた新田氏の当主として、北関東に広く一族のネットワークを有する源氏一門、御家人を束ねる役割を担わされた新田本宗家の義貞。鎌倉陥落とという、見事にその役割を果たした義貞の力量もあって、急速に御家人たちに対する求心力を高めていったと指摘します。その根底にあるのが、清和源氏こそが武門の棟梁を占めるという、前述の伝説の再生成であったと見做していきます。

そして、建武新政後のわずかな期間で後醍醐と決裂する尊氏と、それを追討する義貞。ここで著者は、足利一門扱いに過ぎなかった新田氏が歴史の表舞台に引き出された理由を、太平記成立の過程から読み解いていこうとします。お互いに協調はすれども反目する理由がなかった尊氏と、義貞。後醍醐に反旗を翻したことで朝敵となった尊氏に対して、追討する義貞を花園院の院宣によって同じように朝敵に擬したことで、朝敵同士の争い、即ち足利一門同士の私戦から公戦へとの転換があったことを認めていきます。公戦の形式を整えるためのスケープゴートとしての朝敵、新田義貞。そのイメージはその後に語られる忠臣、新田義貞のイメージとは大きくかけ離れていますが、尊氏、そして室町幕府の正当性を語る太平記の著者にとっては必要だった手段。実際に湊川での敗戦後、それまでの君意を汲み取って徹底抗戦を唱える義貞は逆に後醍醐に遠ざけられる一方、恒良親王を伴って北陸へ落ちていきます。著者はその行動に対して、旧来からある賊軍とされないための配慮ではなく、「忠臣」である事を辞めと表現し、後醍醐と決別して、次の玉を握った上で抗戦を続けたと提起していきます。

表面的には公戦を唄いながら、実際には足利一門の闘争に終始する清和源氏の両宗家。建武新政とその後の混乱の中で位階を引き上げていく尊氏と、鎌倉陥落と、その後の尊氏追討の功績によって急速に位階を挙げていく義貞。戦乱の中、二人の源氏が戦いあう事で清和源氏の地位はどんどん上昇し、それに伴う自らの動員力の源泉、軍勢催促や見返りとしての軍忠状発行、そして安堵や仕置きといった権限を集積していきます。

戦いの中で積み上げられていった、両宗家の軍事的な地位と付随する権能。その行き着く結果としての尊氏の将軍就任。その流れは、主従制を規範として棟梁を仰ぎつつ結集を図るという、武家社会特有の結集核、求心力の成長の筋道そのものを観る様な思いを持たせます。そして、残された多くの史料が、その流れに連なろうとする御家人、武士にとって、繋がりに結びつくことを如何に重視していたかを改めて示していきます。歴史物語の中で描かれる新田一族の浮沈と、結集核としての棟梁の資格。結果的に新田本宗家は滅亡の道を歩むわけですが、その中で培ってきた物語、伝説は長く生き残り、その後の徳川江戸幕府成立の歴史的継承、義国流清和源氏、新田一族世良田氏という筋書きを再び蘇らせる下地になることになります。

大きな物語の中に組み込まれた一族の活躍を語り起こしていくことで、大きな物語の駆動力の源泉を解き明かしていこうという本書。巻末にあるように、それは単に一族の歴史を読み解く事だけではなく、物語として描かれる時代背景を改めて見直して、その中に織り込まれた想いを読み解き直す事を繰り返すことで、導き出されていくのかもしれません。

<おまけ>

本ページでご紹介している、本書に関連する書籍を。

新田一族の中世関連書籍2

今月の読本「源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)日本で一番頼政を執筆した著者による、八条院人脈を軸に語るもう一つの平家物語を

今月の読本「源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)日本で一番頼政を執筆した著者による、八条院人脈を軸に語るもう一つの平家物語を

近年続々と刊行される日本史、中世史を扱った書籍たち。

歴史書籍を得意としている版元から刊行される作品を追いかけるだけでも、結構大変(時間はもちろん、お財布を含めて…)なのですが、新書や文庫からもどんどんと新刊が送り込まれてくるので、どれから読もうか困ってしまう時も珍しくはありません。

そんな選ぶのに困るぐらいの今月刊行された日本史関係を扱った新刊で、全くのノーマークだった、珍しい組み合わせの主人公を扱った一冊をご紹介です。

源頼政と木曽義仲源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)です。

著者は長く県立金沢文庫に所属されていた、中世史の研究者。金沢文庫に関係の深い、鎌倉北条氏に関する多数の著作を書かれています。そのような著者が今回手掛けるのは、鎌倉幕府成立の前駆となる源平合戦(本書では、一般的に親しみやすい、こちらの用語を一貫して用いています)。そして、前半のメインに扱うのは同じ源氏でも最もメジャーな河内源氏ではなく、敢えて摂津源氏、歌人で大内守護でも知られる源頼政を据えています。更に物語後半、源頼政が敗死した後を引き継いで描かれるのは、河内源氏でも敗者の立場となる木曽義仲。

この二人に何の繋がりがあるのか、お判りになる方であれば納得かと思いますが、その繋がりの要に存在するのが、二条天皇の系譜を継ぐ八条院とその家族、近臣たち。そして、この物語を生み出す駆動力となる以仁王の存在。

本書は近衛天皇の崩御から木曽義仲の敗死までという、この種の本としては珍しい時間軸で、その間に活躍する二人の主人公の動きを描いていきますが、両者の直接的な関わりが描かれる訳ではありません。また、両者の人物史を描くようにも見えますが、どちらかというと、平家物語(ないしは時代史)の流れの中で彼らを描いていきます。

日本で一番、源頼政の著作を手掛けたとあとがきで語り、ゲームの駒を動かすようにと述べられるほどに、著者にとって手慣れたテーマを描く本書。その筆致は研究者の方が書かれた一般向け書籍としては、ちょっと拍子抜けした感じすら受けます。文中に際立った議論のポイントを設けず、深堀する訳でもスルーする訳でもなく、漏れなく淡々と描かれる時代背景、権力闘争のエスケープゾーンとしての八条院に集う人々とその要点を述べる著述。大内守護として、そして武家源氏、平氏並立の要求に応える頼政の立ち位置への言及。そこには、自らの研究成果を全面に打ち立てたり、他の研究者の見解に対しての反論を明確に述べる事もない、拘った展開すら持ち込む事もなく、読み物に徹した淡泊とも思える筆致に終始します。

平家や王家(鳥羽、崇徳、後白河)、そして河内源氏を中核に描く平家物語を解説した類書とは一線を画す、微熱な筆致で描かれる、八条院に集う人々を軸に描く、もう一つの平家物語。そこには、平家物語を読み本系と語り本系に分けて著述を比較したり、登場人物たちの心象から物語を描こうとする、歴史研究家の方が書かれる書籍とは少し違った、文芸作品を思わせる雰囲気すら感じさせます。

著者のその想いが色濃く感じられるのが、前半の主人公である源頼政の蜂起の理由と、そこに至った想いを綴る段。唯一、他の研究者の見解に直接言及する、以仁王の挙兵理由自体が、誰にとっても挙兵、討伐する理由がなく、単に八条院周囲に皇統として担ぎ出される事だけを排除する意図しかなかったとみなしながらも、結果的に流れによって(この辺りの解釈は殆ど文学的)蜂起に与した、従三位という空前の位階を得ながら、大内守護という、武人として二流の立ち位置であった、源頼政の空しさへの想いを切々と述べていきます。

その著述には、当時の摂津源氏が河内源氏より圧倒的な勢力を有していた事(頼朝が流されていた伊豆国自体、彼の知行国)を示す一方、どんな煌びやかな立ち位置にあっても、滅びの時がやって来るという、平家物語自体が描く、無常感を漂わせていきます。

その想いが更に強まって来るのが、木曽義仲を描く後半。平治の乱によって瓦解した各地の源氏勢力を掻き集めながら上洛を果たした義仲の勢力。類書にある様な、一方的に田舎者の烏合の衆と蔑むのではなく、中核は少数の勢力ながら良く錬られて、主従の固い絆で結ばれた東国武将たちという、ちょっと古めのステレオタイプで描いていきます。義仲自身も、京に上った後は田舎者であることを逆手に取った立ち回りを演じられるほど知略に優れていた事を紹介する一方、玉であった北陸宮一行を一緒に連れずに入京し、処世術に長けた後白河の近臣たち(ここで後白河を評して、彼らのような政治向きの近臣は簡単に切り捨てるが、財務等を預かる官吏たちを大事にした事から、信西と同じく強い国家観を有していたと指摘します)と渡り合える近臣が決定的に不足していた事を明確に評していきます(そのような弱点を、いいように行家に弄ばれることになるのですが)。

京に入ってから孤立感を深める義仲とその郎党たち。その最後は、源頼政が以仁王に仕掛けられた運命に巻き込まれる形で自ら滅亡の道に突き進んでしまったように、頼朝と後白河によって仕掛けられた窮鼠と化す命運に呑みこまれるように滅亡の道を突き進んでいく事になります。最後の最後まで力戦を続ける義仲主従。平家物語の描写を借りながら滅びの美学とまで述べるその筆致には、時に歴史小説を思わせる語りが添えられていきます。そして、後継者に次々と先立たれる八条院と、大姫の悲劇に繋がる終章に描かれる、所縁の者たちのその後の物語も、頼政の段と同様に無常観を強く感じさせる結末を綴っていきます。

極めて読みやすい手慣れた筆致で描かれる、歴史物語として綴られた八条院という第三局を軸にした新たな視点による平家物語。そこには、平家物語に通底する想いそのままに、著者の歴史に対する儚い想いが淡く映し出されているかのようです。

<おまけ>

本ページより、関連する書籍のご紹介。

源頼政と木曽義仲と類書たち

今月の読本「第四の大陸」(トビー・レスター:著 小林力:訳 中央公論新社)ローマカトリック世界の閉塞から飛躍を地図の歴史に載せて

今月の読本「第四の大陸」(トビー・レスター:著 小林力:訳 中央公論新社)ローマカトリック世界の閉塞から飛躍を地図の歴史に載せて

本文ページ数474頁。

私の夏休みを半ば持って去ってしまった一冊は、かなり読む方を選ぶ一冊かもしれません(そして、幸運にも選ばれた方にとっては、嬉しくもちょっと悔しい時間泥棒でもあります)。

帯でも謳われる、1000万ドルという法外な価格を払ってまでアメリカ議会図書館が買い取ったという、地図が好きな方なら誰でも知っている伝説の地図「ヴァルトゼーミューラー世界図」。本書は史上初めて「アメリカ」の名が記された地図に纏わる物語が描かれた一冊のようですが…果たして。

第四の大陸第四の大陸」(トビー・レスター:著 小林力:訳 中央公論新社)のご紹介です。

本書のプロローグで描かれる「ヴァルトゼーミューラー世界図」発見までの胸躍る様なストーリー。そして良く知られたこの地図に初めて書かれたアメリカの名の由来ともなったアメリゴ・ヴェスプッチと、地図の製作者であるヴァルトゼーミューラー。冒頭だけを読むと、彼らと地図の成立に纏わる物語が全編に描かれているように思えますが、実体は大きく異なります。

全19章で語られる物語のうち、実際の「ヴァルトゼーミューラー世界図」の製作に関する記述は最後半の僅か3章、全体の2割を切っています。直前で語られるアメリゴの物語を加えても120ページほどで、全体の1/4に過ぎません(プロローグを入れて漸く3割程度)。では、本書は残りの3/4には何が描かれているのでしょうか。

冒頭の売り込みとの乖離に疑問を抱えながら読み続ける読者を遥かに置き去りにするように、著者が本書で描こうとしているテーマは始めから極めて明快です。そのポイントは類書が歴史の流れに準拠して描く事で欠落してしまう視点を、敢えて13世紀から描き始める点から明らかになります。

著者の描こうとするストーリー、それはローマカトリック視点での歴史と世界観の変貌を、地図という世界観を示す象徴を用いて示す事。その延長としての「ヴァルトゼーミューラー世界図」に込められた想いを描くことを主眼としています。

所謂TO図や、旅程、マッパ・ムンディといった表現手法。それは聖地への旅程やキリスト教的な世界観が成し得た世界を描写する為に作られたもの。その記述は地図とは地形そのものを表すという現代的な感覚が失ってしまった、表現すべき世界観を表すものであることを改めて思い起こさせてくれます。西を大西洋に仕切られ、東を聖地、そして南と聖地の先は異教徒によって抑えられ、閉塞した地中海を中心とした13世紀のキリスト教世界。旅程以外の方向性すら必要としないその狭い地図で描かれた世界の向こうからやって来るもの、モンゴルやオスマントルコのキリスト教世界への侵攻の衝撃が、その後の世界観を大きく広げる役割を果たしたことを示していきます。

外からのインパクトに対する対抗と憧憬として、同じく世界の外に存在するであろう、救世主プレスター・ジョンへの希求。キリスト教的世界観が生み出す、魑魅魍魎的な非人間の居住する世界とその先の世界の果て、地上の終端と水球の裏側にある反世界。今では妄想と軽く切って捨ててしまうような内容ですが、当時は絶対であったこれらの世界観。しかしながら、マルコ・ポーロに代表される大陸を東西に行き交った僅かな商人や、大ハーンの元まではるばる旅をした修道者、教皇使節、そして船乗りたちの知識により、これら旧来の縛られた視点が徐々に書き換えられていく過程を、地図の描写の変化と共に丁寧に記していきます。

そして、本書で最も重要なポイントとなる、フィレンツェで発祥した人文主義と、そこからもたらされたギリシャ文化の再評価としてのプトレマイオスの「ゲオグラフィア」再発見が語られていきます。類書では歴史の順序だての関係でどうしてもプトレマイオスが先に語られてしまいますが、本書ではビザンツ帝国の消滅と所謂イタリアルネッサンスの歴史的経緯の流れの中でプトレマイオスの再発見を描くことで、彼の図法がどのようにキリスト教的世界観の中で組み込まれていったのかを把握できるように述べていきます。その目的は科学的、商業目的の為ではなく、あくまでも人文主義のため。それは商業によって繁栄を築いたフィレンツェにとって、新たなキリスト教世界、新たな世界帝国を俯瞰する手法として復活を遂げた事が示されていきます。

新たな世界を表現する手法を手に入れた(再発見した)キリスト教(ローマカトリック)世界。その世界観が示す先の地へ向けて、今度はポルトガルとスペインが乗り出していきます。所謂大航海時代、香辛料と黄金を求めて「ゲオグラフィア」の先に描かれるはずの世界に乗り出していきますが、そこには必ずキリスト教的目的、プレスター・ジョンやキリスト教が示す世界の果てに存在する「楽園」探すことが当然のように求められていきます。新たに描かれる地上が出来る度にその先に描かれるプレスター・ジョンの存在とその王国。地図を描く目的の一つに宗教的な意義がある事をここでもはっきりと示されていきます。そして、コロンブスの新大陸発見とヴァスコ・ダ・ガマの南回り航路によるインド到達を以て、プトレマイオスが描いた地平を越えた先にキリスト教(ローマカトリック)世界が踏み出すことになります。そこにはプレスター・ジョンも灼熱帯、反世界もない、ただ3つの大陸が描かれた世界が広がっていますが、依然として世界の末端はあいまいなまま。魅惑の島ジパングへの道のりは東か西か、その先の海は繋がっているのか、それとも沈んでいくのか…。

最終的にはマゼランの世界一周航海でこの決着がつくわけですが、この決着がつく少し前、未だアメリカ大陸の存在もあやふやで、太平洋の存在も把握されていない時期に、本書のテーマである「ヴァルトゼーミューラー世界図」が登場してきます。そして、未だに多くの疑惑を抱えるアメリゴ・ヴェスプッチも(著者はそれでも比較的好意的な視点で彼を描いています)。

本書のハイライトの筈なのですが、此処までのこってりとした長い道程を読んできた読者にとっては、意外にもあっさりした内容と捉えられるかもしれません。そして、当時の政界の中心であったイタリアでもなく、航海の拠点であったポルトガルやスペインでもない、未だ後進国と見做されるドイツでこの地図が描かれた事に奇妙な感覚を持たれるかもしれません。ですが、そこには本書の一貫したテーマを汲み取る事が出来ます。ジェノバにとって新たな世界を示す手法としてのプトレマイオスが求められたように、後進のドイツにとっても、ローマ帝国の伝統を継承し、ドイツ中心主義となった神聖ローマ帝国の新たな世界観を示すための表現方法が求められていた事、それは旧来のキリスト教世界観を継承しながらも、新しい世界をも同時に示すことで初めて達成できると考えた事を、著者はこのパートのもう一人の主人公である「ヴァルトゼーミューラー世界図」と併せて刊行された解説書でもある「天地学入門」の著者でもあり、この地図の発刊に主たる役割を果たしたであろう、リングマンに仮託して語っていきます。

ここで歴史的に見て面白いのは、彼らがドイツという、グーテンベルグを生んだ土地で当時漸く普及が進んだ印刷技術を以て、その思想の浸透を図る事を当初から念頭に置いていた点。「ヴァルトゼーミューラー世界図」も当時としては多い1000部も刷られた地図なのですが、このような印刷物を通してヨーロッパ全体で爆発的にあらゆる知識の普及が広まっていったことを著者は指摘しています。そして、その恩恵に浴した人の中にはあのコロンブスも含まれている事、彼がポルトガルやスペインの宮廷でパトロン達を説得するに当たっての知識的素地を印刷物の普及によって安価に入手できるようになった各種の書籍に寄っていた点を指摘し、その結果、大西洋横断(正確には西回りのインド行き)のチャンスを得たとする、一連の著述は出色です。

リングマンの情熱とその思想、ヴァルトゼーミューラーの創意工夫の結果として生まれた「ヴァルトゼーミューラー世界図」の特徴を、著者はその仮託の検証として詳細に述べていきます。そして、新たな大地にアメリカと名付けられた理由、更には最も重要な点、その大地を「第四の大陸」として描いた理由と、その後ヴァルトゼーミューラーが取り下げた原因についても検討を加えていきます。本書を手に取られた方が最も気にされる個所かと思いますが、唐突でいささか淡泊な内容に終始しますので、その結論に拍子抜けされてしまうかもしれません。逆に、最後のコペルニクスへ繋がる物語は、その地図の偉大さを示すために用意されたストーリーのようですが、あっさりとした前述の内容と比較すると、少々虚飾気味であったりもします。

冒頭で著者が述べているように、本来の「ヴァルトゼーミューラー世界図」の経緯を述べるだけであれば、これほどの大著にならなかったはず。本書が語る物語は、その地図単体が導き出すストーリーを大きく離れて、地図の製作そのものが持つ目的、その変遷を示す事でキリスト教(ローマカトリック)世界観の変遷を紐解こうという、壮大なテーマに挑んだ一冊です。そして、その世界観の帰結を示す証拠の品は、今はうやうやしくアメリカ議会図書館に最高の額装を以て掲げられているそうです。その新世界、神に約束された地に到達した証として。

<おまけ>

本ページより、本書に関連するテーマ、書籍のご紹介。

第四の大陸と類書

 

晩夏(2015.8.16)

お盆休みも終わり。

高原に大挙してやって来た観光客の皆様も徐々に山を下り、辺りは少し静かになったようです。

気温は高いままですが、昨日辺りから風が急に涼しくなり、昼間もクーラーを使わずに凌げるようになってきました。

P1040969トウモロコシ畑越しに夕暮れの八ヶ岳。

まだ6時前だというのに、雲はうっすらと夕映え気味。日差しが傾くのがすっかり早くなってきました。

P1040983圃場を渡る風に揺れる、結実を迎えた稲穂。

空を覆う雲も、心なしか秋模様です。

P1040991夕暮れの日差しが、夏の青空を残しながらゆっくりと西の山並みに沈んでいきます。

P1040996麓に降りると、西の空にびっしりと埋まった雲が黄金色に輝いていました。

P1040942夜になると毎夜諏訪湖で行われる花火(サマーナイトファイアーフェスティバル)へ。

宿泊の方も、地元の方も、皆さんおもいおもいのスタイルで、暫し夜の涼を楽しみます。

P1040925

湖面に映る花火を眺めながら(諏訪湖ヨットハーバーより、Lumix DMC-GM5 + Lumix G 42.5mm f1.7 手持ち撮影)

花火を観終わって自宅に帰ると、外からは鈴虫の音が。

標高の高いここ八ヶ岳山麓には、一足早く秋の足音が聞こえて来たようです。

 

intersection(2015.8.11)

時は永遠に流れていくもの。

区切りなんかない、滔々と流れる川のようなもの。

それでも人は何かしらの区切りを求める。

区切りたいと思う理由は人それぞれ。

求められ、自ら求めて、そして自ら望まなくても、いずれ区切りの時を迎える。

区切りを迎えた先に何があるのか、何を求めているのか、求められているのか、今は判らない。

それでも、その時は必ずやって来るのだから。

その時のために。

2015.8.11

深まる夏の夕暮れ(2015.8.9)

猛暑が続くこの夏。

それでも、標高の高いここ八ヶ岳の麓は夕暮れになると、ぐっと涼しい風が吹いてきます。

P1040869涼しい風が吹き抜ける、遥か向こうに諏訪の街並みを望む圃場。

実りの秋に向かって、少しずつ稲穂が育っていきます。

P1040866暑かった日差しが諏訪湖の向こう、西に延びる山々の先に沈んでいきます。

稲穂の色も、ほんのりと夕日色。

P1040874暑かった日々もあと僅か。

すっかり早くなった夕暮れが、一足早く夏の終わりの寂しさを伝えてくれます。