今月の読本「新田一族の中世」(田中大喜 吉川弘文館)地域史と時代史が交差する、武家の棟梁へと昇華した義国流清和源氏たちを歴史物語から汲み取って

やはり8月は夏休みがあるためでしょうか、面白そうな新刊が各社から続々と登場。ついつい買い込んでしまった本達を読んであげる時間を確保するのも苦しくなる(そしてお財布も)月末を迎えています。

それでもお天気が悪い日々が続くので、多少読む時間を注ぎ込めるうちに読み切った、なかなかに楽しい一冊をご紹介です。

今月の読本、いつも楽しみにしている吉川弘文館さんの歴史文化ライブラリー新刊より「新田一族の中世」(田中大喜)のご紹介です。

新田一族の中世この表題をご覧になって、おやっと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

シリーズを追われている方、中世史にご興味のある方なら、最近刊行された一冊に「三浦一族の中世」(高橋秀樹)という、同じような時代背景で、同じようなテーマーを掲げた一冊があった事に気が付くかと思います。続けて出された版元さんの意図は判りかねますし、一見すると一族を入れ替えただけで似たような内容で綴られているようにも思えますが、さにあらず。同じ東国の名門武家を扱っていますが、前書と対照的と言っていいほどの違いを見せています。そして、その叙述の違いが歴史研究者としての著者のスタンスと、本書の特徴を更に際立させます。

「三浦一族の中世」は通史あっての個別史であるという著者の強い想いに従って、在地での活躍、鎌倉幕府での位置づけの著述を差し置いてでも、京を中心にした鎌倉前期、中期における三浦一族の活動を通史の一端として描くことに注力していきます。一方、本書は新田一族に拘らない著述という点では前述の書籍と同じなのですが、通史(この場合は、太平記等のその時代を代表する歴史著述)自体が、描かれた歴史物語、すなわちこれらの著述には必ず著述者の描かんとする意図が含まれているという大前提に基づき、その描かれた著述(歴史物語)から一族の歴史の実像を読み解いていこうとします。

新田一族の中世と三浦一族の中世大きな歴史物語の流れの中に添えられる、個別の歴史というアプローチと、大きな歴史物語を動かす駆動力としての、個別の歴史をその中から読み下していこうとう、正反対のアプローチの違いをまずは読み比べてみると面白いかもしれません。

大きな歴史の流れの中から個別の歴史を読み解いていく本書。そのためには、正確にその交差するポイントを拾い込んでいく下地が必要となります。本書では、大きな歴史物語と繋ぐこととなる新田一族の在地での活動についても、多くのページを割いて検証していきます。

義国流清和源氏の在地への定着と名字の地への分派、繁栄を描く前半。そこには以前ご紹介した「動乱の東国史2・東国武士団と鎌倉幕府」で惜しくも欠落していた、北関東における武士の交流や、浅間山の噴火と復興に重ねた開発の様子が丁寧に描かれていきます。地域史の中で活動する義国流源氏の一門と、より早く在地化した在地領主との血縁や寄進、私領の荘園化。京との関わり合いを描きながら、どのような形でそれが在地に定着していったのかを、新田荘をはじめ、北関東に多く残る史跡、そしてこの手の本では珍しい、中世の発掘成果を解説しつつ(用水と荘園開発に関わる資本、技術としての京との関係性を指摘する点は注目)、当時の状況を俯瞰していく筆致は、文献資料に飽き足らない、著者の旺盛な研究心が伺えます。

旧東山道と鎌倉から越後に通ずる要路を扼する新田荘界隈。そして、石材の産出地を押さえていた事による豊富な財力を誇ったとする義国流清和源氏一門。なぜ新田本宗家(著者は他の一門と識別する為にこの表現を用います)だけが、鎌倉中期の歴史の中からすっぽりと抜けてしまったのか、その理由をいち早く頼朝、そして鎌倉幕府、北条家の傘下に入った事により御家人筆頭の地位を着実に固めつつあった足利本宗家に対して、新田本宗家の方は頼朝への帰参が遅れた事が最後まで響き、武家の名門として敬意は払われつつも、任官もままならず、地位的には一御家人に留まった点から検証していきます。そこには、新田一門内でも、より早く足利本宗家との関係を重視した山名、そして足利本宗家の後押しにより受領の地位を得た世良田家との確執の末に自由出家という、自ら没落へのトリガーを引いてしまった、悲しい本宗家のあり方を指摘していきます(この自由出家という言葉、足利家でもその後出て来ますし、尊氏については、それこそ事あるごとに出家すると言い出す訳ですから、義国流清和源氏のお家芸かもしれません)。

新田一族の中世関連書籍1

世良田、岩松両一門をして、総領としての地位を語られるほどに没落していた新田本宗家。著者の指摘では足利一門として庇護される地位にまで没落してたとされる新田義貞の代(それでも長楽寺への寄進所領の多さから、社会的地位は没落していたが、財政的に零落していたとの判断は早計だと指摘しています、そして本宗家としての求心力回復に努めていたとも)。なぜそのような義貞が表舞台に立つことが出来たのでしょうか。

本書の描くもう一つのテーマ、それは清和源氏嫡流としての新田家の復活に繋がる理由を追う事。その前段階として、元寇による危機を打破する為に北条家によって起こされた、宮将軍の一時的な源氏将軍化による、御家人への求心力回復活動があるとします。源氏将軍に奉仕する清和源氏筆頭としての足利本宗家の地位を北条家が認めた事で、図らずも足利家の地位が向上、それは源氏将軍、そして宮将軍の次の地位を担える立場は北条家ではなく、清和源氏の一門である事が自明となった点に帰着するとの認識を示していきます。

この著者の認識に従って鎌倉幕府滅亡、そしてその後の混乱への経緯を紐解いていくと、面白い結果に結びつくことになります。北条家の戦費取り立てにあい、やむを得ず挙兵に至ったと述べられる義貞挙兵の理由も、清和源氏筆頭で総領でもある尊氏の(当時は高氏)指示による、足利一門を賭しての決起。既に官職を帯び、三河を拠点に、西国を押さえに掛かる足利本宗家の尊氏に対して、無位無官ながら、同じく本宗家としての伝統を有し、敬意を払われていた新田氏の当主として、北関東に広く一族のネットワークを有する源氏一門、御家人を束ねる役割を担わされた新田本宗家の義貞。鎌倉陥落とという、見事にその役割を果たした義貞の力量もあって、急速に御家人たちに対する求心力を高めていったと指摘します。その根底にあるのが、清和源氏こそが武門の棟梁を占めるという、前述の伝説の再生成であったと見做していきます。

そして、建武新政後のわずかな期間で後醍醐と決裂する尊氏と、それを追討する義貞。ここで著者は、足利一門扱いに過ぎなかった新田氏が歴史の表舞台に引き出された理由を、太平記成立の過程から読み解いていこうとします。お互いに協調はすれども反目する理由がなかった尊氏と、義貞。後醍醐に反旗を翻したことで朝敵となった尊氏に対して、追討する義貞を花園院の院宣によって同じように朝敵に擬したことで、朝敵同士の争い、即ち足利一門同士の私戦から公戦へとの転換があったことを認めていきます。公戦の形式を整えるためのスケープゴートとしての朝敵、新田義貞。そのイメージはその後に語られる忠臣、新田義貞のイメージとは大きくかけ離れていますが、尊氏、そして室町幕府の正当性を語る太平記の著者にとっては必要だった手段。実際に湊川での敗戦後、それまでの君意を汲み取って徹底抗戦を唱える義貞は逆に後醍醐に遠ざけられる一方、恒良親王を伴って北陸へ落ちていきます。著者はその行動に対して、旧来からある賊軍とされないための配慮ではなく、「忠臣」である事を辞めと表現し、後醍醐と決別して、次の玉を握った上で抗戦を続けたと提起していきます。

表面的には公戦を唄いながら、実際には足利一門の闘争に終始する清和源氏の両宗家。建武新政とその後の混乱の中で位階を引き上げていく尊氏と、鎌倉陥落と、その後の尊氏追討の功績によって急速に位階を挙げていく義貞。戦乱の中、二人の源氏が戦いあう事で清和源氏の地位はどんどん上昇し、それに伴う自らの動員力の源泉、軍勢催促や見返りとしての軍忠状発行、そして安堵や仕置きといった権限を集積していきます。

戦いの中で積み上げられていった、両宗家の軍事的な地位と付随する権能。その行き着く結果としての尊氏の将軍就任。その流れは、主従制を規範として棟梁を仰ぎつつ結集を図るという、武家社会特有の結集核、求心力の成長の筋道そのものを観る様な思いを持たせます。そして、残された多くの史料が、その流れに連なろうとする御家人、武士にとって、繋がりに結びつくことを如何に重視していたかを改めて示していきます。歴史物語の中で描かれる新田一族の浮沈と、結集核としての棟梁の資格。結果的に新田本宗家は滅亡の道を歩むわけですが、その中で培ってきた物語、伝説は長く生き残り、その後の徳川江戸幕府成立の歴史的継承、義国流清和源氏、新田一族世良田氏という筋書きを再び蘇らせる下地になることになります。

大きな物語の中に組み込まれた一族の活躍を語り起こしていくことで、大きな物語の駆動力の源泉を解き明かしていこうという本書。巻末にあるように、それは単に一族の歴史を読み解く事だけではなく、物語として描かれる時代背景を改めて見直して、その中に織り込まれた想いを読み解き直す事を繰り返すことで、導き出されていくのかもしれません。

<おまけ>

本ページでご紹介している、本書に関連する書籍を。

新田一族の中世関連書籍2

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