今月の読本「恋する武士 闘う貴族」(関幸彦 山川出版社)歌と人物から描く歴史の側面と、交錯する三つの筆致

読み終わるまでに長い時間が掛かった一冊。

約400頁と少しボリュームがある事が最大の理由ですが、その微妙な読後感は著者があとがきで述べているように、一度はこのテーマで執筆した原稿をご破算にしている事からも、テーマ設定と、筆運びの難しさが垣間見えてきます。

今月の読本は、非常に微妙な一冊のご紹介です。

恋する武士 闘う貴族恋する武士 闘う貴族」(関幸彦 山川出版社)です。

著者である関幸彦氏は同時代に関する、数多くの著者を有していらっしゃることで知られています。

文中で物書きではないのでと語られていますが、所謂物書きの方々より余程多くの一般向けに書かれた自著を物にしていらっしゃいますし、中には同じ版元から出された「鎌倉殿誕生」のような、かなりの変化球(編集者と語りながら話を進めていくというスタイル)の一冊もあったりします。

そのような著者の新著にしても、初版にも拘わらず帯に「話題作」とややフライング気味なアピールを入れる版元さんの力の入れ具合にはちょっと驚いてしまいましたが(予約が好調だったのでしょうか)、実際に読んでみると、これは少々苦しいなあという感想でした。

表題が雄弁に物語るように、そして平敦盛を表紙の写真として掲げている点からも、本書が語ろうとしているテーマは明快です。前半は「恋する武士」、後半は「闘う貴族」と題して、平安末期から南北朝にかけての、従来捉えられてきた画一的なイメージとは異なる、個々の人物像に触れながら、それらの概念を取り外していこうという、明確な意図に基づいて描いていきます。

前後編を通じて(1,2部と振られています)多数の登場人物が出て来ますが、いずれも同じような紹介(出自、系図上の繋がり)、そして2つのテーマとの関わり合いが述べられていきます。武士の節では身分違いや立ち居振る舞いの粗忽さを滑稽に、多少の揶揄を含めて、貴族の章では闘いの敗者(これは、戦闘という意味だけではなく、闘争や暗闘も含む)への憐れみと気概を持ち上げる筆致を加えながらの人物評が述べられており、これだけでも一般読者向けの読み物としては充分に楽しめる内容になっています。あまり取り上げられない人物についても、少し深堀しながら、その人物の歴史的な立ち位置や背景についても織り込んでいく著者の筆致には、手慣れたものがあります(中には、長峯諸近、淡河時治といった珍しい人物や、闘う門流の中関白家といった、面白い切り口も)。

そして、本書を貫く大きな軸として「歌( 和歌)」が挙げられます。上流階級にとって社交上の潤滑剤であり、センスと学識が試される場。更には出世や人生をも左右する事となった和歌を通じた登場人物たちの物語も多く語られていきます。和歌によって教養の高さをアピールし、更には想いを伝えたり、恋心を成就させようとする武士たち。一方、和歌の力によって家運を高め地位を得、時には兄弟同士の熾烈な遺産争奪、家名の継承合戦をも繰り広げる公家たち。どちらにしても、当時の人々にとって趣味や教養を越えた、欠かせない(時には命がけの)コミュニケーションツールであった事を示していきます。

その一方で、読んでいて少々引っかかる点が、人物物語の集積だけでは良しとしなかったのでしょうか、かなりの部分が一般的な概説書と共有する内容で占められる点です。しかもその織り込み方が、コラムという形ではなく、本文中の端々に、時にぶつ切りのように人物の物語からいきなり導入し、人物の話の完結を観ないまま、次の節へと移ってしまうような構成が散見されるため、テンポが悪く、通読性もかなり悪化しています。著者はあとがきで「y切片」が高めと評し、媚びる事はしたくなかったと述べていますが、むしろその想いとは裏腹に、この程度の付帯する著述は必要であろうという著述(水割り風味を避けると)が、逆に大事なテーマである概念への偏向を見直すという、本書の立ち位置を見えにくくしているかのようです。

人物史には徹しきれず、かといって人物、そして武家と公家というテーマごとに時代背景が分散されているため、余りにも内容が分断化されており、通読するのが苦しい点は否めません(読み終わるまでにかなりの時間を要したもう一つの理由です)。従って、本書の読者層をどの辺りに想定したのかによって評価が大きく分かれそうです。

そしてもう一つの着目点、著者が他の著作でも度々述べている「研究者の歴史認識」に関する著述が本書でも散見されます。前半の恋する武士では丁度真ん中あたりで、東国国家論と権門体制論の話を持ち出してきますし、巻末では南朝功臣、特に北畠親房の北関東における浸透戦略、両日野氏に対する称揚と鎌倉における明治以降の顕彰、そして江戸中期の安積澹泊の大日本史賛藪からの引用の記述に少なからぬページを割いていきます。そこには、明治以降に成立した皇国史観に至る氏の歴史的展開への傍証が滲み出ています。

豊富な登場人物と平板にならない興味深い内容が手慣れた筆致で描かれる。しかしながら、読み手のイメージが今一歩見えてこない本書を読んでいると、著作の難しさを改めて感じるところです。

<おまけ>

恋する武士 闘う貴族と類書本書に関連する書籍を本ページからご紹介。

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