今月の読本「遠山金四郎の時代」(藤田覚 講談社学術文庫)原文から読み解く「改革の抵抗勢力、金さん」が最も恐れたものは

この夏以来の積読状態から少しずつ脱却すべく、読みかけの本を片付けている昨今。

読み終わった本の中から、印象的だった一冊をご紹介。

数多ある文庫の中でもかなりの硬派で知られる講談社学術文庫より、本年8月に刊行された、こちらの本です。

遠山金四郎の時代遠山金四郎の時代」(藤田覚 講談社学術文庫)です。

本書は1992年に校倉書房から刊行された、同名の書籍を文庫に収めたものですが、類書に多く見られる、講談であったり、読物、更にはTVドラマで親しまれる、名奉行、遠山の金さんのイメージ(もちろん脚色)と人物伝との差異を述べるというより、天保の改革の中で幕政の中心に位置する三奉行の一員としての江戸町奉行、左衛門尉たる遠山金四郎の活動を述べる事に注力していきます(人物としての遠山金四郎にご興味のある方へ、文末に関連書籍を掲載しておきます)。

金四郎、そして上司に当たる水野忠邦の発言を、煩雑かつ、少々読み辛くなる事を覚悟の上で原文で掲載する本書。幾らかでも当時の雰囲気を味わってもらいたいという著者の想い(そのため、ますます煩雑になるのはやむを得ないですが、読み下し文も付いています)そのままに、当時の行政文書のやり取りの一端から、生の声を拾い集めていきます。

天保の改革で提起された改革案について、それぞれの提案についての諮問を受けた三奉行、そして目付たちの上申内容から考察していく、天保の改革の骨子とその実態。多くの諮問について、彼と彼の属僚たち、そして町名主たちは否定的な上申をしていく事になります。風紀の刷新を図り、緊縮財政と規律を引き締める事で、改革の梃にしたいと考える水野忠邦以下の幕閣上層部とブレーンである鳥居耀蔵。それに対して、綱紀粛清の必要性は認めながら、まずは幕閣以下武家が範を示すべきであり、極端な緊縮策を執れば、都市の繁栄に支えられて生活している庶民層をいたずらに圧迫する危険性を繰り返し指摘する町奉行、そして寺社奉行。微妙な立場を採り続ける勘定奉行、目付と、それぞれの立場を原文だけが有する豊かな表現から読み解いていきます。

中でも徹底的に町人、商人たちの立場に立った意見を強く述べていく金四郎。改革への抵抗勢力として、上層部からは商人との癒着と見做されようが、直接の指弾を受けようが怯まずに持論を訴えていきます。この強さの根底として、よく言われる、放蕩の青年時代や、庶民育ち云々といった伝記的なお話ももちろんあるのですが、それを上回る、彼の経歴が雄弁にその発言の経緯を物語ってくれます。

彼が遠山の家を継いで最初に出仕したのは、将軍家の身の回りの世話役である御納戸として。その相手は、後の12代将軍であり、当時は世子であった徳川家慶。彼に近仕した金四郎は、後に西の丸御納戸頭取格から御納戸頭取として大隅守に叙任しており、その職歴の先に奉行への道を開いています。TVドラマの影響もあって武張ったイメージを持たれる金四郎ですが、所謂、奥勤めからの昇格ルートに乗っての奉行への就任。その陰には、将軍となった家慶の強い後押しがあったと思われます。町奉行就任後に行われた、三奉行による公事上聴における吟味への激賞(奉行たるべき者、左もこれ在るべき事に候)という栄誉を担っての奉行職の遂行。そこには、あらゆる意味で情報にベクトルを掛けられることになる家慶自身にとっても必要とされた、トップの腹心としての金四郎の姿が見えてきます。そこの事は、御側御用取次の備忘録の中に、改革の真っ只中に、内々として、度々、金四郎を呼び寄せた記録が残っていることからも伺えます。

所謂、桜吹雪を袖の下に隠した、気風のいい江戸っ子肌で、庶民の味方である遠山の金さんとは全く逆の、改革の旗振り役である水野忠邦をけん制しつつ、トップとの密談を繰り返す、幕閣並びに幕臣なら誰でも一目置かざるを得ない栄誉に浴した、将軍の信頼厚い、奥向き上がりの腹心中の腹心としての左衛門尉という、もう一つの側面。

天保の改革における諸施策について、金四郎は部下や、町名主たちの意見に対して真摯に耳を傾け、江戸の民衆の声を直接幕閣に訴えようとしていきますが、その殆どが改革の名のもとに押し流され、遂には同僚である矢部定兼の失脚を誘う事になり、自身もお目見え御免という、不名誉な罰を受けることになります。

本書は、後半でそのギャップの根本的な原因を見出していこうとしてきます。

将軍の篤い信任を受けつつも、そこまでしても、改革を穏便な形で済ませたいと望んだ理由、それは本書で述べられる天保の改革の諸施策の中で、唯一骨抜きにされた「人返しの法」を巡る議論から導き出す事が出来ます。都市部に流入する膨大な貧困者たち。彼らを強制的に元の在所に戻す、または金銀を与えた上で、帰農させるという政策について、一部歴史教科書において、実施に移されたように見える記述に対して不正確だとの指摘(現行の教科書の話であり、文庫版で新たに追記されています)をした上で、金四郎たち奉行にしても、目付や代官、勘定奉行ですら、そもそも食い扶持を求めて、江戸に集まってきており、一度都市の奢侈を知った農民たちが、相応な利便でも与えなければ、元に戻れる筈がないと上申。実際には、人別帳に記載される前の、妻子も持たない身軽な者だけ帰るようにとの触れが出されたに過ぎないと見做していきます。その背景には、困窮者を追い詰めるような政策は避け、都市に集住するその日暮らしの者たちを困窮させない経済政策、救民政策がなによりも必要であるとの想いを重ねていきます。

金四郎たち実務者の想い。終章に向けて、著者は享保以来の新田開発が停滞し、飢饉が頻発した情勢を踏まえて、当時の代官たちの治績を織り交ぜた上で、結論を導き出していきます。それは、為政者として、何としても民衆の生活を安定させることで、一揆、暴動の発生を押さえる事。

幕末へ向けて増加していく、代官に対する地元農民たちの顕彰。そして、大岡越前守を代表とした江戸の町奉行に対する町人たちの賞賛、後の文芸作品への取り込み。これらは、不安定な社会情勢に対する政策としての「仁政」への民衆の希求と、その対応を誤れば、暴動を誘発しかねないという、為政者の強い危機感、その危機感を生み出した、ひとつ前の改革(寛政の改革)の遺産としての、儒学の実践的な展開としての仁政への転換の結果であると指摘していきます(本書では語られませんが、ここで金四郎の父である景晋が、寛政の改革の政策の一環である、学問吟味で甲類筆頭を及第することで出世の糸口を掴み、その結果として、蝦夷地、長崎に何度も下向、学問と実際の行政の双方を会得したであろう点にも注意を引きます)。

民衆が求めた緩やかな仁政に対して、それを上回るスピードでの改革を貫こうとした幕閣。その板挟みに遭う中で、トップの厚い信頼を受けて、暴発という反撃の手段を持った民衆を慰撫しながら、妥協点を見出していこうとする行政官としての江戸町奉行、遠山金四郎の姿を描く本書。そこには、著者が文庫版のあとがきで述べる、何時の時代にも組織に身を置く人々が抱える、普遍的な疑問、課題、そして自分の立ち位置について、彼の言動から今なお多くの示唆を与えてくれるようです。

遠山金四郎の時代と類書たち本書と一緒に読みたい、遠山金四郎関連の近刊。

  • 遠山景元(山川出版社 日本史リブレット・人):同じ著者の手による人物をメインに置いて遠山景元の出生から、刺青の話や、家庭の事情、そして幕臣としての治績を述べた一冊。人物像にご興味がある方は、こちらの方が読みやすいかと思います
  • 遠山金四郎(岡崎寛徳 講談社現代新書:絶版、電子書籍版あり):同じく人物像をメインに置いた一冊ですが、ページ数にゆとりがある事もあり、父である遠山景晋の治績、その後の遠山家といった、ファミリーストーリーも読む事が出来ます。複雑な家系に秘められた名行政官、名奉行親子の素顔を見るといった感じで読みたい一冊です
  • 大江戸商い白書(山室恭子 講談社選書メチエ):本書の後半は、金四郎が町奉行に復帰した後に行われた、株仲間再興に関する諮問のやり取りが描かれています。ちょっとコミカルタッチな筆致で描かれた、江戸の文書行政の一端を見せてくれます

<おまけ>

本ページに掲載している、本書に関連する書籍のご紹介

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